10話「一夜明けて〜アンジェリカ、昨夜のことを思い出しドキドキする」
――アンジェリカ視点――
「うーーん」
一夜明け、カレンベルク公爵家、朝の食堂。
お父様から新聞を奪うように拝借し、紙面とにらめっこを続けています。
「勉強嫌いだったアンジェリカが、こんなに熱心に新聞を読むようになって、わしは嬉しいよ」
「アンジェリカもついにお勉強の楽しさに目覚めたのね」
「僕はお馬鹿な……世間知らずなお姉様も好きでしたから、安心してください」
今日も家族は私に優しい。
というよりも、とっても甘いです。
弟くん、本音が漏れてますよ。
クロードは、私のことをお馬鹿だと思っていたのね。
ルシアンの加護を受ける前のアンジェリカは、教科書もまともに読めませんでした。
そう思われていても仕方ありませんね。
私が朝から紙面とにらめっこしているのには理由があります。
昨晩、王宮に忍び込んだことがニュースになっていないか知りたかったのです。
とりあえず、第一王子が大きな犬に襲われたという文字はどこにもありません。
毒を盛られ死亡していたら……と思ったのですが、それもありません。
第一王子が逝去したら一面に載るでしょうから、見逃すはずがありません。
それに、王家から使いがくるはずです。
ということは、ユリウスの身には何も起きてないということですね。
彼が無事だとわかり、安堵しているのはなぜでしょう?
図書館への侵入についても特に記されていませんでした。
禁書室は、王族の中でも一部の物しか知らない限られた場所のはず。
私は、第二王子の婚約者でしたがその存在を知りませんでした。
賊に入られても、新聞に書けませんよね。
王族が秘密裏に捜索してる可能性もあるけど、そのことで気を揉んでもしかたない。
「お父様も、お母様も、クロードも大げさですわ。
貴族令嬢として世間で起こっていることを把握しようとしたまでのこと」
私は新聞を畳み、執事に手渡しました。
「お父様より先に目を通してしまって申し訳ありません。
新聞をお返ししますわ」
父は執事から新聞を受け取りました。
「気にすることはない。
アンジェリカが新聞に興味を持ってくれて嬉しいよ」
父はニコニコと笑っています。
「それにしても、ルシアンちゃんは今日も良い食べっぷりね」
「ルシアン、僕のステーキも食べるかい?」
テーブルの横では、ルシアンが食事をしています。
動物好きなお母様と弟は、ルシアンをとても甘やかしています。
ルシアンもルシアンで、すっかり家族に懐いている。
私が研究に打ち込んでいる間に、ルシアン専用のテーブルと食器が用意されていました。
王室御用達の店で購入した犬用のテーブルは木目が美しく、皿は銀食器です。
ルシアン専属のシェフを雇い、犬用のご飯を作っています。
使っているお肉は最高級の牛肉など、高価な食材ばかり。
貴族のお金の使い方を目の当たりにしました。
「わん」
ルシアンは可愛らしく吠え、弟からステーキを貰っています。
そんなに意地汚くしてると、太っちゃうわよ。
も〜〜、ルシアンの一番の友達は私なんだから。
謎の嫉妬心が芽生えたことに戸惑いを覚えつつも、貴族令嬢らしく優雅に食事を済ませ、部屋に戻りました。
◇◇◇◇◇
私は机の引き出しを開けると、白いマントを取り出しました。
ユリウスの部屋から拝借したマントをここにしまっていたのです。
明るいところでよく見ると、マントには銀の糸で刺繍が施されていました。
洗濯して持ち主に返そうと思いましたが、この凝った衣装は明らかに一点もの。
マントを使用人に洗わせるのも、庭に干すのも躊躇われます。
それに……私の上半身を覆っていたマントを、ユリウスが身に付けるというのも……なんというかその……。
『ユリウスのマントなんか見つめてどうしたんだ?
アンジェ、顔が赤いぞ?』
急に声をかけられてビクリとしました。
振り返ると、いつの間にか背後にルシアンが立っていました。
「べ、別に何でもないわ!」
マントを畳み引き出しの奥にしまう。
『なぁなぁ、それより今日も毛づくろいとマッサージしてくれよ』
「はいはい、わかったわ」
私が研究に没頭してる間に、部屋にルシアン専用のソファーと、ルシアン専用の棚が設置されていました。
棚には、櫛に、リードに、首輪に、犬用の皿に、ブランケットなどがズラリと並んでいます。
そのうちお母様がルシアン専用の服を作りそうで怖いわ。
ソファーに横たわるルシアンの背中を、櫛で梳かしていく。
『アンジェのブラッシングが一番気持ちいいぞ』
ルシアンが仰向けに寝転がりました。
「そんなこと言って、食堂でお母様とクロードに甘えてたじゃない」
櫛を置いて、彼のお腹を手でマッサージしていきます。
『なんだ?
アンジェ、嫉妬か?
心配するな俺様の一番の友達はアンジェだぞ!』
「嫉妬なんかしてないわ……!」
正直に言えば嫉妬してました。
こんなこと素直に言えません。
でも、ルシアンに「一番の友達」と言って貰えてすごく嬉しいです。
気分が良いので、いつもより長めにルシアンのマッサージをしました。
『ふぁ〜〜!
気持ちよかった〜〜!
やっぱりアンジェのブラッシングが世界一だな〜〜!』
ルシアンは気持ちよさそうにソファーの上で伸びをしています。
『お礼にいいところに連れてってやるよ!』
ルシアンがぴょんとソファーから飛び降りる。
「良いところ?」
『庭に生えてる草じゃ初級のポーションぐらいしか作れないって、ぼやいてただろ?』
「ええ」
『今から行くところには上級ポーションの材料があるんだ。
いや、そんなもんじゃきかないな。
エリクサーや万能薬やMP回復薬だって作れるぜ』
「本当……!?」
憧れの上級ポーションと万能薬!
超レアアイテムのエリクサーが作れるなんて……!
研究者冥利に尽きるわ!!
「ありがとう! ルシアン!」
ルシアンの頭を撫で撫でし、頬ずりをする。
『いいってことよ!
友達だろ?』
「うん、ルシアンは私の一番のお友達だよ!」
一番と言われてルシアンは嬉しそうです。
考えて見れば、アンジェリカって今まで友達が一人もいなかったのよね。
家族や使用人以外で、心を許せたのはルシアンが初めてだわ。
『ちょっと寒いから、出かける前にコートとかマントを羽織れよ』
「わかったわ」
マントという言葉に……ユリウスから拝借した白いマントが浮かぶ。
流石にあれは身に付けられないわ!
『どうした、アンジェ?
また顔が赤いぞ』
「なんでもないわ!」
私は気持ちを切り替え、クローゼットに向かいました。




