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魔力





「うう」

息と共に声が漏れる。

息をすれば声が溢れてしまうのでそのまま息を吐かないようにして唇を締めていたら、アレスと手を繋いでいる右の手に真っ赤なサラマンダーがチロリと現れた。



「なんで今更…」

ゼッタは思わず呟いた。

眉を顰める。




見限ったんじゃなかったのか。

いるなら、あの時も姿を見せて欲しかった。

彼がもっと早くに助けてくれていたら、自分が混乱することもアレスにやけどを負わせることもなかったのに。


ゼッタが睨むと、その視線からするりと逃げたサラマンダーは舌をチョロリと出した。

そして目をパチクリした。




「は?お前のせいだろうが。お前があのザコ道具に制御された所為なのも気づいてなかったのか」

低い男の声がゼッタの耳元で響いた。


「っ、せ、制御…!?」

ゼッタは乾いた声を上げて少し怯み、ぱっとアレスの手を離した。

狭くて小さいベッドの上にいきなり現れた美形の男。

イフリートの横顔がすぐ耳元にある。

彼はいつもこういう登場の仕方をするのだと知ってはいるが、やはり少し驚いてしまう。


「お前の腕に巻いてあった魔具、あれで精霊界との交流が遮断される。でもあれは安物だったぜ。あんなおもちゃに妨害されるなんてお前、ほんとにしょーもねーな」


「それは…し、知らなかったです…そっか、ごめんなさい…」


ハアと大きなため息をつくイフリートに、起き上がったゼッタは小さくなって謝った。

一瞬で怒りはどこかへ消えて、ただただ申し訳なさだけが残った。




ため息をついたイフリートはゼッタの小さなベッドの上で胡坐をかく。

そのベッド脇ではアレスがピクリとも動かず熟睡している。

そして胡坐のイフリートに覆いかぶさるようにされながらベッドの隅まで追いやられ、小さくなっているゼッタ。

不思議な光景が出来上がった。



「フン、俺今結構機嫌悪いよ?あの時折角力貸してやろうと思ったのに、お前俺のことガン無視だもんな?」


「ごごご、ごめんなさい…だから、耳元で喋らないで…」


「は?」

耳元で響く低音からは苛立ちが感じられた。

いたたまれないゼッタが身をよじってベッドから逃げ出そうとすると、ガシリと首根っこを掴まれた。


「お前に拒否権はないから」


「ひぃ…すみません…」


捕らえられたウサギのように観念したゼッタは、そのまま胡坐をかいたイフリートの足の上に収まる。


「どう俺の機嫌なおしてくれんの?」


「えと…その…」


「ちょっとやそっとでなおんねーから」


「あ、あの、謝ります…」


「ったく、そんなんだからあのザコいおもちゃにも妨害されたりするんだよ」


イフリートの低い声を聞く限り彼は苛々しているようだが、顎を頭の上に載せられた。

突然の重みにゼッタは少し驚き、でももしかしたら声程は怒っていないのかもしれないと思い、おずおずと質問をしてみる。


「そう言えばあの、どうしたらそういう妨害受けなくなるんでしょうか…?」


「お前は弱すぎ。あと、お前は俺とのつながりもまだ薄い。妨害され放題」


「じゃ、じゃあ、魔法陣の勉強完成させたら強くなれますかね…?」


「さあ」


「が、頑張って暗記して、早く魔法陣使えるようになりますから」


「ふーん」


「あと、イイ、イフリートさんにもっとたくさん話しかけますから」


「まあ、いいんじゃない」


小さいゼッタを抱えるように膝にのせているイフリートからはもう苛立った声は聞こえてこず、いつもと変わらない声で適当な答えが返ってきた。


具体的ではない解決策しかもらえなかったが、とりあえず魔法陣は何が何でもマスターしようとゼッタは小さく頷いた。





小さく頷いて、

キュッと拳を握る。

もう一つ聞きたいことがあるのだ。





「あと…あの、最後の火のことなんですけど」


ゼッタがいざ声に出してその時の状況を思い返すと、喉は急に乾きだした。

声が更にガラガラになる。

人を焼こうと這う火の乾いた匂いが鼻に蘇るような気がした。


「あれは、本当に私がやったんでしょうか…」


「そうに決まってるだろ」


「っ…」


「お前、終焉に備えて凄い魔力飼ってるからな。何かのきっかけで時々暴走するんだろ」


ゼッタは黙りこくる。

ゼッタが返事をしないのでイフリートが続けた。


「魔力をうまく操れるようになれば安定するかもしれないが、もしお前の魔力が全部暴走するようなことがあったら多分お前じゃ止められないだろうし、例え俺がお前と話せる状況だったとしても止めてやれねーからな」





「そっか…ラスボスになる時か…」


…いやだなぁ。

ラスボスになったら、あんな感じで狂って人を燃やしたり捻り潰したりするんだ。

ああ。

制御し切れない魔力を与えられた無力な村人は、ただ黙ってラスボスになるしかないとこの世界の創造主は言っているのだろう。



「おいおい、俺に虐められたみたいな顔すんな」


イフリートが、窒息しそうな顔をしているゼッタを覆うように後ろから顔を出して覗き込んでいる。


「すっ、すみません…」


蒼くて情けない顔をしていたようだ。

いけない、とゼッタはゴシゴシ顔をこすった。


ゴシゴシ。


「…でもイフリートさん、なんで私と契約してくれたのでしょうか。確かにたくさんあるのかもしれませんが、こんな怖い人殺しの魔力欲しいんですか」


ゼッタは顔をこすりながらふと思い出していた。

イフリートはこの魔力が気に入ったと言っていたことを。

そんなゼッタの質問は自嘲気味に聞こえただろう。


「魔力自体は怖くねーよ。どう使うかは人に依るだろ。終焉の時だって、お前が全部壊したいって思って混沌の王の残滓を引き寄せて、その凄い魔力と合わせて暴走させて世界を蹂躙するってだけだぜ」





「あ。そっか…あれ?

じゃあ私が全部壊したいって思わなければ暴走しないんでしょうか?やっぱりラスボス化回避できますかね」


少し考えて、ゼッタはばむっと手を打った。


「お前、我慢できずに暴走したばかりだろ。

それに、世界を滅ぼす人間はそう簡単に自分の運命変えられないんじゃない」


「…」


ちょっと明るい顔をしたと思ったらすぐに希望が打ち砕かれたゼッタは今、空気が抜けたようにしょんぼりしている。


「そっか運命なら私、どれだけ好きにならないようにしても結局失恋して発狂するラスボス用の性格も持ってるんでしょうね、多分…」


「さあ?」

しょんぼりしたゼッタの頭に顎を乗せたままのイフリートは、あまり興味がないようだった。


ゼッタはベッドのわきでスースー寝ているアレスを見る。


この優しいアレスとゼッタは対極の運命にいる。

勇者とラスボス。

救う存在と殺す存在。

愛される存在と愛されない存在。

人のために動く存在と自分の為に動く存在。




絶対に相容れない。



アレスの頬にの火傷に目が行く。

人を守った優しいアレスが火傷をして、人に害成すゼッタは火傷をしていないことが酷く理不尽に、でも役割的に当然のように思えた。






「あいつは昨日の夜からお前のところにいたぜ。でもついさっき寝たけどな」

イフリートはゼッタの視線を追ってアレスを見ると目を細めた。


ゼッタはそっかと呟き、窓から差し込む光に目を向けた。

薄く慎ましい朝の光。

安物のガラスが光を小さく反射していて綺麗だ。

まだ外も静かだということは、かなり朝早いのだろう。



「私、もう一回寝ます…」

ゼッタは弱弱しく呟いた。


少しだけ、何も考えずに眠りたい。


「お前が寝るまでいてやろうか」

イフリートが聞いてくれる。

時々気を遣ってくれて優しいなと感謝しながらもゼッタは首を振る。







イフリートがサラマンダーを残して去ってから、ゼッタは静かに布団に潜り込んだ。

ベッド脇にいるアレスには背を向けるようにして目を閉じる。


こうしてアレスが隣にいてくれても自分が喜ばないように祈る。





奴隷の焼き印は怖いと分かっていても怖かった。

それと同じように、アレスはヒロインと結ばれると分かっていてもゼッタは絶望することになるのだろうかと思うと、考えたくないのに祈らずにはいられなかった。








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