39回目 アースガルド子爵家を、一緒に滅ぼそうぜ!
「マリウスは頑張ってくれたし、トレックも活躍してくれた。滅びた家から吸収した人材もいい働きをしているけど……何も、それだけが情報源というわけではないさ」
王国の役人たちや、懇意にしている商人たち。
そして領主に好感を抱く、領民たちからの情報提供も望める。
最近ではヨトゥン伯爵家とも頻繁にやり取りをしているため、ざっと思い浮かべても、彼らの脳裏には様々な提供元が思いついた。
それらを活用したとしても異常な情報量だが、しかし敵の詳細を知れて困ることはない。
「敵を知り己を知れば、百戦百勝というやつですな、うむ」
「何でもいいけどよ、居場所が割れてるから暴れるだけでいいって話だろ?」
ランドルフがしみじみと呟いたのは、兵法書に書かれていたフレーズだ。
覚えた単語を早速使ってみたかったのだろうと思いつつ、口には出さずにクレインは続ける。
「無策でいれば、有事の際の対処に2、3千の兵を使うはずなんだ」
「だから事前に、不穏分子を叩き潰しておきたいと」
クレインとしてもプラスを取っていきたいところではあるが、領地が安定するまでには一年を見ていた。
言ってしまえばラグナ侯爵家が東進する時までに整っていればいいので、クレインが今回目指すものはプラスマイナスゼロだ。
「今のところは新領地だけで、治安が維持できるようになるのが目標かな」
治安維持に使っていた3000の兵が戻ってくれば、合算で1万3000の兵を得られる。
兵が立て籠もる城を攻め落とすなら、攻める側には3倍の兵が必要と言われているが――立て籠もる予定でいるのは急ごしらえの砦となる。
それでも弱体化したヴァナルガンド伯爵軍ならば、兵数が2倍と少しだとしても撃退は可能だろう。
そんな目論見で、数回前の人生から兵数を増やす工夫をしていた。
できることから始めた結果がこれだ。
実働部隊を率いる三人は驚きのせいか反応が鈍いが、何にせよこの作戦は完全に遂行しておく必要があった。
「東の動静が怪しいんだ。2か月以内……可能であれば1ヵ月ほどで、仕事を終わらせてほしい」
地図を食い入るように見ている三人に対し、クレインは期限を告げる。
すると彼らは、拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「ここまで詳しいことが分かってりゃ、半月もいらないと思うがね」
「こればかりは同意ですな」
「拙者もそう思いますが……よく、ここまで詳細な情報が集まったものです」
情報の確度については、クレインも自信を持っている。
ここに集められた情報が正しい確率は、ほぼ100パーセントだ。
「分かった。なるべく早くに頼む。……情報については、全面的に信頼してくれて構わないから」
彼らに渡した情報を得るためだけに、クレインは5回死んでいる。
その間に何をしていたのかと言えば、密偵だ。
滅ぼされたというか、返り討ちにあった小貴族家の人間は、悲しいことに誰一人としてクレインの顔を知らなかった。
知らない相手に、よくあそこまで派手に喧嘩を売ったなとは思いつつ、今回はそれが良い方に働く。
誰もクレインという人間を知らないのだから、彼は堂々と敵地へ乗り込み――
「アースガルド子爵家を、一緒に滅ぼそうぜ!」
などと言いながら、クレインは仲間集めをしていた。
一斉蜂起するんだ、団結するんだと呼びかけながら、各地に潜んだ不穏分子たちの元を訪ねて回っていたのだ。
そしてどの地域の、誰が味方になってくれそうなのか。
反抗作戦を企んでいる人間たちと相談をしながら、敵味方を徹底的に調べ上げていた。
「ば、バカ野郎! そいつがアースガルド子爵だ!」
「なにぃ!?」
調査の過程では、たまたまアースガルド領へ行商に来たことのある商人から、正体を見破られたこともあった。
そういうときはどうしたかと言うと、最も確実な手段を選んでいる。
「バレては仕方がないな。さらばだ!」
「なっ!」
「ええっ!?」
捕らえられる前に剣で己の首筋を切り裂き、颯爽とこの世を去って脱出だ。
こうして3度ほど、自ら過去に戻っていた。
自分のことを知る人間と出くわさないように気をつけながら、各地の勢力がどうなっているか調査し終わると、次はマリウスが率いる密偵たちの出番がきた。
クレインが個人的に目星を付けた場所を更に調べ上げると、あらかたの情報はすぐに出揃った。
その段階で一度、今と同じようにハンスたちを突撃させて、賊の拠点を壊滅させている。
捕らえた残党からより詳細な情報を聞き出していき、残念なことに、一番厄介な男爵家の長男に逃げられたので再度やり直し。
「くっくっく、アースガルドめ。地下通路があるとは夢にも思うま――」
「いらっしゃい」
「は?」
ハンスたちに追い立てられた不穏分子を、脱出路の出口で待ち構えて捕縛した。
そこからはもう、ひたすらに尋問するだけだ。
捕り物を終えてから実際に隠れ家などを見て回り、隠し扉や隠し財産の場所まで全て丸暗記してから再度やり直す。
本来なら半年かけて調べるはずの情報を持ち帰り、本来なら取り逃がす人間を捕まえる、その算段を立ててから今に至っている。
この狼藉者捕獲のタイムアタックは前回で既に3ヵ月を切り、決戦には間に合う速さとなった。
しかしここをより効率的に。最短経路で全ての敵を叩き潰せるように、クレインが各種の作戦ルートを修正したものが今回の作戦指示となる。
何にせよ調査は完璧なので、クレインは自信を持って部下を送り出していった。




