7. 逃げることの名誉
結果は、表彰台に届かなかった。
悔しい。悔しいが、心の底が静かだった。
僕は負けたのに、何かを拾っていた。
ミックスゾーンで、記者がマイクを向けた。
「ミラノ五輪を前に、いまの気持ちは?」
僕は、言葉を選んだ。
細部は明かしたくない。けれど、納得感のある言い方で、僕の“問い”を残したい。
「速さを競うのは素晴らしいことです。ただ、僕にとってクロスカントリーは、速さだけじゃない。雪の上で生き延びてきた技術が、いまは競技として洗練されている。その“元の意味”を忘れないでいたいんです」
記者は少し首を傾げたが、次の質問を投げてこなかった。言葉が届いたかどうかは分からない。分からないままでいい。
部屋に戻り、僕は祖母に短いメッセージを送った。
「速いだけじゃ帰れない、って言葉が、今日ずっと支えになった」
すぐに返信が来た。
「帰っておいで。温かいもの作って待ってる」
その一文だけで、僕は泣きそうになった。
勝利の涙とは違う。
帰る場所があることの涙だ。
窓の外では、また雪が降っていた。
僕はノートを開き、あの一行の下に、さらに書いた。
――スポーツとは、文明が技術に与える“別名”だ。
――別名を得ても、技術が生まれた理由は消えない。
そして最後に、こう書き足した。
――逃げることは、名誉だ。生きることの知恵だから。
クロスカントリーは、最後まで走れる者が勝つ。
けれど、僕はもうひとつの真実を知っている。
最後まで走れる者は、きっと帰れる者だ。
帰れる者だけが、また次の冬に、板を履ける。
雪は音を消す。だから、音が残る。
ストックが突く乾いた響きと、板が雪面を撫でる擦過。
それは勝利の音ではなく、生存の音だ。
僕はその音を、忘れないでいたい。




