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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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ささやかな夜の宴


 こちらとしては是非とも色々な料理を味わっていただきたいところなのだが、準備された食器の数にも限りがある。

 アルテミスも個人汁物(スープ)をよそうだけの器は携帯していたが、逆にそれだけだ。他に器らしいものは飲水用のカップくらい。なんとも慎ましいもんである。俺なんて一人でも金属皿を三枚ほど持ち歩いてるのにな……。


 まぁ今回は俺の持ってきた皿を大皿として使うことにしようと思う。

 食器の使い回しが嫌だとは言うまいな。




「あー、良い匂いだ」


 太陽が傾きつつある頃、ようやく燻製が仕上がった。

 スモークサーモンならぬスモークハイテイルである。切っている時もざっと見た感じでは寄生虫はいなかったが、ここまで熱せられていれば大体の虫は死ぬだろう。塩も振ったし、念のため細かく切っておいたし……予防線は張れるだけ張った。これでも無理なら図鑑のせいだ。安全性を再検証した方がいい。


「おー……よく見る魚の燻製とは仕上がりが大分違うっスね」

「だな。こいつはしっかり可食部だけ切り分けてるし、カラカラになるまでやってるわけでもない。……一枚食ってみるか?」

「……」


 ライナは周囲を見回してから無言で何度かチョイチョイ頭を下げて、スモークハイテイルの切り身を受け取った。よしよし、悪いことしよう。バレなきゃ犯罪じゃない。見られない内に食っちまえ……。


「……! おお……これは……独特な風味っスねぇ」

「だろ。珍しい感じだよな」

「香り高い……? うーん……とにかく今まで食べたものと違って味があるっていうか……」


 ああ、そうか。これまで食ってきたものが淡白な白身魚ばかりだから新鮮なんだな。

 そりゃ赤身っぽいやつを初めて食えばそんな反応にもなるか。


 人間、初めての味覚には戸惑うものである。ましてそれが魚系ともなれば尚更だ。美味いかどうかを判断するのにはちと時間がかかる。

 実際の所、ライナの反応は劇的なものではなかった。まぁわかる。昼頃もちょっとした焼き身を味見してたしな。反応の薄さは予想できてた。


「このハイテイルの燻製を薄くスライスして……水に晒してた玉葱と一緒に酢と油で和える。ちょい柑橘も絞っておこう。あとは塩で味を調えてスパイスをかければ……魚介サラダの出来上がりだ。とりあえずみんなでつまみながら作業しててくれ」

「おー、あざっス!」


 出来上がったのはスモークハイテイルのカルパッチョだ。マリネとどう違うのかは知らん。

 魚の身は燻製しただけで食感は生に近い。俺としてはそこそこ刺し身感を味わえるメニューのひとつだ。

 こいつの良いところは醤油を使わないこと。酢と塩を調味料として使っているから、この世界でも簡単に再現ができる。しかも美味い。

 正直、醤油に近い調味料を探すよりもこういう方向で折り合いをつけた方が良いんじゃないかと早々に妥協していたんだ。レモン汁と塩でも刺し身は食えるしな。醤油は別にあってもなくても良い。今の俺は完全にそう納得している。


「先輩先輩、これモングレル先輩の作った魚料理……サラダっス。皆で食べないっスか」

「わー、本格的。食べる食べるー」

「……美味しそうな香り、ですね……」

「いただこうか」

「ありがとう、いただくわ。こっちの料理もそろそろ仕上がるから、モングレルも楽しみにしていなさい」

「おー」


 さっきから香草の香りが漂って来て腹が減るんだよな。

 鳥肉の香ばしく焼ける匂いも……やっぱ魚より肉だわ。


 ……いやいやめげるんじゃない。ここで俺が美味い魚料理を作ってやらなければ誰が魚の美味さを広められるっていうんだ。


「さて、スープも……うん、そろそろ良いか」


 鍋の方では細かく切ったハイテイルのアラを煮込んでいた。

 最初はハイテイルの額を細かく切って軟骨を使った氷頭なますでも作ってやろうかと思ったんだが、切っていく内に「あれ? こいつ氷頭の部分無くね?」となって無念のアラ汁となってしまった悲しい料理である。

 ……身はあれだけ鮭っぽくても、やっぱ完全に鮭ではないんだな。当たり前だけど。ちょっと残念である。氷頭なます、どうにかして食いたかったんだが……。まぁ寄生虫が怖いし無理だったかなぁ……。


「塩は……こんなもんだな、うん」


 完成だ。ハイテイルのアラ汁と言うべきか、それとも潮汁と呼ぶべきか。

 調味料は塩だけ。しかし旨味で言えば結構良いもんがある料理だと思うぞ。


「ほれ暇そうなガキども、こっちのスープ配膳しなさい」

「ガキじゃないですけどー?」

「大人っスけど……」


 とは言いつつしっかりスープを受け取って運んでいる良い子たちである。

 おかわりもちょっとあるから好きに食いたまえ。


「では、私も……ん、これは……!」

「おー! 魚のスープってこんな感じっスか! 良いっスね!」

「これ美味しいねー! なんだろ、キノコ? やっぱり魚? 不思議だけどなんだか、いい味が出てる気がする!」


 三人にはスモークよりもこっちが好評のようだった。

 だがそれも当然だろう。このアラ汁にはヤツデコンブの出汁も入っているのだ。

 昆布出汁と魚の出汁だぜ? しかもそこにライナの持ってきたキノコも加われば最強よ。旨味の塊のようなもんだ。


「三人がそれほど言うなら気になるわね……私もいただくわ」

「私も味見といこう。……ん、これは……おお、悪くない」

「……見た目は悪いけど、味は最高ね」


 よし。シーナが最高と言うからには貴族っぽい連中の中でも評価の高い料理ってわけだな。

 いやー、やっぱ旨味だな。旨味を意識した調理こそ最強ですわ。


「……なんか遠くでニヤつかれるのが癪ね」

「フヒヒ」

「モングレル先輩、その笑い方キショいっス」


 サーセン。

 ……よし、じゃあ俺もアラ汁をいただいて……。


 ……。


 ……だめだ、やっぱ塩だけじゃなくて味噌と醤油欲しいわ……。


 馬鹿野郎こんなんで完成していいわけあるか! なにが酢と塩じゃ! いやお前たちも優秀だけどやっぱ別カテゴリなんだよ!


 醤油……味噌……米麹……お前たちはどこにいるんだ……。

 レゴールに来てくれ……まとめ買いするから……なんならちょっと悪目立ちしてでも交易させるから……。


「いかんいかん」


 変に懐かしい味のせいで意識がホームシックになりかけた。危ない危ない。


 ……よし、こういう時は現地の味で心と胃袋を満たすことにしよう。


「そっちの料理も完成か?」

「ええ、仕上がったわ。……貴方も食事くらいこちらで一緒に摂りなさいよ」

「そうするか」


 別に仲睦まじいアルテミスに遠慮していたわけじゃない。鍋奉行と燻製奉行やってたら自然とポジションが離れるんだよな。


「香草焼きって奴だな」

「ええ。いただいた蕪の葉も使わせてもらったわ」


 ペーストに近い感じで細かくされた香草が鳥肉の表面や中にたっぷりと塗られており、独特の香りがする。

 詳しいペーストの配合は知らないが、何度も料理屋で似たようなものを食ったことがある。不味いってことはないだろう。


「んむんむ……お、美味いな。蕪の葉の爽やかな香りもする。辛味もあるし良いな、これは。食欲が湧いてくる」

「水辺に食べられる物が多く生えてて助かったわ」

「こいつは酒が欲しくなるぜ」

「この人数なら多少は用意しても良かったかもしれないわね……」


 味わいとしてはバジルとクレソンをあわせた感じだろうか。そこに蕪の葉が乱入して無差別級バトルが始まってる感はあるが、コレはコレでいい。雑多な緑の味わいが鳥肉の旨味を引き立ててくれる。


「美味しいっス!」

「普通に焼くよりもやっぱ良いねー!」

「ふふ、ありがとう。まだあるからおかわりしなさいね」


 全員で中央の焚き火を囲みつつ、ナイフでカットされたリードダックの香草焼きを食べていく。

 いやほんと酒欲しいな。ドライデンで買うべきだったかなぁ……野営中にはあまり酒盛りしない主義ではあるが……あればライナのお祝いにもなったんだが。


「ライナも2つ目のスキルを手に入れたし、次のシルバー昇格試験を受けられるわね」

「っス。難しいかもしんないスけど、頑張るっス」

「そう気構えることはないよー、ライナだったら簡単な試験だと思うからさ。弓使いは体力試験は結構緩めだしねー」

「私も己で受けたわけではないので弓使いの試験には詳しくはない。だが、魔法使いの試験と似ているとは聞くな」

「……緊張してきたっス」

「なに、心配するなよライナ。お前なら必ず突破できるさ。登ってこいよ、俺のいるところまで……」

「貴方偉そうにしてるけどライナに抜かされるんだからね」


 そうか、ついにライナもシルバーに上がっちまうんだな。

 遠からずとは思っていたし全く驚きではないが、感慨深いもんだ。子供の成長は早いねぇ……。


「モングレル先輩もさっさとシルバーに上がればいいのに……」

「ブロンズは良いぞ」

「モングレルさーん? 今ライナのシルバー昇格を応援してるんですけどー?」


 いや俺に言われたらもう俺はブロンズは良いぞおじさんになるしかないから。

 この姿勢だけは崩さんから。


「酷いよねぇライナ、あのおじさん」

「酷いっス」

「おいおい」

「そういえばそろそろ誕生月だったかしら? 30歳おめでとう、モングレルおじさん」

「やめろ。おじさんにそれは効く」

「私たちは全員24歳以下だからまだまだその気持ちはわからんな」

「あれ? シーナ達はそんなもんか」

「そうよ。私とナスターシャは同じだから」


 大人びているからもうひとつかふたつは上かなと思ってたわ。

 ……ん?


「なあ、ゴリリアーナさんは御年幾つでいらっしゃるので?」

「あ、あの、普通の喋り方で大丈夫ですから……私はその、22歳です……」


 わっっっか。いや喋り方とか振る舞い方で見た目よりはずっと若いのかなとは思ってたけど想定以上だったわ。


「そうか……俺だけ30か……」

「……大丈夫っスよモングレル先輩。そのくらいの歳でもまだギルドマンはやってけるし、結婚だってできるっスから」

「まぁそりゃそうだろうけどなぁ……」


 30歳……医療機関のショボい世界の30歳……。

 俺はあとどれくらい生きられるんだろうなぁ。


「お前ら、肉を味わえる今を大切にしておくんだぞ」

「……昔の親の言葉を思い出すわね、それ」

「あははは」

「シーナ先輩の料理はいつまでも美味しいっスよ」


 そうして賑やかに夜は更けていった。

 女所帯(ウルリカ含む)にぽつんと部外者が一人っていうのは色々肩身の狭いところはあったが、向こうはそれを気遣っていたのか知らないが、そこそこ和やかに過ごせたように思う。

 お硬いと思っていたシーナやナスターシャも案外話せるし、やっぱわからんもんだな。




「さて」


 夜。皆がそれぞれの寝床を作って眠ろうというタイミングで、俺は燻製器からあるものを取り出していた。

 こいつは昼頃からやっていた燻製とはまた別口のやつで、その前にざっと仕込みをしていたせいで燻すのが遅れた切り身である。


「……うん、美味そうだ」


 暗くてよくわからないが、仕上がりは良い。

 普通の燻製ハイテイルよりも汁気が無く、乾いている印象が強い。

 こいつだけは燻す前に、よーく汁気を取っているからな。


「スモークハイテイルのヤツデコンブ締め、ってやつだな」


 昆布締め。それは魚の切り身を酢で拭いた乾燥昆布でサンドすることによって汁気を昆布に吸わせ、かわりに昆布の旨味を魚肉に染み込ませながら乾燥させる調理法だ。

 海外とかだと昆布の香りが苦手って人がいるかもしれないが、俺には関係ない。昆布出汁好きだしな。


 本当は刺身用のハイテイルを昆布締めして食いたかったんだが……生食は怖いしな。仕方ない。だがスモークでも十分に美味くなっているはずだ。


 柑橘の残りを皿の上に絞り、酢もちょっと足して、塩を混ぜる。

 そこに昆布締めしたハイテイルの燻製をちょいちょいとつけ、一口。


「……ん」


 醤油は無い。味噌も無い。

 でも昆布はあった。鮭も釣り上げた。

 懐かしい味わいが一部分だけでも残っている。その面影を残し、確かに俺の古い味覚を満足させてくれている。


 妥協もあって百点満点とはいかない料理だし、この世界の人にとってはそこまで好かれない調理法かもしれないが。

 少なくとも俺にとってこれは、最高の飯の一つだった。


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― 新着の感想 ―
『っぽいやつ』なら良いっしょっしょ 間なのか別物なのかはよく分からんけど……
[良い点] やべぇ、最後の文で泣きそう
[一言] 『ああ、そうか。これまで食ってきたものが淡白な白身魚ばかりだから新鮮なんだな。  そりゃ赤身っぽいやつを初めて食えばそんな反応にもなるか。』 鮭は白身魚だった気がする。まあ今回の魔物は鮭…
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