第1話|円盤の誕生
ミラノの空気は、冷たいのに乾いていなかった。
リンク脇の通路を歩くと、氷の匂いと、金属の手すりを握った手の温度差が、妙に生々しい。
白川律は、その生々しさを仕事の材料として扱わなければならない立場だった。五輪中継局の“解説補助”。言い換えれば、解説者の言葉が詰まったときに差し出される、数字と構造のカンペ係。局のディレクターは空港で律を拾うなり、「ホッケーをドラマとして語れる材料、頼むよ。泣けるやつ」と軽く言った。
律は頷いたが、同時に、自分の胸の奥に冷たい反発が沈んでいくのを感じた。
泣ける、という命令は、勝敗を感情の演出へ押し流す。律が信じているのは逆だ。
感情は結果だ。原因は構造にある。
練習リンクでは、選手たちのスケート刃が氷を削り、硬い音が周期的に跳ねた。
律はタブレットに目を落とし、速度、パス成功率、交代のタイミングを淡々と追う。そこへ同僚の若いプロデューサーが、興奮をまとって寄ってくる。
「これ、見てください。企画なんです。『奇跡の再来』。1980年の“ミラクル・オン・アイス”を、今の日本代表に重ねる。煽れますよね」画面には、古い映像のざらついた氷上、米国の若者たちの歓喜、沈むソ連。
律は、映像の熱に飲まれないよう、音を切って眺めた。奇跡、と呼ぶには説明が多すぎる。相手の油断、若さの運動量、戦術の噛み合わせ、心理の綻び。
奇跡という言葉は、それらの積み上げから目を逸らすための布だ。布をかければ、誰も責任を問わなくて済む。勝者は英雄になり、敗者は沈黙する。
律は、その布の縫い目をほどく方向へ自然に手が伸びた。夜、ホテルの机に資料を広げる。
ホッケーの起源。19世紀初頭のカナダ。言葉の由来はフランス語の古語「hocquet」──スティック。棒。道具であり、武器でもある。
1860年頃、ボールが円盤状のパックに置き換えられた、とある。跳ねない。狙い通りに進む。偶然が減る。偶然が減ると、衝突が意図になる。
衝突が意図になれば、熱狂は管理できる。
1879年、マギル大学の学生が最初のルールを作った。
律はそこで、ひとつの引用に釘付けになった。「ルールは危険を消すのではなく、危険を“管理可能”にする」理屈は冷たい。しかし氷上で人がぶつかる現実は、もっと冷たい。だからこそ、人は管理に頼る。管理できる危険は、興奮として売れる。
翌朝、局のアーカイブ担当から封筒が届いた。茶色い紙、角が少し潰れている。
中身はコピーの束で、表紙に鉛筆の走り書きがあった。「A.(ソ連)」とだけ。
1980年、ソ連側の分析資料。律は指先でその文字をなぞり、薄い紙の感触が急に重くなるのを感じた。ドラマとして語れ、という命令の裏側に、別の声が潜んでいる気がした。
奇跡ではない、と言いたがっている誰かの声が。律は封筒を閉じず、机の上に広げた。資料が、事件として立ち上がり始めていた。




