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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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太陽から逃げる者たち


 早朝。夏とはいえ朝は涼しく過ごしやすい。

 日本と違って湿度が低いおかげもあるだろう。ここではアブラゼミが鳴かないから静かなもんだ。それ以外の虫は結構喧しいけども。


 そんな事を考えながら北門の馬車駅で待っていると、アルテミスの面々がこちらに歩いてくるのが見えてきた。

 ライナ、ウルリカ、シーナ、ナスターシャ、ゴリリアーナ……いつものメンバーだな。


「よう、待ってたぜ」

「モングレル先輩、いつも早いっスね」

「うわー、すっごい背負ってる……」

「……随分と……大げさな荷物ね」


 シーナは俺の持つ釣り竿の先端を見上げながら呟いた。せめてリュックを見て言え。


「久々の遠出だしな。ドライデンまで護衛した後、向こうで何日か遊ぶんだろ?」

「遊びとは心外な……湖周辺で狩りをするのよ」

「えー? 団長は今回の遠征は骨休めも兼ねてるって言ったじゃーん……って、いたたた、ごめんなさいごめんなさい」


 余計なことを言ったのか、ウルリカは頬を抓られていた。

 相変わらず仲の良さそうなパーティーで何よりだ。


「依頼人の馬車はもう来てるぜ。あれだろ?」

「そうみたいっスね。ドライデンまで物資を輸送してるいつもの隊商っス」


 今回俺達が護衛するのは十台の荷馬車だ。

 ドライデンはラトレイユ連峰のすぐ側という僻地にある町なので、物資の輸送はここレゴールを必ず経由する必要がある。おかげで定期的な馬車の往来が多く、俺達ギルドマンにとっては地理的にはそこそこ距離があっても身近な町だ。レゴールに届く畜産系商品はだいたいがこっち側から流れてくるので切っても切れない関係にある。


 尚、向こうにもギルドの支部がある関係上、互いのギルドマンの仲はあまりよろしくない。主にドライデン所属のギルドマンたちの対抗意識ではあるんだが。

 ドライデンは近くに未開拓の山がある立地上、常に野生の魔物との戦いに明け暮れている。そのせいか向こうのギルド支部は狩猟に長けた連中が多く、平均的な粒の質の良さで言えばレゴールよりも上と言っても良いだろう。

 しかしギルドマンとして稼げるのはレゴールだからな……どうしても人材がこっち側に流出しがちである。実際ウルリカやライナだってそんな感じだし。だからまぁ、向こうの支部がレゴールの奴らへの当たりが強いのはなんとなくわかる。地方の悲哀って奴だな……。


「てかモングレル先輩。そんな釣り竿持って護衛なんて大丈夫なんスか……」

「ああこれ? 大丈夫大丈夫、荷物と一緒に乗せても構わないって言われてるからな」

「怒られなかったっスか……?」

「全然。こういうのはな、事前に相手と仲良くしておけば大体なんとかなるんだよ。良く覚えておけよ、ライナ」

「な、なるほどぉー……?」

「相変わらず調子の良い男ね……」


 失礼だな。人間関係をちゃんとしなさいって話をしてるんだぜ俺は。

 まぁライナはそこらへんあまり心配してないけどな。体育会系マネージャー女子って感じだしどこに出しても好かれるタイプだろう。




 馬車の列が動き出し、俺達の護衛任務が始まった。

 馬が牽引する車っていうと速度が出そうなものだが、当然ながら大した速度は出さずゆっくりと進んでいく。徒歩の俺達を伴っていても問題ない程度のペースである。

 急ぎすぎても馬がバテるしな。そもそも急いで中途半端に距離を稼いだところで、日が暮れる頃に都合よく宿場町や村がそこにあるわけでもないしな。一定のペースで無理なく進んでいくわけだ。

 この国は飼料も食料も潤沢なのでタラタラした行軍でも全く苦にはならないってのもあるかもしれん。全ての荷物を完璧な状態で送り届けることが優先されている。おかげで割れ物のような繊細な商品でも輸送しやすいから、結構金になるんだろう。


 俺はともかく、アルテミスはこの隊商のメイン火力として期待され雇われている。

 隊商付きの護衛もいるにはいるが、そっちは各々の馬車が雇っている警備員のようなもので、戦力としてはあまり期待できない。魔物や盗賊の襲撃があった場合に活躍するのはあくまでもアルテミスとなるだろう。警備が時間を稼いでその間にアルテミスが叩くって感じだな。

 馬車十台の伸び切った隊列でも、弓使いと魔法使いのアルテミスにかかればいくらでもカバーできる。まさに少数精鋭ってやつだ。


 そんな中で俺がどこにいるかっていうと、隊商の一番後ろです。

 近接役なんでね。ゴリリアーナは前で俺が後ろになっている。そりゃ前の防御を厚くしたいならゴリリアーナを前にするわな。後ろを襲われることもあるにはあるが滅多にはないので当然の配置である。


 近くにはアルテミスの他のメンバーもいないし、話相手は最後尾の馬車の御者さんだけだ。


「荷物たくさん積んでるんでなぁ。悪いが乗せてやる空きが無いんじゃ」

「なーに平気ですよこんくらい。積荷いっぱいってことは、商売は上手くいってるんですかね」

「この頃は良いねぇ。レゴールで積んだ物は良く捌けるよ。そのせいかドライデンからがちと渋く感じるねぇ」

「あーやっぱりそうなんだ」

「けどなー、王都とレゴールばっか往復してても飽き飽きするからねぇ。門の前じゃ待たされるし、金は取られるし、似たような商売してる奴が多いから宿場町で泊まれんこともある。その点こっちは良いね。道も空いてて旅程が崩れにくい」

「はーなるほど。手堅いわけっすか」

「そうそう。わかるか兄ちゃん。結局ね、こういう仕事が一番良いわけよ」


 御者のおっちゃんの言う通り、確かにこの旅程は安定している。特にトラブルもなく、代わり映えのない田舎道の連続だ。

 その点、王都行きの街道は激混みしてて落ち着かないからな。渋滞が起きたらとんでもないロスになるし、宿場町で野営とかいう悲しい思いをすることだってある。宿場町ブレイリーとかな。あそこは本当になんていうか心が狭いってーか……まぁ別にいいけども。




 平穏な馬車の旅が続き、三日目。トラブルらしいトラブルはこの日にようやく起こった。


「魔物発見! 右前方からバイザーフジェール、数は3!」


 隊商の中段からシーナの凛々しい声が響き渡る。幌の上で悠々と索敵をしていたんだろう。例のギフトの力でも使っているんだろうか。

 右前方……。まぁ俺の出番は無さそうだけど見ておこう。早足で前側へ移動し、念のためにバスタードソードも抜いておく。


「あ、モングレルさん。あっちあっち!」

「見えてるぜウルリカ。……相変わらず気色悪い魔物だなぁ」

「ねー……私あれ苦手……」


 バイザーフジェール。それは猪サイズのヒヨケムシと表現するのが一番しっくりくるだろう。

 ヒヨケムシでピンとこない人は、毛の乏しいツルツルしたキッショいタランチュラを想像してもらえればだいたいそんな見た目である。

 普段は土の中や洞窟で暮らしているが、夏場は時々こうして外に出てくることがあるらしい。そこそこレアな魔物だが、別にこれといった素材を剥ぎ取れるわけでもないのであまり美味しい奴ではない。


 白く目立つ身体はピクミン的に毒持ちを連想させるが、意外と毒はないそうだ。

 ただ脚がそこそこ速く、顎の力が強力なのが連中の恐ろしいところ。


「……来ますね。手前の、迎え撃ちます……!」


 ゴリリアーナが背中のグレートシミターを取り出し、構える。

 やっちゃえゴリリアーナ!


「■■■■■ーッ!」


 咆哮とともに、一閃。

 湾曲した巨大な刃は硬質なバイザーフジェールの顎もろとも頭を両断し、何の抵抗も許さず沈黙させた。

 リーチが違うよリーチが。やっぱりバスター最強だわ。


「ッ、一匹抜けました!」


 更にもう一体をグレートシミターで相手取るが、そうしている間にやや離れた場所にいた三体目の個体がゴリリアーナの横をすり抜ける。


 狙いは馬車、そこにいる馬だろう。

 虫は考えていることがよくわからんけど、バイザーフジェールは土の振動に敏感らしいから蹄鉄の音に反応したのだと思われる。だから最初の標的である馬を狙ったんだろうが……シーナの射程圏内だ。


「“光条射(レイショット)”」


 彼女の目が青白く光り、細身の矢を三本纏めて引き、一気に解き放つ。

 弓使いのスキルは知識として色々知っているが、俺はシーナの他にこれを使える奴を見たことも聞いたこともない。


「ギィッ」


 三本の矢は素早くバイザーフジェールに殺到し、それぞれ右側の脚、左側の脚、そして頭を吹っ飛ばしてみせた。

 移動のための脚と考えるための頭を同時に失った哀れなバイザーフジェールは勢いのまま土の上を滑り、すぐに停止した。二度と動くことはないだろう。


 ……シーナのスキルには、ウルリカのスキルのような一発の重さは無い。けど三本がそれぞれしっかり狙った場所に突き刺さってそこそこの威力を出すってのはやべーと思う。

 頭と心臓とあとどこか狙うとかそういうこともできるわけだろ? 仮に矢を剣で弾けたとして三本もどうやって打ち落とせば良いんだこれ。敵に居てほしくねえなぁ。


「ゴリリアーナの方も……終わりみたいね。ライナ、ゴリリアーナの剥ぎ取りを手伝ってくれる?」

「はーい。……ゴリリアーナ先輩、それって証明部位どこっスかー」

「バイザーフジェールは、目玉……」

「っスー」

「剥ぎ取りが終わったら言って頂戴。少ししたら出発するわ」


 出番が無いとは思っていたが、マジでなんもなかったな。これならずっと最後尾を警戒してたほうが良いかもしれん。


「ふふふ、どうモングレルさん。うちの団長はやるでしょー?」

「いや、さすがゴールドだな。怒らせちゃいけない理由がまた一つ増えたわ」

「ねー、本当に怒ると怖いんだー。仲間思いの良い人だけどねっ」


 まぁそこんとこはライナを見てればよく分かるよ。

 良いパーティーに入れてもらえて本当に良かったなライナ。思う存分寄生すると良いぜ。もうちょっとブロンズ3でいるのも楽しいぞ?




 結局、襲撃らしい襲撃は三日目のこの時だけだった。あとはドライデンに到着するまで何もなし。野盗も賞金首もポップしなかった。

 やっぱり馬車の中に貴族のお嬢様でも乗せていないと盗賊とかゴブリンの群れやらは襲ってこないんだろうか。襲撃をぶち転がすと追加報酬が出るからもうちょっとおかわりが欲しかったぜ……。


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― 新着の感想 ―
>やっちゃえゴリリアーナ! >「■■■■■ーッ!」 今さらだけど、ここ「やっちゃえバーサーカー」のパロディーだったのか
三射同時必中だと眉間を狙ったのをバッソで切り払って、心臓狙ったのを左の小手で払って、三手目が足りずに股間を撃ち抜かれるのか・・・えっぐぅ
[良い点] ゴリリアーナさんはバーサーカーだったか......
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