エピローグ
はあ、と大きく息を吐く。
それからエドの顔を見て、ゆっくり言い聞かせる様に口を開いた。
「そもそも、私は此処では歓迎されていない異邦人だった。そんな人物が無理を押して第2王子の婚約者に収まったんだぞ?これ以上無理を押し通せば、国の荒れる元だ」
「安心しろ、そんな軟な国であるなら、もうとっくに滅んでいる」
それはそうだが。
「なら、私の意志はどうなる?……役目を終えたら、私は外の世界を見て回ろうと思っていたんだ。此処へ来て5年……いや、もう6年にもなろうとしているのに、私はこの世界を知らない。自分の足で歩いた事が無い。……自由を得たら私は旅に出る。もうずっと前から決めていた事だ」
その言葉に、会場中がしん、と静まった。
果たして彼等―――この城に努める官吏達は皆、好都合だと思うのか、王家に逆らってまでと思うのか。
「1度旅立てば、恐らく2~3年はふらふらして帰らないだろうな」
その位離れていれば、エドも私の存在など忘れてしまうだろう。
訪問者には、良くも悪くも濃いメンツが多い。
その中で揉まれていれば、きっと人1人の印象など希薄になるに違いない。
妃にと望むこの国の貴族女性も、本来なら大勢いた事だろう。
彼女等とて、一番の邪魔者が消えれば手段は選ばない筈。
美人が大挙して押し寄せれば、今となっては取るに足らない小娘である自分に、勝ち目がある筈も無かった。
それに、女性関係、人間関係だけでは無い。
エドにだって、これからやらなければならない仕事は山積みの筈だ。
この国を出れば、そうそう連絡を取り合う必要も無い。
行方の知れぬ小娘1人、構っている間は無いだろう。
そうだ、そもそもだ。
「嫁ならココ姫がいるだろうに」
何処ぞの浮かれでは無いが、シリアス過ぎる話も良くないので、殊更に明るい口調で話題を変える。
足下でココ姫が「え?ココ?」と吃驚しているが、ああほら宰相殿なら『もっとプッシュしてアピってくれ』とでも言いたげに、瞳を輝かせ首をこくこく縦に振っている。
……ああ、顔は似てないが、こういう所は親子なんだな。
「…………ココは」
酷く不味い物でも食べた様な、そんな、眠り姫とはまた違った感じで表情筋の凍り付いた彼にしては珍しく、エドは私をじっと見詰める。
「ココは、妹みたいなものだぞ」
というか、エドはココ姫の事を呼び捨てにしているのか。
ありえん、と言外に言い切ったエドに続き、少し離れた壇下から「心外だ」とでも言いたそうに少し肩を怒らせたココ姫が「ありえませんわ」とバッサリ言い放つ。
「だってエドお兄様は、ココのお婿さんにしては、少々歳が離れすぎておりますもの」
胸を張った幼い姫君。
だがな、姫君よ。
『そこがいい』と思う殿方にも中には……具体的には国王陛下の隣辺りにいるのだよ。
「灰かぶりよ、貴女の気持は良く分かった。分かった上で、あえて言わせてもらおう」
その言い方に、背筋がぞくっとする。
悪寒だけではなく、甘ったるい感情を思い起こさせるその響きに、束の間歓びを覚えたのは決して嘘では無い。
動かぬ同胞、オズとねこの王は、完全に傍観体制だ。
助けを求めて失敗した私が余所を向いている隙に、エドは何やら受け取り差し出す。
「灰かぶり」
呼ばれて視線を戻せば、そこには綺麗なつやつやのミニクッションに乗せられた――――――ガラスの靴。
ぱ、と顔を上げて彼の目と視線を合わす。
お前これ、どうやって手に入れ……ねこかっ!!(怒)
婚約披露舞踏会で履いたきりのガラスの靴を前に、エドはこうのたまった。
「お前しかいない」
は?
「愛している」
はあああああああっ!?
静まり返った会場の中、ねこの王とオズ、それに浮かれ小坊主の揃って噴き出す「ブッ」という音だけが響き渡る。というか、その後に続く「くくくくく」という、笑いを堪えているけれども堪え切れずに漏れる息さえはっきり聞こえるのがまた居た堪れない。
「………お前はこの様な場で、いきなり何を言い出すんだ」
ドスの利いた低い声が出たのも、致し方無い事だろう。
しかし、エドはキョトンとするばかり。
「???お前は『こういうの』が好きなのだろう?」
他に何と言っていたか。そう考え込むエドに、私は今更思い出す。
「それは『あの時』の『あれ』かああああああ!!!」
あれは確か婚約決定直後だった時の話、自宅の工房で引越しの荷物整理をしていた時の事だ。
元の世界ではネタソングだった『あの歌』を聞いて、エドは「こういうのが良いのか」と。
確かにそう言っていたが!!何も今伏線を回収しなくとも!!
「確かに情熱的で良いのかも知れんが、それとこれとは別だろう!?」
口説くのは構わないが、いや十分構うし大問題だが、そもそもお前は地雷要素の何たるかを分かっていない!
こんな状況で告白されて、しかもそれはネタで、嬉しいと思う奴がいると――――――「シンデレラさまったらすごいですわ!!こんなに熱い愛の告白をお受けになられるなんて!」
受けてない!誤解だ!!
「……一緒に、お風呂?」
それはお前と私が一緒に風呂に入ると、そういう事か!?眠り姫!
お前の中ではすでに私は同居確定なのか!?眠り姫!
言いたい事は山ほど有れど、溜まりに溜まった怒りなのか何なのか、自分でもよく分からない熱い感情のせいで言葉にならないこの思いを吐き出そうとし……た所で、ごうん、と低くて重い、大きな音が聞こえた。
「さて、どうする?灰かぶり。そろそろ時間だけど?」
「空中移動要塞エメラルドラド、まずはセントラーダ東部イーステラに向けて発進準備、とっくに完了してるぜ」
「王子をとるか、自分の旅をとるか、決心は付いた?」
「移動が始まっているみたいだね~。早くしないと行っちゃうよ~?」
オズが駆け出し、小坊主が飛び出す。
驚いた事に、ねこの王まで付いて来るつもりの様だ。
気付けば他の仲間達も皆駆け足で出口に向かっていて、在来者の関係者は、ぽかんとした様子で見ているだけだった。
「シンデレラさま!行っちゃ嫌ですの!お別れなんて、絶対に嫌ですの!!」
「……どっちを取っても、それは貴女の自由。でも……また1人は、寂しい」
ココ姫と眠り姫が、それぞれ引き留めるが……。
「済まんな、もう決めたのだ」
最初からこの展開は決まっていた。
妖精や動物、森に棲む者達を除き、我ら人は、あの森を出るのだと。
いざとなれば妖精は引き籠れば良いのだし、動物達は外の住人と話さなければ良い。
そうすれば、在来者には只の動物か、元が人だった動物なのか区別出来ない。
何故そこまでするかと言えば……要するに、後始末を在来者に全面的に任せる為の……所謂ヤリ逃げである。
此処で捕まってしまえば、国や城の歯車になってしまい、完全に囚われてしまうのは避けられない。
だから逃げだすのだ。
改めて世界中に散らばる、という形で、国力に不公平が生じぬ様。
とはいえ『最初の街クローブタウン』は引き続き訪問者達のホームタウンであり続けるし、眠り姫だってここに残る。
これはただ、『森』が『ただの森』に還るだけの事。
「待て、灰かぶり、返事をまだ聞いていない」
皆に遅れじと出口へ向かって駆け出す私に、嫌味な程に長い足で、軽々と追い付いて来る第2王子殿下。
返事など、先ほどのやり取りで分かるだろうが!!
「残念ながら、私はこの国に収まる気は無い!10年経ったらまた来るんだね!」
魔女の口調で言い捨てる。とどのつまりは「おとといきやがれ」だ。
だが、あの変な所で真面目な王子は、言葉そのままに取ったらしい。
「10年経てば、俺もお前も婚期を逃すぞ、灰かぶり」
「良いんだよ、結婚するつもりなんか無いんだから!」
巨人級の余計な世話だ!!(怒)
「大体、ネタで愛を囁かれて頷くバカが何処にいる!」
「お前は、あれでは頷かんのか」
「当たり前だ!」
「……そうか、困ったな。やはりきちんと自分の言葉で言うべきであったか。しかし、内容的にはそう違いは無いのだがな」
…………はあ!?
い――――――いやいや、いやいやいやいや、私は何も聞かなかった、聞かなかった、聞いてなど無い!!!
冗談では無い、こんな処で追い付かれてたまるか!絶対に逃げ切るんだ!
誰が――――――こんな天然ボケのセリフ1つに、心をぐらつかせてなどやるものか!!
くっそ、オズもねこの王もこちらを振り返ってにやにや笑っている。
笑っているだけで手を貸さない辺りがあいつ等らしいな!
余裕有る様で何よりだよ!!
駆け抜ける大広間の大扉。
あと少しの所で、後ろから声が聞こえた。
「何をしているんだい、衛兵諸君。――――――逃亡者を捕まえろ」
アルジャーノン殿下―――!?
このままでは確実に捕まってしまう……!!
唇を噛み締め、頭をフル回転させる。
ああそうだ、私は『魔女』
『鏡を操る幻影の魔女』
なら、やる事は1つだろう……!!
「捕えろ!!」
アル殿下の発言のせいか、魔法否定派や魔法担当部署の幹部連中、勢い付いてないか?
これは本当に牢屋行きかもしれないな。
もっとも、隣を走る男が睨んでいるから、そう簡単に手出しは出来ない様だが。
……エドもそうだが、お前らは本当に捕まえる気があるのかと。
「なっ!?馬鹿な、何時の間に!」
「しかし、これは好機だ!」
彼らが驚いているのは、先程まで開かれていた筈の外に直結する広間の大扉が、いつの間にか閉まっていたからで――――――
「どうする気だ?」
ついに扉の前で追い詰められたかに見えた私。
そう、此処に残るは最早私のみ。
しかしエドは其処に何かを感じ取った様だ。
私はにやりと口の端を持ち上げ――――――
ぎぎぃぃぃいいいぃ――――――
大よそ女の手1つでは開かない筈の重い扉は、私が両の手で開くと大きな音を立て、それでも止まる事無く左右に開いて行く。
その開いた先に見えるは――――――
「おお……」
「これは……」
「何と」
「……美しい」
華やかな音楽と共に眼前に広がるのは、並び立つ満開の桜の木の群れ。
鮮やかに舞う薄紅色は、桜吹雪。
参道を抜けた先には、桜の陰に僅かに見える寺院の姿が―――
幻影魔法「そうだ、○都に行こう」発動だっ!
あっけに取られていた招待客と城の関係者達は、今はその光景に見入っている様だった。
……其の隙にっ!!
入口に光学迷彩掛けて隠して置いた箒を掴み取り、走りながら乗って離脱!
よし、何とか脱出成功だ!!……と思いきや。
「おい、だから返事をしろ」
「ってちょ……っ、ぶない!危ないから降りろ!」
「この高度で降りる方が危ない。……お前は、それ程に俺との結婚が嫌か?」
「そういう問題では無い!くそ、その位置からだと……!」
何と王子が、箒の後ろにがしっと捕まった。
バランスを崩しかけるも、何とかかんとか持ち直す。
「ええい、この際だ、落ちても構わん!お前なら出来る!だから降りろ!」
「断る。それと返事だ」
「何度も言っているだろうが、結婚する気は無い!」
「待つという手もあるぞ」
「待っても無駄だと言っている!」
「俺が嫌いか?」
「そうでは無いと、だからさっきから何度も!」
「なら待つぞ。いくらでも、待ってやる」
「~~~~~~~~~~っっ!!ああもう、だからーーーーっっ!!」
口喧嘩状態のまま、空中移動要塞に向かって飛んで行く危なっかしい箒。
やがて見かねたらしい、一足先に到着していたオズが、要塞から牽引ビームを照射して2人を回収して行った。
―――それから1年。
魔女と王子のコンビは、世界中を巡った。
城との連絡については、ねこの王やオズの魔法使い等訪問者達が全面サポートする形で。
外交をはじめ書類仕事など、セントラーダの王子としての仕事もちゃんとこなしながら―――この辺は、やはり訪問者仲間やどこで○ドア的な魔法が活用された―――魔物討伐や火急の人助けなど、冒険者としても名を残す程の大活躍をした。
それが本人―――特に灰かぶりという名の魔女に、どう受け止められていたかは兎も角として。
―――そうして1年。
帰国したセントラーダ王都で開かれた『ハロウィン大感謝祭』内企画『逃亡中』において、鬼である『灰色の男達』と王子に、散々追いかけ回される灰かぶりの姿が見られたという。
『ハイ、じゃあ今から“今まで使った魔法とスキル”一切禁止ね~☆』
「嘘だろおおおおおおおーーーっ!!?」
「……………………」
「ぎゃああああああ!!!ター○ネーター!!!」
こうして森の魔女は、セントラーダ王国第2王子の魔女妃となった。
かつて『プリンス・ブリザード』と呼ばれた王子は、議会や謁見の際、開始時に“かあん”という金物の音がすると“にこっ”と笑うので、やがて「プリンスチャーミング」と呼ばれる様になる。
それは、後に彼が王弟になってもそう呼ばれた。
笑う理由が、謁見者の頭部に金盥が落ちる幻影を見たから、という事を知っているのは、補佐として毎回同席する妻と彼の部下のみ知る事実である。
~~~~~~~~~~~~
998:ぬこの王さま
こうして王子様とシンデレラは
末永くしあわせに暮らしましたとさ
ってか?
おっとネズミ発見!
999:下水道魔王と地下王国
ハハッ!
1000:メルヘンワールドの住人さん
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててください。。。
これにて第6章は終了です。
残すはエンディングとおまけのみ。
あともう少し、お付き合いください。




