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31 花嫁の資質

「今回の選考もお見事でした、エルゼ王女」

「ありがとう、アーベル。思った以上に高評価を頂けて嬉しいわ」


 音楽の素養を問う選考を終え、アーベルにねぎらわれたエルゼはほっと一息つく。

 今回の選考は、楽器でも歌唱でも各々得意な音楽を披露するというものだった。

 エルゼが披露した渾身のヨーデルはいつものようにアマ―リアには嘲笑されたが、審査員である子爵夫人は「素晴らしい! その歌唱法を是非我が国でも広めていきたいわ!」と絶賛してくれた。

 おかげでグロリアの披露した乱れのない美しいフルート演奏に並ぶほどの高評価を得ることができたのだ。


「……今日のエルゼ王女はなんだか元気が無いように見えます」


 不意にアーベルにそんなことを言われ、エルゼはどきりとしてしまう。


「えっ、そう?」

「私の勘違いなら差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ございません」

「……ううん、勘違いじゃないわ」


 静かに首を横に振り、エルゼは口を開く。


「私って騒がしいし、考え方が子供っぽいし、図々しいし……そのせいで、仲良くなりたい人に呆れられてしまったようなの。普段は気にならないんだけど、なんだかそんな自分が情けなく思えちゃって……」


 昔から、優秀で落ち着きのある姉王女のウルリカに憧れていた。

 彼女のようになりたいと思っていたが、ずっとうまくいかなかった。

 姉本人は「あなたはあなたのままでいいのよ」と言ってくれたが……やはり、今のままではいけない気がするのだ。


「もっと王女らしく、エルンスタールの皇妃らしくするにはどうすればいいのかしら」


 ぽつりとそう零すと、アーベルが立ち止まった。

 不思議に思って振り返ると、彼は分厚い眼鏡越しにこちらを見ていた。


「……あくまで私見ですが、エルゼ王女は無理に変わろうとする必要はないかと」

「えっ?」

「現在、リヒャルト皇子の花嫁選考においてあなたは好成績を維持しています。無理な路線変更は逆に評価を落としかねないかと」

「あぁ、評価の話……それは単に運がよかっただけよ」


 エルゼは決して自分が優秀な人間だと思っているわけではない。

 もちろん、花嫁候補として母や姉にビシバシしごかれ、一通りの知識や教養は身に着けている。

 だが、今まで何とか選考を乗り越えられたのは……やはり「運」の要素が強いと言わざるを得ないだろう。

 エルゼの話を聞いたアーベルは、少し黙った後に口を開いた。


「……これからの話は、試験官としてではなくあくまで私個人の話だと思って聞いてください」

「えぇ、わかったわ」

「この花嫁選考で試されるのは、あくまで『エルンスタール皇妃』としての資質です。リヒャルト皇子は花嫁選考に関心を示しませんからね」

「……そうみたいね」


 最初にガーデンパーティー以来、リヒャルトは選考に顔さえ見せに来ないのだ。

 どう考えても、「誰が花嫁になろうがどうでもいい」と思っているのだろう。


「当然、花嫁候補たちは数値上の評価で選ばれる。『エルンスタール皇妃』としてもっともふさわしい女性が、花嫁の座を掴むのです。ですが……」


 アーベルは周囲に誰もいないことを確認すると、小声でつぶやいた。


「それが正しいことなのかどうか、私にはわかりません」

「えっ!?」


 試験官の一人である彼の、体制への疑問とも取れる言葉にエルゼは驚いた。


「最後に選ばれた女性は、リヒャルト皇子の妃となります。病める時も健やかなる時も、彼と添い遂げる伴侶に。そんな相手を、数値だけで選んでもよいのだろうかと思うのです」


 ……王族や貴族の婚姻などそんなものだと、切って捨てるのは簡単だろう。

 だが、エルゼはアーベルがそういった考えを持っていたのが嬉しかった。


「……そうね、私もそう思うわ」


 田舎の小国と一緒にしてはいけないと思うが、エルゼの両親は恋愛結婚だった。

 気の強い母に、尻に敷かれることが多いが優しく穏やかな父。

 二人の仲睦まじさは、家族だけでなく国民の皆が知るところとなっている。

 恋愛も結婚もいままであまり意識したことのないエルゼだが、両親のように仲睦まじい家庭を気づいていきたいとぼんやりと思っていた。


「リヒャルト皇子に必要なのは、そつなく優秀な皇妃でしょうか。……私はそれよりも、彼の心に寄り添い、彼の抱える悲しみを優しく包み込むような――」

「アーベル……?」

「リヒャルト皇子を救えるのは……」


 ぶつぶつと呟いていたアーベルが、はっとしたようにこちらに視線を向ける。


「出過ぎた真似を申し訳ございません」

「い、いえ……大丈夫よ……」


 気づけば、エルゼに与えられた居室の前までやって来ていた。


「それではゆっくりとお休みください、エルゼ王女」

「ありがとう、アーベル」


 扉を閉めると、部屋で留守番をしていたシフォンが駆け寄って来た。


『お帰り、エルゼ! ……なんか難しい顔してるけどどうしたの?』

「さっきまでアーベルと一緒だったんだけど……」


 先ほどの彼は、どうもいつもと違った。

 普段の事務的な表情の奥に、揺れる感情が見え隠れしていたのだ。


(あの言い方、表情……アーベルはリヒャルトに特別な思い入れがあるのかしら)


 ただの臣下としての言葉だとは思えなかった。

 エルゼはアーベルを信頼している。

 そのアーベルがリヒャルトの未来を案じているのだ。

 やはりリヒャルトは、ただ冷酷なだけの人間ではないのだろう。


「もっとリヒャルトのことが知りたいな……」


 ぎゅっとシフォンを抱きしめながら、エルゼはそうひとりごちた。


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