第十三話 異世界恋愛における下ネタの扱い方を考えよ
「さて、カンナ。どうする?」
そう言うのは、グレイズである。この男は、四人の中ではまだ照れによるダメージが少なかったらしい。
「どうするって……何がよ」
「そりゃお前の後ろの……なんだっけ、カロリーナとかいうお嬢さんのことだよ」
ちなみに今でもひっきりなしに後ろからは、ドンドンとドアを叩く音が聞こえてくる。
「早く入れなさいよ!!」というありがたいお言葉付きである。
嬉しいねえ。
……もちろん、皮肉である。
「何とかして……説得を………」という私に対して、「無理だな」と意外なほど冷静なグレイズが言い切った。
「あれは完全に、中に男がいると決めてかかってるぜ。男を連れ込んだなんてことがバレたら、翌日には確実に噂になるだろうな」
「じゃあどうするのよ」
「俺に任せろ、カンナ」というグレイズの顔を、私はしげしげと見つめ返した。
「丸く収めればいいわけだろ? ちなみに、女子寮に男子を呼ぶってことは意外とある話なんだぜ。つまり、だ。俺たちがここにいたとしても、核心的なことを言わなければ問題はない。うまく言い訳すればすべて収まるってわけ。な? うまくやってやるって」
私は部屋の中を見渡した。
第一王子アレックスは頭がいいが、絶妙にズレている男である。よって、却下。
前世の記憶持ちのクレメンスは、魔術の腕はいいが、絶妙にズレている男である。よって、却下。
えー、吸血鬼はド天然で、そもそも人間とは価値観が全く違うから、何を言い出すかわからない。この場で「僕は、カンナちゃんの血をもらうためにここに来たんだ~」とか言い出されたら、完全に私の寮生活は終わりを迎える。よって、却下である。
たしかに、悪くない選択肢かもしれない、と私は思った。
グレイズは確かに色気を振りまく男だが、この場では意外と良識派だ。少なくとも、年中発情している、という点以外はまともである。
「そもそも、俺らはお前が心配だから来たんだぜ」
迷う私に対して、グレイズがゆっくり近づいてくる。
「ただ、お前が心配だったんだ。心から」
私のすぐ近くに、グレイズの顔。
「な? 俺を信じてくれ」
私はまじまじと目の前のイケメンを見つめた。
燃えるような赤い短い髪に、これまた燃えるようなまなざしが、こちらを真っ直ぐに見据えていた。
「本当に……大丈夫ね?」
「ああ、暴力もなしだ。あくまでも話し合い。な? これなら大丈夫だろ?」
「むぅ……まあそこまで……言うなら」
「わかった。ドアを開ける。俺に任してくれ」
そう言って、カラカラと笑うグレイズ。
「姫を守るのは、男の務めだ」
「べ、別に……姫って柄じゃないし……」
「俺にとってはいつでもお前だけが姫さ」
そう言い残したグレイズが、ドアの方に向かう。
こんなときばかりはその大きな背中が、とても頼りがいがあるように見えて……
しまった私が馬鹿でした。
「ぐ、グレイズ様……が、なんでこの女子寮に?」
急に部屋から出てきたグレイズに、唖然としながら問いかけるカロリーナ様。
そりゃそうか、と私は変な共感を覚えていた。
地味な女にちょっかいをかけようと思ったら、部屋の中から、やたら色気のあるイケメンが出てきたのだ。私が逆の立場だったら、私も彼女と同じような反応をしていただろう。
「カロリーナ嬢だっけ? お噂はかねがね」と余裕な受け答えを見せるグレイズだったが、すぐさま我に返ったカロリーナ様も嚙みついてくる。
「いくらグレイズ様や……、他のお三方がいようが構いませんわ。この女子寮の掟はご存じでしょう? 『男子は入室を禁ずる』。まさか、グレイズ様ともあろう者が知らないとは言わせませんわ!」
おお、凄い。
さすがは悪役令嬢である。輝かんばかりのイケメンに一歩引かない。
「確かに表向きはな。でも、『将来を誓った相手であれば、男子が入ってきても問題がない』という噂も聞いたことがあるぜ」
「ふふっ、ついにグレイズ様も焼きが回りましたか。そういう場合があるのは、認めましょう。しかし、」
そう言って、カロリーナがにやりとこちらを見る。
「それは、将来を誓った相手――いわば婚約者との逢瀬であれば、眼をつむるといった程度の口約束ですわ」
カロリーナの眼は言っていた。あなたたちはそんな関係じゃないでしょ、と。
私は思わずごくりと喉を鳴らした。ものすごい緊張感だ。ここからどうやって巻き返すんだろう。このままだと私は、将来すら誓っていない適当な男性を連れ込んだ悪女になってしまう。
でも大丈夫だ、と思う。さっきのグレイズの言葉は私のことを百パーセント考えた発言だったし、きっとここで一発逆転のアイデアが出てくるに違いない――、
「カロリーナ嬢。俺とカンナは、"ピーー"をするような仲だ」
「は?」
私は耳を疑った。この大事な一瞬に、18禁ワードが出てきたような気がするが、まさか気のせいだろう。
「"ピーー"、ですか……?」とカロリーナ様も一瞬遅れて、口をパクパクさせる。
大胆にもこんなことを言い始めるアホがいるとは思わなかったのだろう。
完全に呆気に取られている。
「ああ、”ピーー”だ」とグレイズが深くうなづく。
どうやら私の聞き間違えではなかったらしい。
「え? 大丈夫? 正気? 酔ってる?」
私は、後ろからグレイズを小突いた。
「ああ、正直に言うと、俺はお前の瞳に酔っている」
「いや、そういうキメ顔いいからマジで」
「いいから黙っておけ。俺がすべて丸く収めてやる」
そう言って、カロリーナに向き直るアホ一名。
「そう。そして、”ピーー”というのは、恋人や婚約したもの同士で行うものだ。つまり俺が、ここにいても、何の問題もない!!!」
え? どういう言い訳の仕方??
【"ピーー"】>>>>>越えられない壁>>>>>>>>キス>>>>ハグ




