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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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伐採準備作業の護衛


「モングレル、伐採の護衛任務手伝わねえか?」


 ある日ギルドを訪れて早々、受付前にいたバルガーにそう誘われた。


「おー、行くわ」


 二つ返事でオーケーを出した。ちょうどなんか適当な任務やりたかったし都合が良いぜ。


「……モングレルさん、一応任務を受ける前に詳しい条件を確認してもらえます? こういうのも規則ですから」

「エレナは真面目だなぁ」

「そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞー? はっはっは」

「うるさいですね貴方達!」

「いや別に俺はそんな風に思ってないから……巻き込まんといて……」


 もーんーぐーれーる、っと。サインよし。久々の合同任務だなー。


「モングレルさんはもうちょっと綺麗に書いてくれます!?」

「怒ったテンションのまま普段は言わないようなことにまで突っかかってくるなよ……仕方ないだろこういう字なんだから」

「はははは。こいつ内容はちゃんと書ける癖に文字がひでーからな」


 こっちも努力してわざと汚く書いてるんだぜ? 少しはその辺りの苦労を汲んで欲しいもんだね。




「おー、随分と道が伸びたなぁ」

「モングレルは最近この道通ってなかったのか? 雪解けから工事の勢いすごいぜ」

「最近じゃ北寄りが多かったんだよなー。目を離した隙にこんなになってるとは思わなかったわ」


 幌無し馬車にギルドマンたちと乗り込んで、シャルル街道からバロアの東に入っていく。

 かつては森の近くで停まっていた轍も、森に入ってちょっとした辺りにまで延伸されている。伐採作業も急ピッチで進められているとは聞いていたが、いやこれはなかなか驚くべきペースだわ。抜根作業も大変だろうに。


「建材不足、燃料不足、しかし国に金はある。とくればまぁ、こうなるんだろうなぁ。レゴール伯爵領がもっと金持ちだったら、森がまるごと潰れたりしてな!」

「ははは、それはそれで木材がなくて不便そうだ」


 正直この街が製鉄に手を出せば全くありえないって話じゃないんだけどな。

 木炭で何かの工場を動かそうってなった瞬間に森林資源は一瞬でハゲ上がる。バロア材は生育速度も速いし熱量もある最高の素材ではあるが……それでも人の需要の前では森林資源なんてか弱い獲物でしかない。魔物が多かろうとなんだろうと間違いなくハゲる。……そうなってほしくはないもんだな。


 あとはあれだな。鉄道輸送が発明されてもハゲるだろうな。

 それはそれで物資の輸送が捗るからハルペリア中が潤うんだろうが……仮に俺が鉄道輸送を国に広めたとして、それがサングレールに漏れた後が問題だ。

 鉄資源が豊富で採掘業全振りみたいなあの国に鉄道輸送なんてものが伝わってみろ。多分ハルペリアは負けることになるだろうぜ。だから俺は鉄道に関しては一切漏らさないようにしている。たとえ一部であってもだ。




「おお、シルバーにブロンズの。こりゃ心強いね。俺らもなるべく一塊になって動くつもりではあるんだが、分担作業も多いから離れることも多い。その時に狙われると危ないから……くれぐれも、見捨てないよう頼んだぞ」

「おう、任せてくれ。俺は“収穫の剣”だし、こっちのモングレルもまぁ装備は貧弱そうだが腕は確かだ。安心してくれ」

「俺のバスタードソードを馬鹿にしたか?」

「それよりはお前の軽装が心配だよ俺は。形だけでも小盾持ってこいや、依頼人が不安がるだろうが」

「うるせえ、俺の本気はこいつがあれば良いんだよ」

「ははは……まぁ、守ってくれるならそれで良いんだ。任せたぞ」


 今日の任務は伐採作業に従事する作業員の護衛だ。

 冬前に行った伐採は森の外側からガンガン木を切っていく質より量の作業だったが、今回のは質。それも切るべき樹木を選定して樹木に色紐を巻きつける作業の護衛である。

 十分に育ったバロアの木を選定し色紐をつけ、後に伐採作業員がそれを切っていくって流れだな。


 紐をくくりつけるだけの作業と聞くと簡単そうに感じるかもしれないが、この調査で踏み込む場所は逆に言えばそんな風に人の手が入っていないポイントばかりなので、フィールドの環境は最悪と言って良いだろう。

 俺達はあくまで護衛でしかないが、しょっちゅう剣を振るって藪を漕いだり枝を払ったりすることになる。

 まぁ将来的にこうして枝打ちしたものが乾燥して薪になるのだから悪いことではないんだが……やってる方は結構しんどいわな。


「! すまない、ゴブリンだ。頼めるか」

「ああ了解、任せてください。ゆっくり下がれます?」

「わかった」


 視界の悪い森の中では、かち合う寸前まで魔物の存在に気付かないことがある。

 特に背の低いゴブリンなんかはちょっとした茂みの陰にいたりするから油断できない。何考えてるかわからん連中だからマジでびっくりする場所にいることもある。


「作業の邪魔になるのでお静かに願います、っと」

「ゲギャッゲギャッ……ギッ」


 バスタードソードをレイピアのように突き出し、素早く目を一突き。

 脳を貫かれたゴブリンは即死した。……うへぇ、脳漿が……いいや、どうせきったねぇ鼻も切るしついでだ……。


「こっちでもゴブリンが出たぞー!」


 鼻を削いでいるとバルガーの声が聞こえた。


「強敵だなー、加勢いるかー?」

「いらーん」


 横目に見ると、バルガーは小盾を使うこともなく短槍でさっくりとゴブリンの心臓を貫いていた。リーチの長い槍さえあればまぁゴブリンなんか敵じゃないわな。


「助かるよ。こっちも荷物が多いし考えるべきこともあるしで、ゴブリンを相手にするのは億劫でね……」

「あー、だったら色紐いくつか預かってましょうか? 重くて大変だろうし」

「良いのかい? それならこっちも大助かりだが……」

「俺は力だけはありますんで。任務中は遠慮なく使ってくれれば」

「じゃあ……お言葉に甘えて、いくらか頼むよ。いやぁ助かる。俺も最近膝が辛くてね……」


 この人も森を歩くことに関しては俺以上に慣れたプロなんだろうが、それでも歳による節々の痛みには勝てないらしい。

 いつの世も人類共通の悩みだよな。腰や膝っていうのは……。


 その後も何匹かのゴブリンと遭遇し、バルガーと一緒に軽く駆除した。

 ついでに森の中に咲いていた待宵草の花弁をぴろぴろして遊んだり、使えそうな薬草を摘んでおく。なかなか人の手の入っていない場所に踏み入ることはないから、手のついてない野草が結構あるのが嬉しいね。


「うっ……」

「ん? どうしました?」

「……イビルフライだ」

「マジっすか。うわ、ほんとだ」


 木々の先には銀色に妖しく煌めくイビルフライがいた。

 ……風向きはひとまず大丈夫だが、こっちが見つかると向こうも羽ばたくかもしれん。そうなると作業員のおっさんを鱗粉に巻き込むことになるな。

 こんな深部で記憶が欠落したら帰り道にも困っちまう。何より俺はこれまで歩いてきたところを覚えてない。どうにか作業員を鱗粉に巻き込まずイビルフライを仕留め、鱗粉の忘却効果を失活させたいところだ。


「バルガー」

「ああ。……そうだな、俺が仕留めることにしよう」

「良いのか? というかヘマしないよな? 自信がないなら俺がやるぜ?」


 バルガーと一緒に作戦会議。こういう時に信頼できる相手が一緒だと揉めることがなくて良いな。

 変なパーティーが一緒だとイビルフライってだけで何かと問題になるかもしれないから。


「いいや、俺がやるさ。今から鱗粉を浴びると……任務開始頃に記憶が遡る感じかね。まあ仕事内容は忘れてないし、大丈夫だろう。モングレルは二人の護衛を頼むぞ。あと俺の記憶が消えた後の事情説明頑張ってくれ」

「……それが面倒だから俺に任せてほしかったんだが」

「馬鹿野郎。こんな大事な仕事をお前に任せられるかよ」


 バルガーはにやりと笑って俺の肩を小突くと、そのまま短槍を担いでイビルフライのもとへと近づいていった。


「さあ、その複眼を分けてもらうぞぉー」


 イビルフライが外敵の接近に気づき、羽ばたいて鱗粉をばら撒く。

 吸っても浴びても効果のある魔法の鱗粉を防ぐ術はない。この時点でバルガーの記憶が欠落することは確定した。


「そおれぃッ」


 だがそんなものは本人も承知の上だ。さっさとイビルフライへと肉薄したバルガーは、鋭い槍先で柔らかな腹を切り裂いてみせた。

 そのまま墜落した蝶にトドメをさし、手早く複眼を切り抜いて終了。体についた鱗粉を払うと、しばらくしてこっちへ戻ってくる。


「終わったぞー」

「お疲れ。逃さずに済んで良かったわ」

「そんなヘマしねえよ」


 バルガーが笑いながら複眼を荷物へしまい込む。

 ……ここから少し時間が経てば、自分の記憶は失われる。それはつまり、その時の自分の想いが失われるということだ。連続性の喪失とでも言うべきか。ある意味、死の体験に近いのかもしれない。


 こういう時、未熟なパーティーだと言っちゃいけないことを言い合ったり、胸に秘めた思いを打ち明けたりしてしまうことがある。

 イビルフライによって仲間割れを起こすパターンは多分、そんな自棄っぱちな心理状況が暴発してのものなんだろう。俺はそう考えている。


「よし、じゃあトレーニングするか! フンッフンッ!」

「おいおいバルガー任務中だぞー」

「普段やりたくないキツいトレーニングをやるなら今しかないだろ! そんでもって忘れたらトレーニング効果だけを受け取れるってわけだ!」


 しかし慣れた連中はこうやって、普段やりたくないことをガーッとやってしまって時間を有効に活用しようとする。

 ただ任務中に筋トレはどうかと思うんだわ。バテバテの状態で魔物と戦うつもりかよ。護衛やるんだぞ護衛。


「……ハッ!?」

「あ、記憶飛んだ」

「気がついたらすげぇ疲れてる……これはつまり、イビルフライだな!?」

「……バルガーお前、その習慣あまり良くないと思うぜ……」


 しかし運が良いのかなんなのか、今日はこの後魔物に出会うこともなく任務が終了した。

 ディアとかボアに出くわしてたらちゃんと動けたんだろうなコイツって思いもしたが……そこらへんの悪運も含めてベテランの力なのかねぇ。いや違うか。


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― 新着の感想 ―
>>気がついたらすげぇ疲れてる……これはつまり、イビルフライだな!? ルーティンにしてて、全くイビルフライの悪影響出てないのwww
やはり、新鮮でないと効かないのだろうか? 魔力持ち(使える人)は使えそう……
記憶が無くなるからこそ、その後の行為をルーティン化して記憶の補填をするってのは理に適ってる気がするわ
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