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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十二章 計略編

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エピローグ 決意表明


「いろいろと検討したが、王都に戻ろうと思う」


 帰る時期を先延ばしにした翌日。朝食後に執務室を訪れたアレスは、クレインに王都への帰還を告げた。


 何の脈絡もない宣言に驚きつつ、一拍置いて、クレインはその理由を尋ねる。


「どういう心境の変化なんだ? 昨日はあんなに駄々(だだ)をこねていたのに」

「不敬罪で(しょ)すぞ貴様」


 軽口を挟みながらも、早朝に王都から届いた手紙を差し出して、アレスは続けた。


「どうやら情勢が変わったのでな」

「これは?」

「王都に出戻った、レスターからの報告書だ」


 クレインが内容を読み進めると、王都の不穏分子が、順調に撲滅(ぼくめつ)されていると書かれていた。

 だが問題は、その動きが順調すぎることだ。


「……なんだか、連行された数が多いな」

「ああ、想定が外れたようだ」


 特に目立った人間を排除して、怪しい人間に監視を付けるくらいが落とし所だろう。

 彼らは王宮の対処をそう推測していた。


 しかし処罰の対象者が異様に広く、アクリュースを支援していたであろう、派閥のほとんどに調査の手が及んでいる。


 報告書には、多少でも陰謀と関係がありそうな人間は、誰彼構わず取り調べを受けていると記されていた。


「……陣頭指揮を執っているのはアイテール男爵家だが、指揮官に余計な者が加わったらしい」

「余計な?」

「あの大馬鹿者だ」


 その単語だけで、もう察せた。

 だから苦笑いをしつつ、クレインは事の裏を考える。


「先生は、徹底的に取り締まるつもりみたいだな」


 アイテール男爵は以前にも、王都での動きを密書でクレインに伝えてきた。

 その時点でも厳しい動きをしていたが、ラグナ侯爵家の看板を背負って参戦したビクトールは、輪を掛けて容赦が無い。


 これにより計画を乱されたアレスは、恨みの籠った眼差しをクレインに向けた。


平素(へいそ)は働かぬ穀潰(ごくつぶ)しだが、働いてみればこれだぞ。一体どこまで厄介なのだ」

「まあ……この際、それは置いておこう」


 この分なら、じきにアレスの身は安全になるだろう。

 しかしそうであれば、急ぎの帰還を決めた理由は何か。


 クレインは頭を回して、このまま進んだ場合における、先々のことを思い浮かべた。


「なるほど。このまま荒らすと本命(・・)が王都を離脱して、地方に潜伏するかもしれないな」

「そうだ、だから厄介だと言っている」


 アレスの暗殺を目論んだのは、もちろん反乱軍に付いた貴族たちであり、その旗頭と言えば第一王女だ。


 旗下(きか)の貴族たちに包囲網が敷かれた場合、中央は危険と判断したアクリュースが、東西のどちらかに逃れる確率が高くなる。


 そして、過去よりも早く王都から出た場合は、そこから先の動きも変わってくる。そうなれば過去の経験が全く参考にならず、事前の予想が不可能な域にまで達するだろう。


「だからこそ、多少のリスクを負ってでも、今は私が中央にいるべきだと判断した」


 アレスらしからぬ発言ではあるが、彼は何でもない様子で、迷いなく続けた。


「万が一、暗殺されるような事態になれば、やり直せば済むことだ」

「それでいいのか?」

「構わぬ」


 自らの命を駒として割り切れる程度には、アレスの肝も据わっていた。

 だから至極、合理的な判断をしつつ、彼は今後の予想をクレインに告げる。


「冬場は捜索範囲が限定されるからな。逃亡を図るとすれば、初雪の頃だろう」

「ヘルメスの時みたいに、どこかで捕捉できればいいんだけどな……」


 捕縛作戦を思い浮かべたクレインは、すぐに渋い顔をした。以前とは違い、今回のケースでは捜査網の構築が難しいからだ。


 と言うのも、ジャン・ヘルメスは大商会の長ではあるが、爵位を持たない民間人だった。


 クレインとて、表立って動かしたのはスルーズ商会だったため、始末の瞬間以外を切り取れば私人間の争いに過ぎなかったのだ。


 だが今回は第一王子が狙われて、王宮に被害も出ている以上、国家の威信を賭けた捜査が行われている。


「無理に支援を申し出ても、悪目立ちしそうだ。どうしたものか」


 忠誠心の高い中央貴族や、各騎士団が血眼で反乱分子を探しているのだから、横槍を入れる隙などどこにも無かった。

 介入の大義名分を探して唸るクレインに対し、アレスは冷ややかな笑みを浮かべて言う。


「そこで、私の出番というわけだ」

「策があるのか?」

「ああ、擬似的に時渡りを使わせてもらう」


 回帰したところで、記憶を保持できるのはクレインだけだ。

 時渡りの真似事と言われたクレインは、首を傾げて聞き返した。


「……ええと、どういうことだ?」

「私が毎回(・・)、情報収集の相手を変えて、その結果を伝達すればよかろう」


 つまり今回の人生では、指揮官のアイテールをマークして情報を(かす)め取り、クレインに自害させる。

 そして次の人生では、参謀のビクトールから情報を盗み取り、クレインに自害させる。


 方々から得た情報を結果を集計していけば、アースガルド家が無理に手勢を動かさずとも、国の調査結果を横取りできるという算段だった。


「繰り返し欠片(かけら)を集めれば、いずれは調査状況を完全に把握できよう」


 身分を盾にして情報を強請(ゆす)るという面でも、尋問の腕という意味でも、自信を感じる声色だった。

 しかし過度に尊大な態度で、自信満々に言い放ったアレスの様を見て、クレインは苦笑する。


「命を無駄にしない方が、いいんだよな?」

「私は死亡回数を、最小限に収めろと言った」


 死ぬことに価値がある場面。要は、死ぬべきときは死ねということだ。

 なんという詭弁(きべん)だと、クレインは困り顔をする。


 しかし数打てば当たるの無作為(むさくい)な索敵よりも、アレスを利用した諜報活動の方が、死亡回数を抑えられるのは確実だ。

 だから両手を挙げながら、賛成の意を示す。


「分かったよ。なるべく、俺が死なないように頑張ってくれ」

「確証が得られるまでは続けるぞ。……誤情報を渡すわけにもいくまい?」

「そこは本当に頼む」


 その件を持ち出されてはと、クレインは諦めの感情を抱きながら、首を縦に振る。

 アレスの誤情報で踊らされた過去を焼き直すのは、勘弁願いたいことだった。


「とは言え、暗殺される度に情報を集めるのは大変だから、そっちも死なないように立ち回ってくれ」

「誰に物を言っている。……まあ、そういうわけだ」


 安全が確保され次第の予定だったが、こうした事情で唐突な帰還が決まった。


 それでもアレスにとっては、この選択も戦術として悪くはないという印象だ。

 何故なら、帰るつもりがなかったのは本心だからだ。


「この近辺にまだ間者が潜んでいたとしても、当面は様子見に徹するか、アースガルド邸での暗殺を目論んでいることだろう」

「ああ。気まぐれみたいなものだから、この移動を読めないとは思う」


 だからこそ、拙速でもいいから最速で、突然アースガルド領を出ていくこと。

 その選択も妙手ではあると、クレインは頷いた。


「敵の諜報も対応できないだろうし、道中は安泰か」

「……問題はむしろ、陛下への申し開きだな」

「それこそ失敗すれば、やり直せばいいさ」


 帰路が順調だったとしても、そこから先には国王との折衝が待っている。


 その話がどう転ぶかは出たとこ勝負だが、アレスの顔に悲壮感は無かった。

 むしろ感慨深そうに、彼は言う。


「……そうだな。やり直せたからこそ、今がある」


 この時期には落命していたはずのアレスが、暗殺の回避に成功して、今もなお健在でいるのだ。


 詰んでいた状況から立ち直り、違う道を歩み直せたのだから、変わった未来もきっとどうにかなる。

 彼らの間には、そんな共通認識があった。


「ともあれこの状況で、座して待つことで好転する要素は無い。早急に情報を集め、先手を打つぞ」


 にわかに慌ただしくはなったが、取り締まりの苛烈さを知った以上、地方で静観している場合ではない。

 それはクレインとしても頷ける意見だが、念のために今一度の確認を入れた。


「最悪を想定した方がいいとは思うけど、結局、禁術が敵の手に渡っている可能性は高くないんだよな?」

「ほぼ、皆無と言っていいだろう」


 ならばクレインにとっての懸念は、復讐相手が()(さら)われて、手を下す機会が失われることだけだ。


 しかし仮に身柄を押さえられた場合は、発見時の報告を読み返し、潜伏先に当たりをつけて、自分たちが先回りすることもできる。

 そう考えるクレインに対して、アレスは不機嫌そうな顔のまま、身を乗り出して言う。


「いいか、ほぼ(・・)ゼロではあるが、決してゼロではない。油断はするな」

「勘弁してくれ、分かってるって」


 クレインは予想外の展開に思考停止しがちだが、復讐に関して手を抜くつもりは無い。

 だからここは軽く流しつつ、アレスに言う。


「でも、先生たちの捜査で取り逃したとしたら、王都を出た時期だけでも把握しておきたい」

「そうだな。その点は、よく見ておくとしよう」


 過去のアクリュースは東部のヘイムダル男爵領にいたが、順当に考えれば王都からほど近い、西部地方に身を潜める確率が高い。


 東部に落ち延びたことに、特別な理由はあるかもしれないが、進退窮(しんたいきわ)まったアクリュースが手近な避難先を選ぶ可能性はあった。


 そもそも王都から脱出しない可能性や、中央部に留まる可能性もあるが、そこは優先順位をつけて絞っていくことになる。


「地方に逃れたとすれば、その時点で好機ではあるがな」

「ああ。王都を出てくれさえすれば、むしろこっちのものだ」


 厳戒態勢の王都では、クレインに打てる手は限られていた。しかしそこから外れた場合は、配下を投入する用意がある。


 中央勢力の誰にも気づかれずに、潜伏した王女の身柄を奪うこともできるだろう。

 そうなれば何も問題は無いとして、アレスは話を締めくくりにいく。


「王都のことは王都の手勢で片付ける。派遣した人材も、ブリュンヒルデも引き続き貸してやるから、上手く使え」

「助かる。まだ手は足りてないし、やるべきことも山積みだからな」


 アレスの帰還によって何が変わるかと言えば、何も変わらない。ただ昨年末までの体制に戻るだけだ。

 つまりは今後は各自が、各自の持ち場で、為すべきことを為すことになる。


 これで別れの挨拶は済んだとばかりに、アレスは外套(がいとう)のフードを被った。


「ではまた、春に会おう。三家での同盟会議には、私も顔を出すつもりだ」

「もう行くのか?」

「すぐに発つが、見送りは無用だ。あくまで秘密裏に移動するのでな」


 これよりアレスは反逆者の捕縛作戦に便乗し、情報を横流しされたクレインは、王都の外で包囲網を形成する。


 その先に待つものは、一つの終着点だ。

 互いに大詰めを予感している中で、アレスは右手を差し出した。


「なるべくでいい。死ぬなよ、クレイン」

「そっちも、元気で」


 固く握手を交わしてからすぐに、アレスは執務室から出て行った。

 その背中を見送ったクレインは窓辺に立ち、執務室の窓から晩夏の青空を見上げる。


「いよいよ、時がくるか」


 季節はもうじき、秋に入る。そして捕捉の機会が巡ってくるとすれば、冬の始まり頃になるだろう。

 そのため今秋中(こんしゅうちゅう)に用意を重ねて、激動の冬に備えることになる。


「誰にも渡さず、俺たちで見つけ出すんだ」


 禁術の副作用と、トラウマによって記憶を無くしても、なお残ったもの。

 それは心に根を張った、怒りと恨みの感情だ。


 クレインが持つ不屈の精神の根本には、元凶である王女への復讐心があった。

 どれほど死を繰り返しても消えない、憎悪を原動力にして、地獄のような日々を耐え忍んできた。


「……もう、報復(それ)だけに囚われてはいないよ。守りたいものも、大切なものも、たくさんあるから」


 歴史を変えた結果、身近な人間が何人も死んだ。

 自らの命を消耗品と捉えて、度を超えた自害も繰り返した。


 しかし、そんな事態を回避したいがために、この生存戦略を続けてきたのだ。

 原点を振り返った今、全てを投げ打つような復讐に走ることはない。


「だけど区切りを付けるために、避けては通れない」


 領民を、友人を、忠臣を、家族を守りたい。

 それこそが、クレインが心から願うことだ。


 怒りや憎しみが全てではないとしつつ、クレインは敢えて、天に決意を表明した。


「因縁を断ち切って、前に進むためにも……ここで仕留める」


 少ない手がかりを何度も手繰(たぐ)り直し、どれだけでも人生をやり直して、必ず凶行の報いを受けさせる。


 自分が自分のまま変わらず、ただ非道への報復として仇を討つ。

 その意志を確固たる物にしたクレインは、遠く青空を睨み、呟く。


「決着を、つけようか」


 首尾よくアクリュースを捕らえたとしても、始末したとしても、その先には決戦が待ち受けているだろう。

 しかし苦難の道を進み続けたことで、果たすべき目標は見えてきた。


 真相を知った日から始まった物語は、やがて一つの結末に辿り着く。



 次回から、第十三章「真相解明編・改」に入ります。

 更新は10/5(土)の予定です。

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― 新着の感想 ―
主人公の決意が重く、私だったら挫けている所です。 足掻いていい結末に辿り着いて欲しいです。
[一言] 盛り上がってまいりました。 楽しみ
[良い点] 更新ありがとうございます! いよいよ決戦に向けてですね…!今後も楽しみです(・∀・)
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