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27 選評と裏工作

 エルンスタールの王宮に、夕刻を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 花嫁候補たちは、既に集合場所へと戻って来ていた。

 不安そうな顔の者もいれば、自信満々に胸を張っている者もいる。

 まさに悲喜こもごもといった様相だった。


「それでは、ただ今よりラックス伯爵による選評を始めます」

「エルンスタールの未来を担う皆様の才、じっくりと見させていただきますぞ」


 ラックス伯爵は花嫁候補たちの力作を見るのが待ちきれないとでも言うように、じゅるりと舌なめずりをしている。

 何人かの花嫁候補がドン引きするように後ずさったが、彼は全く気にしていないようだ。


(芸術に対する偏執的なまでの執着……あそこまでいくと人生楽しそうね……)


 エルゼは感心した。なんにせよ、あそこまで夢中になれるものがあるというのは羨ましいことだ。


「それでは、まずは――」

「わたくしの作品を見てはいただけませんか? ラックス伯爵」


 そう言って真っ先にしゃしゃり出てきたのは、いつもエルゼに突っかかってくるアマ―リアだ。


「ふむふむ……おぉ、これは!」


 アマ―リアの絵を見たラックス伯爵が、鼻息も荒く感嘆の声を上げる。


「むほー! この繊細なタッチ! 鮮やかな色使い! 若き才能の芽生えをひしひしと感じますぞ……!」


 エルゼからはちらりとしか見えなかったが、確かにアマ―リアの絵は綺麗だった。

 だが、なんとなくインパクトに欠けるような気がしてならない。

 美しいは美しいのだが、強く感情を揺さぶられるということがないのだ。

 だがアマ―リアは余裕の笑みを浮かべている。


(彼女はグロリア様の取り巻きだもの。あえて『そこそこ優秀』な評価を取りに行ったのかもしれないわ)


 ということは、本命のグロリアは――。


「では、次はわたくしの作品を見てくださいな」


 アマ―リアの絵の選評が終わると、すぐ隣にいたグロリアがいそいそと前に出てきた。


「ほぉ、これはこれはリブナー公爵家のご令嬢ではないですか! あなたさまの絵を真っ先に拝見できるとは光栄の極み。さてさて、それでは…………なっ、なんと……!」


 グロリアの絵を目にした途端、ラックス伯爵は驚いたように目を見開く。

 その際にグロリアの絵がちらりと見え、エルゼは思わず息をのんでしまった。


(す、すごい……!)


 グロリアのキャンバスには、夕日に照らされ黄金色に染まるエルンスタール王宮の姿が鮮明に描かれていたのだ。

 先ほどのアマ―リアなど比ではないくらい、その出来栄えは圧倒的だった。

 芸術的感性が磨かれているとは言えないエルゼですらも、思わず感動してしまうほどだったのだ。

 他の花嫁候補たちもグロリアの作品に圧倒されたように呆然としている。

 だがそんな中で……エルゼは明らかな違和感に気づいてしまった。


(あの絵に描かれているように夕日が差し込む時間帯から夕刻の鐘が鳴るまでには、そんなに時間はなかった……。あの短時間でこの絵を仕上げることなんて可能なの? それまでの時間はいったい何をしていたの?)


 一つ違和感に気づいてしまうと、次々と疑念が湧いてくる。


(グロリア様たちの一派はおそらく選考の内容を知っていた。女官は私の邪魔をするために細工をしていた。……事前にあの絵を用意してこっそりと持ち込むことだって、不可能ではないはずよ)


 真っ向から選考に挑んだ花嫁候補ならば、あの短時間で夕日に照らされた王宮の絵を描き切るのは不可能だろう。

 もっと堅実に、昼間の情景を描くはずだ。


(もちろん証拠はない。証拠はない以上、疑義を唱えるのは命とりだわ。でも……)


 ぐっと拳を握り締め、エルゼは憤った。


(みんな真面目に選考に臨んでいるのに、こんなの卑怯だわ……!)


 その後もラックス伯爵は次々と他の花嫁候補たちの作品を見ていったが、どれもグロリアの作品に比べると色あせて見える。


「ふむ、次が最後のようですね。あなたは――」

「マグリエル王国第二王女、エルゼと申します」

「おぉ、マグリエル! その美しき光景は宝石のようだと名高いあのマグリエルですな。私も一度訪れたいと思っておりまして……」


 ラックス伯爵の言葉は本音かお世辞かはわからなかったが、故郷を褒められて悪い気はしない。


「それでは、わたくしの絵を見ていただけますか?」

「マグリエルの姫君の描く世界……どんなものか想像するだけで涎が……」


 ちらりと周囲に視線をやると、アマ―リアを始めとするグロリアの取り巻きたちが馬鹿にしたような笑みを浮かべてこちらの様子を伺っているのが目に入る。

 やはり妨害には彼女たちが関わっており、エルゼがどんな醜態を晒すのか楽しみで仕方がないのだろう。

 そんな彼女たちから視線を外し、エルゼは自身のキャンパスを覆い隠していた布を取り払った。


「わたくしの作品はこちらです!」


 現れた絵を目にして、その場にいた者たちは驚きに目を見張った。

 絵の具を使えなかったはずのエルゼのキャンバスには、きちんと絵が描かれていたのだ。


 グロリアを始めとする他の花嫁候補たちは、エルンスタールの主流である「重圧感のある色使いで対象の形や情景を正確に描写する」という手法を取っているのに対し、エルゼの絵はまったく別物だった。

 描かれているのは、エルンスタール王宮の一角にある美しい花畑だ。

 他の花嫁候補のように重圧感のある色づかいではなく、淡く幻想的な……それでいてしっかりと「自然美」を感じさせるタッチになっていた。

 それもそのはずだ。

 配られた絵具が使えないことに気づいたエルゼは、シフォンに協力してもらって「自然の画材」を使ったのだから。


(王宮内にいろいろな花が咲いていてよかったわ……。おかげで、これだけの色を再現できたんだもの)


 エルゼは絵具ではなく、自然の草花を揉んだり絞ったりして色を出すという即席の技法を用いた。

 おかげでエルンスタールでの主流な画法からは離れてしまったが、これはこれでなかなかの出来栄えではないかと自負している。


(問題は、これをラックス伯爵がどう受け取るかよね……)


 好意的に取ってくれるか、はたまた「芸術への冒涜だ!」と糾弾されるか……。

 エルゼはごくりと唾をのみ、ラックス伯爵の評価を待った。


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