26回目 反省を活かして
「お疲れ様です、閣下」
「ああ、そちらはどうだった?」
「見どころがある者は何名かおりました」
涼し気な顔で佇むブリュンヒルデの足元には、兵どもが転がっている。
王国が誇る近衛騎士で、王子の側近まで務める彼女には、並の者では相手にならなかった。
もちろんランドルフ他、数名ほど対抗できそうなものはいるが、やはり大半はアテにならないと確信しつつ、クレインは指示を出す。
「合格者のリストアップを頼む。まずは小隊長くらいの扱いで始めよう」
「承知致しました」
辺りは死屍累々だ。白目を剥いた参加者が転がっているような場でも、二人は通常運転だった。
クレインは人死にを何度も見てきたどころか、己が何十回も死んでいる。
ブリュンヒルデは殺人に抵抗が無いどころか、善行と思っている節がある。
クレイン自身が奇妙な絵面だと思いながら、淡々と雇う予定の人物に声をかけて回ると、不合格者たちからは不満の声が噴出した。
「お、女だからと油断しただけだ! もう一度お手合わせ願おうか!」
「次は本気でやるぞ! 再戦しろ!」
強面の男たちが詰め寄り、徒党を組んでの直談判が行われた。
しかし面接官であるブリュンヒルデの態度は、どこ吹く風のままだ。
「衛兵のポストは残り少ないので、今回の試験では護衛官の適性を見ました」
「……だから、何だと言うのだ」
「先ほどの発言ですが。暗殺者が女性だった場合、貴方は気を抜いてしまうということなので――不適格です」
もちろん、純粋に腕前が足りていない者がほとんどだ。しかし相手が美人だからと、鼻の下を伸ばしている間にノックアウトされた者も何名かはいた。
「女の暗殺者など、そうそうおるまい!」
「そうだ! 油断させるなど卑怯だ!」
そして護衛を選抜しているクレインにとって、こんな発言をする人間の評価は低い。
言うまでもなく、彼が死ぬとすれば大抵は女性の暗殺者に殺られるからだ。
「そうだな。相手が女性だからと油断してかかるような人物に、安心して背中は任せられない」
「し、子爵様」
「ですが我々は……」
あまり評判が良くなり過ぎても問題だが、悪評が立つのはもっと問題だ。不合格の逆恨みに、あらぬ噂をバラ撒かれる可能性もある。
だからクレインは止めに入ったついでに、不合格者たちに前向きな提案をした。
「実力を発揮しきれず不合格になった者は、今月末の武術大会に参加するといい。敗者復活戦でも失敗したなら、実力不足と諦めてくれ」
以前と変わらないトーナメントであり、もちろん入賞者には仕官の権利が与えられる。
しかし今回は賞金がそこまで高くなく、引っ越し代で消える程度の寸志が設定されていた。
「武術大会?」
「そう言えば、街でそれらしい張り紙を見たな」
アースガルド家ではもう、武官が余りつつある。しかし今回は民衆への娯楽を提供するつもりで開催するため、祭りの必要経費として割り切ることにしていた。
真面目にやって強い者が出てくれば、それはそれでプラスでもある。
「興味がある者は参加してくれ。話は以上だ、解散!」
領主が話を打ち切った以上、談判はこれで終わりだ。去っていく仕官希望者たちを前に――クレインは過去の失敗を思い出していた。
以前は不作で先行きが不安な時に、大盤振る舞いの賞金を出して反感を買った。
それが原因で反乱が起きる程度には、失策だったと言える。
しかし今回は不作を乗り切り、開発ラッシュで先も明るい。賞金とて少額であり、移住するのなら補助を出す程度だ。
つまり諸々のバランス調整によって、現実的な催しに収まっている。
「ありがとうございます、閣下」
「女に負けるのは武人のプライドが許さない。という層もいるんだろ? それなら武人同士で決着を着ければ文句は無いはずだ」
「ええ、良き案かと」
これ以上腕自慢を雇う意味が薄いとしても、この大会を開くデメリットはほぼ無い。
しかし人材登用を抜きにしても、メリットならば幾らかあった。
「試験に落とされた恨みを参加者同士に向けることができて、移民関係のトラブルでストレスを抱えた住民たちへのガス抜きもできる」
娯楽が少ない時代にはコロッセオなどが流行るものだが、要するにクレインは格闘技の興業を行うつもりでいた。
単純な殴り合いは野蛮でも、決闘や競技ならそれは立派な祭典だ。
冬の間は領都まで出稼ぎに来る村民も増えるので、村に帰った時の土産話にでもしてもらえばいいと考えていた。
楽しみを領内全域で分かち合えれば、領民たちの距離も縮まるだろうという目論見もある。
「何にせよ話題にはなるだろうし、領民たちに娯楽を提供するのも領主の務めかな」
クレインとて、失敗したことの原因と対策は常に考えてきた。
今回は過去に考えた施策を再利用すると、上手い方向に転がりそうだと踏んだために、トーナメントの開催を決断している。
「領内の融和もしていきたいからな、祭りで領地全体の結束を高めるのも大事になるだろ?」
「左様でございますね。交流行事として、定期開催してもよいのではないでしょうか?」
「そうだな……。将来的にはこれを名物にして、観光客を呼べるようになれば万々歳かな」
仕官希望者たちに不満を抱かせないこと。領民に楽しんでもらうこと。
ついでに、背水の陣で臨む武芸者たちの中から、取りこぼした人材を拾えること。
少ない開催資金でこれだけの利点を生めるのだから、やらない理由がなかった。
「トレックなんかは出店で儲ける気満々だったけど……まあ、たまには楽しんでもいいはずだ」
前回の献策大会に来なかった人材でも、事情が変わって参加してくる者がいるかもしれない。
ランドルフ級の人材が出てくることを期待しつつ、クレインは未来にも思いを馳せた。
食糧事情以外の内政面が安定してきた頃だが、人材のスカウトも予想を遥かに超えて順調だ。
ここ最近では死んでもおらず、変な謀略を仕掛けられた形跡も無い。
ヘルメス商会や北候、東伯など、気を付けるべき勢力は大勢いるものの、クレインは全てが好転しているように感じていた。




