解体ショーのはじまり
「ライナおめでとー! 良かったぁー!」
「ちょ、だ、抱き付くのやめてもらっていいスか。暑いっス、ウルリカ先輩……」
「二つ目の弓スキル……本当におめでとう、ライナ。よく頑張ったわ。これまでのライナの努力が実を結んだのよ。……ああ、久々にヒドロアに祈りでも捧げようかしら。とにかく、ええと。本当におめでとう」
「シ、シーナ先輩も。狭いっス。きついっス」
「……貫通射か。良い攻撃スキルだ。正確な射撃をするライナにぴったりだろう」
「あ、あざっス……ナスターシャ先輩もそれ押し付けられると苦しいっス。あと悲しくなるっス」
騒ぎを聞きつけたアルテミスの面々がこっちの岸辺にやってきて、ライナは揉みくちゃにされていた。
愛されてるな、ライナ。こっちのパーティーで良くされてるのがわかる揉みくちゃっぷりだ。でもそのナスターシャにされてる奴ちょっと羨ましいな。俺も間に挟まりたいっピねぇ……。
「あの……皆さん。苦しそうですよ。そろそろ……あと、できれば私も……」
「わわ、あざっス。ゴリリアーナ先輩」
「おめでとうございます……ライナさん」
「……えへへ」
しかしまぁ、本当に良かったよ。
ライナもずっと前から攻撃系のスキルが無いことを気にしてたもんな。決定力に欠けるっていうか、大型の魔物とマトモに戦えないっていうか。これからはライナも積極的にアタッカーとして活躍することになるのだろうか。
だとしたら無茶せず今まで通り慎重にやってもらいたいもんだぜ。強スキルが生えたからって、油断してたら普通に殺されるしな。火力が上がっても体力と防御力が伸びたわけじゃないんだからな。
「久々にスキルを覚えたっスけど、やっぱりこれ“女神の声”って感じじゃないっスねぇ」
「サングレール聖王国が言うには、そうして頭に直接浮かぶ言葉それこそが神の声って話だけどね。……さて、色々とスキルの使い勝手を見たいところではあるけれど……」
そこまで言ってようやく、シーナたちが俺の方に向き直った。
「……随分、大きな獲物を仕留めたものね」
「私も初めて見る魚だ」
「図鑑で見て名前は知ってるぜ。こいつはハイテイルって魚だ。魔物の一種ではあると思う。いやー、ライナが撃ってくれなきゃ怪しかったかもな」
終わった後釣り糸を確認してみたら、なんかただでさえ細かった糸が半分くらいの太さになっていた。しかもその分長さが伸びている。ひぇーって感じだ。あの引きをしっかり受け止めたってのも驚きだけど、後少しで下手したら切られてたっていうのも恐ろしい。……スカイフォレストスパイダーの糸、過信はできないな。
「さて……」
ひとまず、薪を地面に並べてその上にハイテイルを横たえさせている。
ツキジめいた光景だ。サイズもまさに立派なマグロっぽいしな。
問題はこいつがツキジっぽく冷凍されていないという点だ。
「腐らない内に捌きたいんだけどよ。捌いたところで俺達だけじゃコイツを消費しきれるわけもなくだ」
「でしょうね……可食部がどれほどあるかは知らないけど……」
「あ、これ頭に穴開いてるから放血はできてるんだー」
「っス。いいところ当てられたっス」
川魚なら知らんけど、コイツは原産が海っぽいんだよな。結構色々な部分食えそうな気がする。二割か三割は廃棄になるのか……それでも身は余る。
「とりあえず管理棟の爺さんのところ持ってって自慢しようぜ。ついでにおすそ分けしよう。野菜はいらんけど、魚を無駄にするよりは良いだろう」
「……そうね。アルテミスの名を売る良い機会にもなるし」
「内臓だけはここで抜かせてもらうぞ?」
「そうね。ナスターシャ、この魚を冷やせる?」
あ、そっか。ナスターシャ水魔法使いか。だったら魚も冷やせるだろう。いいねいいね。冷凍してくれ。凍ってもなんとか解体できるしな。
「……冷やせるが、魔力を使う。舟の動力役は休ませてもらうが構わないな?」
「ええ。私が漕ぎ手になるわ。お願い」
「わかった。モングレル、先に内臓を処理してもらえるか。冷やすならその方がいい」
「だな」
さて、サイズがサイズだからな。ソードブレイカーで解体するとしよう。
でかい尻尾を掴んで持ち上げ、ハイテイルの肛門からザックリ刃を入れ、そのまま降ろしていく。
するとハイテイルの内臓がぼろんぼろんとこぼれ落ちる。ゴリリアーナさんは遠くに離れ、内臓を埋める穴を掘ると言ってくれた。ありがたい。
「……これが胃だが、ライナ。興味あるなら胃の内容物見てもらえるか」
「っス。何か気になるんスか」
「こいつの食性がちょっと気になってな。図鑑には草食って書いてあったが、ゴブリンの肝臓に食いついたんだ。普段はどんなもん食ってるか見てみよう」
「モングレル貴方、そんな餌で釣りしてたの?」
「うぇー、ゴブリンの肝臓かぁー……ゲテモノ食いだねぇ」
一通り内臓を掻き出して、すっきりした腹の中を湖で洗う。
そうしている間にライナは胃袋を解体し、その内容物を調べてくれたようだ。
「うぇ、藻の匂いがするっス。あとは、カニとかエビみたいなのもいるっスね。それと貝みたいなのとか……草だけじゃないと思うっス」
「だねー……魚はいないかな? いやぁ魚ってこんな感じなんだ……牛とか豚とはちょっと違うなー……」
どうやらここまで図体が大きくなると、慎ましく植物だけ食って身体を支えることはできないらしい。
魚は食っていないということは、湖底の生き物を狙っているのだろうか。……湖も結構広いからな。閉鎖された場所ではあるが、こいつ一匹が食っていくには困らなかったのかもしれない。
こいつが集団で遡上し湖に大量発生してたら、餌となる生き物が枯渇して絶滅してたかもしれないな。
「“凍てつけ”」
解体と掃除が終わり、ひとまず鮮度を保つためにナスターシャがざっとハイテイルを凍らせる。表面が白くピキピキと固まり、ひんやりとした魚の像が出来上がった。
やっぱり水魔法は便利だ。水生成と氷結魔法さえあれば一生安泰だろこんなん。
「……かなり魔力を使った。私はここで少し休むぞ。管理棟へ届けるのは任せる」
「ああ、助かったぜ。そんじゃ届けに行ってくるか。ライナも、仕留めた主役として一緒に行くんだぞ」
「っス」
舟に乗って再び管理棟へ。
舟貸しの爺さんは表で近所の年寄り仲間たちとムーンボードで遊んでいるようだった。優雅な老後暮らしだな。
しかしそんなのんびりとした談笑の空気も、俺達の出現で一気にどよめきへと変わる。舟に乗った連中が何故か湖にいないようなサイズの巨大魚を抱えてやってきたのだから驚くのは当然である。
凱旋じゃ凱旋じゃ。大物獲ったどー。
「はぁーこんな怪物が湖にいたんか! へぇー! いや見たこと無いよこんなの!」
「なんちゅう魚じゃ。魔物かい?」
「ハイテイルって奴らしいですよ。俺が釣り上げようと手こずってたところ、こっちのライナが弓で仕留めてくれたんですよ」
「い、いやぁ。私よりもモングレル先輩のが大変だったっス」
「そりゃあすごい! 今どきのギルドマンさんは魚も獲るんだねぇ」
いやまぁ魚を狙ってるのは俺くらいだとは思うけどな。釣りだって趣味の世界だし。本場はどう足掻いても網だよやっぱ。
「焼いても煮ても食えるらしいっすよ。俺達だけじゃ食いきれないんで、皆さんどうぞ貰ってってください」
「良いのかい? 悪いねぇ」
「美味いらしいんで腐らない内にどうぞ」
作業台の上に冷凍ハイテイルを置き、バスタードソードで思い切りドスンと頭を落とす。予想外の切れ味にか、爺さんたちはギョッと驚いていた。
鱗は既に落としてあるから、次は大胆に大名おろしだ。中骨に沿うようにザックリと剣を這わせ、力任せにぶった切る。何度か打ち付ける必要はあったが半解凍状態だったのでやりやすい。
骨にかなり身が残ってしまったが、量はいくらでもある。この程度些細なもんだろう。それよりは切り分けたこっちの身の使い勝手を優先したい。
「うちはこんだけもらおうかね」
「食いきれるかな。これだけもらうよ、ありがとな!」
「干物じゃない魚なんて何年ぶりだろうなぁ。これ、少ないけど貰ってくれ」
「おっ、ありがとうございます! ほんとこれ腐らない内に食べちゃってくださいよ。新鮮なうちにね」
「おうおう。良い話題ができたよ。ありがとう、ギルドマンさん」
大雑把に切り分けた身は、その場にいた老人四人に分配された。
それでも個別のサイズはなかなかのものだが、各々の家庭で消費されるのだろう。一人で食うわけではあるまい。
「……またお野菜もらっちゃったスね」
「食い物が無限に増えていくな。家でも建てたらここに住めそうだぜ」
「先に水鳥が絶滅しちゃいそうっス」
確かに。今まさに、おそらく湖からハイテイルが絶滅したのかもしれないからな。
ここの資源だけに頼っても限度はあるか。
舟に乗ってまた岸辺に戻る。さすがに今日はもうアルテミスの面々も狩りをするテンションではなくなったらしい。ライナのお祝いをどうするかで浮かれたりそわそわしているようだ。
まぁそうだろう。今日くらいライナを祝ってやってくれ。スキルの取得なんて人生にそう何度もないからな。誕生日以上のレアイベントだ。
「ねーねーモングレルさん。それで今度は何を作るの?」
で、そのお祝いとしてアルテミスたちも何か水鳥を使った豪華そうな肉料理を作っているようなのだが……ウルリカはこっちのハイテイルの末路が気になって仕方ないらしい。
だが正直俺もこれには頭を悩ませているところだ。
「あー……ひとまず雑な捌き方をしたから、それをカバーするように身を削いで、もう半身もサクにしてってところからだな」
「サク?」
「料理で使いやすいように切るってことかな。削いだ身を焼いて味見してみるか? 俺も正直食ってみないとわからないところが大きいからな」
「マジっスか。食いたいっス!」
「私も私も!」
向こうでゴリリアーナさんとシーナが料理を作っているというのに、ウルリカお前は手伝わんのかい。まぁいいけどな。この世界の人の味覚で感想を言ってもらいたいところもある。
まずハイテイルの身を焼いて味見。その後……余裕があれば、ちょっと攻めた料理に手を出してみるか。
図鑑に載っていた通りの魚であれば。いや、この薄い赤っぽい身からして多分、きっとこいつは。
俺の魚料理に対する幾つかの欲求を満たしてくれる奴かもしれん。




