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17 ニキアスside


王宮の父の執務室で王妃と会っているレーネを待っていた。


王妃がレーネを気に入ったようで、最近よくレーネをお茶に誘っている。

「エイダ様はレーネ嬢をいたく気に入ってるようだね。レーネ嬢は頼りになるからな。エイダ様も気を許していらっしゃるんだな」

父の言葉に頷いた。

確かにレーネは歳の割に博学だし、姉御肌のところがあって人から甘えられることが多い。

ただ……博学といえども、レーネからの性教育には参った。

何であんなに詳しいんだ。

時々レーネに何もかも敵わない気がして焦ってしまう。


「それにしても、素晴らしい女性を婚約者にできてよかったな。七歳のお前の慧眼には驚くよ」

「はい、俺には勿体無いほどの女性です」

「手放すなよ」

突然真顔で告げてくる父に驚きながらも、頷いた。

「誰にも渡すつもりはありませんよ」


「ところで王宮内が慌ただしいですね。何かあったのですか?」

「ああ、ミラー侯爵領の鉱山で広範囲の崩落事故が発生したようだ。多数の怪我人が出たらしく医師の応援要請が入って王宮の医師と街の医師を先ほど派遣したところだ」


ミラー侯爵領は王都からすぐ近い場所にある。

(ミラー侯爵領と言えばソフィー嬢か)

髪の毛も頭の中もふわふわのソフィーを思い出す。

事ある毎にレーネを目の敵にし、ニキアスに媚を売ってくる。興味すら湧いたことはないのに、やたらレーネはソフィーを推してくる時がある。解せない。


(はぁ、卒業まであと少し。ようやくレーネと結婚できる)

十二歳で婚約を申し入れした時に初動を間違えた影響が未だ色濃く残っている。

レーネはこの婚約が女避けであると信じて疑わないから、どれだけ想いを言動で伝えても「振り」だとして異性だと認識してもらえない。


(それでも他の男に譲るつもりはない、婚約者の立場は絶対に死守してみせる)


最近のレーネはますます綺麗になっていく。学園でもレーネは男子生徒からの人気が高い。

黙っていると凛として高貴な美しさを醸し出しているのに、話すと人懐っこい笑顔を浮かべ人当たりもいい。高嶺の花なのに手が届くんではないかと誤解させるのだ。

ニキアスは他の男達に自分のものだと見せつけるようにレーネに甘い言葉を吐き、髪や手に触れる。

レーネがニキアスのことを異性として意識していないことも、親友だと思っていることも、思うところは多々あるけれど、生涯をかけて尽くし好きになってもらおうと思っていた。




廊下を早足に急ぐ足音が聞こえてくる。

(文官が父を訪ねてきたのだろうか)

ところが部屋に入ってきたのは、王妃付きの近衛兵だった。


「レーネ様が毒に倒れられました!王妃様はご無事です」

(毒?なんでだ。何が起こった)

近衛兵の言葉を聞くや否や走り出そうとしたニキアスを父が止める。

「父上!」

「お前はこの状況をわかっているのか?慌ててお前が走って行ってはいらぬ噂が立つ。気持ちはわかるが他の者に気取られぬよう静かに行け」


王弟としての父の言葉で我に返った。

レーネと王妃が繋がっていることは気取られてはいけない。

故意の事故であれば、犯人にこちらの焦燥を気取られてはいけない。


近衛兵が静かに話しかけてきた。

「ニキアス様、王宮の使用人達が使わない秘密の通路で向かいます。ついてきてください」

「ああ、頼む」

気ばかり焦る中ようやく着いた王妃の部屋に飛び込んだニキアスの目に映ったのは、生気のない真っ白な顔でぐったりとソファーに横たわっているレーネの姿だった。


「レーネ!」

そばに駆け寄り脈を測る。か細いながらも脈を感じることができる。


「医者は?」

そばにいる侍女に尋ねる。

「ミラー侯爵領で起きた事故で王宮の医師達が出払っているそうです」


「一人もいないのか?」

「はい……ダナー医師がもうすぐ王宮に到着予定ではありますが……」

「くっ……」

間に合わなかったら……。

焦燥で考えがまとまらない。

(落ち着け、落ち着いて考えろ)

周りを見ると、テーブルの上にそのままに残っているお茶の入ったカップが目に入った。


「レーネが先に一口飲んで茶の毒に気づいたのです。私が飲もうとした時にレーネが倒れながらも払い落としてくれたおかげで私は助かりました」

ニキアスの視線に気づいた王妃が青褪めた顔をこわばらせながら、苦しそうな声を出した。


ニキアスはカップに残っているお茶のにおいを嗅ぐ。

幼い頃から毒の耐性を持つための辛い特訓を受けてきたので、ある程度の毒なら判別できるようになっている。


(……この香りは!)

お茶の花の香りとともに嗅いだことのあるにおいを見つけた。


「このお茶の葉を見せてください」


侍女に持ってきてもらうと、茶葉と数種の花びらが入った缶を持ってきた。

「こちらでございます。献上されたもので今日初めて淹れたものです」

中を見たニキアスは自分の予想が当たっていたことを知る。


「王妃様、盛られた毒がわかりました。解毒剤が必要になります」


毒の耐性をつけることと併せて、王宮内のどこで毒を盛られてもすぐに解毒剤を手に入れることができるよう、どこに隠されているかは覚えさせられる。


王妃の部屋にも隠されていたはず。


「はい、ここにもあります」

意図を読んだ王妃が本棚の隠し扉を開いた。


数種の解毒剤から、今回の毒の物を選ばないといけない。

どれを選べばいいのかはわかってはいるけれど……。

(俺の判断で本当に正しいのだろうか)

判断一つでレーネを失うかもしれないと思うと、怖くて手が震えてしまう。


ニキアスの震える手をそっと王妃が包み込んだ。

「ニキアス様、どの毒が使われていましたか?」

「……アリサエマ……」

「私も王妃教育で毒について学びました。ニキアス様が選ぼうとされているこの解毒剤でよろしいかと思います」


王妃の言葉に冷静になったニキアスは震えが収まった手で解毒剤を取り出すと、急いでレーネのところへ戻る。

意識がないレーネに心の中で謝ると、自身の口に解毒剤を含みレーネに口づけをして流し込んだ。




駆けつけたアバーテ伯爵と一緒に毛布に包み込んだレーネを抱えて、馬車に乗り込む。

王宮で静養をと解毒剤を飲ませた後に駆けつけた医者に言われたが、安全ではないところにレーネを置いていけるわけがない。その申し出を蹴って、伯爵邸へ向かう。


「申し訳ありませんでした」

ニキアスの腕の中でぐったりとしているレーネを不安そうに見つめている伯爵に声をかけた。

「……それは何に対しての謝罪かね?」

「レーネを守りきれず申し訳ありませんでした」

「……守りきれなかったのは私もだ」

「必ず犯人を見つけ出します」

「……ああ」


お互いに言葉がそれ以上出てこないまま、伯爵家に着いた。

先に連絡を入れておいたからだろう。すでに伯爵家には主治医も到着していた。


伯爵に断って、レーネを部屋まで運ばせてもらう。想像以上に華奢で軽いレーネを、そっとベッドの上に横たわらせた。

白く生気が感じられない顔は作り物のように美しく儚げで、レーネをこのまま失うのではないかという恐怖に襲われてしまう。

(早く目を覚まして)

美しい緑の瞳が恋しい。



ベッド脇に跪いたまま離れようとしない姿を見兼ねたのか、伯爵に肩を優しく叩かれた。

「もう今日は遅い。君は一度戻ったほうがいい。明日には領地から妻と息子が来ることになった。こちらでレーネを見るから心配いらないよ」

「……」


去り難い俺の気持ちがわかっているのだろう。

「君にはレーネの看病ではなく、やるべきことがあるだろう。私や家族の代わりにレーネをこんな目に遭わせた奴らを見つけてくれ」


やるべきこと……。

動いていなかった頭がようやく回り出した。

俺がやるべきこと。犯人探し。そして、裁きを受けさせること。


「わかりました。一度失礼します。また様子を見にきます」

「ああ、何かあれば……目を覚ましたら君に連絡するよ」


レーネの頬にそっと触れて、心の中で誓う。

(必ず犯人を見つけ出す。だから早く目を覚まして)


伯爵に一礼し、レーネの顔をもう一度目に焼き付けるように見つめてから伯爵邸を後にした。




父の執務室に戻り、国王の執務室へ来るようにとの伝言を聞いた俺は二人に会いにいった。


「ああ、きたか。レーネ嬢の具合はどうだ」

「解毒剤は飲ませましたが、まだ意識が戻っていません」

「そうか……状況を共有したい。ニキアスから見た状況を教えてくれるか?」


残っていたお茶の香りを嗅ぎ毒物を予想したこと。茶葉の中に予想した毒草が混入していたこと。

そして、王妃の部屋の隠し扉から解毒剤を取り出しレーネへ与えたことを伝えた。


「茶葉はダレーマ子爵から献上されたものだった。明日朝一番にダレーマ子爵を呼び茶葉の件について確認する。ただダレーマ子爵はエイダの母の実家である。それに献上したものに形が残る毒を入れるのはおかしい。ダレーマ子爵はただ確実にエイダの手に渡るよう、エイダが口にするように陥れられただけだろうと考えている。そして、先ほどエイダの侍女が一名自死しているのが分かった。お茶を淹れた侍女だ。シーモ伯爵家のゆかりの者だ」


シーモ伯爵家といえばミラー侯爵とは兄弟だったはず。

ミラー侯爵といえば……医者が出払っていたのはミラー侯爵領地で崩落事故があったからだ。

「ミラー侯爵領の崩落事故と関係がありますか?」

「我々も今その関係性を考えていたんだ。王宮、王都の医者を応援要請した日に毒の混入があった。もし、ニキアスが解毒剤のありかを知らなければ、レーネ嬢は間に合わなかっただろう」

父が発言した。

「崩落事故についても調べなくてはいけない。自然災害なのか人為的なのか。兄上の側妃にと熱心に薦められている令嬢はシーモ伯爵令嬢でしたな?」

「ああミラー侯爵の令嬢もニキアスにご執心だと聞いている」


怒りで頭の血管が切れそうになる。

(そんなくだらない欲のためにレーネが毒を飲まされたのか?絶対に許さない)


「今回王妃が狙われたことは内密にしたい。よって、レーネ嬢が倒れた理由も内密だ。そして、彼女はこのままだとまた狙われる可能性も視野に入れたほうがいい」


ぐっと拳を握りしめる。

なぜ。


俺のせいだ。

俺が婚約したかったから。俺が国王夫妻に会わせたから。

俺のせいで、レーネに苦しい思いをさせてしまったんだ。



お読み頂きありがとうございます。


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