21.帝都を飛び交う緋色のうわさ
未曾有の大雪により、帝都の交通網および日常生活には多大なる支障が出ていた。
そんなピンチに、緋色の髪をした美しい魔道具技師が現れ、一瞬で壊れた物を直してくれる。
その噂は、雪の中を瞬く間に広がっていった。
隣の家も、そのまた隣の家も、「ウチのも直してくれ!」とソフィアに助けを求めてきたのだ。
いくらソフィアでも、一人で帝都中の修理を請け負うのは不可能だ。
だが、そこへ強力な援軍が現れた。
「マリア様! 助太刀に来ましたよ!」
屈強な男たちや、道具箱を抱えた女性たちが次々と集まってきた。
彼らはマリアが創業した巨大商会、OTK商会のお抱え魔道具技師たちである。
「あたいが声をかけておいたのさ。ソフィアちゃん一人じゃ、絶対に手が足りなくなるって分かってたからね」
(いつの間に……! すごい……こんなにたくさん技師さんが)
これなら、全ての困っている人たちを助けられるかもしれない。
ソフィアの瞳に希望の光が宿る。
「技師らへの報酬もちゃんと計算しておくから、安心してこき使ってやりな」
マリアはウインクをして見せた。
彼女はソフィアが気にするであろうポイント――他人を巻き込むことへの罪悪感や対価の支払い――を先回りして解決してくれていたのだ。
(本当に……マリアさんがいてくれて良かった……)
ソフィアは深く感謝し、顔を上げた。
「では、今から修理のコツを説明します!」
ソフィアは技師たちに向き直り、現状を報告した。
主な故障原因は「結露による魔力回路の焼き切れ」
帝都の魔道具は寒さに弱く、基本的な対処法さえ共有できれば、数で押し切れる。
「問題自体はシンプルです。直し方も難しくはありません。例外的な症状があるものだけ私に回してください。それ以外の簡単な修理はお任せします」
「聞いたかい! こっちにゃあのヴィル・クラフトの孫がついてるんだ。安心して作業しな!」
おお……と技師たちが感嘆の声を漏らした。
魔道具に携わる者なら、伝説の職人ヴィル・クラフトの名前を知らぬ者はいない。
その血を引く少女が指揮を執るのだ。士気が上がらないわけがない。
しかし、ソフィアは彼らが感動に浸る暇を与えなかった。
「では早速、作業に取り掛かってください。一刻も早く、困っている人たちを助けましょう」
その瞳は真剣そのものだ。
称賛よりも、結果を。名声よりも、救済を。
そんな「本物」の職人の姿に、技師たちは背筋を伸ばし、一斉に散らばっていった。
◇
「次はあっちだよソフィアちゃん!」
「はいっ!」
ソフィア自身も、難易度の高い案件を求めて雪道を走る。
その時だった。
ズズズズズ……ッ!
地響きのような重低音が響き、巨大な鉄の塊がソフィアたちの前で停止した。
帝都土木局が保有する、大型魔導除雪車だ。
ゴーレムの剛腕に巨大なショベルを取り付けたような、無骨な軍用魔導機である。
しかし、そのエンジン音は苦しげに喘ぎ、プスン、と黒煙を吐いて停止してしまった。
「くそっ、なんてこった! ここで止まるかよ!」
運転席から男が飛び降りてきて、バンと車体を蹴りつけた。
「おいおい、どうしたんだい兄ちゃん。道塞いでんじゃないよ」
マリアが声をかけると、男は泣きそうな顔で頭を抱えた。
「ダメだ、完全に沈黙した……! この雪でエンジンがイカれちまったんだ。これが動かないと、この地区の雪かきが終わらねえ……!」
除雪車が動かなければ、物流も、救急搬送もできない。
見かねたソフィアが、トテトテと男へ駆け寄った。
「あの……。よかったら、ちょっと診てみましょうか?」
「は?」
男はソフィアを見下ろし、呆れたように鼻を鳴らした。
「嬢ちゃん、怪我するから離れてな。これは最新鋭の軍用機だ。その辺の家電とはわけが違うんだよ」
「でも、困ってるんですよね?」
「そりゃあ困ってるが……専門の魔導技師じゃないと無理だ」
男が無線で救援を呼ぼうとしている隙に、ソフィアはひょいと梯子を登ってしまった。
「ちょ、おい!?」
「マリアさん、工具取ってください!」
「あいよ!」
マリアが投げたスパナを見事にキャッチし、ソフィアは勝手にエンジンルームの蓋を開けた。
複雑怪奇な魔力配線と、巨大な魔石が唸りを上げている。
普通の人間なら見ただけで目が回るような構造だ。
だが、ソフィアは涼しい顔で呟いた。
「……やっぱり。基本構造は他の魔道具と同じですね。魔力を流して、物理運動に変換するだけです」
(これなら直せそう。良かった、おじいさんのところで『農耕用ゴーレム』の直し方を習っておいて)
「原因は、雪の重みが想定以上で、安全装置が過剰反応してロックがかかっています。……この安全装置、今の状況だと邪魔ですね」
ソフィアの瞳が、職人の色に染まる。
「雪質に合わせて、魔力の出力を変えます。力任せに押すんじゃなくて……こうして」
彼女はリミッターを解除し、代わりにショベルの駆動回路に新たな術式を刻み込んでいく。
バチバチバチッ!!
激しい火花が散り、男が悲鳴を上げた。
「ひいいっ! 壊れるぅぅ!!」
「大丈夫です! ショベルの刃先に『超音波振動』の回路を追加しました。これで雪を振動で崩しながら進めます。負荷も半分以下になりますよ!」
ソフィアは最後の回路を繋ぎ、蓋を閉めた。
「終わりましたー! エンジン、かけてみてください!」
「し、知らねえぞ……爆発しても……」
男は恐る恐る運転席に戻り、キーを回した。
ドォォォォォォン!!
猛獣の咆哮のような音が響き渡り、除雪車が震えた。
明らかに、故障前よりもアイドリング音が太く、力強い。
「な、なんだこれ!? 魔力出力が安定してる……!?」
「行きますよー!」
男がレバーを倒すと、巨大なショベルが雪山に突っ込んだ。
その瞬間。
ザシュッ!!
まるで熱したナイフでバターを切るように、硬く締まった雪が音もなく切り裂かれ、左右に吹き飛んだ。
超音波振動によって、雪の抵抗が極限まで消滅しているのだ。
「す、すげええええ!! なんだこのパワー!? これなら帝都の雪を全部溶かせるぞー!!」
「わぁっ! すごい景色です!」
男は歓喜の声を上げ、アクセルを踏み込んだ。
ソフィアは無事を確認し、すぐに駆け出す。
「嬢ちゃんあんがとな……って、おーい! 嬢ちゃーん!」
男の声は届かない。
ソフィアが欲しいのは称賛でもなければ、感謝でもない。
時間、なのだ。
まだまだ、技師を求める壊れた物はたくさんある。
だから、ソフィアは足を止めないのだった。
◇
正午を回り、ギルバートは一息ついていた。
本来なら、帝都内は大パニックに陥り、軍人たちは救助や雪かきに駆り出されているはずの時間だ。
「なあ……ギル。少し気になっていることがあるのだが……」
「どうした、クラウス」
既知の間柄である同じく軍人のクラウス中佐が、不思議そうな顔で話しかけてきた。
「どうにも……帝都が落ち着きすぎていないだろうか」
「ああ。俺も思っていた。数十年に一度の、未曾有の大雪が降ったにしては……」
もっとあちこちで、阿鼻叫喚の地獄が広がっていると、ギルバートたちは覚悟していたのだ。
しかし実際はどうだろう。
正午を回ると、街には買い物に出かける者すら見受けられる。
道路の除雪も進んでおり、魔導カーが普通に行き来しているではないか。
「除雪車なんて出動するのは数年ぶりだ。整備もろくにされていないあんな鉄塊、急に動かしたらトラブルが出るはずだ。しかし……それがない」
想定されていた被害よりも、トラブル件数が圧倒的に少ないのだ。
多くの軍人は「ラッキー」で済ませているが、ギルバートとクラウスは、「なぜ……?」と疑問を抱いていた。
「情報局が、俄かには信じられない情報を仕入れてきたのだが、聞きたいかい?」
「……なんだ、勿体ぶって」
ニヤニヤとクラウスが笑っている。
「降雪のせいで困っていると、緋色髪の小さな妖精がどこからともなく現れて、助けてくれる……らしいよ」
「はぁ……? なんだそれは」
完全にお伽話の類いだ。
寝ている間に小人が靴を作ってくれた、という童話じみている。
「緋色の髪をした綺麗な、それでいて凄腕の魔道具技師が、帝都で起きている魔道具関連のトラブルを、片っ端から解決して回っているそうだよ」
「…………!」
(まさか、ソフィア殿!?)
彼女は魔道具技師ではない。杖職人だ。
しかし、ギルバートは「白銀の猫」で見せた、ソフィアの技師としての恐るべき腕を知っている。
「君が今思い描いた、可愛い可愛い妖精さんが、我ら軍人に幸福をもたらしているらしい」
「……べ、別にソフィア殿を思い描いたとは限らんだろうが」
「可愛い妖精としか、僕は言っていないよ? ソフィア殿だなんて一言も言っていない」
「…………」
図星を突かれ、ギルバートは黙り込んだ。
「しかし、何でまたそんなことになっているのかねぇ。杖職人の彼女が」
本気で分からなそうに首をかしげるクラウスを見て、ギルバートがフッ……と鼻で笑う。
「お前は知るまい。あの方の素晴らしい人間性をな」
(ソフィア殿は、困っている人を放っておけない方なのだ)
その時だった。
彼らの前を、風になびく茜色の髪が通り過ぎた。
「あ! ソフィア殿!」
ちょうど、彼女に会って話したいと思っていたところだ。
だが、声をかけたというのに、ソフィアはギルバートを一瞥することなく、全速力で走り去っていった。
彼女の目には、次の修理現場しか映っていなかったのだ。
「…………」
「あっはっは! いやぁ、彼女すごいね。完全に無視だ」
ポン……とクラウスがギルバートの肩に手を置く。
ニヤニヤと意地悪そうに笑っていた。
「で、愛しの彼女にガン無視されて、ねえ、今どんな気持ち?」
「う、うるさい! 仕事をするぞクラウス中佐……!」
「はいはい、ギルバート大佐」
(ああ、くそ。俺もヨランダを頭ピンク色などと言えないな……全く……)
少しだけ傷ついた男心を隠し、ギルバートは襟元を正した。
(ソフィア殿を見習って、俺たちも帝都のために働かねばな)
彼は軍靴を鳴らし、雪の残る帝都の街へと繰り出すのだった。




