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23.つながる縁



 カフェ『白銀の猫』での、思いがけず楽しいひとときが過ぎた。


「そろそろ戻らないと」

「あ、そうなんですね」

「うん。ごめんね、お姉さん」


 椅子から、メルティアが立ち上がる。

 彼女は心底楽しそうに、そして名残惜しそうに微笑んだ。


「楽しかったわ。ありがとう、話に付き合ってくれて」


 お世辞ではない。

 ソフィアには、彼女の言葉から滲み出る温かい魔力の色が見えていた。

 本当に楽しんでくれていたのだと分かり、ソフィアも嬉しくなる。


「お姉さん、不思議な目をしてるのね。なんだか……全てを見通されてるみたい」

「そ、そんな大層なものじゃあないですよ」

「ふぅん……。じゃあね、ソフィア。またどこかで」

「はい。また」


 メルティアは笑顔で手を振り、軽やかな足取りで店を出て行った。

 

 ソフィアは一人残されたテーブルで、ふぅ、と温かい紅茶の残りを飲み干した。

 今日は休日だ。もう少しだけこの余韻に浸っていてもいいだろう。


「……そろそろ、私も戻らなきゃ」


 伝票を手に取り、席を立とうとした、その時だった。

 メルティアが座っていた椅子の足元に、白い布切れが落ちているのが目に入った。


「あら……。これ」


 拾い上げると、それは絹のように滑らかな手触りの、上質なハンカチだった。

 端には金色の糸で『M』というイニシャルが刺繍されている。


「メルティアさんの……?」


【とある理由】から、あの上品な少女のものだと、ソフィアにはわかった。


 ソフィアは慌てて窓の外を見たが、既に彼女の姿は人混みに消えていた。


「どうしよう……お店の人に預けておこうかな」


 彼女は会話の中で、この店をよく利用していると言っていた。

 なら、店員に預けておけば、いずれ彼女の手元に戻るだろう。


「…………」


 そうするのが一番合理的だ。

 他人に迷惑をかけたくない。それがソフィアの行動指針でもある。

 見知らぬハンカチを預けられたら、店側も困るかもしれない。

 そんな遠慮の気持ちもある。


 ただ……それよりも強い気持ちが、ソフィアの胸に芽生えていた。


(メルティアさんに……また、会いたいな)


 同世代の女の子とのおしゃべり。

 それは、ずっと病室にいた前世を含めても、あまり経験のないことだった。

 新鮮で、楽しくて、心が弾む時間。

 だからこそ、自分でハンカチを渡したい。それを口実に、もう一度彼女と話したいと思ってしまったのだ。


「……明日またここに来れば、会えるかしら」


 約束をしたわけではない。

 けれど、ソフィアには不思議と、彼女にまた会えるような予感があった。

 ソフィアはそのハンカチを丁寧に畳み、壊れ物を扱うようにポケットの奥へと仕舞い込んだ。


     ◇


 翌日。

 ソフィアは朝から作業場に籠もり、黙々と杖の仕上げを行っていた。

 ガンダールヴル経由で入った、学園からの依頼品だ。

 シュッ、シュッ、とやすりをかける音がリズミカルに響く。

 その集中力はいつも通りだが、今日は少しだけ様子が違った。

 チラ、チラリと、壁掛け時計を気にしているのだ。


 隣で作業を見ていたヨランダが、不思議そうに首を傾げる。


(ソフィアちゃん、どうしたのかしら。ずいぶんと時計を気にしてますわ……?)


 そして、正午の鐘がゴーン、と鳴った瞬間。

 ソフィアはピタリと手を止めた。


「……よし」


 道具を片付け、パンパンと服の木屑を払う。

 そして洗面所で顔を洗い、少しだけ鏡の前で髪を整える。

 出入り口へと向かい、店番をしていたヨランダに声をかけた。


「ヨランダさん。あの、ちょっと外へ出ていいですか」

「ええっ?」


 ヨランダが間の抜けた声を上げた。

 彼女の知る限り、作業モードに入ったソフィアが、自ら中断して外に出たがることなど、天変地異でも起きない限りあり得ないことだ。


「お昼、外で食べてきたくて」

「お昼を……。ソフィアちゃんが、自分から休憩を……?」


 ヨランダは目を丸くし、そしてすぐに相好を崩した。


「ええ、ええっ。もちろんですとも。昨日は無理やり休ませてしまいましたが、そうやって自分から息抜きをしてくれるのを待っておりましたのよっ」

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいませ」


 ソフィアは軽い足取りで店を出て行った。

 その背中が、どことなくウキウキしているように見えたのは、ヨランダの気のせいだろうか。


     ◇


 カランカラン。

 『白銀の猫』の扉を開ける。

 ソフィアは少しドキドキしながら、店内を見回した。

 もし彼女がいなかったら、店員さんにハンカチを預けて帰ろう。そう思っていたが。

 いつもの窓際の席に、見覚えのあるオレンジ色の髪が見えた。


(あ、いた)


 ソフィアが安堵して近づくと、気配に気づいたメルティアが顔を上げた。

 彼女は一瞬きょとんとして、それからパッと表情を輝かせた。


「あっ、ソフィアお姉さんっ」


 メルティアから溢れ出る魔力こころが、ソフィアとの再会を、本当に喜んでいるのが分かった。

 自分も同じ気持ちだった。

 心が通じ合ったように思えて、なおのこと……再会が嬉しかった。


「こんにちは、メルティアさん」

「こんにちはっ。また会える気はしてたのだけど、まさかこんなに早くとは思わなかったわっ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 再会を喜ぶのもそこそこに、ソフィアはポケットから、大切に包んでおいたハンカチを取り出した。


「これ、忘れ物です」

「……ッ」


 メルティアが目を見開く。


「あ、え、これ……どこに……?」


 彼女の声が震えていた。

 きっと、昨日の帰宅後からずっと探していたのだろう。

 それでも見つからなくて、もう失くしてしまったのだと諦めて、ここに来ていた。

 そんな絶望感が、一瞬で喜びに変わるのが分かった。


「昨日、お店で落としてました」

「あ……」


 じわ……とメルティアの目頭に涙が浮かぶ。

 ソフィアは慌てた。


(わ、私、何かひどいことしちゃったかな……)


「ごめんなさい」

「あ、ごめん。違うの……ほんとに違うの……ごめんなさいお姉さん」


 メルティアは、流した涙をそのハンカチで拭くことはなかった。

 代わりに、愛おしそうにぎゅうっと胸に抱きしめる。

 彼女の魔力が、喜びの音色を奏でているのが分かった。

 迷惑をかけたわけではないと分かり、ソフィアは安堵の息を漏らす。


「……これ、探してたの。母様から貰った大事なものだったから……」

「そうだったんですね」


 ふと、メルティアがハンカチを見て、ハッとした表情になる。


「なんだか……ハンカチ、綺麗になってる……? ほつれが直ってるような……」


 メルティアの手にあるハンカチは、まるで新品のごとく白く輝き、使い込まれて緩んでいた糸も整えられていた。


「あ、差し出がましいとは思いましたが、直させていただきました」

「な、直したって……このハンカチを? 買い直したんじゃなくて?」

「はい。私、少し手先が器用なので」


 ソフィアは事もなげに言ったが、それは簡単なことではない。

 刺繍のほつれを直し、繊維の奥に入り込んだ汚れを抜き取る。魔法を使わずにここまでするのは、職人の技だ。


「……どうして、直してくれたの?」

「大切な物だと、思ったので。そのハンカチ……メルティアさんの魔力が染みついてました」


 魔力ゼロのソフィアの目は、魔力を完璧に捉えることができる。

 物に込められた魔力も、だ。

 通常、付与術士などの特殊な手段を用いるか、魔石などを加工しない限り、道具に魔力は籠もらないとされている。

 しかし、持ち主が肌身離さず身につけ、大切に思うことで、魔力が「写る」ことがあるのだ。


 ソフィアは祖父ヴィルから手ほどきを受けているため、このハンカチが『魔道具ではない、ただのハンカチである』ことは分かった。

 ただのハンカチに、強い魔力きもちが乗っている。

 それくらい、メルティアにとって思い入れのある品だということが、ソフィアには痛いほど伝わってきたのだ。

 だから、失くしたら悲しいと思ったし、綺麗にしてあげたいと思った。


「……ねえ、ソフィアお姉……ソフィア」


 メルティアが顔を上げる。


「貴女……アタシのこと、ほんとに知らないのよね?」

「? ええ」


 昨日会ったばかりの、魔法学生。

 ソフィアにとっては、そういう認識でしかなかった。


「帝都に住んでいるのに?」

「あ、私こないだ引っ越してきたばかりなんです。それまで田舎にいたから……」


(帝都に住んでて? 私のこと知らない? つまり……彼女って有名人なのかしら……?)


「……そっかそっか。うんっ。ありがとう、ソフィア。貴女って本当にいい人ね」


 メルティアはハンカチを胸に抱きしめ、心底安堵したように息を吐いた。


「ねえ、お昼まだでしょ? 一緒に食べましょ」

「はい、喜んで」


 二人はサンドイッチと紅茶を注文した。

 たわいもない会話が弾む。

 杖の話、好きなお菓子の話、帝都の流行りの話。

 メルティアはよく喋り、よく笑った。


「ねえソフィア。アタシ、貴女のこと気に入ったわ」

「え?」

「アタシと話す時、みんな妙に畏まったり、媚びへつらったりするの。でも、貴女は普通に接してくれる」


 彼女の言葉には、どこか寂しげな響きがあった。

 皇女という身分ゆえの孤独。

 だが、そんな事情を知らないソフィアは、不思議そうに首を傾げた。


「普通ですよ? だってお友達でしょう?」

「っ……」


 メルティアは一瞬驚いた顔をして、それからハニカミ笑いを浮かべた。


「そうね。友達、だもんね」

「はい」

「ねえ、明日もここに来ていい? アタシ、お昼は大体ここに来てるの」

「もちろんです。私も、息抜きに来ますね」


 指切りをして、二人は別れた。

 ソフィアにとって、仕事以外で誰かと「明日」の約束をするのは、生まれて初めての経験だった。

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― 新着の感想 ―
知らぬが仏と言いますがこのまま知らない方がいいんだろうな、普通の同年代のお友達として身分に左右されない方がお互いに幸せでしょうね。それにしても帝都に来てから最強の番犬と最高の盾、有能なマネージャーと帝…
最強の後ろ盾ゲット!
いいです‼️とても素敵です‼️ソフィアさんとメルティアさんの友情がずっとこのまま続くといいなあとおもいました。
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