プロローグ
「入るぞ」
がちゃりと扉が開き、勝手知ったる我が物顔で、セントラーダ王国第2王子であるエドワードが工房に入って来た。
最早、事前に連絡などという、まどろっこしい手続きを踏んでいる状況では無い。
無いのだが……お前少しは躊躇しろ、と、灰かぶりは言いたくなった。
何やら作業していたらしい手元を止め、振り返ってエドの顔を見れば、普段よりやや紅潮した面に「ああ、レベル上げの帰りか」と納得する。
よく見れば前髪に水分の残滓があり、恐らくは此方に来る前に水でも浴びて来たのだろう。
「今は何を?」
「邪魔しても良いか位聞かんかい、まったく。……見ての通りだよ」
工房は現在もなお続く、修羅場の真っ最中である。
既に王家から借り受けた人員が3回目の交代に入っている当たり、いかに現場が凄まじい事になっているかが分かるというものだ。
「未だ終わりは見えんか」
「ああ。効果が最大クラスの薬を数十単位、が作戦に随行する人数分。それに薬が必要なのは、何もワタシ達だけではないからな。民間の方にまでいざという時の備えをしようとすれば、自ずとそれなりに時間が掛かるものさ」
ボタン1つで大量に生産出来た当時が羨ましくも思える程、今回は大口の注文だった。
……これが終わったら、少しは簡略化の手順でも考えてみようか、と灰かぶりは半ば本気で考えたものだ。
「思ったんだがね」
大鍋をかき回す手を止めず、視線も鍋から離さないままに、灰かぶりはエドへと問いかけた。
「何だ?」
「例えばだが……他に何か利用出来る物を探そうとは思わなかったのかい?」
そう、ふと思い付く。
この世界は魔法が全てで、魔法によって成り立っているといっても過言ではない。
魔法の行使が禁じられてるとは言え、その全てが利用されていない訳では無いからだ。
例えば市井で暮らす一般家庭では、何にでも使える魔石がある程度普及しているし、医師は投薬とともに回復魔法を行使する。
そもそも今自分が作っている薬だって、作り方から鑑みれば、一種の魔法には違いない。
だが、本当に他に利用出来る物は無かったのだろうか。
例えば電気。例えばガス。他にも、科学的根拠から利用出来る物はあっただろう。
火は水を掛ければ消えるし、地面は固く、植物は土の上に根差す。
光があれば明るく、遮れば暗い影が出来る。
空は青く、白い雲があり、雨水は大地を潤す。
そして全ての物体は、地面に向かって落下する。
――――――この世界の法則は、魔法という概念さえ取っ払えば、私達の住んでいたあの世界と、非常に酷似しているではないか。
ならば、それを元に新たなる秩序と法則を生み出せば、あの『神』と名乗る存在が言う様に、停滞、衰退を経て緩やかに迎える滅びも無く、ましてや『つまらないから』などという身勝手な理由で世界を壊される謂れも無いのではないか。
灰かぶりはそう考えた。
「ワタシ達の住んでいた世界は、魔法そのものが無い世界だ。だがね、その分火や水、火の光などを雷の力に変えたり、或いは炎から発せられる熱を利用して、世界を動かす力の全てに利用していたよ。丁度この世界における魔法の様にね。物を運ぶのに使ったり、日常生活に利用したり。方法はそれこそ様々さ。だから、探せば在ると思うのだがね……『魔法に代わる何か』が。それを元に発展しようとすれば、あの神に妙な考えを持たれなくとも済んだんじゃないかと思うのだが……」
恐らく『神』は、退屈を嫌っていたのだ。
だからこそあれ程執拗に『遊ぼう』と繰り返していたのだろう。
きっとこの世界も、彼にとっては只の観察対象でしかなかった。
そこで暮らす人間がどうなろうと、滅びの見えた世界などに興味は無いのだろう。
―――まるで夏休みの子供が行うアサガオの観察の様に、枯れてしまえば捨てれば良いだけの事なのだから。
神が道筋を決めてしまった今となっては、もうとうに遅いのだろうが、それでも探す事によって益が無いとは思えない。
街中は兎も角、少しでも離れた地域……辺境と呼ばれる様な地域では、魔石の入手も容易では無いのだから。
もう随分長い事、昔ながらの、ほぼ全てが手作業の生活を送っている筈だ。
例えばエドの下で働くアースクライドも過疎村出身であり、その生活は大変に苛酷であったとの証言もある。
民の為だけに国の上が動く事は少ないのかも知れないが、少なくとも人命が掛かっている事に対し、無視は出来ない筈だ。
……だが。
「それは――――――……魔法や魔道具を使う事と、何が変わる?」
「…………そうかい、まず其処からかい。……こりゃあ……停滞もするさあや」
首を傾げながら言った王子様のその答えに、魔女は深く、深く溜息を吐きました。




