表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十二章 計略編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

285/289

百四十三話 術がある



 (よい)の口を過ぎて、日がとっぷりと暮れた頃の王都。

 時は、レスターがアレスに伝令を送る、4日前のことだ。


「やあ、お邪魔しているよ」


 燭台(しょくだい)の下でくつろぐビクトールは、酒で琥珀(こはく)色に染まったグラスを揺らしながら、家主に挨拶した。


 しかし声を掛けられた初老の男は、鷹揚(おうよう)な態度にしかめっ面で答える。


「人の寝所で勝手に始めているのは、お前くらいのものだな」

「そうだね。入口を知っている人間は、片手で足りるだろうし」


 この部屋には会議室ほどの広さがあり、奥側には暖炉がある。男がその脇に目をやると、緊急避難用の隠し通路が開かれていた。


 つまりビクトールは秘密の通路を逆行して忍び込み、他人の私室で、勝手に酒を(たしな)んでいたということだ。


「……まったく。隠居暮らしを終わらせて、復職する気にでもなったか?」

「それはまだまだ、先の話かな」


 呆れ混じりの溜め息を吐いた男は、空のグラスとボトルが置かれたテーブルを一瞥(いちべつ)すると、無言でビクトールの対面に座った。


 そして、深く刻まれた眉間の(しわ)を更に寄せながら、右手を差し出す。


「まずは一杯、寄こせ」

「ちなみに、冷えてはいないからね?」

「ここまでするなら、氷室(ひむろ)にくらい寄ってから来んか」


 蒸留酒をとくとくと注ぎ、男二人はテーブル越しに顔を突き合せる。


 そうして、二杯、三杯と無言で酒精を流し込んでから、家主の男は衣服の装飾品を外しつつ、ゆっくりと切り出した。


「しかし、何年ぶりかの再会が、こんな場になろうとはな」


 あるときを境に、ビクトールは北部から出てこなくなった。

 それは最早、遠い過去の話だ。


 地方に引き籠もっていた旧友の面を眺めて、男は続ける。


「理由も無しに、このような真似はするまい。何ぞ、急ぎの用か」

「まあ……そうなるかな。今日はこれを渡しにきたんだ」


 ビクトールは目を伏して、手元の封筒を差し出した。

 中身はアースガルド領、そして領主についての調査報告書だ。


 早速封を解き、文書を(あらた)めようとした男は――冒頭の一文に目を見開く。


「……これは」


 情報提供者には信頼があり、誤情報を持ち込むはずがないと信じている。

 だから平素ならば、真偽を尋ねるほど野暮ではない。


 だが、それでも男は、聞き返さずにはいられなかった。


「この報告は、アースガルド子爵に関する見立ては、(まこと)か」

「少なくとも僕の中では、事実(・・)かな」


 ビクトールの報告は、観測者の主観が入る真実ではなく、客観的な事実だ。

 確信に至った理由が要るだろうと、彼は順に根拠を並べていく。


「――始まりは、侯爵家の文官候補者に課している、ただの試験だった」


 ビクトールの私塾では、ラグナ侯爵家に流すための人材を育成していた。


 推薦を得るためのテストをパスするには、周辺領地に関する知識はもちろんのこと、侯爵家にまつわる歴史や、今を取り巻く環境への深い理解が必要になる。


 複数回の考課には、引っかけ問題も多分に含まれているのだ。幼少期から侯爵家の文官を目指していたとしても、いくらかの失点は承知の上で挑まねばならない。


 侯爵家の家臣になるために教えている、私塾でしか教えていない内容まで含まれたテストを――クレインは満点で合格していた。


 英才教育を受けた子弟たちが数年かける道程を、ただの一月で飛び越えている。


「北部の情勢に(うと)い遠方の人間が、初見であの成績を修めたんだ。優秀という枠には収まらないよ」

天稟(てんりん)の傑物であった可能性は?」

「ゼロじゃない。だからこれが、始まりだった」


 ビクトールはクレインのことを、過去よりも気に掛けていた。出会い方が違うがゆえに、より異質さが目についたからだ。


 そのためクレインの動向をつぶさに調査したが、結果として、行動には不可解な点が散見されている。


「まずは、足取りが(よど)みないことだね。初めて訪れたはずの場所でも、自分の庭のように過ごしていた」


 道に迷うことがない、程度ではない。ラグナ侯爵領都に長いこと住み、近隣に精通しているかのような振る舞いだった。


 だからもう一歩踏み込み、領地や、過去の経歴まで調べてみた。

 しかしクレインには、北部に住んでいた過去はおろか、滞在していた形跡さえ無い。


 素性が上がっても、平凡(・・)な青年以外の評価が無かったのだから、これでは何か裏があると疑うのが当然だ。


「だから、東の手の者かとも思ったんだ。潜入工作員かもな……って」

「過去形か」

「友好的だったんだ。不自然なくらいにね」


 裏表なく、全幅の信頼を置かれている。

 これは、ふとした態度や仕草、声色から読み取れるものだ。


 理由が分からない好意を(いぶか)しみはしたが、どうしても悪意や隔意(かくい)を感じられず、調べたところで不穏な情報は何も出てこない。


「そもそも、秀才や天才として潜り込むなら、それなりの過去を用意しておくものだよ」

「まあ、そうだな」


 間者であれば、ここまで目立つことも、不自然さを残すようなこともしないだろう。


 集めた情報をどの角度から検討しようとも、どう考察しようとも、ビクトールの疑問は深まるばかりだった。


「それから直接のやり取りでいくと……内心では思っていても、口にしていないこと。そんなもの誰にだってあるだろう?」

「我々のような者ならば、人並み以上にはな」

「それを全部言い当てられた、ということもあったねぇ」


 隠居してからはどんな家に住みたいか。どのような老後を送り、趣味に何をしようか。

 そんな将来設計を、ビクトールは公言したことがない。


 そうであったらいいなと、一人で空想して、思いを()せていた程度だ。


「隠居後の計画を口にして、前にこんな別荘が欲しいと言っていましたよね……と。そんなこと、誰にも話したことがないのにさ」


 事実として、クレインが用意した家の仕様は、ビクトールの理想通りだった。

 自身の願いや、望みを知られていたことになる。


 しかしどれほど優れた間諜であっても、思考や想いを盗みとれはしない。どこから知ったのかと考えても、「知れるはずがない」という答えが模範回答だ。


 会話を思い浮かべたビクトールはおかしそうに笑い、対面の男は更に先を促す。


「それで、確証を得るために、招聘(しょうへい)の提案に乗ったと?」

「考えれば考えるほど、おかしな部分が目に付いたからね。ここは博打のしどころかなと思ったんだ」


 わざと現地入りを遅らせて、人を送り、アースガルド領についての調査を行った。

 そこに現地協力者からの助力もあり、手元の調査報告書は万全に整えられている。


「ようやるわ。それでヴィクターの奴は、頭の血管が切れる思いをしたというのに」

「……それはまあ、言いっこなしさ」


 しかしそうして、更なる調査を進めたところ、領主本人の動向以上に不可解な点が散見された。

 アースガルド領では、現実的にあり得ない動きが起きていたのだ。


「彼の家臣たちにも、それとなく聞き取りはしてみたけれど……予定と動向がちぐはぐ(・・・・)だ」

「つまりは?」

「家の趨勢(すうせい)を賭けた開発計画の、始動直前に領地を離れるなんて、おかしな話さ」


 高名な私塾に赴き、文官を獲得すること。王都に上り、役人を登用すること。

 どちらも必要なことではあるだろう。しかしそれは、政策を実行に移す前にやることだ。


「クレインくんは度を超して優秀だった。だからこそ、やるなら筋道を立てて、整然とやるはずだ」


 財産の全てを投げ打ち、領地改革を始めたというのに――計画開始と同時に――長期の旅に出た。


 つまりはクレインが、何も考えていないただの馬鹿だったか、究極的に完璧な計画書が用意してあり、不在でも問題が無かったかの二択となる。


 そして愚か者である可能性は、これまでの経緯から否定されていた。

 だから男は、ビクトールにグラスを向けながら、反証を述べるように話す。


「長年温めて、前々から備えていたという線はあるだろう。事実、拡張も運営も順調なようだが?」

「でも領地の開発は、ある日、唐突に始まったものらしいんだ。一切の事前準備が無いままに、ね」


 常識外れの飢饉対策を皮切りに、アースガルド領では大改革が行われた。


 未発見の資源を次々と発見していき、軍事改革から都市計画まで一つのミスもない。その壮大な計画は、周囲の誰にも相談されないまま、見切り発車で始まっている。


 他の計画は何ヶ月も、何年も先を見て準備されているのに、始まりの瞬間だけは無鉄砲に見えるほど杜撰(ずさん)だった。


 これは、もしもの策を常に用意しておこうとする、クレインの性質とは合わない動きだ。

 計画の規模と完成度に比べて、不気味なほど危機感も無かった。


「ともあれこの計画は、2ヶ月間も旅に出ていながら、遠隔で実現できるものだろうか?」

「難しいところだな。……相当に運が良ければ不可能ではない、といったところか」


 ビクトールは頷くが、話はまだ終わらない。


 領地を発展させるための政策、その実行過程に不可解な点があれば、それに当たる人材の集め方も不可解だった。

 それを彼は、こう評する。


「文武を問わず、家臣の雇用方法も奇抜だった」

「奇抜、とは?」

「面識が無い中央部の貴族に親書を送り、三男を引き抜くために交渉してみたり。北部の平民に向けて、名指しで登用の誘いをしていたりと……まあ、いろいろさ」


 会ったことも話したこともない上に、広く名前も知られていない者たち。

 しかし領地に必要な人材を、クレインは的確に、ピンポイントで採用していった。


 雇った人材で諜報部を組織してはいたが、それは勧誘を受けたマリウスの手によって作られたものだ。

 であれば初期に持っていた人材の情報は、どこから入手したものなのか。


 北部に関してもビクトールだけでなく、ほとんど塾生について、クレインが一方的に知っている節があった。


「そして雇ったその日には、出身地から趣味嗜好まで、ほとんどを把握していたんだ。元から知り合いだったみたいにね」


 クレインは家臣が増えすぎて、名前を覚えるのが大変だとぼやいていた。しかしビクトールの私塾を卒業した生徒たちに関しては、前々から知っているような態度でもあった。


 いつ、そこまで深い話をしたのかと驚くほど、個々人の事情や性格を理解していたのだ。


 そして度重なる不自然は、施策や人材集めには留まらない。

 他勢力への反応に関しても、不可解な点が目立っていた。


「ヴァナルガンド伯爵家の侵攻についてもだ。会戦の(はる)か前に対策を取り始めて、敵軍の作戦開始と同時に(・・・)、返し手を打っている」


 ヴァナルガンド伯爵領からアースガルド領までの間には、相応の距離がある。

 だというのに、情報取得までのタイムラグが無かった。ということだ。


「負けたら終わりの博打を重ねて、当然のように、全てで成功を収めてきた。そんなことが……これに限らず、何度もあった」


 敵軍の行動を見てからでは間に合わない作戦ばかりだが、予想で動いたにしては、正確さと精密さが高すぎた。

 ビクトールはそれらを勘案しながら、始まりの日からの一連の流れを、別な言葉で置き換えていく。


「彼は存在しないはずの情報から、まるで、予知のように正確な戦略を立ててきたんだ」


 何度も歴史を繰り返してきた、クレインにとっては当たり前の行動だ。

 彼らの目にはこれが、どう映っているか。


「これから何が起きるかを、全て、事前に知(・・・・)っていた(・・・・)ようじゃないか」


 未来を知る(すべ)がある。

 ――否、過去に戻る(じゅつ)が存在する。


 そうと知っている者たちからすれば、最も考え難いはずの、正解が見えてくる。


「これだけの材料が揃えば、推して知るべし、か」

「ああ」


 全ての不可能を除外して、最後に残ったもの。

 それがどれほど奇妙なことであっても、それこそが真実であり、事実なのだ。


「恐らく、クレイン・フォン・アースガルドには――」


 目を伏せたビクトールは、一瞬口ごもり、言う。

 報告書の冒頭に記載した一文と、同じ言葉を。


「僕の弟子には、時を遡るための禁術が掛けられている」


 夏の熱気で更に温くなった蒸留酒を、ビクトールは一口に(あお)った。


 彼は空になったグラスをテーブルに置くと、対面に座る男の反応を伺いながら、いつになく真面目な口調で付け加える。


「そしてアレス殿下も。……貴方の息子も、情報を共有している可能性が高い」


 その疑いが濃厚となれば、報告せねばならない。

 立場を抜きにした友として。そして、王国に住まう一人の臣下としてだ。


「……なるほど、な」


 唐突に現れた、旧友からの報せを受け取った国王(・・)は、頭が痛そうな表情を浮かべながら、右手で(ひたい)(おお)った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前々話でのアレスの危惧は手遅れで既にバレテーラだったとw とは言えこの周回で見えるクレインの行動って、王家としてはメリットだけではあるから、即危険分子として処罰とはならないと思いたいな。 んー、呼び出…
ビクトール先生なら辿り着いてもおかしくないと思っていたけど、やっぱり気づいていたんですなぁ というかクレインも先生相手には思わせぶりな事ばっかり言ってたからむしろ気付いて欲しがってたまである
真相解明編・改ってそこーーっ!!! いや、初期の頃からそこまで色々疑ってたんかい、ビクトール先生(戦慄) 門外不出の禁術の存在知ってる時点でマジで何者だよこの人。ラグナ侯爵とは別に王との親交でもある…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ