狩人の町ドライデン
ドライデンは畜産と狩猟の町だ。
周囲に幾つかの酪農村を抱えており、ドライデンはそれらを繋ぐ小さな都会として賑わっている。村じゃ手に入らない都会からの下り物をここで買っていくわけだな。他所から来た人にとっては革製品だとかチーズなどの乳製品が主な商品になるだろう。あとは馬。馬はさすがに高いけどな。
「護衛ありがとう。助かったよ。また君たちの予定が空いてる時には声をかけさせておくれ」
「ええ。次の機会がありましたら是非、私達の力を使ってください」
アルテミスは少数精鋭で腕がいい。……っていうのもあるけど、それとは別にやっぱ見た目が良いってのもデカいと思う。
今挨拶した隊商のリーダーも鼻の下伸ばしてたもんな。
どうせ金を払うならむさ苦しい男と一緒に旅をするより綺麗な女の子たちと旅をしたい。男にとっちゃ極々当然の欲求だろう。気持ちはわかる。
ただそのために高い金出してゴールドクラスを雇いたいかっていうと微妙だわ。金持ってる奴はそのへんの感覚緩いんだろうなぁ……。
依頼人と別れた後はギルドに報告する。
ドライデン支部のギルドはそういった村々を襲う魔物であったり、ラトレイユ連峰からふらっとお邪魔してくる連中を討伐するために日々大忙しだ。
正直、転生した現代人からするとこのドライデンの方がレゴールより冒険者ギルド感は強いと思う。レゴールは栄え過ぎててエキサイティングな任務が少ねえんだよな。いや、俺は別にエキサイティングさは求めてないから別に良いんだけども。常に命の危険がある仕事なんてやりたくないわ。
そんな血気盛んなギルド支部なものだから、別の支部の見慣れないギルドマンが入ってくると空気が少しピリッとする。
「……レゴールの“アルテミス”だ」
「あれが……」
だが、“アルテミス”の武名はここドライデンにも広まっているらしく、変に絡まれるようなことはない。
というかギルドの建物内でわざわざゴールドクラスに絡む奴は居ない。
女中心のパーティーだからといって舐めてかかれる世界観ではないんでね。スキルや強化はいとも容易く見た目を裏切ってくるからな。
「アルテミスの後ろにひっついて歩くとなんか気分良いな」
「モングレル先輩、入団希望っスか」
「嫌だ」
「なんなんスかもう……まぁ、やっぱりシーナ先輩とナスターシャ先輩のおかげっスね。二人がいると空気が引き締まるんで、変なのがあまり寄ってこないんスよ」
「なるほどなぁ……いやでも、シーナとナスターシャっていうよりむしろ……」
ちらりとゴリリアーナさんの方に目をやると、相変わらず彼女は彫りの深い顔に陰を作っていた。表情が読めない。どちらかと言えば怒ってそうな気がする。
……多分あのゴリリアーナさんにみんな恐れをなしてるんじゃねーかなと……思うんだけどな……うん……言わないけど。
「おいおい、なんでここにサングレール人がいやがるんだ」
「最悪だぜ」
「クックック……」
って、どっちかと言えば俺が絡まれる方かよぉ!
これはあれか、可愛いどころのアルテミスがいるから俺を標的にして男気を見せようってやつか?
ふざけやがって……アルテミスに泣きついてお前たちの心象を最悪に落としてやろうか? それともゴリリアーナさんに頭下げてボコボコにしてもらおうか……。
「なんスか。自分らになんか用っスか」
そんな風に悩んでいたら、前に出てきたのはライナだった。
ちょ、ちょっと待とうライナ。お前が出るのは良くない。そういうキャラじゃないだろお前は。
「……なんだよこいつ」
「この人は私らと合同任務を受けてるちゃんとしたハルペリアのギルドマンっスよ。サングレール人なんかじゃないっス。そういう言い方、良くないと思うっス」
「……白髪交じりが」
「フンッ」
ライナの真っ直ぐな言葉に、ギルドの片隅にいた男たちは閉口した。
後ろで騒ぎを感じ取ったシーナたちが睨みをきかせていたこともあるんだろう。
それ以上はヤジを飛ばすこともなかった。
「報告と自由狩猟の手続きは終わったわ。報酬はあとで分けるから、ひとまず外に出ましょうか」
「っス」
「はーい」
雰囲気の悪くなったギルドを去る。男たちは俺にだけ厳しい目を向けていたが……ここで俺が挑発しても良いことにはならないだろう。主にアルテミスが。
俺一人だけだったらべろべろばーしてやっても良かったんだが、ライナ達の顔を潰すわけにもいかんしな。
「あーあ、感じ悪い連中だったーっ!」
建物から出てすぐにウルリカが騒いだ。
いやまぁ感じ悪いのはしょうがないとは思うんだけどな。ギルドマンなんてそんなもんだし。他所のギルドなんてだいたいこうだろ。ホームのレゴールと同じ環境を求めてもしょうがねえべ。
「モングレル先輩も言い返せばよかったじゃないスか。いつもなら挑発してここらへんで乱闘してるのに……」
「お前は俺をなんだと思ってるんだよ……だいたいそんな感じだけど」
「言われっぱなしは良くないっスよ……」
「……まぁなぁ。それも正しいんだけどな」
ライナの頭に手をやって、そっと撫でてやる。
「ちょ、なんスか……撫でるのやめてもらって良いスか……」
「ライナはもうちょっと大人の対応を身に付けような」
「……なんか間違ったスかね」
「そうでもない。かばってくれたのは嬉しかったぜ」
俺としては、そうだな。
ハルペリア国籍だから良いとか悪いとかじゃなくて……サングレール人にだって良いやつはいるし、普通の人間なんだってことをライナには知ってもらいたいところだな。
こんな世界じゃそんなことを言っても無駄かもしれないし、実感する機会なんて無いのかもしれない。ライナに無駄な道徳を背負わせるだけなのかもしれないが……そんなことを思ってしまうのだった。
「長旅で疲れた。さっさと宿に入って食事でも摂らないか」
で、この雰囲気を全く読まないナスターシャの発言よ。
いやちょっと暗い雰囲気だったから切り替えてくれるのはありがたいし別に良いんだけどさ。
こいつ絶対そんなこと考えて喋ってないよな。間違いなく疲れたし腹減ったから提案しただけだわ。
「ふふ……ええ、そうね。今日は一旦ドライデンの宿に泊まって、明日朝から湖に向かいましょう」
「やったー。ねーねー団長、何食べる? どこ食べに行く?」
「私はなんでも良いっスよ」
「あの、私も……はい……」
「俺は美味い肉を食いたいな。アルテミスの経費ってことでいいか?」
「あら。モングレルはアルテミスに入団するのかしら」
「嘘ですどこでもいいですお金ちゃんと払います」
「あははは」
結局この日はギルドから少し離れた料理屋で豚のソテーをいただき、宿で一泊して終わった。
てっきり俺とウルリカが男で同室にでもなるかと思ったが、普通に別室だった。
そのウルリカはライナと同室である。
……今更すぎるけど、年頃の男女が同じ部屋ってのはどうなんだ? 俺は訝しんだ。
翌日。ほとんど暗いうちに俺らは宿を出て、ザヒア湖方面に向かう馬車に乗って出発した。
といってもザヒア湖行きのシャトル馬車なんてそんな気の利いた交通機関が通っているわけではなく、偶然そっち方面の農場に用のある馬車に金を払って相乗りさせてもらった形だ。
俺もよく同じように馬車を捕まえて相乗りさせてもらうことは多いんだが、女だらけのパーティーだとこんなに早く捕まるもんなんだな。嫉妬通り越して感心するわ。別に女に生まれたら得だとかそんな拗らせたことを言うつもりはないが……また一つ女の偉さが見えてきた……。
「ザヒア湖には美味しい水鳥が多いんスよ。でも通うには少し道が険しいところもあるんで、地元の猟師はあまり足を運ばないんスよね」
「ほーう。穴場ってやつじゃん。そういう場所なんて地元民ならすぐにわかるもんだろうに」
「いや、ドライデン近くだとそれよりもお金になる猟場が多いんスよ。水鳥も確かに美味しいんスけど、もっと稼ぎになる場所が多いから人が来ないんス」
「やべぇな。ドライデン支部ちゃんと回ってるのか……?」
俺の中でのドライデン方面はしょっちゅう魔物とガチバトルしてる印象しかない。
常にキツいクエストをこなして金を稼ぐカニ漁じみた場所ってイメージだな。……そうか、場所によっては人がいないのか……そりゃレゴールに引き抜かれたらぶち切れるわ。
ごめんなドライデン支部……でもレゴールはもっと発展していくからよ……本当にごめんな……。
「揺れが強くなってきたわね。舌を噛まないように気をつけて」
農場が近づくにつれ、道も悪くなり馬車の揺れが強くなる。
乗せてもらっといてなんだが、この馬車も農作業用であまり質は良くないんだろう。すげーガタガタ揺れる。宇宙人ごっこできそう。
「んッ」
「ウルリカ先輩大丈夫っスか?」
「あ、あはは。ちょっと舌噛んじゃった……」
「だ、大丈夫ですか……?」
「へーきへーき……」
いや、宇宙人ごっこはやめておこう。誰にもネタは通じないし舌噛むのは嫌だわ。
それに今日の料理はどっちかといえば傷口にしみるだろうからな……。
うーん、まだ何も捕まえてないのに腹減ってきたぜ……。




