【緊急速報!】始まりの森警戒注意呼びかけスレパート1925【もしかして:侵入者!?】
「では、予定通りに」
フードを被った“誰か”は、感情の読めない声で短くそれだけを述べた。
頭からすっぽりと覆う布のせいで体格はいまいち分かりにくいものの、声の低さからそれが男性だと知れる。
彼が踵を返し先に歩み出すと、フードから零れた僅かな金の髪がちらりと揺れる。
やけに肉付きのいい堅気とは到底思えない様な男達は、一度だけ深くこうべを垂れ、各々に下された命を果たすべく散って行った。
フードの男の後に続く、僅かな人数の男達。
正規の騎士とは明らかに違う、戦場で使い込まれた鈍い色の鎧に身を包んだ偉丈夫達は、フードの男を守るかのように周囲に鋭い視線を飛ばす。
……ただ一人の男を除いて。
「マリー……」
小さくつぶやいたその一言は、誰に聞かれるでもなく空に消えた……はずだった。
そう、ここは悪魔や魔女の住まう場所―――『迷いの森』
物言わぬ無数の小さな瞳達が、まっすぐに『塔』を目指す彼らをじっと見つめていた――――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
177:青い鳥
やばいよやばいよ~!!
178:おおかみさん@今日は寝かさないゼ的な?
どうした青い鳥!?
179:魔弾の射手
何があったん?
180:浮かれ小坊主
夜に弱い青い鳥君がこんな時間に騒ぐって……
kwsk!!
181:青い鳥
森に侵入者だよう!
例のフードの人また来たんだよう!
何かまたぞろぞろ来てるよう!!
182:死者の王
緊急スレが立ったから何かと思ったが……
相も変わらず懲りん連中だ
183:妖精王
ふむ
だが先の件もある
妖精郷は只今より警戒体制に移行だ
184:浮かれ小坊主
アイサー! <(`・ω・´)ビシッ
185:無礼MEN! ぬこみみベース
グローブタウンより入電!
先ほどマッチ売りちゃんの保護者のおっさん外出なう!
186:ジャックと豆の木
なん、だと……?
187:7人の狩人 5番目
タイミングは合うな
188:7人の狩人 3番目
しかし良くこんなにスムーズに侵入できたもんだ
189:ありきりっ! 働きたくないでござるのキリギリス
森の住民速報!
まだ警戒警報出てないでござる!
190:人魚王子
どういう、事なの……
191:浮かれ小坊主
これってー
もしかしてさー
マッチ売りちゃんの保護者さんとー
騎士の人は顔見知りだからー?
192:エメラルドの都の魔法使い
騎士さんの手引きって可能性かっ!?
193:永遠の少年@躁
裏切りフラグキター! (◞≼◉ื≽◟゜;益;◞≼◉ื≽◟)カッ
194:ぬこの王さま
やっぱり繋がってたか
なら……
195:青い鳥
企みなら森の関係無いとこでやってよ!
ボク避難するからね!
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それは静かに行われた。
ひゅおっ、という注意して聞かねば分からないほどの僅かな音。
そして―――
ぱち、ぱち……
赤と黄色の織りなす色彩の踊りが始まった。
色の踊りは熱を孕み、瞬く間に周囲に広がって行く。
――――――『森』に、炎が放たれたのだ。
~~~~~~~~~~~~♪♪♪
突然の大音量に目が覚めた。
部屋中、いや家中に響き渡る音楽。その曲名の意味に気付いて慌てて飛び起きた。
適当な服を着込んで真っ先に玄関に向かうと、そこにはもう準備の完全に整った立派な騎士様が待ち構えていた。
「はやっ!?」
思わず声に出ちゃった。
慌てて口元を押さえるあたしに構わず、騎士―――アースクライドは扉を開く。
「行きますよ!」
「うんっ」
完全に仕事モードのアースに続いて、顔を引き締めたあたしは、こくんと勢い良く頷いて彼の後を追って走り出した。
「これは……」
「そんな、火が……もうこんなところまで!?」
慌てて掲示板をのぞくと、森の掲示板は結構なパニックになっていた。
気付かないなんて……不覚もいいとこ。これじゃ魔女さんに合わせる顔がないよ!
幸いにも目撃者がいた様で、おおよその目的と火元の方向はわかる。
こっちまでパニックになってる場合じゃない。
気持ちを切り替え、火事の発生源を目指す。
「ついてきて!」
「まかせます!」
短いやり取りの後、あたしは炎を魔法で消し飛ばしながら走りだした。
「それ以上の侵入は止めなさい!」
塔に近い湖のほとり。
真正面にはもう、塔の入口の扉が見える位置。
そう、すでに『塔』はその姿を晒していた。
とはいっても、完全にその姿を現した訳じゃない。
半透明の姿のまま、ゆらゆらと揺らめくように映るだけ。
そのぼんやり揺れる扉の前にいたのは、フードをかぶった人物と数名の傭兵部隊。そして――――――義父さん。
「義父、さん」
「マリー、やはり来たのか」
「来るよ。管理者代行だもの」
「言っておくが」
「言っても聞かないとでも言うつもり?説得が無理なら力ずくでも、って事になるけど」
「マッチ売りさん」
「おい、“うちの”マリーをそんな変な名前で呼ぶんじゃねえよ」
気遣うようなアースの呼びかけに、苛立った様子で返したのは義父さんだった。
“うちの”……か。
本当に、そんな風に思ってるの?
「止めてよ」
「マリー」
「“今のあたし”は“マッチ売りの少女”だよ」
「マリー!」
「ガイアスさん、今の我々の目的を、忘れてしまっては困るのですが?」
平行線になりかけたその時、後ろにいたフードの……男性だったらしいその人物が口を挟んだ。
「あなたが首謀者なの?」
「ええ。ですが首謀者とは失礼ですね。この森の脅威を取り除き、この世界に平和をもたらさんが為に。その為に“わたしは選ばれたのです”よ」
――――――え?
「殿下」
そっと屈みこんだ体格のいい戦士に、咎めるように耳打ちされ、フードの男は僅かに身を引いた。
「とにかく、この作戦は止めませんし、止めさせません。妨害をするというのなら」
その言葉に、あたしはマッチを1本擦った。
けど、そのマッチは炎を放つ事無く叩き落とされた。
「救国の騎士アースクライド」
――――――あたしの背後にいたはずの、
「彼女を拘束しなさい」
「やめろっ、アース!!」
森の調停者として派遣され、森の平穏を守るという同じ目的の為に今まで一緒にいたはずの、
「すみません」
アースクライドという騎士によって。
「ぅあっ!?」
「マリー!」
……何で?なんでこんな事になっているんだろう?
ぱち、と足元が跳ねた気がした。
なぜ、後ろの人は怖い顔をしていて、あたしを捨てたはずの義父さんがやっぱり怖い顔してこっちを睨んでいるんだろう。
ぱち、ぱち……
睨んでいる相手はあたしじゃなくて、視線はその少し上、頭の上を通り過ぎてる。
つまり――――――彼?アース?
どうして?訳が、わかんない。
何でそんなに必死なの?
義父さんはこっちに来ようとして、あの体格のいい戦士に取り押さえられてる。
「やはりこうなりましたか」
どういうこと?
フードの人が溜息を吐いた。
「居なくなった娘の事を知れば自主的に動くだろうとは思いましたが、いけませんね、貴方は私の国と契約したはず。仕事はきちんとしていただかなくては」
――――――まるで、あたしの事助けようとしてるみたいだよ。
「……最初から、この為に?」
「ええ」
背後からかかる、冷たい声。
「義父さんと、知り合ったのも?」
「さすがに“そこから”は無いですよ」
苦笑された。
「ただ、人脈を利用された、というのはありますね。自分も国のために働く騎士ですから」
……つまり?
「調停者を選ぶ際、人選に関して介入があったというのは事実です。でも、そこで貴女と出合ったのは偶然、という事ですよ“マッチ売り”さん」
……そしてその偶然を利用された、って事か。
なんだかまるで全部想定内、だったみたいだな……。
「……義父さんがあたしの事探してたの、知ってたんだ」
「ええ。貴女の事を話したら調査が入りまして。その時、上からの報告でね」
「でも、本当に手を貸すかどうかは、わからないんじゃないの?」
「おや?期待してなかったんですか?」
思った以上に意外だ、という感情が聞き取れた。
「……だって、義父さんは……」
「……思ったんですけど、貴女とあの人の間には、何かありそうですね」
「……なんもないよ」
力なくうなだれる。
だって、『愛されてる自信がない』なんて、言えるはず、ないじゃない。
あの時の会話聞いてたとか、言えないよ。……しかも本人を目の前にして。
「……聞いてみましょうか?」
「止めて!」
思いがけず大きな声が出てしまって、はっと眼の前を見ると、義父さんと目が合った。
……う。
「なんです?」
フードの男は作業が中断されたみたいで、機嫌悪そうにこっちを見た。
「なんでも……」
ない、と言いかけて、その言葉は別の言葉に上書きされた。
「彼女、話があるようですよ、ガイアスさんに」
よっけいな事を……!!
「マリー……」
「止めてよ。もういいでしょ」
家族ごっこなんか。
こんな茶番につきあってられるか。
ぱち、ぱち……
虹色に色づくマッチの火は、消えてない。
かといって燃え広がっていないのは、あたしが制御しているからだ。
森に掛けられた火自体も、できる範囲であたしが干渉しているし、弱い火はさすがに住人たちが消して回っているだろう。
黙っているだけでは、フードの人達を止められない。
時間稼ぎの意味がないなら、こうして捕まっているだけでは駄目だ。
「いまさら、父親面するの、やめてくんない?」
「マリーっ!?」
もう、どうなったって知るもんか。
「マッチさん!?」
背後で、止める気配がしたけどもう遅い。
「あたしの事っ、捨てたクセに!!」
ごうっ、と炎が勢いよく“彼ら”に襲いかかる。
安心していいよ“炙っただけ”だから。今はまだねっ!!
「す、捨てた!?何のことだ!?」
炎の向こうから義父さんの慌てた声がする。
「あたしの事、押し付けようとしてたでしょ、今あたしの後ろにいる人に!」
「誤解だ!」
どこが!?
背後から「あー、あれですか。もしかして見られてましたか?」とか、どこかのんびりした声が聞こえる。
けど隙がなくて、少々腕をよじったくらいじゃ脱出は不可能。
ならっ……!!
「いらないならいらないって、面倒なら面倒って、言ってくれれば良かったのに!」
「止さないかマリー!俺はお前を捨ててなどない!」
「嘘つき!!」
ぶあっ!!
「ぎゃあ」とか「ひゃああ」とか、呻き声や悲鳴が上がる。けど、
「何をしているんです?何の為に貴方を派遣したのか、分かっているのでしょうね?」
「失礼」
「っあ!」
ぎりっ
強く腕をひねられて、思わず声が漏れた。
っていうか、こっち女の子なのに手加減とかない訳!?
「マリー、投降しろ!」
「無理だよ!」
そんな事、出来る訳ない。
「無理じゃない、こっちに来るんだ!」
「どうします?行きますか?」
何かこれって、イカガワシイ漫画みたいな状況になってやしないだろうか。
どうしよう、あたし一人じゃ手に負えない。
助けを求めて掲示板にアクセスした、その時だった。
目の前に飛び込んできた1文。それは、
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あんなこと言ってるけど、結局は彼女が原因だったって事でしょ?
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頭ん中が、凍りついた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
直接じゃないにしろ手引きしたの彼女って事になるよね?
やっぱマッチ売りさん原因か
こっち連れてきた意味あんの?面倒事しか起こしてないじゃん
しかたないよ上の言う事だもん
~~~~~~~~~~~~~~~~
ぱちっ
火が
ぱちちっ
あの日、みたいに――――――
……違うけど、違うって言えない……。
連想は、仕方ない事なんだろう……。
でも。
「マッチ売りさん?」
抵抗しなくなったあたしを覗き込んだアースが、名前を呼ぶ。
けどあたしは、それどころじゃ無くて――――――
ぶわあっ!!
ごうっ!!
「うわあっ!?」「ぎゃああ!!」
「マリー!」
「マッチ売りさん!?」
信じてなんて言えないけど、それでも態度で示せば分かってくれると思ってた。
いつかは、信用してもらえる日が来るって。
けどやっぱり、あの日あたしが彼らに植えつけた恐怖は、今でもあたしへの不信感としてくすぶってて。
こうして目の前に突き付けられるとキツイ。
――――――ああほら、やっぱり。
どこからか声が聞こえた気がした。
「マッチ売りさん!!」
揺さぶられて視界が揺れる。目の前にいる人は誰?
誰を信用していいの?どうすれば、いいの?
ほら、やっぱり。
――――――あたしはひとり。
燃える炎の向こう、フードの人。
ああほら、仕事、しなきゃ。
――――――止めなきゃ。
せめて、それくらいは。
こうしてあたしは、災厄の呪文を唱える。
灰かぶりさんに託された、塔の最終防衛機能。その『扉』を開く、『滅びの呪文』を。
右手に刻まれた、緑の紋章が光を宿した。
あたしはその右手を真っ直ぐに上へ伸ばし――――――
「“ばるす”っ!!」
ギギぎぎぃいぃぃィィィ…………
「塔の、扉が開いた……っ!!」
「今です!行きましょう!」
フードの男が浮足立った足取りで開いたばかりの塔の扉に駆け寄ろうとする……けど、それを止めたのはあの体格のいい戦士だった。
「お待ちください、何があるか危険です」
「待ってなどいられるか、この『塔』には『姫』が――――――」
彼の言葉は最後まで吐き出される事は無かった。
何故なら。
「ううぇえええええ!?」
「ばっ、化け物おおおぉ!!」
塔の中から出て来たのは、塔を守る怪物達―――
それも大群で。
「こっ、殺される……っ」
「こんな化けもんが出てくるなんざ、聞いてねぇよ!!」
「静まれ!恐らく魔女による幻影の魔法だ!恐れる事は無い!」
慌てふためくフードの仲間の―――義父さんが絡んでいるという事は、恐らく彼らも傭兵なのだろう、その彼らにフードの男はきりっとした声で体勢を立て直すよう命じた。
けど、それを否定したのはあたしの後ろにいる人物――――――
「いえ、あれは実態を持つ者でしょう。塔の守護者として、その様な者達が配置されていると聞いた事があります」
「数は!?」
「数十体はいるものかと」
「ではその数十をどうにかすれば、あの塔へ入れるのだな?」
「……恐らくは」
金の髪が、あたしの目の前で塔に侵入する算段をしている。
でも、
「無理だよ」
力の入らない声が、あたしの口からこぼれ出た。
「勝てないよ。だって『これ』は、『人類の敵』だもん」
そう設定されたクリーチャー達。
今も、奥から奥から湧いて出る。
▲の頭を持つ怪人や、頭部から生えた髪がそのまま足になったような奇妙な生き物だとか。
首から胴が直結していて、肩や腕の無い幼児の様な生き物に、服装だけ見れば普通だけど、不気味な笑みを浮かべたまま移動する女性。
頭が2つに割れた蝉のような怪物に、ワニやカブトムシやコウモリなどをモチーフにしたらしき怪人達。
そして――――――
ご、ごごご……ず、ずずず……っ
塔の内部へと至る扉、その、人が使用するにはあまりに巨大な扉の天井部分に手をかけ現れたのは――――――
「巨人!?」
「ひっ」
「に、逃げろ、にげろおおおお!!!」
筋肉組織がむき出しの赤い体の巨人は、ゆっくりと首を回してこちらを向く。
炎に包まれたその光景は、まるで何かの映画みたいで、ひどく現実感が無かった。
次回、VS巨人。




