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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十二章 計略編

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第百四十一話 監査と休暇



 犯人と罪状が事件の前に確定しているのだから、拘束以後の取り調べは全て茶番だ。

 家族と要人を避難させている間に、クレインは粛々と粛清を進めていた。


 かねてからの予定通りに、淡々と、何事もなく処理が進んでいたかと思いきや――アレスの帰還と共に状況が一変する。


「今……なんて言った?」


 アレスは寄り道して、必要だと思った人間を回収してから、クレインの執務室を訪れている。

 現れたのが誰かと言えば、ピーターだ。


 いまいち状況を掴めていないクレインは、まず、彼からの唐突な要求に復唱を求めた。


(それがし)の職権により、監査を行います……と、申し上げました」


 ピーター・フォン・シグルーンが――というよりも、シグルーン伯爵家が持つ権限は何か。

 それは貴族家に対する、監督と検査の権利だ。


「似合わないことをしているようで、その実、本来のお役目なのですよ」


 法務官のレスターが、出向先の領地で裁判を開けるのと同じことだ。

 これは権利であるが、家業としてこの責務を担えという、家としての義務でもある。


「なるほどな」


 ピーターは貴族家の不正を調査するためならば、領地の施設や貴族の邸宅へ、自由に立ち入る権利を持つ。

 執務室の机から寝室のベッドの下まで、一つ残らず調べ上げる権限があるのだ。


 今まで忘れていたというよりも、完全に考慮したことが無かった属性を思い浮かべながら、クレインは呟く。


「それが伯爵家の特権というか……職務権限か」

「左様でございますなぁ」


 もちろんクレインは、彼を監査役として派遣したことなどない。普段は護衛、有事は将軍、緊急事態後は文官という使い分けをしていた。


 ピーターがアースガルド家に来てから1年半の間に、一度も使っていない権限だとしても、権利としては間違いなく持っている。

 王家からの要請があれば、動く義務があることも事実だ。


 役人として不正を斬るという姿が、怠け者のピーターから想像がつかないとしても、それは問題ではない。

 (おおやけ)に監査を宣言されれば、クレインに拒否権は無かった。


 しかし戸惑いがちに、ただ一つだけ物申すなら――


「どうして今、このタイミングで?」


 極限まで効率化したとは言え、今はお家騒動の真っ最中なのだ。


 そんな場合でない(・・・・・・・・)ことは誰の目にも明らかであり、監査を宣言した本人も分かっている。

 とした上で、ピーターはアレスを横目で見た。


「第一王子殿下からの、要請でございますからなぁ」


 ならば尚更、クレインには意味が分からない。

 共に作戦を立てたアレスならば、内情を知っているはずだからだ。


 ラグナ侯爵家の帰路である北西を気にしつつ、敵が攻め込んでくる北東に変化が無いかを見張りつつ、複数のテロが起きた領都の仕置きが待っている。


 そして領地の中心部で起きた事件以外は、少なくとも数日すれば落ち着くだろう。

 だからこそ、よりにもよって今、立ち入り調査を決行した理由が分からなかった。


「監査の最中は、執務室から出てもらう。つまり今日の仕事は中止だ」

「そうは言ってもな……」


 アレスが未だにアースガルド家を警戒していたのなら、調査に入る最大の好機ではある。

 しかしクレインを疑うような段階は、とっくの昔に通り過ぎていた。


 手を止めさせて、彼が得る利益など無い。

 だからこそ、いつも通りの仏頂面で、強引に仕事を止めてくる意味が分からないのだ。


 というよりも、意図が掴めないというのが正直なところだった。


「重要そうな案件は、私が直接確認する」

「いや、まず説明をだな――」


 事情の説明を求めたクレインに対し、アレスは「話すことは何も無い」と言わんばかりに、邪険に手を振った。


「ええい、私が代わりを勤めようというのだ。四の五の言わずに、さっさと行ってこい」

「行ってこいって、どこに?」

「……さてな、私は知らぬ」


 話はそこまでだ。クレインはアレスに背中を押されて、廊下に追い出されてしまった。

 質問も反論も許されなかったので、クレインは背後で閉められたドアを振り返って、一人でぼやく。


「何なんだ? ピーターもある程度は裏側を知っているし、代わりにやってくれるのは嬉しいけど……」


 ここまで強引に追い出されれば是非もない。

 クレインは頭をかきながら、一抹の不安を覚えながら呟いた。


「アレスにも考えがあるんだよな、多分」


 とは言え、ここから何をどうしろと言うのか。

 それが率直な感想だった。


 職務の停止を命じられた以上、少なくとも今日は仕事ができない。

 執務室に戻ることもできず、当て所なく歩き始める――が、その足はすぐに止まった。


「クレイン様」

「ちょっとお時間――いいですよね?」


 廊下には妻が二人、雁首(がんくび)を揃えて待ち構えていたからだ。

 いや、この場合はむしろクレインの方が雁だった。


「え、ああ、うん」

「では、参りましょうか」

「……どこに?」


 アレスという勢子(せこ)に追い立てられて、のこのこ廊下に出てきたクレインは、まんまとフリーの身柄を攫われることになった。





    ◇





 ろくな説明も無いまま執務室を追い出されたクレインは、そのまま屋敷の南側にあるテラスに連れ出された。

 ここは午後の休憩などで、お茶を楽しむ際に使う場所だが――


「おう、お疲れ」


 促されるままに来てみれば、既に軽食と菓子が並んでいた。

 用意をしていたのはチャールズだ。彼はティーポットを片手に、気軽に手を挙げる。


「ああ、そういうことね」

「まあ、そういうことだな。一回休み(・・・・)だ」


 過度に働いている家臣がいれば、チャールズをけしかけて強制的に休みを取らせる施策を取っていた。

 ランドルフは対象外と思っていたクレインだが、よくよく考えれば自分もそうだ。


 どこか他人事のように考えていると、横に座ったマリーとアストリからも、それを指摘される。


「ねぇクレイン様、次のお休みはいつにしようと思ってました?」

「休み……休みか」

「ご予定はありませんでしたよね?」

「うん、まあ」


 普段から働き詰めではあったが、最近では特にそうだ。一段落つくであろう再来週くらいまでは、少しも休まないつもりだった。


 つまり、唐突な監査で仕事を中止させられたのは、普通に休めと言ったところで、何くれとなく理由を付けて働くと思われていたからだ。


「茶番だなぁ、まったく……」

「気遣いだろ? ありがたく受け取っておけよ」


 苦笑いをするクレインの前に配膳を済ませ、お膳立てを終えたチャールズは、ウィンクを残して颯爽(さっそう)と身を翻した。


「それじゃ、夫婦水入らずでごゆっくり」


 敢えて言わなくてもいいだろうにと、また苦笑したクレインではあるが、実のところ彼は、妻との会話内容に困っていた。


「その……」


 避難させている間に事件を収束させたが、その間に何人も処刑しているのだ。帰ってきたばかりではあるが、二人も既に顛末は知っているだろう。


 しかしマリーとアストリには情報を共有していなかった。だから近々で話そうとは思っていたまでも、どう声を掛けるかは迷っていたところだ。


「そうだな……。えっと、元気だった?」


 そのため、唐突に訪れた茶会の席での第一声は、やや的を外れた言葉になった。


「お休みは満喫できましたよ」

「そうですね。別荘で不自由はありませんでした」


 呼ばれた思惑は何となく分かったが、この二人がどういう感情を抱いているのかは分からない。

 そもそもアレスとの間で、どんな打ち合わせがあったかさえ、まだ把握していないのだ。


 何をどれだけ知られているか分からない、相手が一方的に情報を持っている状況は久しぶりだ。

 ましてや家族に後ろめたく思うなど、何年ぶりになるだろうか。


「そ、そうか。それはよかった」


 さて、どう話そうかと思案していると、唐突にマリーがクレインの眉間を人差し指で突いた。

 指の腹でぐねぐねと額を擦りながら、彼女は言う。


「ほらまた、すぐ眉間に皺を寄せる」

「え? 本当に?」

「難しい顔をしてますよ」

「そうか……いや、久しぶりに会えて嬉しいとは思っているんだけど、何というか……」


 クレインとて別に不機嫌ではない。

 むしろ二人が無事に帰ってきて、安心していたところだ。


 しかし今や、すっかり考え込む癖ができている。だから無意識で険しい顔になることも増えていた。


「あれこれ考えすぎなんですよ、クレイン様は」

「あたっ」


 オマケに指でつんと突き放し、マリーはそっぽを向いた。

 クレインはおろおろしたが、次は左に座るアストリが、頬を摘んでくる。


な、何を(ふぁ、ふぁにを)

「いえ、何でも」


 なくはないだろう。アストリは礼儀正しいので、何もなければクレインの頬を摘んだりはしない。


 そういえば、最後に似たようなことをされたときも、似たような会話をした気がする――と、遠い昔を思い浮かべたクレインの前に、すっと顔を近づけてアストリは言う。


「何でもありませんよ?」

そ、そう?(ふぉ、ふぉう?)

「ええ」


 つーんとした態度のアストリなど初めて見た。


 マリーは右にそっぽを向いているし、顔を離したアストリは、片手でクレインの顔を摘みながら遥か彼方の雲を見上げている。

 しかも今度は、なかなか放してくれない。


えっと(えっふぉ)

「だめですよ」

はい(ふぁい)


 何がだめなのかは聞けない。ただ肯定の言葉を吐くだけだ。

 しばらくそうしていると、マリーがカップを空にした辺りでようやく解放された。


「まあ、飲んでくださいよ」

「……いただこうかな」


 結婚を機にメイドを辞めたマリーだが、手つきは身体が覚えているのか。


 否、これは、「まあ飲め」という威圧付きの酒と変わらない。

 立ち上がって給仕をしたマリーは、座るクレインの顔を覗き込んで言う。


「どうですか、お味は」


 取り敢えず飲んではみたが、分かるはずがない。

 だがクレインは、曖昧に頷いた。


 するとマリーはティーポットを置いてから、両手を腰に当てて、前屈みになって言う。


「……まあ、今回はこの辺りにしといてあげましょう。今回は」


 マリーはひょいと手に取った焼き菓子を、ぱくっと口に入れる。

 むくれて膨らんでいた頬に、お菓子が入って更に膨らむ。


 リスみたいだな――と言えば怒られるのは分かっているので、クレインはやはり曖昧な表情を維持した。

 すると今度はアストリが、つんつんと、クレインの横腹を突く。


「反省していますか?」


 何を、とは言わない。お互いにだ。

 ただバツが悪そうな顔で、クレインは弁明する。


「悪かったよ。でも、危ないことからは遠ざけたかったんだ」


 これは本心だが、しかし、何も分かっていないという顔をされた。

 呆れながら、彼女たちは言う。


「私たちだって、それは分かってますよ」

「分かった上で……というお話ですね」


 だがクレインとしては、マリーやアストリの死に目に会うくらいなら、限りない自分の命を消費したいと思っている。


「事前に知らせられないこともあるんだ。特に今回みたいな、汚い争いのときは」


 彼女たちには綺麗なものだけを見て、美味しいものだけを食べて、いつでも健やかに、笑っていてほしい。

 それがクレインの願いではあったが、マリーは首を横に振った。


「そりゃあ、お貴族様ですからね。利権(リケン)とかいうのもあるでしょうし、妬まれることとか、お命頂戴って場面も……あるとは思います」


 そこで言葉を区切り、紅茶をぐいっと呷ってからマリーは凄む。


「でもこっちだって、そんなことは分かった上で、プロポーズを受け入れてるんですよ」


 偉くなるほど、命を狙われる機会が増える。上り調子のお家なら尚更のことだ。

 だから身の危険という意味での覚悟なら、とうに決めてある。


 むしろマリーが結婚を悩んだ理由は、身分を超えた婚姻による、価値観の違いについてだ。


 クレインの価値観に合うのかどうか。はたまた自分が貴族的な考え方に順応できるかどうか。

 それは礼儀作法や教養、マナーなどよりも、よほど重要なことだった。


「恥じてください。乙女にここまで言わせたことを、それはもう存分に恥じてください」

「えっと……ごめん?」

「なんですか、もう。煮え切らないお返事ですね」


 こんな話をすると思っていなかったのだから、さもありなん。

 クレインは事前準備ができないことにはとことん弱い。


 しかし、いつでも自分だけが全てを知っていて、何でも経験済みで、常に先回りする関係は求めていなかった。

 だからこれは、クレインの望んでいたことでもある。


 隠し事を妻に叱られるというのも、新鮮な体験ではあった。

 家族とこんな話ができる日がくるなど、生存を決意した頃には、想像もしていなかった。


 そんなことをぼんやりと考えていると、今度はアストリが真面目な顔で言う。


「幸せを分かち合うだけでなく、苦難や困難を共に越えていく……それが家族だと思います」


 つまんだり、つついたり。普段とは違う気安いスキンシップをやめて、アストリはクレインに寄り添った。

 彼女は上背の高いクレインを少し見上げながら、柔らかく微笑む。


「だから、なるべく隠し事はしないでください。私たちも、一緒に悩むことはできますから……ね?」


 生き別れになる直前にも、似たようなことを言われたはずだ。まったく自分も成長していない。

 そう思えば情けなくもあったが、同時に、クレインは嬉しくもあった。


「大体、自分の家(・・・・)でこんなことがあって、隠し切れるはずないじゃないですか。どうせ伏せるなら、もっと上手く隠してくださいよ」

「そうですね。もしこの状況を、私たちが見落とすと思われていたのなら……流石に無理があります」


 確かに自分の立案は穴だらけだ。今後も失敗はしていくのだろう。

 しかしこの失敗に、怒りや悲しみは無い。


 縁がありつつも、何度も死に別れた。そんな人たちが、今は自分を家族として認識しているのだ。

 こうして叱られているだけでも、幸せなやり取りだった。


 殺意と害意に付きまとわれて、焦燥を抱えながら一人旅をしていた頃と比べれば、天国でしかない。


「日常っていうのは、こういうことだよな」


 守りたいのは、こういう日々だ。

 呟き、小さく笑う。


 それを見たマリーは、指を指しながら立ち上がった。


「あーっ! 何を笑っているんですか!」

「私たち、怒っていますからね?」


 領地を取り巻く環境は依然として厳しく、まだまだ険しい道は続く。

 それでも、こんな痴話喧嘩が続けられるなら、自分はいくらでも命を懸けられるだろう。


 クレインはそう確信しながら、言い募ってくる二人を微笑ましく見ていた。


「ああ、分かってる。分かってるよ」


 当面は機嫌を取るのが大変だ。などと思いながら、彼は緩い表情のままお叱りを受ける。

 緩い日差しと涼やかな風の中で、束の間の休息時間は過ぎていった。



 次回は8/31(土)の更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嫁ズがほんと尊い
[一言] 別荘での約束通りアレスがクレイン君を強制休暇(一回休み)の刑にw それを鮮やかに捕獲しお叱りお茶会に連行する嫁二人。 まぁ、働き過ぎで頭も茹だってるでしょうから丁度良い冷却期間ですねw
[良い点] ずっと気が張ってた内容だっただけにこの1話の些細な家族との交流を描いてる話が本当に貴重に思えて読者も主人公がこの幸せを守りたいんだなと改めて認識できたいい機会でした 何度も死んで殺伐とし…
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