表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/29

14.緋色(ホンモノ)の輝き



 その日の午後。

 ソフィアとヨランダは、パーティの買出しのために、帝都でも指折りの大型スーパーマーケットを訪れていた。

 広大な店内には、冷気を放つ『魔導冷蔵ケース』がずらりと並び、新鮮な肉や野菜、色とりどりの果物が並んでいる。


(さすが帝都のスーパー。こんなにたくさんの魔導冷蔵ケースがあるなんて。元いた世界のスーパーと遜色ないわ……)


 ソフィアはキョロキョロと周囲を見渡した。


「そんなに物珍しいです?」

「ええ、まあ」

「そっか、ソフィアちゃん、こっちへ引っ越してきたばかりでしたね」

「はいっ。おっきなスーパーですね」

「もっともっと大きなとこもありますよー」

「そうなんですかっ? すごい……」


 ヨランダは純粋な反応をするソフィアを見て、にっこりと微笑んだ。


「ソフィアちゃんてば、こっち来てからの食材ってどうしてましたの?」

「マダムが残してくれた保存食をかじってました。帝都のこと、あまり知らなかったですし」


 それに、こっちに越してきてからは仕事に集中していて、自分の食事や買い物をずっと後回しにしてきたのだ。

 それを聞いたヨランダは、ソフィアをぎゅっと抱きしめた。


「ソフィアちゃん、せっかく都会に来たんですし、もっと都会生活を楽しみましょうよ」

「そ、そうですね……」

「ぐす……かわいそうに。若いのに、仕事の奴隷だなんて……」


 どうやらヨランダは、「仕事が忙しくて自由に遊びに行けないソフィア、可哀想」とでも思っているようだ。

 同情してくれるのは嬉しいけれど、ソフィア自身は仕事を嫌だと思ったことは一度もなかった。

 杖を調整し、魔道具を修理する時間は、彼女にとって何よりも楽しい時間だ。

 作業に没頭している時、それはすなわち、誰かのためになることをしている時。

 前世、皆の足を引っ張って生きていた自分にとって、誰かの役に立てる労働とは素晴らしいものだ。

 ソフィアは心からそう思っていた。


 さて、二人がどうしてスーパーに来ているのか。

 ザフール商会の一件が片付き、頑張ってくれたギルバートへの慰労会を開こうとなったのだ。

 場所については、ヨランダが「ソフィアちゃん家にしましょう」と提案した。

 ギルバートの実家である「フォン=ヴォルグ家」は、格式高い貴族の屋敷だ。

 そこに行くのは気が引ける。

 かといって、外のレストランへ行くにも、ソフィアはまだ帝都の店事情に詳しくない。

 相談の結果、気兼ねなく過ごせる「銀のフクロウ亭」でやることになったのである。


「それにしてもすごい品揃えですわね! これなら坊ちゃんのお祝いに相応しいご馳走が作れますわ!」

「あ、お酒コーナーはあっちみたいですよ」

「了解ですわ! ちょっと高いワインを見てきます!」


 ヨランダがカートを押して勇ましく進んでいく。

 ソフィアは微笑ましくそれを見送ると、日用品コーナーへと足を向けた。

 棚には、生活雑貨や魔導具のメンテナンス用品が並んでいる。

 その一角にある「美容用品」の前で、ソフィアの手が止まった。


「……あ」


 無意識のうちに、ソフィアは『強力黒色染料・烏濡れ(カラスヌレ)』の瓶を手に取っていた。

 鏡を見るたびに気になっていた、生え際のリタッチ。

 もう習慣のようになっていた。


「なにを買おうとしてますの?」


 突然、横からひょいと顔を出され、ソフィアは「ひゃっ!?」と声を上げて肩を跳ねさせた。

 いつの間にか戻ってきたヨランダが、不思議そうな顔で手元の瓶を見ている。


「染料? なんでまた、そんな真っ黒なやつを?」

「あ、いえ……その。実は私、髪を染めてて……」

「染めてる? 今の黒髪が地毛じゃありませんの?」


 ソフィアは気まずそうに頷き、ぽつりとこぼした。


「……元々は、赤系の髪なんです。でも、デリックさんに言われて」


 脳裏に、あの冷たい視線と言葉が蘇る。


『おい、なんだその色は。目がチカチカする』

『お前のその髪は、自己主張が激しすぎて不快なんだよ』

『客は俺を見に来てるんだ。お前みたいな裏方が、俺より目立つ色をしてどうする?』


 彼は、ソフィアが「個」を持つことを極端に嫌った。

 自分の引き立て役である「影」として、無個性な黒であることを強要したのだ。


『女が職人気取りで、ギラギラした色をちらつかせるな。見苦しい』


 その言葉は、今も呪いのようにソフィアを縛っている。


「……だから、黒くしておかないと、また怒られる気がして」


 説明を聞き終えたヨランダの顔から、すぅっと表情が消えた。

 彼女は無言でソフィアの手から染料瓶を取り上げると、棚の奥の奥へ強めに押し込んだ。

 カチャン、と硬質な音が響く。


「……ソフィアちゃん」

「は、はい」

「あのクソボケカス野郎の話は、もう金輪際聞きたくありませんわ。思い出すだけで胃液が逆流しそうです」

「ご、ごめんなさい」

「謝るのは貴女じゃありません! ……はぁ」


 ヨランダは大きくため息をつくと、真剣な眼差しでソフィアを見た。


「ちょうど良い機会ですわ。もう染めるのはやめましょう?」

「え……」

「ザフール商会は潰れました。あの男も捕まりました。貴女を縛るものは、もう何一つないんですのよ?」

「それは、そうですけど……」

「それに、今日は新しい門出のパーティです。区切りをつけるには最高の日だと思いません?」


 区切り。

 その言葉が、ソフィアの胸にストンと落ちた。

 そうだ。いつまでも彼の言葉に怯えて、自分を隠し続ける必要なんてないのだ。

 自分はもう、ザフール商会を追い出されたのだから。


「……そう、ですね。やってみます」

「ええ、その意気ですわ! そうと決まれば……これです!」


 ヨランダが迷いなく棚から取り出したのは、『魔法脱色液カラー・リムーバー』だった。


「ついでに、髪も切っちゃいましょうか。ずっと伸ばしっぱなしでしたし」


 確かにソフィアの髪は、伸びっぱなしだった。

 後ろ髪は肩甲骨のあたりまで伸びているし、前髪も目にかかっている。

 作業をする時は、髪の毛をその都度まとめていた。

 正直、ちょっと鬱陶しいとは思っていたところだった。


「えっ、切るんですか?」

「ええ。心機一転、サッパリと!」

「で、でも……私、床屋さんが苦手で……」


 人と話すのが得意ではないし、自分の顔をじっと見られるのも恥ずかしい。

 ソフィアが尻込みしていると、ヨランダが胸を張った。


「床屋? ノンノン。大丈夫ですわ、アタシが切りますから」

「えっ? ヨランダさんが?」

「こう見えても、髪のセットやカットは得意なんですのよ。メイドの嗜みってやつです!」

「す、すごい……」


 料理もできて、散髪もできるなんて。

 ソフィアは目を輝かせて、頼もしいメイドを見上げた。


     ◇


 買い物を終えて「銀のフクロウ亭」へと戻ると、早速「断髪式」が始まった。

 この家には、小さいながらも浴室がついている。

 ソフィアは薄着になり、洗い場に置かれた椅子に座った。


 ヨランダがリムーバーでソフィアの髪を洗うと、黒い滴がボウルへと流れ落ちていく。

 タオルで拭き上げると、そこには燃えるような「緋色」が現れた。


「うわぁ、すっごく綺麗な色! 宝石みたい!」

「そ、そうですか……? 派手すぎませんか?」

「全然! さあ、切りますわよー!」


 ジョキ、ジョキ。

 小気味よい鋏の音が響く。

 視界を遮っていた長い前髪が切り落とされ、重たかった後ろ髪も肩のラインで軽やかに整えられていく。


「はい、完成!」


 鏡を見たソフィアは、目を見開いた。

 そこに映っていたのは、緋色の髪をふわりと揺らす、活発そうな美少女だった。

 髪型は、丸みを帯びたボブカット。

 毛先が内側にくるんと巻かれていて、可愛らしい。

 何より、前髪がなくなったことで、大きな瞳がはっきりと露わになっている。


「これが……私?」

「びっくりどっきりですわ……。磨けば光るとは思ってましたけど、ここまでとは……」


 ヨランダ自身も、自分の手腕以上の仕上がりに驚いているようだった。

 その時、入り口のドアベルがカランコロンと鳴った。


「坊ちゃんが来ちゃったようですわねっ。ソフィアちゃんは髪の毛を乾かして、後からゆっくり、勿体ぶるように出てきて!」


 ヨランダはそう言って、足早に部屋から出て行ってしまった。


(なんだか……浮かれてる? なんでだろう……)


 ソフィアは不思議に思いながらも、髪の毛をタオルで拭いた。

 入浴したわけではないので、すぐに乾き終えた。


(いつも着ている作業着……ううん。一応お祝いの場なんだし、ちゃんとしたのを着ないと)


 ソフィアはクローゼットを開けた。

 持っている服の中で、一番小奇麗なものを選ぶ。

 淡い若草色の膝丈スカートに、クリーム色のカーディガン。

 派手すぎず、下品すぎず、今の自分に似合うはずだ。

 着替えを終えたソフィアは、深呼吸をしてから、店の入り口へと向かった。


「こんばんは。少し早いが、来てしまった」


 低い声と共に、ギルバートが入ってきたところだった。

 手には祝いのワインボトルを持っている。


「いらっしゃいませ、ギルバートさん」


 ソフィアは笑顔で出迎えた。

 その姿を見た瞬間、ギルバートが固まった。


「あ……」


 彼は持っていたワインを落としそうになり、慌てて抱き止める。

 そして、信じられないものを見るような目で、まじまじとソフィアを見つめた。

 その顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。


「ソ、ソフィア……殿、か?」

「は、はい。あの、変でしょうか? 急にこんな派手な色にして……」


 ソフィアがおずおずと尋ねると、ギルバートは喉を鳴らし、ようやく言葉を絞り出した。


「……いや。すごく、似合っている」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。前の髪も良かったが……その色は、君によく似合う。とても……綺麗だ」


 真っ直ぐな瞳で言われ、ソフィアはカッと頬を熱くした。

 心臓が早鐘を打つ。

 けれど、すぐに「はっ」と冷静さを取り戻す。


(さすがギルバートさん。大人だわ……)


 急なイメチェンで驚かせたのに、動揺を見せずに褒めてくれるなんて。

 これはきっと、紳士としての社交辞令だ。

 本気にしてはいけない。


「ありがとうございます。……ふふ、お世辞でも嬉しいです」


 ソフィアはぺこりと頭を下げた。

 その謙虚すぎる反応に、ギルバートが「世辞ではないのだが……」と何か言いたげに口籠もるが、ソフィアは気づかない。


「さあさあ! 入り口で立ち話もなんですし、始めましょうか! 新生ソフィアちゃんのお披露目パーティを!」


 奥からヨランダが、ニヤニヤ顔で手招きをした。

 こうして、新しいソフィアの第一歩となる夜が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
メイドの嗜みwww
 ぎる(*/□\*)可愛すぎて眼の毒過ぎる…
ザフール商会不祥事発覚。 ソフィアの一言が切欠で明るみになったけど2年間も有ったのに 何故今まで判明しなかったのか。 元婚約者が後を継いで経営方針を粗製濫造にしたなら取引先や部下達と少ならず トラブル…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ