11話「国境の違和感とザウベルク山」
薬草を取りに行くというので、動きやすい恰好に着替えた。
乗馬用の服の上に厚手のコートを羽織る。
『なぁ、昨日王宮に潜入するときもその服で良かったんじゃないのか?』
「そのことには触れないで」
王宮に侵入という言葉に、ちょっとだけわくわくしていました。
前世で見たスパイ映画や泥棒映画のヒロインのように、黒尽くめのピッタリとした服を着てみたくなったのです。
結果は、胸がきつくてボタンが弾け飛ぶという惨事に……。
あんなに恥をかいたのは、前世でラジオ体操をしていて半ズボンのお尻部分が破れた小学生のとき以来だわ!
◇◇◇◇◇
私はバルコニーに出てルシアンの背にまたがりました。
『よし、行くぞ!』
「ええ、いいわ」
ルシアンは私を乗せ飛び立って行く。
前回、飛行したのは夜でした。
昼間の景色も美しいです。
空高く舞い上がると王都が小さく見えました。
王都の周囲には高原が広がっていて緑が目に鮮やかです。
北に山々が連なって見えます。
「ルシアン、どこに行くつもり」
『ザウベルク山だ』
「ザウベルク山!?
あそこには凶暴なモンスターが巣食っているのよ!」
ザウベルク山はブライドスター王国とヴァルトハイム王国の国境にあります。
裾野には、多くのモンスターが生息しているので誰も近づきません。
『モンスターがいるのは裾野だけだ』
「そうなの?」
『中腹には世界樹を始め貴重な薬草が生えてる。
山頂付近にはエルフや妖精やペガサスが住んでる。
そういう生き物を人間から守る為に、裾野に凶悪なモンスターが生息してるんだ』
「そうだったのね」
『だからこのことは他の奴らには内緒な。
人間が大軍を率いてザウベルク山に押し寄せてきたら困るからな』
いかに、凶悪なモンスターが生息していても大軍で攻めたら攻略できてしまうかもしれません。
そうなったら、山の生態系が破壊されてしまうわ。
「うん、約束する。
誰にも言わないわ。
ルシアンと私だけの秘密ね」
『へへへ、二人だけの秘密ってなんかいい響きだな』
ルシアンは嬉しそうに尻尾をパタつかせた。
◇◇◇◇◇
ザウベルク山は王都から見て北東に位置している。
眼下にはのどかな平原が広がり、時々小さな村や畑が見えました。
平和ね〜〜。
1時間ほど進むとザウベルク山の姿がくっきりと見えてきました。
『今俺達が飛んでるのは、ブライドスターとヴァルトハイムとの国境付近だ』
ルシアンが教えてくれました。
国境と言われても、地図のように線が引かれているわけではないので、どこまでが自国でどこからが隣国かわかりません……。
いえ、わかります。
ブライトスター王国側は草木が青々と茂り、のどかな風景が広がっています。
対して、ヴァルトハイム側は草木が枯れ荒涼とした大地が広がっていました。
一番の違いはモンスターです。
ブライトスター側にはモンスターがいなかったのですが、ヴァルトハイム側には上空からでも目視できるくらいモンスターが生息しています。
まるで誰かが線でも引いたみたいに、ある地点を境にくっきりとわかれていました。
国境付近で何が起きていると言うの?
「ルシアン、これって……」
『ザウベルク山に入るぞ!
裾野のモンスターに攻撃されないように全速力で突っ込むから、しっかり捕まっていてくれよな!』
ルシアンが急に速度を上げました。
ルシアンの体にしがみつくのに必死で、疑問を口にする機会を失ってしまいました。
◇◇◇◇◇
『着いたぞ、ここがザウベルク山の中腹だ』
地面に降ろしてもらいましたが、まだ視界がぐるぐるしています……。
毎回、山に入るときこんな感じなのでしょうか?
しばらくここに来なくてもいいように、薬草を多めに採集しておきましょう。
『アンジェ、大丈夫か?』
「うん、ちょっと酔ったみたい」
ポーションを飲み、しばし休憩しました。
5分後経過。
気分が回復したので、周囲の様子を確認することにしました。
「わ〜〜!
ここがザウベルク山の中腹なのね?」
中央に青々とした葉をつけた大木があり、その周りを覆うように虹色のシャボン玉のような幻想的な光がつつんでいました。
大木の周りには水色の美しい花が咲いています。
美しい泉や滝があり、理想郷のような風景が広がっていました。
「あれは、幻と言われるフェニックスの葉! あっちにはマンドラゴラ!
絶滅したと言われるトンチキ草と、ホノボノ花まで咲いてるわ!」
図鑑でしか見たことがない植物がいっぱい!
感動だわ!!
『あの中央に生えてるのが世界樹だぜ』
「あれが……あの伝説の世界樹!」
漫画やゲームの世界にしかないと思っていたものが、現実にあることに感動を覚えています。
『まだ苗木だけどな』
「あんなに大きいのに?」
「成長した世界樹はもっと大きいぜ!
この国全体が世界樹の下に入ってしまうかもな」
「そんなに凄いのね。
だとしたら、苗木から葉を採取してはいけないかしら?」
『少しぐらいなら大丈夫だろ』
「良かった」
世界樹を目の前にして、葉を一枚も持ち帰れないとは辛いもの。
世界樹の葉があれば、あんな薬もこんな薬も作れてしまうわ。
私はルシアンと手分けをして、貴重な薬草を生態系を破壊しない範囲で採取した。
ザウベルク山を後にする頃には、すっかり日がくれていた。
急いで家に帰り、次の日から薬作りに没頭した。
知識欲の二度目の暴走。
集めた薬草で珍しいアイテムを作りたくて、その思いを抑えきれなかった。
ブライトスター王国とヴァルトハイム王国の国境で見た違和感を思い出すのは知識欲が落ち着いた一週間後のことでした。
読んで下さりありがとうございます。
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