第50話 理想を追いかけて/この夢星に魅入られた者として
前半フレイア、後半フィーナ視点です。
「……どうして……こうなっちゃうんだろ……」
フードを被って、ボクは落ち込んでいる。
あるいは頭を抱えて、後悔と懺悔でいっぱいになっているのかもしれなかった。
とにかく、マイナスの感情ばかりがボクの中で渦巻いている。
その理由は、とても些細なことだったと思う。
ステージを見て、びびってしまった。
怖くなってしまった。
それだけの小さな気持ちだったけど、ボクの負のスイッチを押してしまった。
リハーサルでは緊張と恐怖でごちゃ混ぜになって、いつもより余計に何も考えられなくなって、少なくない数のミスを連発してしまう。
極め付けに過呼吸を起こして、ダウンして、迷惑をかけてしまうなんて。最悪だった。
ここに立つのが怖い。
2人のそばでボクが踊って歌って、そんな光景すらもう見えなくなってしまっていて。
ボクの居場所だけ、塗り潰されて、絵の具をぶちまけられて、モザイクのように見ることが叶わない。
だから、逃げ出してしまった。
とは言っても使われていない控室にて蹲るくらいしか逃げ場はなかったのだけど。暗くて、人目につきにくいだろうから、後悔するのにぴったりなのである。
リハーサルが終わって、少し経ったくらい。スタッフさんも忙しくしているだろうと思う。
どうして、こうなのだろう。
何も上手くいかない。頑張っても頑張っても、どうにもできない気がしてくる。
気合いは十分だったはずだ。
ファンの人達も楽しみに待ってくれていた初ライブ。【D'ream】としても、これが成功すれば、今後の活動も盤石になるという大事なステージ。
練習した、練習してきたんだ。
なのに、リハーサルであれほどの失敗を重ねてしまって、わからなくなってしまった。
賽の河原で、意味もなく積み上げているように、ボクのしていることなんて無意味なんだと突きつけられたような気がして。
きっと失敗する。
そんな気がしてしまって。
「……せめて……ボクじゃなければよかったのに」
この場所にボクの居場所なんてないように思えて、つらい。
だから、ここで立ち止まり続けている。
2人は今も歩み続けているというのに。
ボクだけが動けずにいる。
蹲って、膝を抱えて、情けなさを、恥ずかしさを吐き出してしまいそうになる。
いっそ、無色透明になって消えてしまいたいくらいに、ボクは震えていた。
消えたい、逃げたい、逃げ出したい。
だから、聴こえてきた声に驚いた。
──じゃあ、私と逃げる?
誰もいなかったはずの場所に、ボク以外の誰かの声が響いた。
* * *
そこにいたのは、【D'ream】の1人、ボクの同期であるルナだった。
「……ぇ……?」
思ってもみない来訪者にびっくりして、喉から絞った声が出る。
蠱惑的な声で、甘い囁きをルナはしてくる。
「私と一緒に逃げちゃいましょ? メアちゃんがそうしたいなら、私は構わないわよ」
「……ルナ、さん……?」
「はーい、みんなのアイドル、ルナ・ブライトよ♡」
吐息多め、配信の時よりマシマシでルナは挨拶をしてくる。それに対して、ボクの中には困惑の色しかなかった。
「……どう……して?」
「どうしてって、いきなり控室からいなくなるんだもの。探すしかないじゃない?」
当たり前と言わんばかりに、告げる。
そうするのが当然だと。
でも、ボクにはそんな資格がない。
「……だって……ボク……みんなに……」
「うん、そうね」
「……リハーサルで……あんなにミスして……」
「メアちゃんのはじめてのステージだもの。緊張もするだろうし、失敗もすると思うわ。……それが怖い?」
怖い。ルナにも分かってしまうほど、ボクの姿はあからさまだっただろうか。リハーサルでの出来事があるから、分かってしまうか。
失敗して、2人に迷惑をかけてしまうのが怖い。ファンの人にがっかりされてしまうのが怖い。怖い、怖いんだ。
「……はい……すごく……怖くて……」
「んー、そっか。……実はね、私もすごく怖いの」
「……え」
意外な言葉だった。
常に落ち着いて、大人の対応をしてくれる。そんなタイプなのではないかという見立てだった。
実際にダンスをしている時も歌を歌う時もミスが少ないし、オーダーに対応する力もある。焦ったり、慌てたりするイメージと結びつかなかった。
配信ではたまに、ボクに対して構ってくれたりノックアウトされたりするけれど……それはそれ、これはこれで。
普段はきっちりしている印象だったのだけど。
「だから、メアちゃんと一緒ね。私もこんなに大きな舞台は初めてだし、緊張しないわけないわよね」
「……ルナでも?」
しっかり者のお姉さん、ルナでもそんな瞬間があるのだということが想像できない。
けれど、微笑んで。
「それはそうよ。……ないことある人なんて、よっぽどの能天気か、レインみたいに肝が据わってるかのどちらかだと思うわよ」
確かにレインは肝が据わっている、というか、超然としてる所があるから。その分、弱点ものすごいけど。
そして、ルナはボクの目を見て。
「逃げるなら私も一緒に逃げるわ。そうしたら、レインもついてきてくれるんじゃない?」
「……それは……たしかに……でも」
……本当にいいんだろうか?
「前代未聞だと思うけど、メアちゃんの気持ちを蔑ろにはしたくないのよね。だから、私はメアちゃんの味方をしようと思うのよ」
ボクの……味方?
なんで? どうして?
「流石にこれだけの箱でのライブをすっぽかしたら大問題だから、燃えると思うわ。それはもう盛大に」
それはそうだと思う。
ボクが逃げれば、多大な迷惑がかかる。言わば、悪いことをしようとしているのだ。
逃げるなんて簡単な言葉で取り繕って、本質として最悪の手段であることには違いない。
けれどボクには無理なのだ。初めから、土台無理な話だったのだ。
だから、蹲っているんだ。隠れていたんだ。
「でも夢人のみんなも、誠心誠意謝れば許してくれるかもしれないしね? 許してくれない人もいるだろうし、私達から離れていく人もいるだろうけど、私達でまた地道に0からやっていけばいいと思うわ」
ファンの人々は楽しみに来てくれたはずなのに、ボクはそれを壊そうとしている。それも恐ろしいことのはずなのに、すくんで動けないんだ。
頭では分かっているのに、立たなきゃいけないんだって知っているはずなのに。
……でもボクは諦めてきたから。そうやって、自分にはできないことだって区切って切り捨ててきたから。
だから、今回も同じだ。
周りに合わせるのを諦めて、自分の意思を伝えることに怯えて、守られることに甘えて、引っ張ってくれることに安堵して。
そうやって生きてきたんだから。
そうやってしか、生きてこなかったんだから。
誰かがいないと、ダメだったんだから。
逃げるなんて許されるはずもないのに。
それなのに、ルナはボクを肯定してくれて、守ってくれようとする。
「あー、運営さんからのお叱りは覚悟しといたほうがいいわよね。うん、お姉さんが盾になってあげるから安心しなさい。なるべく飛び火しないように努力するわ。だから、メアちゃん、私と一緒に──」
なんで、どうしてそこまで?
縋りたくなる、手を伸ばしたくなる。
受け取ってしまえば、きっと楽になれる。後に苦しくたっていいじゃないか。今が苦しいのだ、つらいのだ。だから──
「あほ、ルナが協調しちゃったら、止められないの。自重するの」
──手を伸ばす前に、もうひとつの声。
ぴこんと音を立てて、ルナの頭を叩いたのは、ボクの友達で同期のレインだった。
「えぇー、いい所だったのにぃ」
不満ありげに、ルナは自分の頭を撫でている。
そしてレインは向き直り、ボクの瞳の奥まで見つめてくる。心の奥の奥まで見透かされているような、思慮に満ちた眼差しに、たじろいでしまう。
叱られる前の子供の気分だろうか。あるいは判決を受ける囚人だろうか?
しゅんとして、レインの次の言葉を待つ。
そしてボクに言う。
「メア、レインだって緊張するの。それは先に言っておきたい」
え。
「……えぇ……そこ?」
「レインだって人間なの。そこそこドキドキしてるけど、どうせ成功するものにリソースを割くのは無駄なの」
「……でた……効率厨だ……」
そうだ、レインってこうだった。なまじ頭がいいから、余計なことはしない、無駄なことを嫌うリアリストのような一面が、彼女にはあった。ただ、最近は遊びの範囲も増えてきていたので、鳴りを潜めていたと思ったけれど。
というか、レインはどこから聞いていたのだろうか?
ぷんすかぷんと、レインは腰に手を当てる。
「うるさいの。レインは天才だから、当然なの」
偉そうに言っているけど、愛嬌があるので相殺される。とてもずるい。
そして、レインは穏やかな表情に。紡ぐ言の葉は思いの外優しくて。
「……もし、メアが逃げたいなら、レインも逃げてもいいの。でも、レインはメアと一緒にステージに立ちたいの」
「……でも……ボクなんかじゃ……」
足りないのだと、そう自覚していた。
怖くて仕方がないと、震えていた。
だから、2人には相応しくないのだと。
ステージに立つ資格なんてないのだと。
けれど。
「なんか、じゃないの。メアはメアしかいない……メアじゃなきゃダメなの」
「……っ!」
ボクじゃなきゃダメだと、レインは真っ直ぐにボクに告げる。
嘘だと、咄嗟にそう思ってしまうのに、レインの瞳に嘘の色はないと分かってしまう。それほどに真っ直ぐ見つめてくる。
だから、言葉はボクの中にしっかり入ってくる。
あのレインが、ボクのことを必要としてくれている。
「ふふっ、こんなにレインが熱いのも珍しいけど……私も同じ気持ちよ。メアちゃんじゃなかったら【D'ream】もなかったわけだし、私もここにはいなかったと思うしね?」
「……それはそう。ルナの代わりはいるもの」
「あぁん、ひどぉい!」
「……ふふ……」
「あら、メアちゃんが笑ったわ……レイン、恐ろしい子」
「ぶいっ!」
「……やられた……くそう」
思わず笑ってしまった。
ボクはこの場所で落ち込んで、座り込んで、そのままダメになってしまうんだと思っていた。登校できなくなったあの日のように、ズルズルと落ちてしまうのだと、そう思い込んでいた。
けれど、単純なことに、2人の言葉で、表情で、声で、態度で、カタチ作られていって。消えていったはずのナニカが新たに生まれていて。
きっと、この瞬間に『逃げる』という選択肢が消えていたんだろうと、思う。
2人といれば、大丈夫なのだと、そう思ったから。
「あ、そうそう。これ渡したかったの」
「……これは?」
レインが差し出したのは、メモ帳と鉛筆。
なんの変哲もないそれを受け取る。
「これに書いて渡せば、もうちょっと意見を伝えられると思うの。メアは自分の意見を言わなすぎなの。ライブ出たくないとかこのスタッフ嫌いとか好きに書いて渡しちゃえばいいと思うの」
「……嫌いは……ダメじゃない?」
問題しかないと思う。問題起こそうとしてたボクが言うことじゃないけど。
メッセージ。
今、何かを書くとするなら。
伝えたい思いは確かにある。
「……なら……これを」
レインから受け取った鉛筆とメモに、すらすらと書いて、2人に手渡す。
そのメモに書かれたメッセージはシンプルで、簡単なもの。ありふれてるけれど、口にするには少し恥ずかしかったボクが、伝えたい言葉。
その言葉を2人は受け取って、返事を返してくれる。
──どういたしまして。
2人で揃っての返事で、3人してくすくすと笑って。
これから、伝えたいことは、このメモに託すことにしよう。ポケットに忍ばせて、いつでも書けるように。
「じゃ、いくの。メア、手を取るといいの」
「うん……吐いたら……ごめんね?」
「いいのいいの。レインもよく吐いてるし、対処の仕方はわかってるの!」
「……波瀾万丈ねぇ、2人とも」
レインが手を引いて、ルナが背を押してくれる。だから、怖くとも立ち上がれる。
もう俯かなくてもいいのだと、そう思える。
必要としてくれたのだ。ボクでなきゃダメなんだと言ってくれたのだ。
だから、これは悪い開き直りだ。
失敗しても、恥をかいても、怖くても、逃げ出したくても、やり遂げたいと思わせてくれたのだ。
2人がいるなら、ボクはまだ理想を追いかけられるから。
* * *
──蹲るボクに、声をかけてくれたよね?
──すごく嬉しかった!
──だから、『ありがとう』のメッセージを、みんなに。
「え、なになにこれ神曲ですか!? 新曲ですか!? こんなの知らないんですけど!?」
リハーサルでやってなかったじゃないですかそれ! そのせいで、私ことフィーナはとても驚いておりますよ!
「すごく心がこもってる……メアちゃんがハキハキ喋ってる……!」
サイリウムの光が、一斉にメアちゃんの瞳の色である紫へと変化する。赤色のやつもいるけど、それは解釈違いだ!! メアちゃんの髪色を表現するなら赤銅色持ってこんかい!!
──聴いて……ください……『理想を追いかけて』!
胸に手を当て、メアちゃんがつぶらな瞳で宣言する。
あれ、これもしかしてメアちゃんのソロ曲ですか!? え、私聞いてないんだけど!?
普段の辿々しい声は鳴りを潜め、優しい歌声で、癖になる美声が会場に響いている。
メアちゃんの声に、会場が飲み込まれていく。侵食されていく。取り込まれていく。
まるで夢に落ちていくように、微睡のような優しい歌、そして詩である。
目指す目標がどんなに遠くても、手が届かなくても、伸ばすことをやめない子の歌。悪夢であり希望でもあるこの曲は、歌詞に沿うようにバラード調で進行していく。
「……いい歌だなぁ」
私は小並感しか出せないでいる。ほんとに美しいものを見ると、人って限界化するんだよなぁ。はぁーすき! 好きになってもっと!
メアちゃんが、サイリウムの光に当てられてキラキラと輝いている。まるで空に浮かぶ星のように。
そういえば、レインちゃんのソロ曲が『星降る夜』で、メアちゃんが『理想を追いかけて』なのは、意味があったりするんだろうか?
レインちゃんを星に見立てて、遠く浮かぶ彼女に追いつこうと頑張るメアちゃん。なるほど……それは解釈一致ですわ!
でも、それで言うとメアちゃんも十分な星であって。
「かわいいなぁ……ぎゅってしたいなぁ……ぐへへ」
メアちゃんは、これだけ私を魅了してるんだから、立派な星なんだよなぁ。アイドルを超越しちゃってる気さえしますね!
私からすれば、【D'ream】の皆さんが星だし、追いかけるべき夢なのだ。後発の人達はみんな同じ気持ちだと思う。
方向性は違くとも、目標にするのになんの躊躇いもいらない。そのくらい前を歩いてる先輩方なのだから。
「これは追いつくの大変だよなぁ」
煌びやかで美しい舞台を眺めながら、私は呟く。
今はまだ届かない星であっても、私も彼女達のようになりたいと、そう思わせてくれる人達だ。全力で応援させてもらおう!
この夢星に、魅入られた者のひとりとして。
ライブの様子は、ご想像にお任せしたいと思います。
次回はクリスマス特別編です。




