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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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足ヒレのテスト


 下ごしらえの準備だけ終わらせた。

 まぁ一番は燻製だな。なんか適当な広葉樹を使って燻し、魚の切り身をモワモワさせる。本当は冷燻のが良いんだろうが、ナスターシャに頼まないと氷はないし、そもそも寄生虫が怖いから冷燻より温燻のが良いかなってなった。

 毎度おなじみ枝葉を使った手作り燻製器を薪ストーブの上に設置して、ジワジワとハイテイルの切り身を燻す。


 色々あって、結構大量にスモークすることにした。というのも……。


「結構脂の乗った魚ね。珍しい味わいだったわ」

「餌が多かったのだろうか。ふむ……謎が多いな」


 一通りアルテミスにこそぎ落とした切り身を焼いて提供したのだが、これがなかなか好評だったのだ。

 味の特徴としては、脂が乗ってて香り高い。


 ……香り高いってのはちょっと俺も未知の部分だったけど、全体的な味はサーモンに似ていた。


 サーモンだぜサーモン。鮭だ。切り身の色からちょっと予想っていうか“こうであってくれ”って気持ちは湧いていたが、まさかサーモンみたいな味だとは思わなかった。

 鮭と同じで川を遡上する生態だからだろうか? 謎である。つーか魚体自体はどっちかっていうとトビウオに近い。考察するだけ無駄だな。


 で、サーモンといえばスモークサーモンだろうってことで、こうして燻しているわけだ。

 ……他にナスターシャの手を借りてカチコチに凍らせてやれば寄生虫のリスクを下げることもできるだろうが、ナスターシャの魔法の温度がわからん。あとそれを何時間保持できるんだってことを考えると、冷凍からの生食に踏み切るのは難しいかなという結論に至った。


 その点燻製ならほどほどに熱せられるし、燻煙が大体の物を殺してくれる。何より大量に余った切り身を生で処理するのは無理だ。だったら纏めて燻しちまおうってことだな。


「“貫通射(ペネトレイト)”!」


 切り身を燻して、玉ねぎをカットして水に晒して、ヤツデコンブを準備して、切り落とした頭部を切り開いてアラを纏めて煮込んで……。

 俺がそんな支度をしている間に、ライナは新しく習得したスキルの研究に没頭していた。


 攻撃系は補助よりもずっと多く魔力を消費するっていうからな。

 自分が何発使えるのかをあらかじめ知っておくのは大切だ。魔力切れでぶっ倒れてでも検証してみる価値はあるだろう。


「……うわー、山なりじゃなくてもあんなとこまで届くんスね……」

「そうですね……これからは、ライナさんも専用の矢を用意すべきでしょうか」

「マジっスか……いや、確かにそうかもっス……」


 まぁ焦らず取り組めライナ。スキルばっかに頼ってると変な癖つくからな。


「さて、と」

「あれ? モングレルさんどこ行くの? 料理は良いんだ?」

「いや、もう昼だしな。明るいうちに頼まれてたことをやらなきゃいけないんだわ」


 そう言って、俺はウルリカに足ヒレを見せてやった。


「……荷物からはみ出てたから気になってはいたんだけど……これ何?」

「足につけると泳ぎが良くなる……らしい。“若木の杖”のモモが俺に貸したんだよ」

「えー、そんな上手くいくのかなぁ……」

「どうだろうなー。理屈の上では間違ってないと思うけどな。それを込みで試してみるって感じだ。もちろん、アルテミスの前で半裸になるわけにもいかんから離れた向こう側でやるんだが」


 シーナとナスターシャは水鳥料理を作っている。

 湖の周辺で取ってきた大量のハーブで……さて、何を作るのか。

 燻製の煙の世話は任せてあるけど、さすがに何時間も水遊びしてたら怒られそうだな。ちゃっちゃと要望のあったテストを済ませようか。


「……ねぇねぇモングレルさん。その泳ぐ所、私も見てて良いかなー?」

「え? いや泳ぐ所っつってもな」


 半裸の男が泳ぐだけだぜって言おうとして、まぁ良いかと思い直した。


「私も男なんだから大丈夫でしょ? ね? 足ヒレっていうのがどんなのか見てみたいしさー。一緒に手伝うよー?」


 この世界の男なんて上裸は珍しくもないし、そもそもウルリカは男だし。俺だけが恥ずかしがってても虚しいだけだろう。


「良いけど、多分潜ってばっかだから喋ってもわからないぞ」

「平気平気。じゃ、行こう行こう」




 そういうわけでウルリカと一緒の舟に乗り、岸から死角になる少し離れた別の岸へと移動した。

 舟を係留させておくには少し不安のある自然の岸辺だが、それを取っ掛かりにすれば舟に乗り込むのも楽。そんな場所だ。


「よーし、泳ぐか……泳ぐのなんか久々過ぎるな。何年ぶりだ……?」

「モングレルさんって泳げるの?」

「あー多少? 上手くはない程度だな。溺れずに体力の続く限り移動できるってくらいで……ウルリカはどうなんだ」

「私? 私はどうだろ……よく泉のあるところで浮かんだりはしたけどなぁ……」

「浮かべるなら泳げるんじゃないか?」

「そうかなぁ」


 まずは上を脱ぐ。夏仕様だから脱ぐのも楽でいいや。


「わ……」

「狭いけど悪いな。服は汚したくないから舟の中に置かせてくれ。身体は岸の所に上がって拭くからよ」

「う、ううん大丈夫。結構鍛えてるんだね、モングレルさん」

「そりゃ毎日自然の中を動き回ってればなぁ。肉も赤身ばっかりだし……」


 あとはズボン脱いで、それで終わり。


「……それは、履いたままで泳ぐんだ?」

「おう。肌着はすぐ乾く素材だしな。この日のためにキャビネットから引っ張り出してきた」


 つっても前世の水着と比べたら性能は雲泥の差だけどな。

 それでも洗濯が楽なのは便利だ。腰もヒモで縛るタイプだし、使い心地は海パンと変わらないはず。


 あとは足ヒレを両足に装着して、準備は完了。

 ……畜生、シュノーケルかゴーグルが欲しいな。今更そんなの求められんけど。


「じゃあウルリカ、荷物の番は任せた」

「……うん、大丈夫。ちゃんと見てるね」


 そういう感じで、モモの足ヒレの性能テストが始まった。




「へぐぉ」


 なんかテレビで見たことのある、舟から後ろ向きにゴロンとダイブするやり方を真似してみたら普通に背中打って入水した。

 わからん。わからんけど多分これ、やり方間違ってたと思う。そもそもあの体勢で水中にインする理由もよくわかってねえし。


 そう。何を隠そう俺はマリンスポーツ初心者だ。

 授業で泳げるだけで後はもうよくわからん。足ヒレだって使ったことはないしな!

 だから正直モモの作ったこいつがどれだけの性能なのかも、前世知識で比較することができないんだが……。


「あー……ちとつま先にフィットして欲しいな」


 とりあえず脱げはしない。が、水中で足を動かす度につま先にパカパカと違和感がある。サイズの合ってない靴を使っている時のような違和感っていうのかな。こういうもんなのかどうなのか。


「ぐ、ぐ、これは……少しコツがいるか……」


 直立状態だと、なんというか浮いているだけで少ししんどい。

 何も履いてない状態だったら浮くだけなんて難しくもなんともないんだが、ヒレがあるせいで上手くいつものように蹴れないのだ。こりゃ直立するだけの姿勢でも普段と違う動きが必要だな。


「……まぁこうか」


 イメージとしては優雅なバタ足というか。

 足先を撓らせるようなイメージでゆっくりとバータバータと動かしてやると楽になった。……気がする。

 まぁひとまず、これで何もできず溺れるってことはなくなった。


「手は使わなくて良いんだよな……」


 これは足だけ使って泳げる……はずだよな?

 試してみるか。


「んー……」


 難しい。ゆっくりバタバタ……バータバータ。しなりっ……しなりっ……。


 ……撓ってるかぁコレ? 硬すぎるんじゃねえのぉ?


 ……いやいやいきなり道具のせいにするのは悪い。まずは俺が工夫してからだ。


「ぷはっ」


 水中ゴーグルが欲しい。ぼんやり見えてるけど結構良い水中映像見えてるはずなんだけどなこれ。


「ん?」


 顔を拭って泳いできた方を振り返ってみると、思っていたより舟の位置が遠かった。

 ……ひょっとすると無意識で進んでいた分、速いことに気付かなかったか?

 手を使わず泳いでいるにしては、そうだな。そう考えると確かに速くなってるのかもしれん。


「……もういっちょやるか」


 結局、俺はこの後ちょっとした距離を三往復ほど試し、あとは素潜りの具合や浮上など色々試したのだった。

 おかげで足ヒレの使い方をそこそこマスターできた気がする。……できればもうちょい柔らかく長くしてもらえると嬉しいってところかな。

 しかし道具としては思っていた以上に使えるものになっていて驚いた。足ヒレってこのくらいのクオリティからでも効果あるんだな。


 ……でも海とか行ったら似たようなもんはありそうな気はするぜ……。

 漁師たちが昔から土着的に使ってたりとかな……。




「よおウルリカ、お待たせ」

「……あっ、モングレルさん。もう良いんだ?」

「結構泳いだからな。ああ、今持ってるそれ貸してくれ。身体拭くから」

「う、うん」


 この世界にタオルは……探せばあるんだろうが、一般的にはない。毛羽立ったようなやつな。手ぬぐいのようなシンプルな布地で拭うだけだ。

 俺はこういうのを着替えとかで済ませている。ちょっと着たシャツでざっと身体の濡れたとこを拭いたりとかだな。世間的に見てもあまり珍しくはないと思う。食事で汚れた口元を袖で拭くような奴もいる国だしな……。


「あー懐かしい。この泳いだ後のちょっとだるい感じ」


 一般人の感覚を再現するために強化を切って泳いだもんだから、久々にまともな疲労感を味わっている。

 泳ぎの授業……大変だったな。次に授業ある時なんか着替えに追われて忙しいのなんの……。


 ……つーかさっきまでウルリカが着替え持ってたからかウルリカっぽい匂いがするなこれ。まぁいいけどさ。


「よし。戻るかー。料理の続きやんないとな」

「……メインディッシュはシーナ団長が作ってくれるけどさっ。モングレルさんの料理も楽しみにしてるからねー?」

「あー、まぁ前菜くらいに思っといてくれ。前菜……まぁサラダとかそういうやつだよ」

「えー? 魚だよ?」

「魚のサラダってのもあるんだよ、一応な。まぁ俺としても初めての食材だから、口に合わなきゃ残せば良い。俺は多分全部食えるしな」


 魚料理。というとこれはもう、肉とは違って慣れって部分もデカいんだよな。

 文化というか、そういうやつだ。俺は刺し身を生で食うのは好きだが、それが世界的に見て万人受けする食い方だとは思っていない。当然、醤油とか味噌とか……そういう日本の調味料も含めてな。

 ちょっとはそんな味覚を誰かと共有したいって願望もあるにはあるが、強制できるもんではない。ここはハルペリアだし。文化の隔たり具合なんて地球以上のものがあるだろう。


 ……それでもサーモンなら……サーモンならきっとなんとかしてくれる……!


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― 新着の感想 ―
ウルリカちゃん悪い子ですねぇ
どうして拭くものを手に持っていたんですか?
もしかしてこれうっかり足から外れても浮かんでこない素材なんじゃ……
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