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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第二章 内政強化編

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25回目 昏い瞳と甘美な罠



「まずはサーガ商会の従業員を全員拘束してくれ。財産の持ち出しはさせないように」

「承知致しました。閣下」


 ブリュンヒルデにはサーガ商会への接収を任せて、クレインはヘルメス商会へ向かうことにした。

 今回は趣向を変えて、表から堂々と乗り込むつもりだ。


「お前の店で毒殺されかけたわけだが、何の詫びもなしか?」


 という名目で、圧力をかけにいくのが表向きの用事だった。


「あの爺さんからも譲歩の一つや二つ、引き出してやるさ」

「ご武運をお祈りしております」


 下手な小細工を弄するのは店に到着してからであり、ブリュンヒルデには正直に訪問する(・・・・)ことを伝えておいた。


 暗殺されかけた抗議に行くのは当然のことであり、サーガ商会の接収も早めに済ませておきたい。接収の指揮官は領主でなくともいいので、自分は抗議に行ってくる。


 この完璧な理論武装をぶつけてみたところ、秘書官は特に口も挟まず従った。

 彼女が接収作業に向かう姿を見送ってから、クレインは衛兵たちに笑いかける。


「まあ、実際には荒事になると思う」

「はぁ……またですか」

「ハンスにも活躍してもらうかもしれないけど、基本的には俺がやるよ」


 昼から夕方までの長時間に亘り、尋問という名の拷問を任せられたハンスは、まだ青い顔をしていた。


 次はクレイン主導でやると聞いて少しだけほっとした顔を見せたが――近くで護衛をするならば――いずれにせよ現場(・・)は見ていなければならない。


 そこに思い至った衛兵隊員たちの足取りは重いが、ともあれ既に(さい)は投げられている。


「商会長に話があるんだ」

「承っております。どうぞこちらへ」


 前回よりも早い時間帯にヘルメス商会を訪問し、領主という身分を明かしながら乗り込んだのだから、強面の警備員も丁寧な対応で一行を出迎えた。

 下にも置かない対応で奥に通されたクレインらは、何事もなく貴人用の応接室に通される。


 3人の護衛を伴ったクレインが部屋に入ると――ソファーには既に、商会の主が座っていた。


「おお、アースガルド子爵。ようこそお越しくださいました」

「……飲んでいたのか」


 やや薄暗い応接室では、笑顔でワイングラスを傾けるジャン・ヘルメスが待ち構えていた。


 暗殺事件の追及をされると知ってなおこの態度とは、サーガとは役者が違う。クレインが警戒を強める一方で、朗らかに笑いながらヘルメスはグラスを掲げた。


「クレイン様もお飲みになりますか?」

「いや、酒はやめておこう」


 領主が飲まないというので、ヘルメスもワインは片付けさせた。

 代わりに紅茶が運ばれて来たところで人払いがされて、どろりとした話し合いが始まった。


「さて、用件は先触れで伝えた通りだ」

「そうですな。我が商会が経営するレストランで起きた事件ですので、聞き取りをされるのは当然のこと」


 好々爺(こうこうや)然として笑うヘルメスは余裕の態度を崩さず、クレインよりも先に一手を切り出した。

 テーブルの影から大きめの木箱を取り出し、クレインの前へ差し出す。


 迷惑料を支払って、手打ちにしようとしているのだろうか。クレインが今後の展開を予想しながら箱を開けると、無造作に開かれた箱の中には――生首が2つ入っていた。


「サーガ商会から小金を渡され、ワインに毒を仕込んだ輩です。こちらで手討ち(・・・)にしておきましたので、お納めください」

「……随分と動きが速いな」

「もちろんですとも。何を置いても商人は、信用が第一ですので」


 急に生首を出されたクレインは内心で驚いており、彼の後ろに立つ衛兵たちも顔面蒼白だ。


 なるべく動揺を見せないようにするのが精々だが、片やヘルメスは品物の歴史を解説するように、処断された従業員たちの来歴を語る。


「この者の勤続年数は20年。この者には支店の采配を任せていたのですが、まさかこのようなことになるとは」


 サーガ商会への謀略は至極計画的だった。全てがジャン・ヘルメスの指示によって動いていたことは明白であり、従業員が勝手に暗殺を計画したなどあり得ない。


 しかしヘルメスはクレインの思考を大筋で読み取りつつも、多少の無礼を詫びるような態度で、ある種他人事のように呟いた。


「まったく、残念なことです」


 内部調査で犯人捜しを終えて、裏切者は既に処分しておきました――と、笑顔で語る老人。

 そこには得体の知れない薄気味悪さがあった。


 用済みになれば自分の部下ですらあっさりと殺し、その首を笑顔で献上する様を見て、クレインは己の認識を改める。

 目の前にいるのはやり手の商人などではなく、もっと(おぞ)ましい怪物なのだと。


「首だけで済むとは思っておりません。慰謝料も相場の倍でお支払い致しますし、便宜も図らせていただきますとも」

「……そうか」


 提案を受けたクレインは直感した。これは謝罪などではない。


 便宜を図るという名目で安く商品を流し、いずれはヘルメス商会の助力が無ければ、アースガルド領が立ち行かなくなるまで雁字搦(がんじがら)めにするつもりだ。


 サーガから聞き出した仕打ちを聞けば、善意であるはずがない。シェアを奪った時点で、クレインにも無理難題を吹っ掛けてくるに決まっている。


 だがここで、面と向かって断れば敵対認定をされるだろう。そうなれば中堅規模のアースガルド領など、数か月と待たず干殺(ひごろ)しにされる。


「なるほどな」


 裏事情の推測もいいが、今は情報を聞き出すことが先だ。

 そう思い直して、クレインは曖昧な笑みを浮かべる。


「こちらとしても、大いに頼りたいところではあるんだ。……御大は、何も知らなかったんだな?」

「ええ、もちろんでございますとも」


 領主への毒殺を目論んだのだから、自分の命が危ういことは分かっているはずだ。ましてや共犯者のサーガは既に捕まっているのだから、高確率で口は割らされている。


 そうでなくとも、任命責任やら監督責任やらで追及することはできるのだ。それにクレインがもう少し直情的な性格をしていれば、この場で首を刎ねてもおかしくはない。


 しかしクレインの経歴や性格から判断して、理性的に、最も利益が得られる道を選ぶと踏んだのだろう。

 そこまで計算の上で計画を立てていたのだとすれば、恐ろしく頭が回る男だ。


 クレインがそう思っている間にも、ヘルメスは次なる手を打ってきた。


「主犯がサーガとはいえ、当商会の不手際でもございます。特に不足している食料品は3割引きで、今までに倍する量を卸すことを、ここにお約束致しましょう」


 詫びとして用意された財貨に手を伸ばせば、知らぬ間にアースガルド領全域に毒が回る。目先の大金と引き換えにして、ヘルメス商会に依存しなければ領地が立ち行かなくなる――甘美な毒だ。


 領主への殺害が失敗したと見るや、すぐさま懐柔策に切り替える辺りからは、柔軟性も感じられた。


「輸送能力は足りるのか?」

「ええ。他の地域から応援を呼んできます」


 仮にクレインが人生を繰り返していなければ。仮に複数の情報網から、裏事情を聞き出していなければ。仮にヘルメス商会と組むラグナ侯爵家が、3年後に何をするのかを知らなければ。


 あっさりと罠に嵌まり、また領民たちを犠牲にしたのだろうなと、クレインは目を閉じて想う。

 しかし思案したのは数秒のことだ。目を開いたクレインは、真っ直ぐにヘルメスを見つめて話す。


「まあ、悪くない話だと思う」

「これが当商会からの誠意でございます。……ああ、こちらの金子(きんす)もお納めいただければ幸いです」


 しかし今までの仮定はあくまで、仮の話だ。

 今のクレインとは全く異なる、本来の(・・・)人物像でしかない。


「子爵。私はこれから先も末永く、仲良くしていきたいと思っているのですよ」


 目の前の老人は謝るフリをしながら、まんまと罠にかかったとでも思っているのだろう。踊らされたふりをして情報を集める。それが最善手だとも分かってはいた。


 しかしクレインの中には――不思議と激情が沸き立つ。


 三日月のように目を細めて笑っているヘルメス。その奥に覗く(くら)い瞳を見た瞬間、何故だか彼はどうしようもなく自制が利かなくなった。


 クレインは笑顔のままでいるヘルメスの頭に手を伸ばし、白髪頭を力任せに掴むと、そのまま顔面を応接室のテーブルに叩きつける。


「がはッ!? な、何を!?」


 テーブルが軋むほど強く、ヘルメスの顔面を押さえつけながら、クレインは目前の老人を見下しつつ言う。


「悪くない話だが――ふざけるなよクソジジイ。そんな甘言に、乗るはずがないだろうが」



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