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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十章 怨敵抹殺編

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第九十一話 勝利の女神と逆転の秘策(前編)



「マリーが大金持ちだったとするじゃないか」

「なんです突然? 私のお給料が安いと知った上での狼藉ですか?」


 そこまで高給取りではないとしても、同世代と比べれば稼いでいる方だ。


 意外とグルメで食費が(かさ)む上に、趣味の雑貨収集で散財してはいるが、貯金であればそこそこあるとクレインは知っている。


 しかし今はそこが問題ではないので、彼は軽く否定した。


「違うよ。上手くいったら昇給させるから、真面目に考えてほしいんだ」

「それなら喜んで! ええと……私が大金持ちだったら、ですか?」


 挙式こそまだ先だが、今の彼らは婚約者以上で配偶者未満の関係だ。


 彼女もいずれは子爵夫人になり、あくせく働かなくてもよくなることは確定しているのだが、今はまだ貴族になる実感など無い。


 昇給の好機を前にしたマリーは真剣な顔つきになり、クレインは微笑ましいものを見る顔になった。


「家に大金があると知った強盗が、来週にでもマリーのところにやって来る」

「ふむふむ。強盗」


 何はともあれクレインは尋ねる。

 今回は東伯軍という強盗が、マリーの家という名のアースガルド家を襲いに来る設定だ。


「家の中にへそくりを分散しているが、相手は熟練だ。隠し場所なんてお見通し――という輩が来るとしたら、マリーはどうする?」


 隠し場所を即座に見抜く凄腕の強盗を相手に、どうやって財産を守るか。

 彼はそれが知りたい。


 クレインの立場で置き換えると、これは財産=食糧となる。


「え? いくらでも対策できそうですけど」

「マリーは大金持ちだ。もの凄い大金を家に貯め込んでいる場合だぞ?」


 クレインは念押ししたが、マリーは頭上に疑問符でも浮かべそうな顔をしていた。

 話を聞いた限りでは、悩むポイントが見当たらないからだ。


「そうですね、それでもへっちゃらな気がします」

「本当にか……」


 頭の中で思い描くスケールは違うものの、マリーは簡単だと言う。

 彼女からすれば、難易度の低い問題でしかなかった。


「じゃあ、考えを聞かせてくれ」

「いいでしょう」


 何かのヒントが欲しいと前のめりになるクレインの前に人差し指を立てて、マリーが自信満々に答えるのは――非常に現実的な提案だ。


「家の扉や窓を、頑丈なものに交換します」

「えっ」

「ふふん、お金持ちならできるはずです」


 もちろん個人レベルなら無難な対応となる。

 しかしその手は使えないと分かっているので、クレインは条件を修正していった。


「いや、相手は熟練なんだ。どんな扉も2秒で破壊できる」

「我が家にすごい泥棒が来たものですね……」


 防衛力の強化という意味では、これ以上は難しい。

 扉が破られることは前提に入っているのだ。


 しかし防衛策を封じられたマリーは、それでも動じず次の案を出していく。


「それなら家にお金を置きません。どこかの商会に、急ぎで投資しますね」

「え、あ……あー、なるほどね?」


 奪われたくないものを金と例えているので、ここで投資という概念が登場した。

 これにはクレインも面食らうが、他所に預ける(・・・)という発想は未検討のものだ。


「家探ししている間に、勝手口から逃げてしまえばいいんです。家にお金は無いんですから!」


 アースガルド領内に備蓄があれば東伯軍の手が届く。

 しかし今回のケースでは、敵の手が届く範囲外に預けてあればいい。


 敵軍が引き揚げた直後に引き出せる環境を作れば、略奪されずには済むだろう。


「これで解決じゃないです?」

「投資、ねぇ……」


 預ける場合にどうなるか、クレインは採れそうな手を検討していく。

 預け先として真っ先に思いつく先は、ヨトゥン伯爵領内だ。


 例えばヨトゥン伯爵家に預ける場合は、一度買ったものを返送すればいいか。

 これは実行の労力を考えると効果が薄い。


「莫大な物資を返送する人手が無駄だ。やるなら最初(・・)からになるだろうけど……」


 収穫した穀物などをアースガルド領に運ばず、ヨトゥン領内で保管しておくという手であればどうか。

 これは返送する案よりも利益を得られる反面、デメリットが強まる。


「ずっと保管しておくと、より一層目立つな」


 寒冷地対応種を南方で育てるという勝ち目の薄いギャンブルを通しておきながら、利益を得ようとしないのは不可解な動きだ。


 全国的な不作で穀物が高騰しているご時世に、自領で消費するでもなく、売却先を探すでもなく、ただ保管を願い出れば相当目立つ。


 領地を三つ四つ賄えるほど大量の穀物を、わざわざ死蔵する意味は何か。

 適当な理由を付けたとしても、裏を勘繰られて監視が強化されかねなかった。


「まさか投資したお店に、強盗が入るとか言いませんよね?」

「ああいや、こっちの話なんだ。少し待ってくれ」


 収穫された穀物をヨトゥン伯爵領に留め置けば、強奪回避と合わせて在庫の問題が解決されるかと逡巡したクレインだが、そうは問屋が卸さない。


 預けておく期間は王国暦500年9月から、502年1月までの間だからだ。


 まず、作戦実行のために時間を戻すのであれば、厄介な敵が復活する。

 その頃はまだ、ジャン・ヘルメスが健在なのだ。


「保管作戦を実行するなら、とにかく時期が悪いんだよな……」


 王国暦500年の秋には北部の支店が壊滅しており、中央でもアレスの嫌がらせを受けている上に、アースガルド領にも重点を置いていない。


 南の支配体制を強化しようとしている時期と重なるので、死蔵された大量の食糧がヘルメスの目に留まることは、半ば確定事項だ。


 潤沢な食糧を遊ばせていると知られた場合は、ヴァナルガンド伯爵の反応も変わりかねない。


 焦土作戦が成功したのは「ヨトゥン伯爵家が警戒されていない」という前提があるのだから、事前に察知されるのは何より避けたい事態だった。


「予備が大量にあると知られたら、何か手を打ってくるのは確実だ」


 アースガルド家が他領に食糧を預けて、余剰分は砦に、大量の可燃物と共に運び込まれた。

 この情報から焦土作戦を導くのは、さほど難しくないだろう。


 攻撃目標の後方に不可解な動きがあること。

 それを知った軍神が無策のままでいるはずがないという、嫌な信頼があった。


「そうだな……。ちょっと難しいけど、発想の方向そのものは良いと思う」

「ふふふ、そうでしょう」


 あくまで敵が知るのは、全てが手遅れになってからにしたいのだ。

 保管依頼は案の一つとしてキープというのが、クレインの結論になった。


 また、マリーは髪をかき上げて得意げな顔をしたが、在庫問題は第一関門だ。

 クレインにとって難攻不落の、第二関門は未だ破られていない。


「でもマリー。そこをやり過ごせたとしても、時間の問題があるんだよ」

「時間と言いますと?」

「持ってくるまでの……いや、預けに行くまでの余裕がね」


 よしんば備蓄が見抜かれなかったとしても、ヨトゥン伯爵領に保管した食糧を輸送する時間が足りず、運べる量には限界がある。


 無事にストックしたとしても、必要な時に引き出せないという課題は残った。


 とりわけ東伯戦は、雪が降りしきる冬場に起きるのだ。

 領地間の往復には夏場より時間がかかる上に、糧の確保は急務となる。


「預けに行く余裕が無いって、どれだけ切羽詰まっている想定なんですか……」

「付き合いのある商会が遠くて、輸送時間が足りないんだよ。その場合はどうしよう?」


 食糧が行き渡らず餓死者が出るような事態になれば、領民からの好感度は地の底まで落ちるだろう。そうなれば後々の統治に影響が出る。


 特に飢えていた領地の北部で、反乱の芽吹きがあることも想像に難くない。

 だからクレインは深刻に考えているが、これもマリーからすると意味の分からない悩みだ。


「さっきから何を言ってるんですか? クレイン様はいつからポンコツになったんです?」

「言ってくれるじゃないか。それなら冴えた意見を聞かせてくれ」


 時間の問題をどう解決するかについても聞いてみれば、これもマリーからすると、当たり前の解決策が出てくる。


「もっと近くの商会と、新しく取引すればいいじゃないですか」

「え?」


 正論でしかないので固まるクレインと、ドヤ顔をしているマリー。

 二人の間には、数秒の沈黙が流れた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] よく分からないんですがなんで一子爵だけでもはや侵略と呼べるレベルに対応してるんでしょうか? 諜報機関あるんだからでっち上げでもなんでも使って国家規模で巻き込んでいけばいいと思うんですが…
[一言] 月一の一話を推します。 あまり間が空くと全前話の流れが頭から消えてしまいます。 それに書籍も売れている「近江の覇王」や「尾張の三位」の作品も大体月一更新かと思います。 そんなレベルは例外とい…
[一言] いつも楽しみに読ませていただいております。素敵な物語をありがとうございます。 どちらかというと一ヶ月に~のほうがよいかと思います。 最終更新日が月単位で前だと、新規読者がこの作品エタったんだ…
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