ウォーレンの理想的ギルドマン
ウォーレン視点
俺の名はウォーレン。16歳。
ネクタールの農家の四男として生まれた普通の男だ。
色々と親父や兄貴にゴネてはみたものの、結局農地を継ぐことはできず、去年からギルドマンとして働くことになってしまった。もうちょっと真面目に農作業の手伝いをやっていれば良かったと思っているが、もはや遅い。生活の不安定なギルドマンで働くことを余儀なくされてしまった。まぁ自業自得なのはわかってる……。
レゴールにやってきてギルドマンになって、最初のうちは慣れない作業ばかりで大変だったけれど、なんとか最初の冬を乗り切ることができた。
宿はボロいしイビキのうるさい相部屋だけど、自分用のショートソード(中古)も買えたし防具も……こっちも古いやつだけどいくつか揃えられた。ギルドマンとしての生活は安定してきたと思う。
俺と似たような境遇の仲間とパーティーも組めたし、任務の安定感も高まった。
このままどんどん良い装備を買って、ランクを上げて、金払いの良い依頼を受けられるようになるのが当面の目標かな。
余裕が出てきたらもうちょっと良い宿を拠点にしたい。あとは……俺もそろそろ、夜の町に行って可愛い女の子と……ぐへへ。
いやいや、そんなことでお金を使うより……あわよくば女の子をパーティーに誘って、仲良くなって、恋に発展して……ぐへへ。
いかんいかん。最近ちょっと余裕が出てきたせいで、ついつい誘惑に負けそうになってしまう。女の子は後だ後! ……もしくは記念日とかそういう時だけ!
“収穫の剣”の先輩も言ってたじゃないか。アイアンの時に贅沢するやつはマトモなブロンズにはなれないって。
しっかり体を鍛えて、訓練して、任務をこなして……いつか働きを認められたら、もっとデカいパーティーに入れてもらえるようになるんだ。
今俺が組んでるパーティーも居心地は良くて悪くはないけど、アイアンで適当にやってればいいって奴も二人くらい居て怪しいんだよな。こんなぬるま湯みたいな環境からさっさと抜け出して、“収穫の剣”か“大地の盾”に移籍してやるぞ!
で、ゆくゆくは街の衛兵になったり、軍に入って軍団長になったり……へへ……。
おっといかんいかん! また妄想が捗ってしまった!
これから俺はアイアン3に上がるための昇級試験なんだ。気を緩めず、ビシッと決めていくぜ!
「よし、ウォーレン。相変わらず素直で変な癖の付いてない剣だ。悪くない。アイアン3への昇級を認めてやろう」
「よっしゃー!」
って、色々身構えてたけどあっさりクリアしたぜ! これで次はブロンズへの昇格だ! 鉄プレートとはおさらばするのも時間の問題だな!
「へへー、なんか冬にやった昇級試験よりも簡単だったなー! ランディさん相手だと戦いやすくて良いや!」
「あのなウォーレン……あまり調子に乗るんじゃない。こっちだってわざと手加減してやってるんだ」
「あでっ!?」
な、殴らなくたって良いじゃねえかよぉ。
「しかし俺も大概厳しくやっているつもりだが、前は俺以上に厳しい人だったか。ウォーレンの冬の試験官役は誰だったんだ?」
「あれだよ、あれ。サングレール人のハーフで、ソロでブロンズの」
「ああ……モングレルか」
「そうその人! あの人すっげー強いの! ブロンズってすげぇよなぁ。俺ちょっと舐めてたよ」
「いやあいつはなぁ……ランク以上に強い奴だから、あまりモングレルを基準にブロンズをイメージしない方が良いぞ?」
「そうなの?」
ランディさんは修練用の木剣を布で拭き取り、片付け始めた。ああ、こういうのも手伝わなくちゃだな。
「おお悪いなウォーレン。……そうだな、モングレルは多分、シルバー2か3くらいの実力はあると思って良いだろう。うちの“大地の盾”の連中でも、一対一であいつとどこまでやりあえるかな……」
「シルバー!? すげえじゃん! そりゃつえーよ! でもなんでそんななのに昇格してないの? ハーフだから?」
「いや、本人が嫌がってるんだ。徴兵とか、緊急依頼とか、そこらへんを嫌ってるんだとさ。だからあいつは万年ブロンズ3でやってる。変人だよ」
「そりゃ変人だ」
徴兵も緊急依頼も名誉なことじゃん。まあ少しは危ないかもしれないけどさ。ギルドマンって普通そんなもんじゃないか?
よくみんな変な人だとは言ってるけど、本当に変な人なんだなー。
「なあなあ、ランディさんとモングレルさんならどっちが強い?」
「あー……ウォーレン、お前このこと誰にも言うなよ?」
「え、うん。何?」
ランディさんは辺りを見回してから、俺に向き直った。
「強いのは間違いなくモングレルだ。あいつは喧嘩だとやけに強い。負けたところを見たことがないくらいだ。四人に囲まれても普通に勝っちまうような男だぞ。俺でも無理だ」
「ま、マジかよ。すげえ!」
「そもそもソロでクレイジーボアを剣で殺せる時点で俺より強いよ。一度や二度くらいなら俺でもできるがな。それを何年も続けてるってことは、軽々とやっちまうってことだろ。俺にはとても真似できん」
「うおおお……え、別に普通に褒めてるだけじゃん。なんでこれ誰にも言っちゃいけないんだ?」
「そりゃ、お前……」
ランディさんは嫌そうな顔をした。
「こんなこと俺が言ってるなんてモングレルに知られてみろ。あいつのことだ、絶対に調子に乗ってくるだろ。悪い奴じゃないけどな、調子に乗らせるとなんかムカつくんだよあいつ」
「ははは……」
「ウォーレン。お前は真面目な後輩だから教えてやったんだ。……誰かに言ったら、殺す」
「……ハイ」
他人を褒めるくらい普段からやってればそんな恥ずかしがることないと思うんだけどなぁ。ランディさんもなんか素直じゃねぇ人だな!
「え? モングレルさんの強さですか?」
「そうそう! アレックスさんってよくギルドとかであの人と話してるじゃん? モングレルさんって強いって聞くけどさ、どんくらい強いのかなーって気になって」
別の日、俺は“森の恵み亭”で相席になったアレックスさんに気になってたことを尋ねてみた。
アレックスさんは“大地の盾”のシルバークラスの剣士で、ランディさんよりも腕の立つ人だ。
キリッとした真面目そうな顔を裏切らず、俺みたいな新入り相手にも丁寧な口調で接してくれるすげぇ優しい人だ。
「まぁ僕も彼とはたまに合同任務で一緒になりますけど……かなり強いんじゃないですか? 本人の前で言うと調子に乗りそうだから言いたくないですけど……」
「アレックスさんとモングレルさんが戦ったらどっちが勝つかな?」
「どっちでしょうねぇ……モングレルさんの剣捌きを見るに軍で習った剣ではないので、普通は対人戦だったら僕の方に分があるんですが……」
「そりゃモングレル先輩っスよ」
悩むアレックスさんの後ろから、ちんちくりんな女の子がやってきて口を挟んできた。
そればかりかこっちのテーブルに座ってきた。……見たことあるぞ。確か“アルテミス”の弓使いの子だ。
うわー、憧れの“アルテミス”の子と同じテーブル……って思ったけど、こいつ薄っぺらい身体してるからピクリとも来ねーな。
「相席いースか」
「ええ構いませんよライナさん」
「別に良いけどさぁ。……あ、俺の名前はウォーレンな。ついこの間アイアン3になったんだぜ」
「私はライナっス。よろしくっス。私はブロンズ3っス」
やべ、同い年か歳下くらいかと思ってたのに全然俺より強いし先輩じゃん。
「そ、そういえばブロンズ3っていうとモングレルさんと同じだよな」
「いやー、私はまだまだっス。モングレル先輩と違って昇格への道のりは遠いっスから」
「あれ、そうですか? ライナさんの話を聞く限りではシルバー入りも時間の問題だと思っていましたけど……」
「シーナ先輩の方針でもうちょっと鍛錬っス。まだまだっス」
「厳しくやってますねぇアルテミス……いやそれより、僕よりもモングレルさんが強いというのは聞き捨てならないですよ。いくらライナさんでもそれは……強さなんて時と場合によりますし」
「モングレル先輩はめっちゃ強いっスよ。サイクロプスもほとんど一人で討伐できるくらいっスから」
さ、サイクロプスを一人で?
サイクロプスってあの巨人だろ? そんなのと剣で戦うなんて……。
「あー……そう言われるとまぁ確かに……? 軍の剣術も集団戦込みなところがあるから一人でサイクロプスに向き合えと言われると僕もちょっと困りますけど……でも無理ではないですよ」
「えっ、アレックスさん一人でもサイクロプスに勝てるの!?」
「はい、まぁ多分……? でもそういう状況を作らないように動くのがギルドマンとしての腕の見せ所なので、僕としては多対一に持ち込めなかった時点で負けかなーと」
「そんなこと今はどうでも良いんスよ! 今大事なのはタイマンでどっちが強いかっス!」
「そうだぜアレックスさん! 実際のとこどうなんだよ!」
「出た最強議論……若さから来るこのエネルギーがそろそろ辛い……うーん、どちらが強いと言われても……」
アレックスさんが悩んでいる間にライナがぐびぐびと酒を飲んでいる。ペース早くねえか? ……俺も負けてられねえ!
「……んー、一通り考えてはみましたけど、モングレルさんの方が強いんじゃないですか?」
「ええっ! マジかよ!? ……でも素直に負けを認められるアレックスさん、俺はかっこいいと思うぜ!」
「いや別に傷ついてるわけじゃないんでそういう擁護はいらないんですが……」
「なんでアレックス先輩はそういう結論に至ったんスか」
「そうですねぇ……なんというか……」
アレックスさんはクラゲの酢漬けを齧りながら、言葉を選んだ。
「モングレルさんって多分何かを隠し持っていると思うんですよねぇ……切り札とか、隠し球とか、奥の手とか」
「あー」
「僕は特に隠すものも無いので普通に実力や戦い方も開けっ広げにしてますけど、モングレルさんはそういうのあまり見せないタイプですから。いざ戦うとなると、そういう部分で足を取られて僕が負けることになりそうだなー……と」
「……モングレル先輩の見えてる部分だけならどうなんスか」
「僕も彼の戦いをしょっちゅう見てるわけでもないですが……見えてるままの実力で推し測れば僕の楽勝ですね。我流ですしリーチも短いですし。負ける気はしません。ただ絶対にそんなことはない気がするので……」
実力を隠す凄腕の剣士か……。
なんかそういうのも……かっけぇな!
モングレルさんかぁ……俺はソロでやるのは嫌だけど、周りから認められるのってすげーよなぁ……。
「俺も本気出したら敵わないって言われるようになりてぇー……」
「ウォーレンさんはまだ隠すほどの力もないでしょうに……日々怠らず鍛錬してください。ブロンズに上がってからが本番ですよ」
「ぐぇー、厳しいぜ」
「口だけモングレル先輩の真似しても滅茶苦茶格好悪いだけっス」
「それもそうだな……」
実力も無いのに気分だけ強くなってても虚しいよな……。
ちゃんと鍛えておかなくちゃ……脱いだ時に夜の町のえっちなお姉さんに褒めてもらえるくらい……。




