24 なんなんだ、あの女は
「エルゼ王女殿下、いらっしゃいますか」
「あっ、はい!」
急いでお仕着せをベッドの陰に隠しながら、戻って来たばかりのエルゼは「ずっとここでおとなしくしておりましたわ」という顔をして自室の扉を開けた。
エルゼがこっそり外出していたことを疑いもせずに、女官は淡々と告げる。
「これより三日後に、次の選考を執り行います。時刻になりましたら所定の場所でお待ちください」
「承知いたしました。ちなみに、選考の内容は」
「申し上げられません」
ぴしゃりと跳ねのけられ、エルゼは心の中でため息をついた。
(どうせ、贔屓の花嫁候補には知らせているんでしょうね)
だが不遇を嘆いたって仕方がない。
コンディションを整え、どんな選考が来ても立ち向かえるように備えなければ。
女官が去ると、隠れていたシフォンがぴょこぴょこと近づいてくる。
『エルゼ、大丈夫?』
「心配してくれてありがと、シフォン。でも私なら大丈夫よ」
ふわふわの体を撫でながら、エルゼは思案する。
(次の集合場所は屋外……それも、ガーデンパーティーの会場とかじゃない普通の場所だった。次の選考は屋外でしかできないことをするってこと?)
これが走る速さを競う選考などだったら、幼いころから野山を駆けまわって来たエルゼが負けることはないだろう。
(まぁ、そんなわけないわよね……)
エルンスタールの皇妃に足の速さが求められているとは思わない。
「大丈夫、なるようになるわ」
そう自分に言い聞かせ、エルゼはシフォンのお腹をむにむにと揉んだ。
「今日はいない……か」
選考を翌日に控えた昼過ぎ、再びエルゼは廃教会を訪れていた。
だが、リヒャルトの姿はない。
いつもいつもここに来れば会えるというわけではないようだ。
「ま、いっか。始めるわよ」
『おー!』
こっそりと拝借した箒を手に、エルゼは廃教会の掃除に乗り出した。
蜘蛛の巣や積もり積もったほこりを払い、お化け屋敷状態だった廃墟を綺麗にしていく。
「うー、本当に誰も足を踏み入れてないみたいね……」
箒で掃くだけで土埃が舞い上がり、エルゼはげほげほとせき込んでしまう。
埃まみれになりながらなんとか床を掃き終わる頃、外に出ていたシフォンがぴょこぴょこと帰って来た。
『ただいまー、エルゼ。持ってきたよー』
そう言ってシフォンは口にくわえていたものをエルゼの目の前に落とす。
それは、様々な花を茎のあたりから摘んだものだった。
「ありがと、シフォン。とっても綺麗ね」
シフォンから花を受け取ると、エルゼは慣れた手つきで編んでいく。
ほどなくして出来上がったのは、小さな花のリースだ。
「ここに飾って……と。よし!」
まだまだ物寂しい廃教会だが、花のリースを飾ったことで少しだけ雰囲気が明るくなったような気がした。
リヒャルトは気づいてくれるだろうか。
いや、今まで彼と会ったのは廃教会の外だった。
彼も中までは足を踏み入れていないのかもしれない。
「ふふ、今度会ったら教えてあげなきゃ」
『……エルゼ、ありがとね』
「ん? どうしてシフォンがお礼を言うの?」
『うーん、なんとなく?』
不思議そうに首をかしげるシフォンを抱き上げ、エルゼはにっこりと笑う。
「これは、私がしたいからそうしてるの。それにシフォンだってお手伝いをしてくれたじゃない。お礼を言わなきゃいけないのは私の方よ」
『エルゼがお礼? じゃあ今日のデザートほしい!』
「うふふ、もちろん! 今日のデザートはシフォンにあげるわ」
きゃっきゃと笑いながら、エルゼとシフォンは廃教会から立ち去った。
……その姿を、リヒャルトに見られているとは知らずに。
◇◇◇
エルゼが完全に立ち去ったのを確認した後、リヒャルトは廃教会の中へと足を踏み入れる。
……ここに入るのは久しぶりだ。
今までは外から眺めることしかできなかった。
中へ足を踏み入れるのは許されないような気がして、足が止まってしまっていたのだ。
だが、エルゼはいとも簡単に廃教会の中へと入ってみせた。
ずっと長い間時が止まっていたこの場所の時間が、再び動き出したような気がしたのだ。
一歩一歩踏みしめるように、リヒャルトは足を進める。
やがて礼拝堂だった場所にたどり着き、リヒャルトは目を細める。
すぐに目についたのは、この廃墟にそぐわない鮮やかな色のリースだ。
近づき、手に取る。
みずみずしい花のリースは、つい先ほどここに飾られたばかりだということを雄弁に物語っていた。
その光景を目にした途端、リヒャルトは足がその場に縫い留められたかのように動けなくなってしまった。
……様々な感情が胸に押し寄せる。
今まで押し殺してきた何かが、堰を切ってあふれ出しそうになってしまう。
――「リヒャルト殿下はお忘れかもしれないからあらためて自己紹介しますね。マグリエル王国第二王女、エルゼと申します!」
――「ふふっ、毒見もできる妃って貴重だとは思いませんか? 犬並みの嗅覚を持つエルゼに是非清き一票を! わんっ!」
このリースを飾ったであろう花嫁候補の顔が頭をよぎった。
「なんなんだ、あの女は……」
使用人に扮しあちこちを歩き回り、誰も訪れることのない廃教会を掃除する変人。
とても一国の王女だとは思えない自由人。
リヒャルトの知る諸外国の王女や令嬢とは全く違う。
……だからだろうか。彼女の行動に、胸がざわついてしまうのは。
やがて太陽が沈み、一番星が空に輝くまで……リヒャルトはその場を動くことができなかった。




