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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十章 怨敵抹殺編

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第八十六話 狂喜と怨嗟の地獄



 既にヘルメス以外は全員行動不能だ。

 だから兵士は手を出さず、没落させられた商家の人間だけが石を投げていた。


「わ、悪かった。誠意を持って謝罪しよう。十分な賠償も――」

「いらん! 死ね!」

 

 命乞いに返ってくるのは、石の雨だけだ。


 怒りによる興奮で、あらぬ方向に飛んでいくものもある。

 命中することすら稀な有様でも、それは着実にヘルメスを追い詰めていた。


 視界を埋め尽くすような、怨恨の籠った石ころ。

 それを前にして、足を負傷した今の彼にできることは、その場に(うずくま)ることだけだ。


「な、何故、儂が……このような……」


 全身が打撲の痛みを訴え、額からの流血が視界を塞いでいく。

 全盛期をとうに過ぎた老体が、この状況に耐えられるはずがない。


 死期を悟ったのか、老人は走馬灯を見ていた。


 大商会の会長令息として生まれ落ちはしたが、ジャン・ヘルメスは奴隷が生んだ庶子だった。


 父にも祖父母にも兄弟にも、果ては従業員や使用人にまで、不義の子と疎まれた幼少期。

 虐待に堪え兼ねて父を殺してしまい、それから親族と骨肉の争いをした青年期。


 そうした辛い時代を抜けて、ようやく商会長の椅子に座れば、今度はもっと強烈な選民思想を持つ貴族たちからの横暴を受けた。


「そうだ。虐げられたのだから、虐げる権利が……あるはずだ」


 力を持てば、横暴を働いても許される。

 不幸にさせられた分、他人を踏み台にのし上がろうとして何が悪い。


 それが彼の行動、その源泉にある考えだった。


「誰も、誰も儂を認めなかった。どれだけ金を持とうと……どれだけ、権力を得ようとだ。……誰も受け入れぬのなら、こんな国など……!」


 お世辞にも幸せな一生ではない。

 記憶が矢継ぎ早に流れていき、それはヘルメスの口を突いて出た。


「頭ぁ、何か言ってますよ」

「ん? おう、人に歴史ありってやつだな」


 徐々に消えゆく独白を拾った頭目はどう思ったか。

 一旦空を見上げてから、地を這う老人に視線を戻して感想を述べる。


「……で、それが?」


 彼からすれば知らない老人の独白を聞いても、特に言葉が出てこない。

 だから別にどうとも思わない。


 それに、それよりも大事なことがあった。

 彼は振り返り、連れてきた子分の何人かに向けて言う。


「そろそろお陀仏だろ。お前らも投げていいぞ」

「命令違反にならないっすか?」

「構わねぇよ、やっちまえ」


 貧乏暮らしや山賊暮らしをしていた理由には、一家離散や勤め先の倒産にあったというものもある。

 その原因がヘルメス商会にある者もいたので、頭目は彼らにも仇討ちを促した。


「……そうだ、貴様らも最底辺だろうが。何とも、思わんのか」

「何って、何が」

「周囲の人間を、環境を! それを生み出した、この国を恨んではおらんのか!」


 自分ではどうしようも無い、生まれや価値観による差別。

 そんなものを許容できるのかと、彼は本気で問いかけた。


「儂と共に来い! 生まれだけを理由にのさばる、愚かな貴族どもの支配を打ち破れる機会は……今しか無いのだぞ!」


 金銭的なメリットで動かないならば、心情面やアイデンティティで揺さぶるという目論見はもちろんある。


 しかしそれはヘルメスの、本心からの言葉だ。

 彼は長い商売人の人生でも、渾身と呼べる説得を試みた。


 しかし交渉相手となった頭目は、呆れたような表情を浮かべてぶった斬る。


「いい歳したジジイが、甘ったれんなよ」

「……は?」


 彼らのような貧困の出自からすると、蔑まれていようが扱いが悪かろうが、ジャン・ヘルメスは大商会の人間でしかない。

 兄弟姉妹と比べて冷遇されていようが、どうとでもなる環境だ。


「今のお前があんのは、お前の選択の結果だ。それだけ金があんなら好きなことを、好きなだけできただろうが」


 生まれながらにして何も持たざる者であれば、腕力や体力を活かして衛兵にでもなれなかった時点で、そのまま野垂れ死にするだけだ。


 その点でヘルメスは、望むなら実家からの手切れ金を貰って、好きに生きられるご身分だろう。

 頭目がどう考えても、ヘルメスの立場は恵まれているとしか思えなかった。

 

「責任を取る時がきたってだけの話なんだから、今さら生い立ちとかどうでもいいわ」

「ど、どうでも、いい……だと? わ、儂の人生がか?」


 頭目が行動を起こした理由は、どこを取ってもシンプルだ。


 そもそも雇い主に命令されたから、ここに来た。

 標的からの命乞いを認めて、任務を放棄する方が不義理だろう。


 そしてこの老人のせいで、一部の子分が割りを食った。

 それなら親分としても、これから下す決断は自然なことだ。


「同情はするがな。お前の想いがどうとか、過去の境遇がどうとかは、一切関係ねぇ」


 彼らの行動様式や美学に照らして、ただ当然の行動を取るだけだ。

 だから眼前の老人にどんな事情があろうが、微塵も関係が無かった。


「こんだけの人間に恨まれてんだから……やり過ぎたんだろ? 多分」


 詳しい事情など知らないし、知るつもりも無い。

 裏側など知らないし、知っていたところで知らせるつもりは無い。


 処理をするついでに、配下にも鬱憤晴らしをさせるか。

 頭目の温度感はその程度だった。 


「あまり時間を掛けてもいられねぇし、(なぶ)るのを見ている趣味もねぇ」


 どの道そろそろ終わりと見て、頭目は再び斧を掲げた。


「早いところ楽にしてやるのが、唯一の慈悲ってやつだ。俺から贈る人生最後の親切を受け止めて、死ねよ」

「お、おの、れ……おのれ貴様ら、貴様らぁぁああああッ――!」


 交渉も命乞いも無視されて、同情すら買えずに殺される男は、最後に恨み言を叫ぼうとした。

 しかしそれすら意に介さず、終わりを伝える号令が響く。


「殺せ」


 無機質で無関心な乾いた声と同時に斧が振り下ろされ、高所から弓の一斉射が行われる。

 ヘルメスは大きく目を見開くが、声は続かなかった。


 羽虫が鳴くような呼吸音だけを残して、老人は倒れ伏す。

 辿る道の果て。そこに待っていた結末がこれだ。


 稀代の商人に相応しい劇的な展開は無く、感慨一つも無く、山賊の親分から淡々と処理を命じられて幕を下ろした。


「はい、一丁上がりっと」


 身体中に矢が突き刺さり、ヘルメスは既に死んだも同然の有様だ。

 しかし、それでもまだ止まらない。


「この程度で済まさんぞ!」

「7年待ったぜ、クソジジイがっ!」


 針鼠になったヘルメスのもとに数名の男女が駆け寄り、懐刀や粗末な剣を振り(かざ)す。

 彼らはヘルメスを足蹴にすると、恨みの刃で全身を滅多刺しにしていった。


 ここに集まった没落商会の人間たちは、今までの人生で人を殺すどころか、暴力を振るったことすらない者がほとんどだ。


 しかし初めての荒事であっても、全く躊躇うことなく、先を争うようにして刃を突き立てていく。


「えっと、アニキィ」

「……あれ、止めます?」


 涙を流し、歓喜の声を上げながら血濡れのナイフを振るう者や、ただ笑いながら胴を踏みつけ続ける者など、様子は様々だ。


 一様に言えることがあるとすれば、彼らは自分たちから大切なものを奪い去った人間の死を、心底から(よろこ)び、寿(ことほ)いでいた。


「ケイシー、やったよ、お父さんやったよ!」

「うひっ、あはは! うはははっ!」


 尋常な様子ではなく、明らかに常軌を逸してしまった者まで現れている。

 彼らの泣き声と笑い声が山彦となり、怨嗟の音、呪詛の声が空に溶けていった。


 そこまでの怨恨を持たない人間はむしろ、老人の末路に同情してしまうほどだ。彼らは眼前の惨状に目を逸らしながら指示を仰ぐ。


「……落ち着くまでは、好きにさせとけ。お前らは馬車を隠し場所まで誘導だ」

「へい」


 ヘルメスをあっさり殺してしまうと、あの凶行に向けられるはずだった熱量が、全てアースガルド家に向けられる。

 恨みを晴らす機会を奪えば、味方に付けられるはずだった人間から敵意を買うことになるのだ。


 ある程度好きにやらせることも上司からの命令通りなので、頭目は自分の部下を動かして略奪品を収納していった。


 十数分かけて作業が終わった頃に、ようやく場が落ち着いたと見て頭目は叫ぶ。


「よーし、ジジイは死んだ。……おうお前ら、ここからが俺らの本番(・・)だぞ!」

「いよっ」

「待ってました!」


 さて、今の彼らは山賊なのだから、仕事と言えば略奪しかない。


 もちろん大半は子爵家に入るが、奪った財貨は兵士たちの賞与と、没落商会が再起するための投資に充てられる予定になっている。


「そこまで元気なら気合い入れていけよ。銅貨の一枚も取りこぼすな! これはお前らの人生をやり直すための金だ!」

「おう!」

「や、やって見せます!」


 指揮をしていた男たちからすると、始末されたのは見知らぬ老人だ。

 ここまで多くの人から死を喜ばれる存在なのだから、特に罪悪感も無い。


 そのため頭の中からはもうヘルメスの存在が消えかかり、後にやって来るであろうお宝の方に意識が向いていた。


「今日からは毎日馬車が来るし、早けりゃ今日中に後続が来る。さっさと片付けて次の用意だ!」

「うーす」

「へい!」


 ヘルメスは東側へ一斉に資金を移動させようとしていたのだ。

 彼らはこの道で待っていれば、勝手に山のような財宝が持ち込まれると見ていた。


 帳簿に載っているかすら怪しい金なのだから、奪ったところで行先を調べられることは無い。


 何よりこの場に集まっているのは、ヘルメスの死を利用し切ることに躊躇(ためら)いの無い者たちだ。


 可能な限りの金品を収奪するべく、彼らは動き始める。


「処理と言えば、このジジイはどうしましょう?」

「この贅肉は景気よく燃えるだろう。ヘソに蝋燭でも差して、道端に転がしておけッ!」


 一方で粗末な覆面を脱ぎ捨てた副頭目は、卑怯な闇討ちで主君を害そうとした存在に怒りを燃やしていた。

 だから死後の扱いにも、丁重さなど欠片も無い。


 本音を言えば街の広場にでも(はりつけ)にして、1週間ほど晒してもいいくらいに思っていた。

 ここで少数の個人に晒されるくらいは、有情な罰だとすら考えている。


「それでいいんすか……?」

「構わん、捨て置けいッ!!」


 元よりこの場で火葬する予定ではあったが、命じられた方は困惑している。

 大商会の会長、その死後の扱いとして、通常ではあり得ない処理だからだ。


 周囲の兵が困ったように頭目の顔を見ると、彼は呆れた様子で首を振った。


「……ランドルフも含めて、全員の気が済んだら焼却しとけ」

「うす」


 ここから先は予定と違いなく、金銀財宝を山と積んだ馬車が連日に亘り、続々と狭い山道を越えて東を目指してきた。


 もう中央に戻る気が無いヘルメスは、全ての財産を持ち出すくらいの指示を出してきたのだ。

 そのため運搬量は跳ね上がり、おびただしい数の馬車が寂れた田舎道に殺到する。

 

「さあ次のカモが来たぞ。全部奪っちまえ!」

「ひゃっはー!」


 山賊たちは待っていましたとばかりに襲い掛かり、入れ食い状態の中で組織的な狩りを続ける。

 山の全域が巨大な狩場と化し、荷車の一台たりとも逃さず奪い去っていった。


「金だぁぁぁああああッッ! 金を置いていけぇぇぇえええええええッッ!!!」

「うぇーい」

「う、うわっ!? どうしてこんなところに、こんな人数の山賊が――!?」


 普通は往来の少ない場所に大規模な野盗など発生し得ないし、後続には領主を買収済みだとも伝えてあった。

 危機感を持って動く人間は稀であり、輸送人は残らず拘束されて、計画は順調に進んでいく。



 栄耀栄華を極めた大商人。その私有財産はやがて――貧乏人の群れに食われて消えた。



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― 新着の感想 ―
東陣営の4人、足して割ったら董卓説……?
[良い点] 封建主義のうんだ悪魔、討伐完了
[一言] 義理も人情も欠いて好き勝手動いて、それでずっと上手くいくと思ってた三流商人の最後……
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