第十八話 私の評判
「ふざけるなっ!!!! 彼女の美貌が!!! わからないのかっ!!!!」
「び、美貌!?」と、私は思わずでかい声を出してしまった。
美貌――読んで字の如く、『美しい顔』という意味である。
いやいやいやいや、だいぶ無理があるってぇ!!
しかし、そんな私の想いを全く無視したように、アレックスは語気を荒くしてなおも続ける。
「ふんっ、彼女の美貌もわからない愚か者か。まあ、いい。君たちのその足りない脳みそに、彼女の素晴らしさをたっぷりと教えてあげようか。何なら、僕の真の姿を見せて――」
「た、た、た、タイムゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!」
「おい、カンナ。なぜ、俺たちを木の影におしこむ???」
私は音速で男たち4人を引きずり、いったん5メートルくらい先の樹の影に押し込むことに成功した。
クレメンスが目をぱちくりさせているが、無視無視。
「ねえ……アレックス、今のなに?」
「何って……」
一瞬で変装魔法を解いて、金髪碧眼の素顔を露わにした第一王子が首をかしげる。
というか、もはや最近は、変装解けたバージョンの方が多くない? と思ってしまうのだが、それもまた無視である。
そこにまでツッコミ始めたら、私の身が持たない。
「君のことを馬鹿にする不埒な輩に、君の素晴らしさを教えてあげようかなって」
「この、あほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! どういう神経してんのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「だから言っただろう、アレックス。俺の前世の記憶によれば、こういうわけのわからない難癖をつけてくる奴らは全員監禁してしまえばいい」
「いや、二人とも間違っているよ!! こういう相手は、闇に潜んで葬って……」
「違う、そうじゃない」
ぜえはあ、と私は肩で息をしながら、吸血鬼とヤンデレの言葉を遮る。
いや、見たことあるよ。そういうシーンも。
なんかこう……、好きな人を馬鹿にされて、「彼女の方が美しい!」って相手の女に対して、ヒーローがかっこよく言い放つシーンとかさ。
夜会とか舞踏会でね。
大好きですよ、大好物ですよ。
でもさあ!!! 違うじゃん!!!
そう言うのは多少、身分が低くても可愛い子をかばって言うもんでしょ!!!
いや、わかるよ。
リリエッタさんちょっと……、というかだいぶ性格悪そうだったもん。
その子に一言いいたい気持ちはわかりますよ、ええ。
でもさあ!
私、どっからどう見ても、360度、一分の隙もなく、地味女なんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!
絶世のイケメンたちが、地味女の美貌を、桃色髪の美少女に力説する。
控えめに言っても、意味が分からない。
私は、リリエッタさんたちを監禁しようか、夜中に刺客を差し向けようか、と多数決を呼びかける吸血鬼とヤンデレに向かって吠えた。
「そもそも、な・ん・で!! 私の美貌とかいってんのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! そこでしょ! まず問題はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「マヌケ共が。だから、お前らはイマイチ、女心がわかっていないんだよ」
そう言って、「これだからこいつらといるのは、困るぜ」とセクシーに唇を舐めるのは、グレイズ。
「カンナが言っているのは、自分のことを美人って言わないでほしいってことだ」
そうだろ、とこちらを見てくるセクシー系お色気型イケメンに、私は夢中で頷いた。
そうそう。
よくわかってるじゃないか。
まあ、常識的に考えれば、桃色髪のザ・美少女がめの前にいるのに、私みたいな地味顔を持ち上げるわけがな――
「……カンナ。お前は、恥ずかしがり屋なんだろ? わかってるって。たしかに、どこからどう見てもカンナの方があいつより百倍、魅力的だ。でも、カンナは恥ずかしがって、自信がもてない。そういうことだろ?」
グレイズがこちらめがけて、ウインクを飛ばす。
それを見たほかの三人が、「ほぅ……」と、その発想はなかったよ、みたいな雰囲気を醸し出す。
ちげええええええええええええ!!!!!!!
もう一回言わせてほしい。
ちげええええええええええええええつって!!!!!!!!
「自信とかじゃなくて!!! 事実として私は地味じゃん!!! なんで、私が、百倍美少女だ、みたいなのが前提になってんのよぉぉぉぉぉぉ!!!!! 違うに決まっているでしょ!!!!!! ちょっとは疑いなさいよぉぉおぉぉぉ!!!」
そして、ここは通学路である。
私とリリエッタさんのやりとりを周囲は固唾を呑んで見守っている。
私は今すぐ穴があったら、掘って潜り込みたい気分になっていた。
私の評判も考えていただきたい。
もう、ダメだ、こいつら。
しかし、しかし、である。
なぜか、心底、不思議そうな顔で、アホ4人が少し私から離れてひそひそと会議を始める。
「おい、グレイズ。お前の考え間違ってんじゃないのか?」と王子が口火を切る。
「彼女、怒ってるぞ。君が責任を取ってくれ。具体的には彼女から手を引いてくれ」
「あぁ? これだから、恋愛経験ゼロのお坊ちゃまは困る。いいか? あれは正解の反応なんだよ。女子ってのは、恥ずかしがる生き物なんだよ。だからこそ、ちゃんと言葉で、『君は可愛い』って伝えるわけ」
「本当に人間ってやつはどうしようもないよね。こんな時に言い争いばっか。やっぱり彼女には種族を越えた吸血鬼のほうがいいんじゃないの??」
「バカを言うな、アホ吸血鬼め。だいたい貴様だって、『朝起きれない〜』って毎朝、言い争いしてるだろ」
「少し黙ってくれないかな? 前世から延々と追い続けるストーカーさん」
私を放っておいて、あーだこーだ、と盛り上がる面々。
だが、しばらくすると、やっと結論ができたらしい。
「でも、元はと言えば、アレックスが一番大人気なくブチ切れてたじゃないか。わざわざ変装しているくせに」と3人の意見が一致したのだ。
「はいはい、僕が悪かったですよ」と一ミリも反省していなさそうなアレックスが代表してこちら戻ってくる。
「さっきのは、冗談だよ冗談。だいたい、僕が人に魔術をふっかけると思う? 王族なんだからそんなことはするわけがないでしょ」
打って変わって真面目腐った顔。
しかし、私は思った。
アンタなら、普通にすると思う、と。
「要するに、だ。注目されている中で、『美人美人』と言われるのが嫌なんだよね?」
「そ、そうですよ!!! やっとわかりましたか!!」
「それに、魔術も使ってほしくないと」
私はまじまじと目の前の王子を見つめた。
「仕方ない。愛する人を侮辱されたのは不愉快だが、あくまで平和的に行くとしようか」
そうやって、耳元で甘い一言を囁かれる。
「むぅ……まあ、愛する人って……まあちょっと行き過ぎかと思いますけど……その……頼みますよ」
もちろん、私目掛けて近寄りすぎた王子は、他の三人からタコ殴りにされていたが。
まあ、これだけ真摯な態度で言っているのだから、多少は認めてあげてもいいか……、みんながここまで過剰反応してくれたのも、きっと私のことを思ってのことだろう――
と思っていた時期が私にもありました。




