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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十三章 真相解明編・改

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第百四十六話 変わったもの、変わらないもの



 どんな形であれ、事態が動いた際には人員が必要になる。遠隔地であれば尚更だ。


 現地に常駐する人間も確保しておかねばならないため、包囲作戦のセットアップ段階で、南北の同盟者に駐在員の話も通す必要があった。


 そのためまずは、「交易についての話し合い」という名目でトレックが南部に出向き、次いで「外交の挨拶回り」という体裁で、エメットが北部に赴いている。


「それで、南は特に問題無しと」


 南方のヨトゥン伯爵領は隣接地であり、すぐに連絡が取れる相手だ。


 以前から親密な関係を築いてきたことはもちろん、アストリの輿入れで正式に一門入りしているため、他家よりは深い話がしやすい相手でもある。


「東伯との戦いで、駐留軍のやり取りまでしたんだから、共同作戦はこれまでの流れ(・・)で何とかなるだろうな」


 使者を担うトレックとて、先方からすれば大口取引先なのだから、下にも置かない対応で順調に話が進んでいた。


 昨晩に届いた報告書にも、ヨトゥン伯爵直々の歓待を受けつつ、大筋で話をまとめ終えたと記載がある。

 南に関して言えば、とんとん拍子と言えるだろう。


「当面の課題は、北か」


 一方で北部での動きは、立ち上がりがやや遅かった。最初の経過報告が届いたのも、つい今朝のことだ。


 しかしこれは担当のエメットにも、同行者たちにも特段の瑕疵(かし)は無い。

 ある程度、遅くて当たり前なのだ。


 こればかりは仕方がないと首を振りつつ、クレインは届いたばかりの簡潔な報告書を読み進めた。


「直通の近道を作ってはみたけど、やっぱり北とのやり取りは時間がかかるな」


 まずラグナ侯爵領までは単純に遠い。道は整備したが、難所もまだそれなりにある。

 だからどうしても、物理的に連絡の行き来が遅くなる。


 そしてエメットが、ヴィクターと直に話す機会もそうそう無い。組織が大きい分、意志決定までにそれなりの手順がかかるのも当然だった。


「とりあえずは侯爵家の外交担当と、会談の予定を組んだ……か」


 まだ具体的な、協力案の策定にまでは漕ぎ着けていない。それでも前進はしているようなので、クレインはひとまず、予想外の事故が起こらなかっただけで及第点とした。


「こう内密の話が続くと、外交部を作っておいて本当によかったと思うよ」


 彼は報告書を片手に、傍らで事務処理をしていたブリュンヒルデを、ちらと見た。

 何の話だろうかと顔を上げた彼女に、クレインは続けて言う。


「あくまで表向きの実働部隊は外交部だからさ」

「ええ、極力そちらを通した方が、円滑に進むかと存じます。機密となれば、民間人に任せるわけにも参りませんので」


 通常の手紙であれば、運送業を営むヘルモーズ商会や、馴染みの行商人に配達を頼むこともあるだろう。

 しかし国家転覆がどうの、という話なのだから、家中で収めた方が穏便で確実だ。


 今回の派遣が、高度に政治的な相談というのはさておき、そもそも貴族家が交渉する場面に、一介の商人が登場する機会など無い。無いはずだ。


「ああ、うん、それはそうだ」

「何かございましたか?」

「いや、何も」


 ――が、実のところ、この点に関しても過去のクレインはやらかしている。


 というのも、飢饉が回避できるほどの種籾(たねもみ)や種芋を、寒冷地種の在庫がある北部から大量に買い付けて、南部に運んで育てるまでの、一連の契約のことだ。


 昔から屋敷に出入りしていた行商人のトムに依頼し、方々から運搬役の商人を集めてもらった上に、売買の契約まで代理で済ませてもらっていた。


 互いの政策に関わる大規模な輸出入をしたというのに、その全てを民間の、しかも個人事業主に任せきりだったのだ。

 領主に話を通さず、無許可でやったことなので、外交的欠礼と言われても反論はできない。


 もっともその商売実績のおかげで、北侯とも関係値がプラスの状態からスタートできたわけだが、今となっては荒技にもほどがあった。


 クレインは苦笑いをしつつ、今後は儀礼的な手続きも踏んでおこうと誓いながら、冗談交じりに続ける。


「確かに、たとえばあの朴訥(ぼくとつ)なトム爺が北侯と面会したら、威圧感で心臓が止まるかもな」

「長く行商をしていれば、貴人との面会経験もありそうですが……意図を正確に伝えきれない可能性はございますね」


 ブリュンヒルデは中央方面とのやり取りを担当しているが、アレスの帰還後も王都には戻らず、以前のようにクレインの下で働いている。


 もちろんアレスが王都に帰還したのだから、中央での実質的な指揮官はアレスだ。

 彼にしかできない調査があり、向こうでの手勢も、今ではそれなりに揃っている。


 そのためブリュンヒルデにとっては、アースガルド領での連絡要員こそが、現地での仕事(・・・・・・)ということになる。


 奇妙な逆転が起きていたが、何にせよこれは他の裏方担当に比べると、業務負担が少ない。そのため、アースガルド家に残った彼女が何をしているかと言えば、以前と変わらない秘書業務だ。


 領地を出ていた間の引き継ぎや、業務の把握を済ませた今、本当に従来通りの働きに戻っていた。


「……これでいいんだよな、多分」


 領内に関して言えば、家臣同士で話をした方が早いに決まっているので、作戦のほぼ全てがマリウスの管轄下にある。


 彼はもとよりクレインの補佐官として動いていたので、勝手知ったる全体指揮だ。仮にこのまま全権を預けたとしても、全ての物事が何事もなく回るだろう。


 エメットは北部出身であり、ラグナ侯爵領は地元。トレックは正味、どことでも関係があり、強いて言えば南か中央との関係が深い。


 だから至極、合理的な采配に収まっている。

 今のところは、何ら懸念も見つかっていない。


 それでも歯切れが悪いクレインを、ブリュンヒルデは不思議そうに一瞥した。


「いかがされましたか?」

「いや、この状況が何か落ち着かないというか」


 改めて顔を見合わせても、ブリュンヒルデは相変わらず柔和な表情で、視線すら優しげだ。

 執務室で見る姿は、いつも、どの瞬間でもさほど変わらない。


 執務室の外では全く別な歴史が動いているが、執務室にいる限りは見慣れた光景なのだ。

 そして、裏切り者の内定作戦で無数に命を落とした今、懐かしい光景でもある。


 変わっているようで、変わっていないような。

 一時期は毎日の光景だったはずが、今では非日常のような。


 ブリュンヒルデはただ出張に行ってきただけであり、領主補佐の任務は継続中だったのだが、クレインの主観では本当に、何とも言えない状況だった。


「一緒に仕事をするのが、久しぶりだからかな」


 彼女にとって、こうした日常に戻ってきたのは数ヶ月ぶりだが、クレインにとっては一つの時代が終わるほど長い期間が空いた。


 振り返れば――いつ殺してくるか分からない秘書と――二人きりで仕事をするのは、何年ぶりのことだろうかと、クレインは益体(やくたい)もないことを考える。


「それともここ最近は、大人数でいるのが当たり前だったからか」


 クレインは適当に話をまとめたが、これに関しては率直な感想だ。


 拡大に次ぐ拡大で、領民も家臣も増えに増えている。静かな執務室で、黙々と書類の受け渡しをしていた頃など、遙か彼方の出来事だった。


「君が出ていた間にも、人の流入は進んだからな。様変わりしたところもあるんじゃないか?」

「引き継ぎは完了しておりますので、ご心配には及びません」


 王都近郊やラグナ侯爵領都といった都会で、軍人としての任務を終えたばかりのため、口調にやや硬さは残っているものの、個人的にも勢力的にも、過去一で友好状態なのは間違いない。


 しかしそれが、殺されないこととイコールかと言えば、否だ。

 王女の捕縛作戦は順調に展開しているが、実のところ、クレインの懸念は目の前にある。


「……さて、決裁の書類はこれで全部か。そろそろ一休みしよう」

「承知しました。お伝えして参ります」


 マリーはメイドの業務を辞めて、領地経営などを学んでいるところだが、だからといってブリュンヒルデが給仕をするわけではない。


 使用人を呼びに出た彼女を見送ると、クレインは椅子に深くもたれかかり、窓の外に広がる秋空をぼんやりと見上げた。

 思い浮かべるのは、これまた今となっては、遠い過去の出来事だ。


「……そろそろ、か」


 アレスが暗殺された現場に、ブリュンヒルデがいたことは明らかになっている。

 介錯。苦しまぬようにトドメを刺したとも、本人の口から聞いている。


 そのことを踏まえた上で、彼女を操った人間と、声をかけられた時期が不明のままなのだから――何らかの働きかけで、既に内心が変化している可能性はあった。


「この包囲網形成が、どこまで効いているかは未知数としても、王女は確実に追い詰められている」


 ならば、窮地の王女が放つ最後の切り札として、使うに惜しくはないはずだ。

 東方面の捜査を指揮するクレインを排除できるなら、仕込んでいた(・・・・・・)近衛騎士の使い所ではあるだろう。


「たまたま俺たちと接見できる距離にいなかっただけで、既にマインドコントロールが完了しているとしたら。動くのに最良な時期は、今だろうな」


 使い捨ての暗殺者が騒動を起こし、警戒体制が敷かれたことで、逆に襲撃を成功させやすくなっている。

 近衛騎士という立場上、有事の際はむしろ、要人の傍にいる機会が増えるからだ。


「王都に戻ればアレスを。アースガルド領に残れば俺を、簡単に暗殺できる位置にいるんだ。最後の安全策に残しておいた……という考えはあり得る」


 クレインの排除を命令した場合、それは二の矢というよりも、本命として機能することは想像に難くない。

 つまり、今は本当に、秘書から命を狙われていたあの頃(・・・)と近い状況にあった。


「そんな事態が起きれば、時を戻して対応するけど……その後がどう転ぶかな」


 もちろんクレインの所感では、彼女の行動におかしい点が見当たらなければ、言動にも何ら変わりない。

 配置の変化によって、敵が手を下す隙が無くなったと考える方が自然だった。


 だが内心で、何をどう思っているのかなど、外見で知れるはずがない。

 問題はそれを踏まえた上で、何が懸念となるのかだ。


 たとえば、捕縛したアクリュースの逃走幇助(ほうじょ)や、各種工作への加担はあり得る。

 しかしそれ以上に、情報の隠匿(いんとく)や握り潰しによって、王女が発見不能になるリスクがあった。 


「虚偽報告があれば、別な経路から分かるはずだ。裏切った様子が無いことも分かっている。……でも、王女を捕らえる前に、明らかにしておくべきことではある」


 どのような展開になろうとも、手遅れになることはないだろう。だが、楽観して構えるのは慢心だと、何度も己を戒めてきた。


 だから白にせよ、黒にせよ、確定させたいというのがクレインの本音だ。


「……どこから何が出てくるのか、さっぱり分からないな。これは久しぶりに、殺されるかもしれない」


 そうは思いつつ、むしろ後顧(こうこ)(うれ)いを絶つという意味で、気持ちとしては前向きだった。


 当人のブリュンヒルデとも、事情を知っていそうなピーターとの信頼も、十分に築けたと思っているからこそだ。


「この計画にも一段落ついた。……明日にでも、ピーターと話してみよう」


 過去に発生していて、清算していない案件はそれくらいだ。事件に関わっていた人間を洗えば、今後、何が起きるかも推測できるだろう。


 どこまで話してもらえるかは分からないとしても、尋ねるならば今。

 そう思い、クレインは調査計画と平行して、過去の真相を明らかにすると決めた。


 次回の更新は12/14(土)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
そのうち危険娘さん、剣技磨きすぎて、因果も結果も何もかも斬る!とかならんかな?もう死ねない!からの突破口とかもワクワク。
どんどんクリアが近づいてってるなぁ。でもこれ全部終わって孫も出来て老衰して大往生したとしても戻ってきたりはせんのかね…
ピーターとブリュンヒルデ問題はなぁ…。 他の案件とは別方向にハードなんですわ。
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