表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/29

12.愚者崩壊の決定打



 銀のフクロウ亭、昼下がりの店内。


「ありがとうございましたっ。またどーぞー!」


 ぶんぶん! と、ヨランダがちぎれんばかりに手を振る。

 出て行ったのは、魔法学園の女子生徒たちだ。

 ガンダールヴルの件から数日が経過し、彼はどうやら学園で熱心に宣伝活動をしてくれているらしい。


『校長先生から、良い杖屋さんがあるって聞いて、やって来ました』


 先ほどの客もそう言って訪ねてきた。

 魔力回路が少し詰まっているだけの軽微な修繕だったので、二時間ほどで完了した。

 以前、ザフール商会にいた頃なら、デリックから『ちょこっと直すのに二時間もかけるなんて! こののろまが!』と罵られていただろう。

 もし自分一人で店を回していたら、客を待たせて怒らせてしまっていたかもしれない。

 世の中、ギルバートやガンダールヴルのような、気の長い客ばかりではないのだ。


 そこで、ヨランダの出番である。

 彼女はソフィアが作業をしている間、待っている客の相手を完璧にこなしてくれていた。

 楽しい話題を次々と振り、お茶を出し、手作りのお菓子でもてなす。

 その結果、客たちは退屈することなく、むしろ優雅なティータイムを楽しんで帰っていくのだ。


「よかったですねえ、さっきの子ら。お友達にもうちをおすすめしておくってー」

「…………」

「おや、どうしましたソフィアちゃん? ぼーっとしちゃって」


 ソフィアはカウンターの隅で、入り口のドアに視線を送っていた。

 手には布巾を持っているが、同じ場所を何度も拭いているだけで、手元は全く動いていない。

 明らかに、心ここにあらずだった。


「おーい、ソフィアちゃん」

「あ、はい! なんでしょう」


 声をかけられ、ソフィアはビクリと肩を跳ねさせた。

 メイドのヨランダが、不思議そうな顔で尋ねる。


「さっきからソワソワして、どうしたんですの? ドアに穴が開きそうですわよ」

「あ、いえ……その……」


 ソフィアは目線を落としながら、小さな声で呟いた。


「ギルバートさん、来ないなって」

「坊ちゃん?」

「はい。この間、その……『次は自分から誘うから』って仰ってくださったのに……あれから一週間、音沙汰がないので」


 約束を忘れられたのだろうか。

 それとも、何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 あるいは、任務中に怪我でもしたのではないか。

 悪い想像ばかりが膨らみ、胸がちくりと痛む。


「何かあったのかなって……少し、心配で」


 ソフィアが寂しげに眉を下げた。

 それを見たヨランダの頭の中で、何かが弾けた。

 長年のメイド生活で培った「恋の波動検知アンテナ」が、最大感度で反応したのだ。


(ソフィアちゃんが坊ちゃんに興味を抱き始めている……!)


 まだ本人は恋愛だと自覚している様子は微塵もない。

 多分、約束した人がなかなか来なくて、どうしたんだろうと、恋愛感情より心配する気持ちの方が大きいのだろう。


(しかし、気になり始めは恋の始まり! これは……逃すまい!)


「そうですわ、大変!」


 ヨランダは突然、大げさに手を叩いた。


「坊ちゃまったら、お弁当を忘れたそうですわ!」

「えっ?」


 ソフィアが目を丸くする。


「お弁当……ですか? でも、ギルバートさんは一週間も来てませんけど」

「細かいことはいいんですの。とにかく、あの方は今、王宮でお腹を空かせて倒れそうになってるに違いありませんわ。これは緊急事態です!」


 ヨランダは目にも留まらぬ早業で、厨房からバスケットを持ってきた。

 中には、焼きたてのパンと、具沢山のスープが入った保温瓶、それに彩り豊かなサンドイッチが詰め込まれている。

 いつの間に用意したのかというツッコミは、彼女の勢いの前には無意味だった。


「はい、これを届けてあげてください」

「え、私がですか?」

「他に誰がいますの? 私は店番がありますから、ソフィアちゃんしかいません」

「で、でも……」


 ソフィアはバスケットを受け取り、躊躇った。


「王宮なんて、アポイントもなしに行っていいんでしょうか。お仕事の邪魔になったら悪いですし……」

「大丈夫、大丈夫ですわ。差し入れをもらって怒る男なんていません。それに……」


 ヨランダは、ソフィアの顔を覗き込み、悪戯っぽく笑った。


「気になるんでしょう? 様子、見に行きたいんでしょう?」

「…………」


 図星を突かれ、ソフィアは言葉に詰まった。

 会いたい。無事な顔を見たい。

 その気持ちは、嘘じゃなかった。


「……うん。そうですね。行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ。ラブハプニング期待してますわよっ」

「らぶはぷにんぐ……?」


 ソフィアは少し照れくさそうに笑うと、バスケットを抱え、店を飛び出した。

 背中を押してくれる人がいるというのは、ありがたいことだ。


     ◇


 王宮魔導師団、情報局執務室。

 窓の外には、冬の澄んだ青空が広がっている。

 だが、室内の空気は澱んでいた。

 ギルバートは、机の上に積み上げられた書類の山を前に、深い溜息をついた。


「……手詰まりか」


 呟く声には、疲労の色が濃い。

 彼が挑んでいるのは、ザフール商会の不正調査だ。

 だが、相手は帝都のシェア三割弱を握る巨大企業。市場に出回る製品の数は数万台に及ぶ。

 その全てを解体して調査することなど、物理的に不可能だ。


「少し休んだらどうだい、ギル?」


 隣のデスクで、書類を整理していた男が話しかけてきた。

 長身痩躯に、丸眼鏡。

 王宮魔導師団・情報局次席のクラウス中佐だ。

 彼はギルバートとは学生時代からの腐れ縁であり、今回の調査に協力している。


「ギル。ここのところ、ずっと部屋にこもって、資料とにらめっこじゃあないか」

「……ああ」


 ソフィアと『白銀の猫』事件で別れて、一週間あまり。

 ザフールの調査を開始したが、遅々として進まない。


 事故の報告は上がっている。だが、ザフール側は「経年劣化」や「使用者の不注意」として処理しており、それを覆すだけの決定的な証拠が見つからないのだ。


「ザフールは大手の商会だ。その不正を暴くのは容易じゃあないことはわかってるだろ? 組織で調べてるとはいえ、時間はかかる。たった一週間じゃ進展もなにもないよ。じっくりやらないと」


「……わかってるさ、クラウス」

「わかってるなら、少し休め」


 休めるものか。

 ギルバートは心の中で毒づいた。

 ソフィア殿と約束したのだ。出回っている不良品を全て回収し、必ずザフールに鉄槌を下すと。

 あんな可愛い顔をして、健気に頑張る彼女を、これ以上あんな悪徳商会の犠牲にはさせない。


「ふぅ~ん……」

「……なんだ、クラウス」


 視線を感じて顔を上げると、クラウスがにまっと笑っていた。

 友人が焦っている理由に、心当たりがあるような顔だ。


「ギル。ずいぶんとこのザフールの件について、ご執心じゃあないか?」

「っ! 粗悪品を平然と売りさばく、悪徳商人は許せない。軍人として、当然だろう。別にそんなの」


「まあそうかもね。でもね……君は破壊神。調べ物より魔物をやっつけたり、悪人をぶっ飛ばす方が向いてる。そんな君が、情報局にまで足を運び、調査を自分から言い出した。……ずいぶんと、珍しいこともあるもんだ?」


 こいつ……もしやソフィア殿のことを知ってるのか……?

 いや、確証はない。鎌をかけてるだけかもしれん。


「俺は、軍人として、当然のことをしてる。そうだろクラウス【中佐】?」


 自分は大佐であると、階級が上であることを、ギルバートは強調した。

 これ以上詮索するな、と暗にそう言っているのだ。


「はいはい、大佐殿。黙って手を動かしますよ」


 その時だった。

 控えめなノックの音が響き、部下が扉を開けた。


「ギルバート大佐。お客様です」

「客? 今は取り込み中だと言ったはずだが」

「いえ、その……『銀のフクロウ亭』の方なのですが」


 その言葉に、ギルバートが弾かれたように顔を上げた。

 入り口に立っていたのは、バスケットを抱えたソフィアだった。

 少し緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げる。


「ソ、ソフィア殿」


 ギルバートは慌てて立ち上がり、椅子を蹴飛ばしそうになった。


「ど、どうなされた。何かトラブルか」

「いえ、違います。あの、これ……」


 ソフィアはバスケットを差し出した。中からは、焼きたてのパンとスープの良い香りが漂ってくる。


「ヨランダさんが、『坊ちゃんに頼まれていたお弁当を届けてきなさい』って。……ご迷惑でしたか?」


 ヨランダのやつが……? 別に頼んでもないが……。

 

(まさかあの耳年増、ソフィア殿を俺の元へ寄越したな)


 ……余計なことを。

 ヨランダの高笑いが、脳内に響く。

 『チャンスを作ってやった自分に感謝しなさい』とばかりに、今頃店でほくそ笑んでいるに違いない。


 ……だが、まあ、ナイスと言わざるを得ない。

 ちょうど、ソフィアには会いたいと思っていたところだった。


「滅相もない。感謝する」


 ギルバートの表情が、一瞬で緩んだ。

 クラウスがニヤニヤしながら、ソフィアにお茶を出す。


「へえ、君が噂の。はじめまして、私はクラウス。こいつの同僚です」

「はじめまして、ソフィア・クラフトです」


 ソフィアは丁寧に挨拶をした後、ギルバートの机の惨状を見て、心配そうに眉を寄せた。


「あの……お仕事、大変なんですか?」

「あ、いや、これは……」


 ギルバートは言葉を濁したが、誤魔化すのは不誠実だと思い直した。

 彼はソフィアに向き直り、正直に告げた。


「すまない。……この間威勢よく飛び出したが、難航しているのだ。ザフールの不正を暴こうとしているのだが、数が多すぎて尻尾が掴めん」


 自分の無力さを詫びるギルバート。

 そのことを言いたかったのだ。上手くいっていなくて、すまないと。

 だが、合わせる顔がなかったのと、男のプライドが邪魔をして、なかなかソフィアの元へ行けずにいたのだ。

 ソフィアは柔らかく微笑んだ。


「謝らないでください。私のために、そこまで真剣にやってくださって……嬉しいです」


 その笑顔に、ギルバートは救われる思いがした。

 彼女は自分を信じてくれている。ならば、何としてでも応えなければならない。


「……何とかして、粗悪品と、そうでないものを、見分ける方法があればいいのだが」

「そもそもザフールの商品は質が良いと評判だったんだけどね」


 クラウスが、魔導カメラで撮った写真を手に取った。

 そこには、ソフィアが暴いた、あまりにお粗末な、ザフール商品の魔導回路が写っている。


「どうして急にこんな雑な感じになったのか……。『デカント・ザフール』氏は敏腕商人、彼がこんな粗悪品が出回るのを許さないだろうに……」


 するとソフィアが小首をかしげた。


「デカント・ザフール……デリックさんのお父様のことですか?」

「そうですよ、お嬢さん。それがどうしました?」

「デカントさん……二年前に亡くなってますけど」

「「は……?」」


 ギルバートとクラウスが、同時に声を上げて目を丸くした。


「二年前に……亡くなってる? しかし、ザフール商会の登記簿には、代表取締役にデカントの名前があるぞ?」


 ギルバートが書類を指さす。

 クラウスも別の書類を手に取り、眉をひそめた。


「ザフール家の『戸籍謄本』にも、デカントは生きていることになってる……」

「……まさか。デリック・ザフールは、父デカントの死亡届と、代表取締役変更届を、出していないのか」


 死んで二年が経過して、そのどちらも出していないのは、重大なミスだ。

 帝国法では、死亡の事実を速やかに報告することが義務付けられている。


 デリックは父が死んだというのに、何の手続きもしていなかった。

 それどころか、自分が実質的な代表取締役となったことで、やり方を自分の望み通りに方針転換したのだ。


「しかしなぜ死亡届を出さない?」


 ギルバートの問いに、クラウスがため息をつく。


「察するに、相続税対策だろう」

「相続税……なるほど」


 ザフールは巨大企業だ。その代表取締役ともなれば、相続税も相当なものになるだろう。

 それゆえ、デリックは父が生きてることにしたのだと思われた。


「ソフィア殿、デカント氏が死亡した正確な日付はわかるかい?」

「たしか二年前の十一月十日……」


 その日付を聞いた瞬間、クラウスの手が動いた。

 山のような書類の中から、特定のファイルを抜き出し、広げる。


「……ビンゴだ」


 クラウスの声には、確信が満ちていた。

 彼は二枚の書類をギルバートに見せた。


「見てみろ。十一月十日を境に、ザフール商会の『資材発注先』がガラリと変わっている」

「本当だ……」


 ギルバートが息を呑む。

 バラバラだったパズルのピースが、ソフィアの言葉によって一つに繋がった。


「つまり、こういうことだ。欠陥品はデカント氏が死亡した日付、二年前の十一月十日以降のものだけ」


 それ以前のものは、問題が無いということだ。


「これならいける。市場に出回っている製品のうち、『十一月十日以降の製造番号』がついている物だけを調べればいいわけだ」


 クラウスが断言した。

 全ての製品を調べる必要はなくなった。

 ターゲットは絞り込まれた。

 そして、これは単なる過失ではない。

 死者の名前を騙り、利益のために意図的に行われた、組織的な詐欺行為だ。


「……ありがとう、ソフィア殿。君のおかげだ」


 ギルバートは拳を握りしめ、ソフィアを見た。

 彼女がいなければ、この迷宮から抜け出すことはできなかっただろう。


「私の方こそ……ありがとうございます」


 ソフィアもまた、安心したように微笑んだ。

 これで、証拠は揃った。

 あとは、この動かぬ証拠を突きつけるだけだ。


「よし。行くぞ、クラウス」

「おっと、待つんだ我が友よ」


 クラウスは立ち上がろうとしたギルバートの肩を掴んで、椅子に座らせた。


「おいなんだ……? 俺は今から……」

「お昼ご飯、彼女がせっかく持ってきてくれたのに、それを食わずに出掛けるのかい?」

「あ……」


 しまった! 忘れていた……。


「す、すまないソフィア殿……これは決して君のその、持ってきてくれた弁当が食べたくないとかそういうんじゃあなくて……」

「あ、はい。急ぎ、動く必要があったから、ですよね。わかってます」

「いやその……すまない……」


 そんな二人のやりとりを見て、クラウスはニマーッと笑っていた。


「まあまあ、ギル。書類の整理と提出については僕らに任せて。君はソフィア殿と昼食をとってはどうかな?」

「あ、おい!」


 クラウスはそそくさと部屋を出て行く。


「僕は一時間……いや、二時間くらい留守にするよ! 誰も部屋に近づかないように言っておくから、よろしくやっておけよー」

「バカ……! 妙なことを言うな!」


 顔を真っ赤にするギルバート。

 一方、ソフィアは「妙なこと……?」と首をかしげるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
みんな、おせっかいすぎるのだわ。
真の黒幕は?それにしても持つべきは親友だな、がんばれギルバート!
 デリックを操り甘い蜜啜るヤツいそう…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ