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57 舞踏会がうまくいくように

「それではまず、基本の確認から行きます。私に合わせてステップを踏んでください」

「はーい」


 アーベルは口でリズムを刻みながら、エルゼをリードする。


「うまいじゃない、アーベル! もっと体が固いかと思ってたわ!」

「……生徒に評価されるのも妙な気分ですね」


 田舎出の文官、と自嘲する割にはアーベルのリードはしっかりしていた。


(意外と業務外では活発なタイプなのかしら。それともエルンスタールの官僚ってみんなダンスのスキルが必須だったりするの?)


 そんなことを考えながら、エルゼはアーベルに合わせてステップを踏む。


「さすがはエルゼ王女、完璧ですね」

「これだけわね。他がぱっとしない分、得意分野では頑張ろうと思ったのよ」


 兄や姉に比べると「出涸らし」という言葉がぴったりなほど残念なエルゼだが、それでも王女としての矜持はある。

 何か一つでも自身が誇れるものがあれば……と、ダンスレッスンには真面目に取り組んだのだ。


「では、少し難しいものに挑戦してみましょうか」


 アーベルの刻むリズムが速くなる。

 エルゼは一瞬戸惑ったが、すぐに順応した。


(さすがは大国エルンスタール。レベルが高いのね)


 エルゼは遅れないようについていきながらも、大国エルンスタールの文化の発展具合に感心する。


「これがエルンスタールで今はやりの曲です」


 アーベルに教えてもらいながら、エルゼは軽やかにステップを踏む。

 こうして体を動かしていると、気分まで高揚してくるのが不思議だ。


「ふふ……あなたって本当に頼りになるのね、アーベル。あなたと出会えてよかった」


 エルゼがそう言って笑うと、アーベルは動揺したのか一瞬、動きがずれる。


「きゃっ」

「危ない!」


 足がもつれてエルゼはバランスを崩しかけたが、アーベルが支えてくれたので事なきを得る。


「……申し訳ございません。今のは私のミスです」

「いいえ、助かったわ。あなたが支えてくれなかったら本番前に足をひねっていたかも」

「もしそうなったら私が責任を……いえ、何事もなかったようで安心しました」


 アーベルはエルゼの体を離すと、こほんと咳払いをする。


「あらかた見させていただきましたが、さすがの腕前ですね、エルゼ王女。これなら本番の舞踏会でも問題ないでしょう」

「本当! 嬉しいわ! えっと、ちなみにだけど……」


 エルゼは逡巡したが、やはりここで聞いておこうと口を開く。


「……その、リヒャルト皇子のダンスの腕はいかほどなのかしら」


 さりげなくそう問うと、アーベルはくすりと笑った。


「気になりますか?」

「そりゃあ、まぁ……」

「そもそもリヒャルト皇子は公衆の面前で踊るようなことがほとんどありません。ですので実力は未知数……というのが正しい答えなのでしょうが」


 アーベルはそこで一度言葉を切ると、優しく笑った。


「少なくとも、あなたや他の花嫁候補を困らせたり、恥をかかせるようなことはないかと。……彼は何をやらせても完璧にこなしますから」

「えっ、そうなの?」

「えぇ、生まれ持っての素養……なのでしょうか。リヒャルト皇子はとにかく器用で、一度見ただけでダンスであろうが奏楽であろうがプロ顔負けの腕前を発揮するのです」

「すごい……うらやましいくらいだわ……」

「ですが、リヒャルト皇子が本当に望んでいたものは――」


 アーベルはそこまで口にしたところで、はっとしたように口をつぐむ。


「……何でもありません。舞踏会がうまくいくように祈っております」


 彼はそれだけ言うと、心なしが急ぎ足でエルゼの元から去っていく。

 その背中を見送り、エルゼはふぅ、とため息をついた。


「何か言いかけてたみたいだけど、何だったのかしら。……まぁいいわ。アーベルのお墨付きももらえたことだし、頑張らなきゃ!」


 たとえ選考の一環だとしても、リヒャルトと踊ることができるのだ。

 変な失敗だけはしたくない。

 祖国の運命を変えるためにも。……エルゼ自身のためにも。


(リヒャルトと踊る。リヒャルトと踊る……のよね?)


 あらためてその場面を想像し、エルゼはほのかに頬を染める。

 舞踏会用の衣装を身に纏い、きらめく明かりに照らされたリヒャルトはどれほど素敵なことだろう。

 きっと、エルゼの想像の何倍もかっこいいに違いない。

 そんな彼に手を取られたら、至近距離で見つめあいながら踊ったりしたら……もう正気でいられる気はしなかった。


『エルゼ、にやにやしてどうかしたの?』


 不思議そうに目を瞬かせるシフォンにそう問われ、妄想の世界に入り込んでいたエルゼははっと我に返る。


「な、なんでもないわ! ほーらシフォン、今日は天気がいいから私の分もおやつサービスしちゃう!」

『やったー!』


 慌てて誤魔化しながら、エルゼはそっと自らの頬に手を当てる。

 鏡に映るエルゼはリンゴのように頬を赤らめ、触れた指先にもはっきりと熱が伝わってくるほどだった。


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