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16 決着への道


お父様は私が事件を思い出して辛い思いをするのではと、少し渋っていらしたけれど王妃からのお誘いを断れるわけもない。

私もエイダ様に会いたいしね。


エイダ様が用意してくれた迎えの馬車の前でアレックスが待っていた。

「アレックスも行くの?」

「はい、姉様のお供です。姉様が王妃様とお話しされている間は王宮図書館で時間を潰していますので気になさらないでゆっくりしてきてください」

聞けば、王妃から王宮図書館の出入り許可も併せてもらっていると言う。


「……ついてきてくれてありがとう」


お父様が王宮にレーネを行かせることを渋っている気持ちも実は理解できる。

少し、まだ怖いのだ。王宮も自分の屋敷以外で何かを口にするのも。

だから、三歳下の弟に甘えてしまって申し訳ないけれど、アレックスの優しさがありがたい。


頼れる弟の見事なエスコートで馬車を降りると、王妃付きの近衛隊の騎士が迎えにきてくれていた。

顔見知りの騎士の姿に安心する。


「王妃様のところまでは僕がエスコートしていきますよ」

王宮に着いて、少し顔が強張っているのがばれたのかもしれない。

アレックスの気遣いに甘えることにする。

本当によくできた弟だ。


すっかり身長を追い抜かされた弟の横に並び、騎士の後ろについていくと、庭に面したテラスへ通された。

てっきりお部屋に通されるかと思ってたのに。


テラス席に用意された席には、すでにエイダ様とモリー様が座っていらっしゃった。

エイダ様がニコニコして手を振ってくれている。


「また後でね」と微笑むアレックスに頷くと、エイダ様に挨拶をするためにテラスへと足を踏み入れた。



「エイダ様、お久しぶりです」

「レーネ、体はもう大丈夫?」

「はい、色々とご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「改めて、お礼を言わせて頂戴。私が無事だったのはレーネのおかげ。ありがとう。そして、代わりに苦しい思いをさせてしまってごめんなさいね」

「いえ、そんなことおっしゃらないでください。エイダ様がご無事で私も心から嬉しいです。それに、飲んだ毒も少量でしたから、もうすっかり大丈夫ですよ」

エイダ様の潤んだ瞳が柔らかく細められた。

「レーネは本当に優しい子ね。あなたとこうやってお話しできる日が戻ってきて本当に嬉しいわ」

「はい、私もです」

二人で微笑み合った。


「今日は天気も良いし、テラスにお茶席を作ってみたの」

事件を思い出させないようにしてくれたんだな、とエイダ様の配慮に感謝する。

「王家の庭園でお茶ができる機会なんてそうそうないですから、嬉しいです。緑に囲まれて気持ちも落ち着きますね」


「この二ヶ月、どんなことをレーネはしていたの?」

モリー様が顔を輝かせて尋ねてきた。領地で過ごしていた日々をかいつまんで二人に話す。

最初は市井で暮らしていたレーネに驚いていた二人だったが、いつの間にか瞳を輝かせながら話を聞いてくれている。


三人で久しぶりのおしゃべりを楽しんでいると、今から国王が来るとの先触れがきた。

「レーネ、今日来てもらったのはね、事件について国王からお話があるからでもあったの。先ほどその件の片がついたみたいで、今からお見えになるそうよ」

驚きで目を見開いてしまった私に、エイダ様が優しく微笑む。

「国王と一緒に、アバーテ伯爵とドルシ公爵、ニキアス様もお見えになるそうよ」

(お父様達も?何か起こったのかしら……)


不安そうなのが伝わってしまったのか、エイダ様がそっと優しく私の手を取った。

「大丈夫よ、レーネが不安になることは起きないわ。でも驚くことはあるかもしれない。決してレーネを傷つけるものではなくて、守るための方法だったってことだけ覚えておいてほしいの」


(どういうことかしら?)

具体的なことを尋ねようとしたとき、ちょうど国王やお父様達がテラスへやってきたのが見えた。


国王に立ち上がって挨拶をする。

「座ってくれ、楽しい時間を急に邪魔してすまない」


私の横にお父様が座ると、膝の上に置いてある手をぎゅっと握ってくれる。

「レーネ嬢、礼を伝えるのが遅くなったが、エイダを守ってくれてありがとう」

「いえ、勿体無いお言葉です」

「実は今さっき、王妃殺害未遂の件が解決した」

国王の言葉に思わず息を飲む。


「黒幕はミラー侯爵とシーモ伯爵だ。この二人は兄弟で、それぞれの娘を私とニキアスに嫁がせたいと画策していた。毒を入れた理由は王妃に子供を作らせない為だったと供述している」

(……酷い)

「レーネ嬢が飲んだお茶は、シーモ伯爵の息がかかったセーニ商会が、王妃に献上するようエイダの親戚の子爵家に渡していた。子爵家は事情を知らずエイダに献上したことになる。そのお茶を淹れる時に毒を入れたのはシーモ伯爵の遠縁にあたる侍女だ。花の香りが強く毒の匂いを打ち消すと思ったらしく、毒を入れるときはあのお茶を出すよう指示をしていたと」

国王の言葉であのお茶の香りが一瞬香ってきた気がして、思わずお父様の手をぎゅっと握りしめる。


「その侍女がレーネ嬢がエイダに子が宿る方法を教えているとシーモ伯爵に報告したんだ」


エイダ様の毎朝の体温の測り方、測った体温をどう活用するか教えてた侍女の顔が浮かぶ。エイダ様のおそばにいつもいる方だった。

確かにその方がお茶会の時も私にお茶を淹れていた……。


「レーネ嬢の知識でエイダに子が宿ってしまうと、自分の娘を側妃として売り込めなくなると焦ったんだろう。エイダとレーネ嬢に毒を盛るタイミングを見計らっていた。ちょうどあの日ミラー侯爵領地で崩落事故が偶然起こったんだ。大きな災害で王宮へ救援要請が入った。王宮、王都にいる医師が圧倒的に少ない日であれば、毒を口に含んだ二人を救う医者はいないと踏んで決行するよう指示を出したんだ」


震える体をお父様が肩を寄せて抱きしめてくれる。

(全ての偶然が重なり合ったから、あの日だったんだ)


「ニキアスとアバーテ伯爵子息が、伯爵領の市場で取引されているお茶の葉だと突き止めて証拠を揃えることができたんだ」

ドルシ公爵が言葉を続ける。

「ミラー侯爵が毒物を手に入れ、弟のシーモ伯爵に渡していたんだ。ニキアスの婚約者の座をミラー侯爵が狙っていたしな」


(え、婚約者の座?)


ニキアスはソフィー様が好きだったのに、私が早く婚約を解消してあげなかったからソフィー様の家もこの件に関わってしまったんだ。

(私のせいだ)

ニキアスの気持ちを考えると、罪悪感で胸が潰れそうになる。

ニキアスとソフィー様の婚約はどうなるの?


「ミラー侯爵家、シーモ伯爵家は爵位剥奪。主犯である両当主は処刑だ。両家の妻と娘達は北と西の辺境の修道院へ送る。未遂とはいえ、私利私欲に目がくらみ王妃と公爵家の婚約者でもある伯爵令嬢を害そうとしたことは重犯罪にあたる。妻子は計画自体は知らされておらず直接は関わっていないとはいえ、本人達も私やニキアスに妻や婚約者がいるのを知った上で近づいてきた。修道院が恩赦できる限界だ」

国王の言葉が胸を衝く。


ソフィー様が修道院へ……ニキアスはどう思っているのだろう。

前に座っているニキアスを恐々と覗き見る。

きっと私を睨みつけているに違いないと思ったのに、呆れたような顔のニキアスと目が合った。


(え?……どういう顔なの?ショックじゃないの?)


額に手を当てて項垂れたニキアスがふぅーと大きなため息を吐いた。

「レーネ、またしょうもないこと考えているだろう」


目を見開いてニキアスを見つめると「今、考えていること全部間違っているから」と続けて言う。

「どうせ、ミラー侯爵令嬢のことで俺が怒ってるとかショックを受けているって思ったんだろう?」


思わず口に手を当ててしまうけれど、私は一言も話していないはず。


「全部顔に出てる。全部違うから。そもそも俺はミラー侯爵令嬢と婚約はしていない」

「ええ?」

思いがけないニキアスの言葉に思わず大きな声が出てしまった。



お読み頂きありがとうございます。


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