4回目 一発逆転の銀河
「誰のために、身体を張ってると思ってるんだ!?」
いつものベッドの上で目を覚ました瞬間。彼は勢いよく身を起こした。
石を投げつけられて絶命した男。クレインは怒っている。
先祖代々の、思い入れがある土地を守りたいのはもちろんだが、彼が生き残るための戦略を立てているのは、主に領民の命を助けるためだ。
「それを……もう!!」
クレインはきちんとした教育を受けたからこそ、人並みに領主としての責任感はあり、人並みに善悪の判断もつく。
何だかよく分からない情熱に突き動かされているが、虐殺など絶対に防いでやるぞ――という正義感で動いているのだ。
だというのに、暴動で命を落としてしまったのだから、起きて数分は荒れに荒れていた。
しかし、ふと我に返り、彼は急に落ち着きを取り戻す。
「このご時世だし、200年かけて納めた税を使い果たされたら……それは怒るか」
財政破綻する領地が散見される中での散財だ。領民の怒りは、分からないでもない。
彼はそう納得しつつ、この顛末を前向きに考えることにした。
「ま、まあいいさ。有識者たちの献策を、無料で使えることになったんだから」
時間が巻き戻っているので、献策大会で配った賞金は無かったことになっている。
巨額の賞金に釣られて、真剣に考え抜いた専門家たちの政策が、丸ごと手に入ったのだ。
クレインは使えそうな意見を、軒並み覚えておいた。
忘れないうちに、早速メモに書き出していったが――しかし、その筆はすぐに止まった。
「え? あれ? マズい、もう結構忘れてる」
暴動が起きるまでの間に、もちろん記録を残していた。具体的な計画を立てていた内政案もあった。
にもかかわらず、いくつかの草案は、既にうろ覚えになっている。
衝撃的な死に方をして、記憶まで飛んだのだろうか。
焦りつつも、クレインは出来る限りの内容を速記していった。
「まあいいや。大筋で覚えていれば何とかなる! やるぞ!」
笑いながら机に向かい、ガリガリと書き進めていたクレインは、少し経ってから、また我に返った。
そういえば、そろそろじゃないか? と。
そして寝室の入口に振り返ると、メイドのマリーが扉を半開きにして、恐る恐る自分のことを様子見をしているではないか。
「く、くれいん、さまー?」
「ああ、マリーか。どうして入ってこないんだ?」
「いえ、あの、荒れていらしたようなので」
彼が独り言で声を荒らげていたのは、廊下を歩いていたマリーにも聞こえていた。
完全にブチ切れていた領主が、突然机に向かったかと思うと、笑いながら殴り書きを始めたのだ。
そんな中でモーニングコールをするには、かなりの勇気が必要だったことだろう。
状況の把握を終えたクレインは。気まずそうに後頭部を掻きながら言い訳した。
「ちょっとムカつく夢を見ただけさ。もう何の夢かも覚えてないけどね」
「そ、そうですか?」
「うん。叫んで喉が乾いたし、水でも飲もうかな」
今日もクレインの朝は、1杯の水から始まる。
しかし水を飲み、食堂で朝食を済ませた後は、普段と違う行動を取った。
部屋の本棚にしまってあった領内の地図に、いくつかの書き込みを加えてから、彼は領都の南側にある鉱山に向かう。
◇
「坊ちゃん? 珍しいですねぇ、こんなとこまで」
鉱山に着いたクレインは、茶髪を短く刈り上げた、タンクトップ姿の男に声をかけた。
彼はアースガルド領の鉱山で親分をしている、バルガスという男だ。
「俺はもう領主様だよ、バルガス。坊ちゃんはよせって」
「へへっ、あっしらにとっちゃ、子か孫みたいなもんですがね」
地元の顔役であり、労働者とアースガルド家の仲を取り持つ存在でもある。
クレインの幼少期から屋敷に出入りしているので、仲のいい親戚のおじさんか、準家臣のような位置づけの人物だった。
「で、今日はどうしたんですかい?」
「大事な話があって来たんだ」
「大事な話?」
滅多に鉱山まで登ってこないクレインが、一体何の用かと、バルガスは首を傾げる。
一方のクレインは手招きをすると、周囲に人がいないことを確認してから、坑道前の事務所に地図を広げた。
「いいかバルガス。今から話すことは秘密だ。この話は絶対に、外に漏れてはならない!」
「声が大きいですよ坊ちゃん。んで、秘密の話ってのは」
「まずはこれを見てくれ」
広げた地図には大量の×印が付いており、それは鉱山から見て、南東の方角に点在している。
「こりゃあ……大森林の方ですね?」
アースガルド領の南東には、険しい山と森に囲まれた、未開拓エリアが広がっている。
そこには断崖絶壁が多く、切り開いたとしても農耕地には使えない場所だ。
貴重な薬草や山菜なども生えておらず、価値あるものが見当たらない不毛の土地。わざわざそんな場所を開拓せずとも、平地の未開拓地は残っている。
調査記録すら満足に残されていない地域だが、そこに広がる、この×印は一体何だろうか。
首をかしげたバルガスの耳に顔を近づけて、クレインは囁く。
「この辺りに、銀の鉱床があるらしい」
「……なんですと?」
領内で銀が採れるとなれば、国内での発言力と重要度は一気に増す。
何故なら、奇しくも昨年の暮れに、王家が所有する銀山の一つが完全に枯れたからだ。
「銀不足のご時世だからな。もし採掘できるようになれば、かなりの力を付けられると思う」
資源を発見した者の特権として、鋳銭師を呼んで銀貨を作成する――貨幣製造権を申請できることになっている。
一定の身分は必要になるが、子爵家ならばそこも問題ない。
「本当なら……すげぇことですがね。こいつはアテになるんですかい?」
「昔の文献からアタリを付けたんだけど、試してみる価値はあると思う」
どこまで信じていいのかはクレインにも分からないが、それなりの自信は持っていた。細かいポイントこそ違うが、献策大会に集まった数名の学者が、同じ主張をしていたからだ。
「何にせよ、一度調査してみてほしい。予算は出すからさ」
派手な功績を残そうとした、目立ちたがりがいた可能性は否定できない。
だが、銀があることを前提に、複数の学者が正確な位置はどこかで激論を交わしていたのだ。
だから全くの空振りではないだろうと、大きな期待をしているクレインに向けて、バルガスは言う。
「それで何も出なかった日には、その……」
「何も無かったという情報にも価値はあるだろ? 俺の子孫たちに、この場所は掘ったとして何も出ないから、調べるだけ無駄だと伝えられるじゃないか」
たとえば、アースガルド領で稼働している、スズや銅の鉱山が枯れたとしよう。
新しい鉱床を探す時に、探さなくてもいい場所が分かっていれば、少しは楽になる。
これは次に繋がることなんだと力説するクレインを前に、やがてバルガスも折れた。
「そこまで言うなら探してみますがね。ま、期待はせんでくださいよ?」
「分かってるよ、駄目で元々さ」
難しい顔をしたバルガスだが、領主からの強い要望とあれば、動かざるを得ない。
彼は険しい崖や谷を踏み越えるために、決死隊に近い調査隊を募ることになった。
◇
調査を依頼した、1週間後のことである。
「うぉら、どけどけ! 邪魔だ邪魔だぁあああ!!」
「な、なんだ!?」
「て、敵襲! 敵襲ーッ!?」
屋敷の玄関扉を蹴破りながら、バルガスはクレインの屋敷に乱入した。
敵城に一番槍を付けた兵が、そのまま城門を突破するような勢いだった。
ここ3日を夜通しで駆けてきた、彼の眼は血走っている。
傍目には特攻としか映らないため、警備の衛兵たちは、慌てて彼に駆け寄った。
「バルガスさん!? 止まってください!」
「坊ちゃん! てぇへんだ! 坊ちゃーーん!!」
現在の時刻は午前5時前。こんな時間に領主の家に突撃すれば、殺されてもおかしくはない。
しかし彼は、足元にしがみ付いた顔見知りの衛兵を引きずって、構わず前進した。
「ん、んん……なんだ? この声、バルガスか?」
物音に目を覚ましたクレインが様子を見にいくと、バルガスは階段の下で取り押さえられていた。
そんな彼に、寝ぼけ眼を擦りながら、クレインは尋ねる。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから」
「あ、ありました! ありましたぜ! 銀が!」
「へぇ、銀河? そりゃあ……良かったね」
何の話だろう。今はまだ夜明け前。夜空に銀河があるのは当たり前だ。
などと、寝ぼけて意味の分からないことを考えていたクレインも、数秒経ってから言葉の意味を理解した。
「――待て。銀があったのか!?」
一発逆転の秘策。富国強兵政策を実施するための屋台骨。
生命線にもなり得る銀鉱脈が、発見されたというのだ。
一瞬で覚醒したクレインは、ドタバタと階段を駆け下りると、最後には転びそうになりながら、バルガスの両肩をがっしりと掴んで叫ぶ。
「で、でかした! 調査隊の参加者には褒美を弾もう!」
「ありがたく! ささっ、坊ちゃんも現地に!」
その後クレインも旅支度を整えて、銀が発見された場所に向かったところ、周辺一帯にかなりの埋蔵量が確認された。
試掘してみると、どこを掘っても銀が出てくる。坑道を作るどころか、しばらくは露天掘りでやっていけそうな規模だった。
「やったぞ、資金源だ! これで領地が開発できる!」
「やりましたね、坊ちゃん!」
崖をいくつか越えた先に、こんなお宝があったのだ。本腰を入れて調査してみれば、歴代の当主もすぐに見つけられただろうが――
「放ったらかしにされていて、本当によかった!」
開発する意義が見いだせないから、誰も手を付けなかったのだろう。
そう思いながら、自分と同じような性格をしていたであろう、ズボラなご先祖様たちに感謝を捧げた。
何はともあれクレインは、資金源が手付かずのまま残っていたことに感謝しつつ、快哉の声を上げる。
「坊ちゃん! これなら他のポイントにも、埋まってるかもしれませんぜ!」
「ああ、調査の資金はいくらでも出すから、追加調査を頼む! ……あとさ、坊ちゃん呼びはよせって」
銀山が軌道に乗れば、大抵の問題には解決の目処が立つ。
だからクレインは、アースガルド家のほぼ全財産を、鉱山開発に注ぎ込むと決めた。
しかして今回は、根回しも忘れなかった。
「これで領内が豊かになる! 減税が待ってるぞ!」
事前に予定を組み、演説をして回ったところ、金の使い道に異論を唱える者はいなかった。
むしろ誰もが大歓迎だ。鉱山開発への期待の声が、領内の至るところから叫ばれている。
「よし、いける。いけるじゃないか!」
舞い上がったクレインは、銀鉱山の開発準備を全力で進めていった。
同時に、銀貨作りの権利を求めて、王宮に使者を送り出し――
――後日。屋敷に送られてきた暗殺者の手により、クレインは殺害された。
王国暦500年4月28日。
アースガルド領は、領主の突然死によって、王家の直轄地に併合されることになった。




