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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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壮絶なダメージラグマット


 標的はシルバーウルフ一匹。

 場所はモーリナ村付近の小山。


 それだけなら普通のシルバー向け任務ってところだが、ここに勘違いした貴族へのおちょくりが加わっていると考えると実質報酬十倍増しってところだな。

 しかもこの任務を雑にクリアするだけで俺の昇格を抑制できるってんだから嬉しいね。副長もよくこんな仕事を見つけてくれたもんだ。

 もっと貧乏くじみたいな仕事あるならくれるよう言ってみようかな。当然、俺が保身できる範囲でだが。




「ああ、シルバーウルフね。遠吠えが聞こえるもんだからこっちはヒヤヒヤしっぱなしだよ。まだ家畜も襲われちゃいないが、何考えてるかわからん魔物だしな。いつこっちに来てもおかしくはない……不安な日が続いてたところだよ」


 馬車でモーリナ村にやってきた俺は、顔役のおっさんに聞き込みした。

 ギルドの証書があるので話の通りは早い。向こうもシルバーウルフの気配にはやきもきしていたようで、俺の到着を歓迎してくれている様子だった。


「そりゃ辛ぇでしょ。任せといてくれ、俺がサッと行ってサクッと討伐してきてやる」

「ありがたい。……あんた、一人かい?」

「なに、問題ねえさ。シルバーウルフを駆除するのは今回が初めてでもないからな」

「経験者か……だったら信じよう」

「終わったら証人になってもらって良いかい? 毛皮をまるごともってくるから、そいつを証としてサインがほしいんだが」

「あの忌々しい狼を殺してもらえるならいくらでも書いてやる。頼んだぞ」

「おうおう、行ってくるわ」


 モーリナ村は酪農が盛んだ。家畜を狙いかねないシルバーウルフの存在は目の上のデカいタンコブだったことだろう。俺としても乳製品が品薄になられると困るからな。是非とも被害ゼロで解決したいところだ。

 ああ、そうだ。任務が片付いたら帰り際にスモークチーズでも買って帰るかねぇ。土産用に少し多めに買い込んでおくか。


 既に帰る時の算段を思い浮かべながら、俺は小山目指して歩いていった。




 モーリナ村付近のなだらかな小山にはススキが群生している。

 山というよりはちょっと急な丘といったところだろう。木々も多いが、同じくらいたくさんのススキが伸び、そよ風の中で揺れていた。

 このススキは一年中生い茂っている上、高さは四メートル近くもある。穂がある時は確かにススキっぽい見た目をしているのだが、いかんせん馬鹿デカいもんだからちょっと風情が無い。

 前に聞いた話ではこのススキが草食家畜の良い飼料になるのだという。

 なるほどこれだけたくさんそこらに生えていれば畜産には困らないだろうな。


「ここをキャンプ地とする」


 小川近くの平坦な地面に荷物を降ろし、俺は早速野営の支度をした。

 迎え撃つのはここだ。ここでシルバーウルフをぶっ殺し、ついでに解体も一緒に済ませる。どうせ皮を剥がなきゃいけないんだし、その作業で最低でも一泊は腰を据えることになるからな。


 相手はわざわざこっちから探すような魔物ではない。せいぜい奴の縄張りで挑発しまくり、さっさとお迎えに来てもらうつもりだ。


 川辺の丸い大きな石を組んでかまどにし、火を炊く。盛大にはやらない。ちょっと炎が出る程度のものだ。そこに持ってきた干し肉を幾つか放り込んで燃やす。


「ほーれ焼肉の匂いだ。生肉のほうが良かったかな? まぁ鼻はきくし気付きはするだろ」


 そうしている間にも少し離れた場所に一人用のテントを組み、ロープを枝で打ち付けて固定する。このロープももっと軽くて頑丈な素材で作りたいな。……いや、高級素材を使うと留守中に誰かに盗まれやすくなるか? 別に重さで不便は感じてないからそのままでもいいか……。


 まぁそんなことはいい。それより今日の任務だ。


「シルバーウルフの毛皮、無傷! 無茶言いやがって……いかにも高慢な貴族って感じの依頼だな」


 断言するが、俺は今回シルバーウルフの毛皮を美品で納入するつもりは一切ない。

 やろうと思えばできるかもしれんけど絶対にやらん。

 “なんかやっちゃいました?”なんて絶対にやらん。仮にやったとしてもその後わざとメチャクチャに傷つけて納品してやるからな覚悟しろよ。

 ギリギリ毛皮として扱われるかもしれないけど他の店は絶対に買い取らないようなギリギリのラインを攻めてズタボロに仕上げてやるつもりだ。


 そのために今回の装備を確認する。

 まずバスタードソード。これは鉄板だな。こいつがあればだいたいなんとかなる。

 図体のでかいシルバーウルフの大まかな解体作業もこいつに任せるぜ。細かいとこはソードブレイカーにやってもらうけど。


「あとはこいつだな」


 今回特別に持ってきたのは、以前貴族のブリジットと一緒に冬の森を探索した時にも使った小盾だ。

 普段そこまで盾は好きじゃないんだが、今回は馬鹿みたいにじゃれついてくるシルバーウルフが相手なので持ってきた。これで殴りつけると結構効くしね。


「あとは弓剣も持ってきてはいるが……矢が当たるかなー……でも矢傷ってことにしてメタメタに傷つけてえからなぁ……まぁこれは討伐終わってからわざと打ち込むようにするのでもいいか……」


 装備品をまとめていると、テントの外で音がした。

 ガラガラと川石が崩れる音。……なんかでかいのが来た音だな。


「おいおい、まさかシルバーウルフいますかっていねーか、はは」

「ハッハッハッ」

「いたわ」


 さすがに設営中にはこねーだろと高を括っていたが、来たわ。

 灰色に近い銀の毛並み。背中に走る一本の淡い黒線。

 なによりちょっとしたクマほどはあろう巨体。


 そんな恐ろしい風貌の狼が……俺の設営した石製かまどに頭を突っ込んで、時々キャンキャン言いながら肉を食おうと必死になっている。


「……おい! なに俺がボロボロにする前から顔面焦がしまくってんだよ! 俺の楽しみを奪ってんじゃねえ!」

「ハッハッハッ?」


 薪ストーブを持ってこなくて正解だったわ。持ってきてたら速攻でこいつにぶっ壊されてただろうな。


 馬鹿すぎて狼として群れる社会性を失った残念狼。当然暴れまくるもんだから家畜化なんてできず、無傷な毛皮を養殖する方法も存在しない。

 その反面身体は頑丈なもんだから厄介なことこの上ない魔物だ。


 バカ正直に真正面からやり合う場合の推奨討伐人数は近接シルバー五人以上と言われているが……。


「今回は俺が一人で相手してやる。来いよ駄犬。お前に躾が通じるかどうか、再検証してやる」

「ゥルルルッ」


 俺はバスタードソードを右手で構えながら、左手に持った干し肉を勢いよくかじってみせた。


「ガウッ!」


 するとシルバーウルフは“それは俺のだぞ!”とでも言いたげに咆哮し、俺の真正面から飛びかかってきた。お前のじゃねえし。


「オラァ! 力尽くパリィ!」

「キャンッ」


 力尽くパリィ。それは相手の攻撃に合わせてそれを上回る力で強引に盾で殴りつけることによって吹っ飛ばすパリィである。弾くのではなく押し返す。単純にパワーで上回っていれば体勢を崩せるから便利だぞ。


「毛皮は一塊にしなきゃだから両断はしねぇ……だから突く!」

「ガァッ」


 川に転がったシルバーウルフに追い打ちをかけるようにして飛び込み、肩を突く。浅いな。


「ガァアッ」

「おっと!? あぶねえな!」


 前足の攻撃を避け、バスタードソードを振り上げて斬る。

 刃に裂かれた銀の毛がはらはらと舞い、川に浮かぶ。良いダメージだ。どんどんお前の毛皮から商品価値が落ちてるぞ!


「相手をいたぶる趣味はないんだが、万一誰かに見られてるってこともあるからな! まぁ許せ!」

「ガアアアッ!」


 シルバーウルフの攻撃を回り込むようにして避けつつ、脚に切り傷を加えていく。

 まずやるべきは相手の旋回性能を奪うこと。こちらの小回りの良さを引き上げ、相手の方向転換に出血を強いる。

 本当は背中に切り込んで目立つ部分の毛をバッサリやりたいんだが、そこはまだ隙が少ない。しばらくは正攻法でやらなきゃ俺でもしんどいな。噛まれたりのしかかられたりすると面倒だ。コイツの唾液で装備を汚されたくない。


「死にたくなきゃ逃げてくれよ! そうしたら一息でトドメを刺してやる!」

「ガウッ! グァアアアッ!」

「いやお前……ほんと逃げねえよなっ!」


 避けては斬りつけ。避けては突いて。何度も何度も傷つけては小川にぶっ飛ばして出血を強いているはずなのに、システムで動くモンスターかのようにこっちへのヘイトをむき出しにしたまま襲いかかってくる。

 爪も幾つか折ったし、シールドバッシュで牙も砕いてるんだが……マジなんなんだこいつ。本当に死ぬまで殺意全開できやがるのな。

 正直ここまで愚直にモンスターしてくる相手って他にスケルトンとか謎系統の魔物くらいしか思い浮かばねえぞ。獣カテゴリのお前が採用して良い戦闘スタイルじゃねえだろ。


「それでも、血を失えば動きは鈍るか」

「ゥルルルル……!」


 殺意は変わらずとも、動きの精彩さは欠いている。もはやトドメを刺すだけの状態だ。


 ……これ以上生かしながら傷つけるのは酷ってもんだろう。魔物とはいえ、そろそろ決着をつけてやるか。


「明るいうちに皮剥ぎを終わらせたいんだ。俺のエゴのために死んでくれ」

「ッ!」


 一気に地を蹴り、シルバーウルフの頭上を取る。

 当然、シルバーウルフは上体を起こして対処を試みる。あわよくば爪で、牙で対抗するために。


 だがそれが上手くいくのは、もっとお前が万全の状態だった場合の話だ。


「南無阿弥陀仏」

「ギッ……!」


 緩慢に上げられた頭部を空中から剣で叩き割り、その中身を深くまで傷つける。

 嫌な感触だ。


「っと」


 俺はそのままシルバーウルフの背中に着地して……そこは既に、命ある者としてのある種の“固さ”を失っていた。

 重々しい音と共に巨体が沈む。白銀の毛皮から感じる体温は激しい戦闘で上昇し、火傷しそうなほどだ。……この熱も次第に失われることだろう。


「……討伐完了。次はもうちょっと、賢い奴に生まれ変われると……いや、エゴか。これも」


 空がぼんやりと暗くなってきた。……解体して皮を剥いだら、真っ暗だな。とんでもなくスムーズな遭遇だったが、どの道ここで泊まることにはなっちまったか。


 まぁいい。……ここからはシルバーウルフとしてではなく、一枚の毛皮だと思って仕事をしていこう。

 殺した生き物を死体蹴りするようで気は進まないが、仕事なんだから仕方ない。ダメージラグマットを作っちゃうぞぉ。


「オラッ! 貴族! 転売禁止! でもお前は買え! 買った上で後悔しろ!」


 その日、俺は横たわるシルバーウルフの毛皮を芸術的に傷つけ、時に刺し、時に斬り、時に弓の的にしてエンジョイした。


 翌日ちゃんと解体し、脂を削ぎ落としたシルバーウルフの毛皮は……外側は死闘の痕跡が見える悲惨な状態で、内側も内側でシールドバッシュによる内出血が色移りする残念な仕上がりになってくれた。

 サイズも平凡だし黒線も入ってるし、メチャクチャ穴空いてるし傷入ってるし血が滲みでてるし……俺なら絶対に買わねえなこんな毛皮。でも普通に闘ってるとこんなもんである。ましてあのケチな報酬額なら妥当どころか贅沢でさえあるぜ。


「よし、じゃあさっさと帰って報酬もらうか。あ、忘れずにスモークチーズ買っていかないとな」


 結果的にはほとんど待つことなく戦えたし、最善の結果だったと言ってもいいだろう。

 色々と剣を使った動きの確認もできたし、練習相手としては申し分無かった。


 しかし激闘の跡が残るズタボロの毛皮をモーリナ村の顔役に見せた時、あまりに壮絶そうな戦いっぷりに俺の身体を心配されてしまった。

 申し訳ない。俺は強いので大丈夫です。



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力尽くパリィ…あのそれシールドバッシュ……
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