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弱小領地の生存戦略! ~俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?~  作者: 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ
第十章 怨敵抹殺編

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第八十五話 二度と経験したくないこと



 この道を管理している領主には、事前に話を通してあった。

 しかし統治がズボラで、山賊退治など熱心にはやっていない。


「か、会長、囲まれております」

「前言撤回じゃな。使いようが無い愚図も、やはりいる」


 領主がアースガルド子爵なら、こんな輩は出てこなかっただろうな。

 などと、益体も無いことを考えながらヘルメスが前に出た。


「ほっほ、通行料はいかほどですかな?」


 付き人たちは山賊を相手にいきり立っているが、冗談ではない。

 侮ったり馬鹿にしたりして、相手を逆上させても事態は好転しないのだ。


「通行料、ねぇ」

「相場は積み荷の2割ほどかと思いますがの」


 この場をやり過ごせばそれで済むと考えて、ヘルメスはにこやかに対応した。

 一方で山賊の頭目は、何の気無しに告げる。


「全員、構え」

「うーす」

「うぇーい」

「なっ、つ、通行料の交渉はどうした!」


 何人かは反応が遅れていたが、構成員の大半は一斉に弓を構えた。


 護衛契約の押し売りという名目で金品を巻き上げるのが常なので、この対応は商人の常識からしても、山賊の常識からしてもあり得ないものだ。


 状況が呑み込めず、困惑するヘルメスに頭目は言う。


「通行料? 眠たいこと言ってんじゃねぇよ。全部置いていけ」

「……分かった、積み荷は残らず渡そう」


 この山賊たちはアースガルド子爵家か、ラグナ侯爵家辺りの子飼いではないか。

 意図して配置され、計画的に襲撃されたという可能性がヘルメスの頭を過ぎった。


 しかし追手であれば、ここまで先回りしているのはおかしい。


 広大な山脈の中でピンポイントに逃走ルートを絞れるはずがないし、山狩りができるほど大きな動きを見せたという報告も無い。


 では強欲な大規模山賊団に、たまたま出くわしたのか。

 それは楽観のし過ぎとも思える。


 本当にただの山賊なら、明日以降もここを通らせる予定の馬車はどうするか。


 何かしらの裏は無いのか。

 あるならその要因は何か、命令者は誰か。


 ヘルメスは多岐にわたる分析と対策を思い浮かべたが、当の頭目は溜め息を吐いていた。


「おいおい、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ。全部だっての」

「と、言うと?」

「まあ、これは相方の口癖なんだがなぁ」


 ヘルメスは目まぐるしく頭を回したが、山賊たちは目標を定めていたので話の展開も早い。

 まともに取り合う気の無かった頭目は、ごくあっさりと告げた。


「お宝のついでに――その首、ここに置いていけよ」


 宣告と共に合図の斧を振り下ろすと、配下たちは一斉に矢を放つ。

 護衛の人間は応戦しようとしたが、数が違った。


 行く道を塞ぐ者、道の両脇に潜んでいた者、頭目と共に高所に陣取っている者。

 合算すれば100人を超える襲撃者がいる。


「うわっ!?」

「そ、側面にもいるぞ!」


 正面からでも勝ち目が無いというのに、完全に包囲された上での突発的な戦闘だ。

 どこにも逃げ場の無かった護衛たちには、まともに応戦できなかった。


「ば、バカな!」

「なんだこの数は!?」


 しかも奇襲の一斉射は兵士の中でも、よく弓に習熟した精鋭が行っている。

 初手で大半の護衛が戦闘不能に陥り、勝負は一瞬で決まった。


「会長! ど、どうされます――ぐあっ!?」

「一人も逃がさねーよボケ」


 留まれば討たれるが、山道の両脇にはずらりと、後方まで連なった大勢の山賊が見える。

 しかし狙われているのは主に後続の馬車で、ヘルメスの周囲に降った矢は、今しがた御者が射られた一本のみだ。


 前方に行くほど狙われにくくなると判断して、活路を求める商会の人間たちは山道の先に駆け始めた。


「道を塞いでいるのは大男が一人だけだぞ! 会長の道を拓け!」

「ええい、どけっ!」


 高所から狙われる危険はあるが、一見すると最も手薄な場所だ。

 しかしヘルメスの馬車が止まった時点で、ここを突破しに来る可能性は十分に想定できていた。


 道を塞ぐ副頭目は、口元を覆う布越しでも全く衰えない声量と共に、脱出口に群がる者たちに向けて朱槍を振るう。


「あのお方に仇為す狼藉者どもがッ! 神妙に死ねいッッ!!」

「ぬわぁぁああ!?」


 破れかぶれで前に突っ込んだ者は、大男の槍で宙に跳ね上げられた。


 道の端から端まで槍が届くため、突破を試みた者から順に跳ね返されて、致命傷を負わされていくだけだった。


「ふむ、突破は無理……か。撤退もかのう」


 前後左右のどこにも逃げ場は残されておらず、ジャン・ヘルメスにとってはまさに絶体絶命の窮地と言えるだろう。


 それでも。周囲の人間がバタバタと倒れて行っても、ヘルメスは至極冷静だった。


「まあ、待て。見逃してくれるなら、相応の礼をするぞ」

「……礼?」


 まず、襲撃者たちがどこかの組織に属した人間であることは、半ば確定した。

 ただの野盗にしては統率が取れ過ぎているし、練度も不相応に高いからだ。


 何者かが彼らを意図的に配置したとすれば、話は早い。


「ああ。ここにある分だけではない。貴様らがどこの手の者かは知らんが、一生かけても稼げないだけの金を支払おう」


 自分を殺せば大問題になるので、最後の一線は超えないように命令されているはずだ。

 つまりヘルメスは、これは脅しの範疇(はんちゅう)だという判断をした。


 それに相手はみすぼらしい恰好をした者ばかり。

 盗賊の恰好が扮装だとしても、金の臭いがする人間はいない。


「任務を全うしても、褒賞は金貨の数枚がいいところ。どうだ……儂に鞍替えせんか」


 貯金の最高額は金貨が数枚か、十数枚か。

 ヘルメスにとってすれば、この山賊が仮に追手であろうと、貧乏人の買収は容易に見えていた。


「景気のいい話だが、約束を守るつもりは無いんだろ?」

「そんなことは無いぞ。商人は信用を失ったらおしまいだからの」


 事実として、支払える財力はある。

 だが、払われるかどうか分からない報酬に釣られる人間はいないし、それ以前の問題もあった。


「この詐欺師が! 俺はお前の口車に乗って破産したんだぞ!」


 ここにいる人間の半数近くが、ヘルメスから破滅させられたか、不利益を被ったことがある人間だ。

 恨みが先にきているのだから、買収できるはずがなかった。


 一人の男の叫びを皮切りに、方々から怒号が飛び交う。

 

「お前のせいで……娘と妻は!」

「返せ! 俺たちから奪った家族も、金も、名誉も何もかもだ!」


 方々からの罵声に、ヘルメスは虚を突かれた気分になった。

 というのも恨み節を言っている人間の顔に――誰一人として――見覚えが無かったからだ。


「覚えてるかヘルメス。俺はレガード商会の、エリック・レガードだ」

「おお、もちろんだとも」


 この修羅場でも、ヘルメスは笑顔を崩していなかった。

 しかし相手に個人的な事情があるならば、譲る姿勢も重要だと頭を切り替える。


 好々爺のような表情を少し歪めて、心の底から申し訳なさそうな顔をして、彼は謝罪の言葉を口にした。


「あの節は本当に済まないことを……」

「エリックは偽名だ。俺に何をしたか、綺麗さっぱり忘れているみたいだな」


 これには流石のヘルメスも二の句を継げなかった。


 素直に忘れたとは言えないし、さりとて名前は一向に思い浮かばない。

 この場にいる誰一人だ。


 既に終わった人物の名前を律義に記憶しておくほど、彼は暇ではなかった。


「マジかよこのジジイ……ここまで殺して胸が痛まねぇ相手も、珍しいな」

「ま、まあ待て、早まるな」


 ヘルメスがこの状況を見て、ただ一つ分かることは、集まった人間は怨恨で行動している者が多いことだ。

 現場の人間を買収できないならば、次の手は自ずと決まる。


「お前たちはラグナ侯爵家の差し金か? それともアースガルド子爵家か? ……分かった。今までのことは全て謝ろう。まずは、雇い主のところに行こうではないか」


 彼ら自身ではなく、もっと上の立場にいる人間と交渉するしかない。

 それがヘルメスの次善策だ。


「引き抜きを断るというのなら、無理に勧めるつもりは無い。……出世を考えよ。儂を殺すよりも、生け捕りの方が評価は高かろう」


 周囲に味方は一人もいない。

 だから交渉の筋道も無く、彼らに命令を下した者と話をつけて和解するしかない。


 それは奇しくも在りし日のドミニク・サーガが、ヘルメスに助けを求めた時の光景に似ていた。


 だがそこは国内屈指の商人であるジャン・ヘルメスだ。

 黒幕と直接の交渉に漕ぎ着ければ、まだ生き残る目はあったかもしれない。


 それでもこの提案を受けた、山賊の頭目は冷静に言う。


「悪いな。俺たちはどこの軍隊でもねぇ、ただの(・・・)山賊だ」


 ヘルメスがアースガルド家の人間に殺されたと知られたら、不都合がある。

 だから領地へ連れ帰ることなどしないし、最後の瞬間まで所属は明かさない。これは決定事項だ。


「殺してやる!」


 そして彼らが話し合っているうちに、しびれを切らした者がいた。

 ヘルメスを目掛けて、握り拳よりやや小さいくらいの石が飛ぶ。


「くそっ、俺にも権利があるんだ!」

「ぐおっ!?」


 肩口に衝撃が走り、尻餅をついたヘルメスのもとに、続々と攻撃が開始された。


 よほど当たり所が悪くでもない限り、多少の怪我をするだけで容易には死なない攻撃だ。


「や、やめろ! 何をする!」

「うるさい!」


 話は終わりだと、後方で控えていた没落商家の人間が一斉に投石を始める。

 その様を見た頭目は、呆れたように言った。


「ま、こういうわけだ。今さら止まらねぇよ」


 この襲撃に際して、頭目と副頭目が主人から受けた命令はいくつかある。


 基本的には主が立てた方針に基づき、現場の判断で動くが――この老人の最期についてだけは明確に指定されていた。


「年貢の納め時か。それとも因果応報ってやつか」

「貴様にはそれがお似合いだッ!」


 彼らに命令を下した人物は、極めて数奇な人生を送っている。

 常人の数倍は人生経験が豊富だ。


 そして彼の長い人生の中でも、二度と経験したくないと思える死に様がいくつかあり、その中から選ばれた相応しい処刑方法とは――


「石ころをぶつけられて死ねいッッ!!」


 ジャン・ヘルメスに恨みを持つ者たちで周囲を取り囲ませて、皆で揃って石を投げつけることだった。


 クレインは既に目標(・・)を達していたので、あまり残虐には見えないが、より一層(みじ)めに見える処刑方法で、恨みを晴らさせてやることを主眼に置いている。


「こ、こんなところで、死ぬものか。馬を……」


 交渉の余地無しと見たヘルメスは素早く馬車に駆け寄り、馬の繋ぎを外した。

 弓隊の攻撃は一時的にでも止んだので、死ぬ思いをすれば逃走の目があるという判断だ。


 動きを察知した弓兵たちが再び矢を番えるが――それよりも早く動いた男がいる。

 槍を手放した副頭目は道端の石を拾い、ヘルメスに向けて大きく振りかぶった。


「往生せいやぁぁあああああッッ!!!」

「ぐおあっ!?」


 他と比べ物にならないほどの剛速球が飛ぶが、それは一応、この一投で死なないように下半身を狙っていた。

 大きめの石で右膝を打ち砕かれたヘルメスは、衝撃で再び地面を転がる。


 頸木(くびき)から解き放たれた馬が駆け去っていく姿を見たヘルメスは、呆気に取られた顔をしてからすぐに、山賊たちを憎々しげに睨みつけた。


「ぐっ、お、おのれ……」

「まあゆっくりしていけって」


 訓練された男たちは護衛を排除したきり動いていないが、素人同然の人間は誰も彼もがやる気に満ちている。


「よーしお前ら、じゃんじゃん投げろ」


 頭目は意地が悪そうに笑うと、配下たちに再び投石の号令を下した。



 パソコンが故障していたため、更新に間が空きました。


 次回、「狂嬉と怨嗟の地獄」は今週土曜日の更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「商人は信用を失ったらおしまいだからの」 よくわかっているじゃないか、さすがは国内最大規模の商人だな!商人は信用の積み上げが何よりも大切ですね。まぁ、お前が積み上げたものは信用ではなく怨嗟…
[良い点] 死ぬ時にはぐずぐずになってるやつぅ。 しかし、誰一人覚えていないってのが業の深い所やのぅ。
[一言] すべての目的を達してるんだから、これヘルメス捕まえたのが今回が初ではないんでは?
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