2. 速さの神と、逃げるための板
クロスカントリーは、単純に見えて、単純ではない。
同じ距離を滑っても、誰と、どこで、どのタイミングで風を受けるかで、消耗はまるで変わる。集団の後ろにつく「ドラフティング」。上りで刻むピッチ、下りで休む角度。雪質の変化に合わせたワックス。呼吸と心拍の管理。
勝つためには、身体だけでなく、頭が要る。
僕が違和感を抱いたのは、戦術そのものではない。戦術が“目的”に寄っていくときの、あの硬い音だ。
勝つための合理性は、いつも魅力的だ。合理性は世界を整理してくれる。整理された世界は居心地がいい。だけど、整理の過程で捨てられるものがある。
ある日、僕は資料室に籠もった。雪上で苦しむ代わりに、紙の上で息を切らす。
「クロスカントリーの歴史」
「スキーの起源」
「北欧の少数民族 狩猟 移動」
検索ワードが増えるほど、僕の中の違和感は輪郭を得ていった。
クロスカントリーは、もともと生活の技術だった。雪に閉ざされる土地で、移動するため、狩るため、運ぶため。そうした実用が積み重なって、のちに競技へと“翻訳”された。
サーミの人々が何千年も前からスキーを使ってきた、という見方もある。
生活の文脈では、速さは確かに重要だ。でも速さは“勝利”のためではない。
速さは、夜に間に合うため、吹雪に追いつかれないため、獲物を逃がさないため、つまり「死なないため」だ。
古い記録にも、雪の上を滑る人々が現れる。6世紀、ビザンツの歴史家プロコピウスが、スキーで移動し狩る人々について書いたという資料もある。
その一文を読んだとき、僕の背骨の奥が熱くなった。競技の観客席では決して触れられない温度だ。
一方で、近代に入ると、スキーは軍や競技の形を取り始める。クロスカントリーが「スポーツ」として整えられていったのは19世紀後半で、軍隊での実践や、組織された大会の記録が語られる。
公式の競技会が19世紀前半に行われた、という説明もある。
生活の技術が、測定可能な“記録”へ変換されていく。そこに、文明の指紋がつく。
問題は、変換そのものじゃない。
変換した瞬間に、元の意味を「古いもの」として忘れてしまうこと。
そして、忘れたまま、勝利を美学と呼ぶこと。
夜更けに資料室を出ると、窓の外は白かった。
街灯の光が雪面に溶けて、地面と空の境目が曖昧になっている。
僕は不意に、曾祖母の視線を思い出した。
あの目は、勝利を見ていない。
あれは、帰れる道を見ている目だ。




