間話8 『ベルと英雄の出会い』
書き始めたら思いの外、筆が進んだのであげます。
ベルの物語の一幕です。
いつもの配信と雰囲気違いすぎますが、ベルがこんなふうに物語を展開しているんだなって思ってもらえれば幸いです。
──私は、走っている。
見慣れない草木生い茂る場所。
私の住むお屋敷から遥か遠くへと離れた、『リック林道』と呼ばれる場所。
モンスターの蔓延る、危険地帯である。
「……はぁっ……はぁっ……!」
幼き貴族の少女──ベルは、こうした場所とは縁遠い存在だった。父に母に恵まれ、豊かな財と資源のある生活を送ることができている。
故に、この少女が1人で、この林道にいること事態が奇妙なことではあった。
その原因は、少女が置いてきた壊れた馬車にある。
少女は預かり知らぬことではあったが、何者かの策略により、移動中の馬車に細工がされていたのだ。
馬車に乗っていた従者や護衛でも気付かぬ、些細な細工ではあったが、それでも馬車を故障させるには十分だった。
──魔法、と呼ばれる細工であった。
『お逃げ……っ、くださいッ!』
『ちっとは、カッコつけさせていただけるとありがたいんですがねぇ……さぁ、泣き顔はその辺にして、あちらまでお逃げくだせぇ……』
『お嬢様……私が足止めいたします。その隙にどうか……』
馬車の故障に合わせて足を負傷した真面目な従者も、護衛にと雇った野蛮な騎士崩れも、背後から迫るモンスターから私を逃すために役目を買って出てくれたメイドも。
全てを置き去りにして、思いを背負って私は走る。
時々転んで、膝小僧を擦りむいても。
足を止める理由にはならない。
私は貴族、侯爵家の長女。
こんなところで死ぬことなど許されない。
だから、走った。
みんなの声を脳裏に焼きつきながら。
背後から聴こえてくる悲鳴を、焼きつけながら。
行く宛もなく走り続ける。
「まだ……っ、はぁ、逃げ……なきゃ……っ」
野生の咆哮が、聞こえてくる限り、逃げなければならない。例え、息が切れていても、少女の体力がほんの僅かほども残っていなくても。
小さな身体を懸命に動かして、逃げ続ける。その度に父親譲りの金髪は揺れる。
少女の翠色の瞳には、涙が浮かんでいた。
「────ッッッッ!!」
背後から、咆哮。その瞬間。
徐々にスピードが落ちていたからか、少女は衝撃を受けて、吹き飛ばされる。
「……くぅッ!」
地面にぶつかったことで、空気が漏れ出る。
なにが起きたのかは、幼い少女でも理解できる。
なぜなら、顔を上げると巨体のモンスターが立っていたからだ。
森林に生息すると言われる熊の化け物──『マッドベア』と名付けられたソレと、少女は相対した。
「ひっ!」
熊という存在を少女は詳しくは知らなかったが、黒い体毛で全身を覆うその巨体を目の当たりにして恐怖する。
しかし、ベルの判断は早い。
(な、なんとかして逃げなきゃ……、あ、あれっ)
逃げようとしても、足がうまく動かない。
恐怖によるものか、衝撃で足をやられてしまったのか、あるいはその両方か。
ともかくとして、ベルの足は上手く機能してくれはしない。
(どうしよう……どうしようっ!)
慌てれば慌てるほど、微かな希望は消えていく。
そうして、ズンズンと歩いてきたマッドベアの鋭い爪がベルに迫る。
(たすけて……っ、お父様……っ!)
そして、振われるその瞬間。
──大丈夫かい?
ベルは、その声を聞いた。
眼前にいる背中は大きく、そして安心感があった。
真っ赤な目をした、その英雄に。
ベルは救われたのだ。
その後のことを、ベルは詳しく覚えてはいない。その英雄──ゼクスに背負われ、恥ずかしがりながら、ベルの住む屋敷まで連れて行ってくれたこと、『マッドベア』を退治してくれていたこと、そして──
──私を逃してくれた従者やメイドを、救ってくれたこと。
そのことに関しては、ゼクスの仲間の方がやってくれていたらしいが、幼い少女には同じことに思えた。
英雄に救われたのだと、そう思えたのだ。
その後、ゼクスへの憧れからか、フィーナから仕入れることができるようになった『真紅のコンタクトレンズ』を愛用することとなるのは、また別のお話。




