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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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水底より昇った月を撃て


 ゴブリンは肝臓が大きい。


 ……って知ったかぶったように言ってるけど、それは今知った。そこをまじまじと見たこと無いもん。

 はえー大きい……あれか、雑食故の毒素をなんとかするためのあれかな……? 知らんけど。

 食おうとも思わない魔物の内臓なんてそうまじまじと見ねえよ。よし、まぁわかった。雑食性だから発達したんだな。そういうことにしておこう。


 で、まぁこのでかい肝臓を取りまして……。


「……餌にするわけだが」


 でかいよ。これどうする? どう餌にする?

 ……ひとまずカットして釣り針から落ちない程度にしておくか。

 肝臓を何度もループするように針を縫い付けて……なんか裁縫みたいだな。けどまぁこれで良い。良いんだが……。


「くっせぇ……やっぱ雑食は駄目だな……」


 信じられるのは草食動物だけだ。クレイジーボアは赦す。他は駄目だ。くっせぇ。内臓が臭すぎる。なんだこれ。

 なんで肉食動物ってあんな臭いんだか……いやこれは俺の偏見か?

 これで本当に魚が寄ってくるんだろうか。すげー食いついてくるか逃げ出すかの二極化になりそうだが……。


 しかしとにかくトライだ。このゴブリンの肝臓で何かを釣って見せる……!


「ふんぬぁっ!」


 勇猛な掛け声と共に、餌を遠くに投げ放つ。

 こんな重い餌は湖のど真ん中だ! どうせなら超大物狙って深い所狙いじゃい!


「へへへ……ギャング針の餌釣りなんて初めてだぜ……日本だったら叩かれ放題かもな……」


 針は特大。ネタで作った極太ギャング針だ。グイグイ巻いてその途中で魚を引っ掛けることを目的とした暴力的な針である。

 だがここに俺を止める者はいない。やるぞ俺は。やるならやらねば。


「あー弓使いは良いな、今日も景気よくやってんのか」


 ぼちゃーんと落として、定期的に巻き取って再度投げる。そんなことをしている内に、湖のどこかで弓スキルであろうズキューンだがバキューンだかっていう音が轟いている。

 水面を叩いた音だろうか。火薬で放つ銃とかそういうあれじゃない。もっと軽い……けどこの世界においては、十分に恐ろしい射撃音だ。


 ……この世界に銃はない。

 火薬もない。ないというか、まだ発明されていない。材料はある。それを組み合わせれば普通に火薬は作れる。硝石と硫黄の産地は離れてるけど普通に両方ともあってビビったわ。

 けど、この世界は黒色火薬を使ったシンプルな火縄銃で何かをどうにかできるほどシンプルではないし、なけなしのそれを使って狙えるほど要人は軟弱ではない。多分もっと良い方法を使っても火力不足な気がする。頑丈なやつはマジで頑丈だしな。


 やるとしたらそうだな。スキルで狙撃が一番だろうな。

 科学の狙撃は本当に大変だと思う。その技術をどこでどう磨くんだって話で……。


「ん?」


 釣り竿に反応。鯨の髭の竿先がクイッと撓み、沈む。……根掛かりしたか。


「お、おおお……おおマジかマジか」


 と思ったけどこの根っこ動くな。ドチャクソ引っ張ってくるわ。……これがトレントの類じゃなければ多分これは魚かもしれん。

 ちなみにこの世界にトレントはいない。つまり魚か?


「ぐっ……いや待て待て……落ち着け……ラストフィッシュではないな……アベイトでもねえよなこの引きは……!?」


 異世界の魚の引きがどれほどのもんかはわからない。前世では小柄でも良い引きをするやつも珍しくはなかった。が、今日のこれは違う。明らかに大物のそれだ。

 バスきたか? 異世界にいるのかスズキさん? もしくは黒い方のスズキさんか?


「ぐっ……おいおい、素人の作った竿だぞこれ……! もっと丁重に扱ってくれよ……!」


 重さを感じたと思ったら、横に引っ張られる。まだ深くて遠い。だというのにこの運動量。なんだこいつは。海のデカい青物じゃあるまいし……。

 落ち着いて竿を立て、動きに合わせる。……針は、多分既に掛かっている。信じられねえ。お前、この針どんだけデカいと思ってるんだ。洗濯バサミふたつ分はあるぞこのギャング針。ネタで投げたってのにこいつ……。


「く、ドラグってどう作りゃいいんだよ異世界でよ……!」


 糸の耐久度も竿の耐久度もわからん。けど相手に譲り続けても良いことはない。

 竿の耐久度の許す限り撓ませ、タイコリールをゆっくりと引く。

 時折相手の動きに合わせつつ糸を譲りながらも、隙があればそれを倍する程度にリールを巻いてこっちに引き寄せていく。


 釣りは体力勝負だ。それは俺だけじゃない。人間と魚との戦いだ。

 水中での魚はそりゃもうホームだし力強くこっちを引っ張るが、そのスタミナも無限ではない。必ず疲れてバテる時は来る。


 俺の体力は、無限だ。いや過言かもしれないけど無限ってことにしておく。

 ていうかスカイフォレストスパイダーの糸の耐久度をここに来て信じられなくなってきた。可能な限り俺の体力任せのファイトに持っていくぜ……!


「ゴブリンいる? いない? 大丈夫か?」


 直近の恐怖に周囲を見回すが、憎たらしい影は見えない。俺とこの謎の魚との真剣勝負のようだ。


「こいつはあれだな、ヌシだよな……50cmは間違いなく超えてるだろ……」


 口のデカいナマズとかコイとかならわからん。デカい針を丸ごと飲み込むってこともあるかもしれん。

 だがゴブリンの肝臓を楽々かぶりつくサイズだとすれば……一体どれほどになるんだ。メーター超えか? 淡水で釣って良いやつじゃないぞそれは……。


「うお、やべえやべえ……! 馬鹿野郎潜らせねえぞ絶対に!」


 グンと降下する気配を感じて素早くリールを巻く。

 湖底の根っこや倒木などに潜られたら糸が絡まってそれだけで詰みだ。そうなる前に糸を引いて湖面側へ引き上げる。

 やっぱ譲ったら駄目だ。体力勝負が基本だが潜られたら詰む。ここは石や岩だらけの海じゃない。水底のコンディション最悪のフィールドだ。糸の耐久度も気になるが巻き続ける他ねえ……!


「おおお……! 嘘だろ、重いだと……!」


 身体に強化を行き渡らせてはいる。だが、薄く伸ばしたそれだけでは効き目が微妙だ。加減できる相手じゃない。なんだこいつは。

 俺が重いって感じるなんて相当なもんだぞ。いくら竿とゴミみたいなリールで闘ってるからって……!


 ああやばい! 鯨の髭の竿先が限界か!?

 継ぎ目に負荷が掛かってるのか……!? なんか不穏な撓り方をしている……。


「く、おま、絶対壊させないぞこいつは……!」


 咄嗟に強化の魔力を竿に行き渡らせる。普段はバスタードソードにやるものだが仕方ない。こいつは加減できる相手じゃない。


「さあ五分に戻ったぜ!」


 俺の強化によって、釣り竿の強度は増した。

 撓んでいた釣り竿は固さを増したようにまっすぐ戻ろうとし、その力で水中の大物を引き寄せる。

 こうすりゃ話は単純だ。竿は俺の魔力で強化されて壊れなくなった。

 ……糸にこの強化を行き渡らせると強度差で千切れるだろうが、今はこれでいい。これで戦う。


「さあ近づいたぞ……! その姿を見せてもらおうか、ヌシさんよ……!」


 ぐいぐい引き寄せ、引っ張り上げる。抵抗は強いが少しずつ、にじり寄るような速度で巻いていく。

 そうしていくうちに、やがて宿敵の影が水中に浮かび上がってきた。


「で、でけぇ」


 黒っぽい影だった。

 ちょっと離れた水中で、ぬらりとした黒い影が翻り、糸を引っ張って左に向かっていった。

 ……1mどころじゃないぞ。絶対にその倍はあった。なんだあいつ。ピラルクーか? オオナマズか?

 いや、でかいナマズは知らないけどこれ絶対にナマズ系の引きじゃない。なんとなくわかる。


 誰だコイツは。図鑑を思い出せ。なんかいたっけ……魔物か? いや絶対魔物だろこれ。俺の力と拮抗するってなんだよ。魔物に違いない。名前なんだこれ。


「うおっ」


 魚影が水面から跳ねる。チャンスだったが巻くのを忘れるほどの衝撃だった。


 爆発するような飛沫と、黒々とした鱗。髭は無く、デカい尾びれと胸鰭が、まるでトビウオを思わせるシルエット。そして極めつけは、エラにくっきりと色づいた三日月型の黄色い模様……!


「おいおい! 思い出したぞその姿! お前あれだな!? ハイテイルって魚だな!?」


 ハイテイル。長く強靭な胸鰭と尾びれが特徴の魚類の魔物。そして背びれには尾翼のようなものがもう一枚上側に突き出ており、一見するとその姿はジェット機のように見える。

 遊泳能力が高すぎる故に川でも滝でもなんでも遡上するせいか、海水、汽水域、淡水どこにでも現れる超活動的な化け物魚だ。


 なるほどこの重さにも納得だぜ。つーかどうやって湖に来たんだよ。遡るってレベルじゃねえぞ……!


「けどお前、美味いらしいなぁ……!?」


 ハイテイルの好物は海藻や藻だ。そう言われている。主に水底で暮らし、石にこびりついた植物を食んで生きているらしい。草食の魚は良い。だいたい味が良いからな……!


「先輩先輩モングレル先輩……――!?」

「おおライナ! なんか用か!? 見ての通りちょっと取り込み中だが……!」

「二羽仕留めて……どころじゃないっスよね!? て、手伝ったほうが……!?」


 ライナは俺と一緒に竿を持とうとするがそれは無茶ってもんだ。


「いやこれは大丈夫だ! 少しずつ引っ張ってる! だからライナはタモを……!」

「タモ?」

「タモ……」


 (タモ)……持ってきてねえ! どうしよう! た、助けてタモさん!


「うおおおなんだこいつ!? 魚のくせに水上の方が抵抗強いッ!」

「うわぁ! デカいっス!?」

「ハイテイルって知ってるかライナ!」

「知らないっス!?」

「こいつそういう名前なんだって!」

「今それどころじゃないっスよ!?」


 いやほんとそれな!

 つーかこれあれだ! 厳しいわ! 大分引き寄せて水面に上がってるのに逆に抵抗が強くなってやがる!


 どうする……どうやって……いやそうだ! 悩むことなかったわ!


「ライナ! ハイテイルを弓で撃て!」

「えっ!? あれをっスか!?」

「お前ならいける! 奴の顔かエラに向かって矢を撃って仕留めてくれ!」

「で、でもこれ、めっちゃ動いて……! 魚なんて私、撃ったこと……! 間違って糸に当たったりしたら……!」

「ライナならできる!」


 ハイテイルの抵抗は凄まじく、スタミナが切れる気配がない。魔物はこれだから困る。

 スカイフォレストスパイダーの糸は称賛すべきほどに頑丈だが、強化なしではそれにも限界がきそうな気配がする。これ以上強引に引き寄せたら間違いなく切れるだろう。そんな確信がある……!


「……“照星(ロックオン)”!」

「任せた!」

「! はいっ!」


 ライナが弓を構え、矢をつがえ、スキルによって狙いを定める。

 矢尻は左右に動き回るハイテイルの魚影を追い、ブレることなくその集中を増してゆく。


「……穿てッ!」


 風を切って細い影が奔る。

 飛行機を模したような魚でも追いつけない速度のそれは、ハイテイルが知覚する間もなく直進し……急所の黄色いエラへと突き刺さった。


 途端、今まで以上に暴れ出すハイテイル。だが……。


「よし! よしきた! 苦しんでる!決まったぜライナ!」

「! あ、これ……やったぁ!」


 ハイテイルの暴れ具合は急所を穿った傷に対する悶えるようなそれ。引き上げる俺に対する抵抗ではない。

 ただ水中で藻掻くだけの動きに負ける俺ではない。こうなればリールを巻き取り、陸上へと御用するのもあっという間のことだった。


「よっし来たぁ!」


 デカい魚が地上に上がり、その姿を見せる。

 サイズは……170cmくらいか。でけえ! おいおいマジかよ釣れたよこんな怪物が!

 横を見れば、額に汗をかいたライナが珍しく目を見開いて喜色を浮かべている。


「やったぜライナ! お前のおかげで……!」

「先輩! モングレル先輩! 私……私今ので、新しいスキルを覚えたっス!」

「大物が釣れ……えっ!? なんだって!?」


 スキル!? 新しい!? え、てことはそれ、ライナの2つ目のスキルってことかよ!


「良かったじゃねえかライナ! 念願のスキル……あっ!?」


 なんて油断したのが悪かったのか、ハイテイルが高く飛び跳ねる。

 その高さは見上げるほど。地上に打ち上げられた魚とは思えないしぶとさで跳ねたそいつは、身を捩って再び湖に戻ろうとして……。


「――“貫通射(ペネトレイト)”!」


 その寸前で、ライナの弓の一撃により目を貫かれた。


 寸分の違いもなく目を射抜き、その奥の湖に着弾し、大きな飛沫が打ち上がる。

 逃げ出そうとしたハイテイルは即死し、湖間際の岸辺にぐったりと横たわった。

 もはや動く気配もない。


「……はぁ、はぁ……!やった……! 弾道系だけど……貫通力重視の遠距離スキルっス!」

「おお……おお、やったな! 良かったなライナ!」

「はいっ! えへへ……!やった、やったぁ……! あざっス! モングレル先輩のおかげで弾道系の攻撃スキル持ちになったっス!」

「何言ってんだ、ライナが今までしっかり積み重ねてきたからだろ! こうしちゃいられねえ、みんな呼んで盛大に……いや、そうするまでもないな、こっち来てるな……!」


 仕留めたハイテイルの処理も気になったが、今はライナがスキルを覚えたことが我が事のように嬉しい。

 2つ目のスキル。しかもライナの待ち望んでいた高威力のスキルだ。


「ねえねえ今のなにー!?」


 遠くから俺達の騒ぎを聞きつけたウルリカ達が舟に乗って近づいて来ている。

 ……聞いて驚け。シーナの大猟やハイテイルの釣り上げなんか目じゃないビッグニュースが待ってるぞ。



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― 新着の感想 ―
ハイテナイもいるのかな……。
[良い点] 過去一の激闘でしたね 最後にめでたいことも重なっていい話でした
[良い点] 鳥どころじゃない→魚どころじゃない 似たものギルドマン。うーんいい子たちだ…
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