第十四話 悪役令嬢は、攻撃されると弱い
いやでもおかしくないか、と私は思った。
ちょっと待って。いったん整理しよう。
大きく息を吸う。
『女子寮に男子が入ってはいけない』
まだわかる。というか、これは当然のルールだ。
『女子寮に男子が入っても、それが婚約者や恋人同士であるなら見逃してあげる』
なるほど、これくらいはあるのかもしれない。ちょっと話したい、とかならまだわかるし。
『見逃してもらうためには、婚約者や恋人同士である必要がある。そのために、"ピーー"をするような仲であると大声で宣言する』
!?!?!?!?!?!?!??!
ここから意味が分からない。
いや、どういう言い訳???????
せめて、『俺たち、ほとんど婚約者みたいなものなんです。どうしても話したいことがあるって言って仕方なく寮に入れちゃった。ごめんなさい』くらいが普通の言い訳だろ、と私は思う。
どこに"ピーー"をした、と堂々宣言するアホがいるのでしょうか。
っていうか、普通、"ピーー"をしたから婚約者じゃなくて、婚約したから"ピーー"するような仲になると思うんですけど。
というか、私、そもそもアンタたちと手をつないだ覚えすらないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!
ここまで冷静に考えた私は、思った。
やばい。ここで誤解を解かないと私の寮生活が終わりを告げる、と。
「こ、この歴史ある女子寮で、”ピーー”をしたというのですか………?? ななな、なんて破廉恥な……!!」
さっきまでこちらを嵌める気満々だった彼女もあまりの衝撃に、顔を真っ赤にしている。
「で、ですが、それはおかしいですわ! 確かに、そのような仲でしたら、部屋に招き入れるということも考えられますが、そうあなた方は四人です!!」
私は思った。そりゃそうである。最悪、私とグレイズが婚約もしくは恋人同士であったとしよう。そうなった場合、他の三人は何なのでしょうか???
というか、完全に心情的にはカロリーナお姉さま派に近づいているぞ、おいアホグレイズ。
だが、余裕綽々と言った表情でグレイズが笑う。
「甘いな………カロリーナ嬢。甘すぎるぜ」
え?
「何を隠そう……俺たち四人は、みんなで集まって”ピーー”をしているんだ」
「は?」
「つまり、俺たち四人は全員が婚約者のようなものだ!!!!!」
空気が一瞬にして固まった。
私もカロリーナ様も、固まって動けない。
ドヤ顔で、いいこと言ったろ俺、みたいな顔をするグレイズ。
「へ、変態ですわ!!!」
ようやくショック回復したのか、あわあわ言いながら後ろに後退し始めるカロリーナ様。
「へ、変態がいますわ……!!」
そんな中で、再び私の頭の中で声が響く。
【ふっ、これがおれの作戦だ。カロリーナは宰相の娘。いくら何でも正面からじゃ分が悪い。そんな彼女から問いに対して、喧嘩腰に答えてしまえば、追い込まれるのは必須。しかし、口に出してはいけないような関係性だとあえて宣言するにより、俺は姫――カンナを守ることができる。我ながら完璧な作戦だ】
完璧????
何が????
この男の脳みそには完璧という文字が存在しないのだろう、と私は思った。
あんたのせいで、私、とんだド変態みたいになってんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
【へえ、上手いな。そもそも、愛し合う男女が”ピーー”し合うことに何の問題がある? これを名目にしたらあまりにもプライベートすぎて、さすがのカロリーナでもやすやすとは踏み込んでこれないだろう。グレイズか。案外、頭の切れる男だ。】
【”ピーー”か。たしかに、愛する相手と”ピーー”したいというのは誰でも持つ感情。それを前面に出せば彼女とて否定はできない。そういえば、俺も前世では”ピーー”をし損ねた……。今回はきっと彼女と”ピーー”をする仲に!!!】
【なるほど。吸血鬼は異性と一対一で”ピーー”するんだけど、人間は複数人で”ピーー”するんだ。人間っておもしろい!!!】
脳内に響くアホたちのアホ声を無視した私は、最後の希望をかけ、カロリーナ様に呼びかけた。
「え、いや、嘘。え、カロリーナ様信じていらっしゃるんですか? そ、そんなわけないですよね!」と私が一歩近づくが、その瞬間、カロリーナ様も一歩下がる。
「い、いいのよ。カンナさん。へ、変な疑いをかけてごめんなさいね………。ううん、多人数の男性と楽しむっていう趣味も聞いたことがありますから………」
「いやいやいやいや!!! カロリーナ様!! 私を見てください!! ね?? こんな地味そうな女がそんな行為をするわけがないじゃないですか!!! ほら! 髪とかもう枝毛ばっかですよ!!!! ね!?!?!?」
なんで私が自分のことを地味だとか、枝毛だとか言わなきゃいけないのか、という疑問はさておき、カロリーナ様はもはや眼すら合わせてくれない。ずっと私の視線を避けたまま後ずさり続ける。
「い、いえ。意外と人は見た目に寄らぬものと聞きますし………。人の好みは様々ですわ……」
いやいやいやいや、ヤバい。とんでもない誤解をされてる。
「この棟は、寮の中でも一番最近新築されたばかりの棟で、人がいない方だとは聞いていましたが、まさかここで、そんなことに励んでいたとは……」
「お姉さま!!」と言って私はカロリーナお姉さまの裾をつかんだ。
もはや最終手段である。
ちゃんと話を聞いてもらえば、私の立場を理解してくれるはず。そう考えた私は、カロリーナ様にすがろうと思ったのだが――、
しかし、「ひぇっ!」という一言と共に、カロリーナ様に手を祓われてしまった。
「お、お姉さま!? 貴女のような方に『お姉さま』呼ばわりされる筋合いはありませぬ!! ま、まさか……私も、その毒牙にかけようというのですね!」
「え?」
「たしかに世間では男女問わず、欲望の対象にする方がいると聞きます!!! しかし、このカロリーナが! そんな卑劣な、破廉恥な行為に仲間入りするとでもお思いですか!?」
「いや、別にそんな」
「私は!!! あなたのような破廉恥な方には決して屈しませぬ!!!!!!!」
そう言って、天使のような叫び声で、真っ赤な顔をして走り去っていくカロリーナ様。
「え゛っ?」
そうして、残された私は、このつぶれたヒキガエルみたいな声でうめくしかほかなかったのである。
「え゛っ?」
私的イメージ
→【悪役令嬢】
異世界恋愛では、じわじわ噂とかで嫌がらせ悪役令嬢が多い気がする(イメージ)。が、次は直接仕掛けてくる悪役令嬢が流行りそうな予感。
日々ナイフの訓練を欠かさず、女主人公の命を狙う武闘派悪役令嬢。そんな彼女と女主人公の最終決戦は、もちろん舞踏会ではなく武道会。
そうして、己の拳で語り合い、二人はやがてライバルへ……。
……いや、ないですね。




