魔法のお勉強
祭りの非日常感も落ち着き、レゴールに日常が戻ってきた。
清掃活動により街並みは綺麗になり、空を飛ぶクラゲたちの色素も完全に抜け落ちている。というか半日くらいで完全に色落ちするらしい。昨日まで飛んでいた色つきクラゲは多分、子供の悪戯やお遊びだったのだろう。
観光客も宿を引き払い、ギルドマンは馬車の護衛としてレゴールを離れていった。
街の外にはまだまだ魔物がいるし、どんどん間引いていかなければ収穫期に地獄を見るので、討伐任務も多く出されている。
忙しい季節の再開だ。
……とはいえ、俺は山菜を集めて灰汁抜きして食べるくらいのことしかやらない。暑い中動き回るのがしんどいからだ。もちろん討伐もやるんだが、気が向いた時にちょくちょくってところだな。小物は金にならないし……。
直近で汚ねぇけどまとまった金も手に入ったことだし、しばらくは自己研鑽に注ぎ込もうと思っている。
「あ、あ、どうも。この前はどうも、ありがとうございました。助かりました……」
「別に良いんだよ。気に入らない奴を見つけてぶっ飛ばしただけだからな」
俺は今、「若木の杖」の子と一緒に魔法商店の前にいる。
春に王都から暖簾分けした魔法商店が来るとはサリーから聞いていたが、ようやく数日前にオープンしたのだ。
立地は衛兵の屯所も近く、防犯にはもってこいの通りにある。人通りが多いわけではないが、高額商品を扱う専門店なら文句無しの場所だ。
ここへの案内をしてくれたのはミセリナという少女。前に俺が路地裏でナンパ野郎から助けた魔法使いだ。あれ以降はギルドとかで顔を合わせるたびに挨拶をする程度の仲だ。
物静かでどもりがちだが、サリー曰く腕の立つ風魔法使いらしい。以前の借りを返すために、今回は案内役を買って出てくれたのだ。
「ここがギルバート魔法用品店です。魔法使い向けの消耗品や触媒を売っている店ですが……王都と同じで一応、初心者向けの教材や道具も売っています。……高めですけど、品質は良いですよ」
「おー、助かるぜ。市場でそれっぽいものを買おうとするとパチもん掴まされるからな」
店の装いも、店内も、レゴールにはあまり見られない清潔さだ。まぁ新装開店だし当然ではあるんだが、武器屋とか雑貨屋とはまた別格の入り辛さを感じる。デパートの居心地が悪くなる売り場みたいな雰囲気だ。
「いらっしゃい。……ああ、“若木の杖”の」
「こんにちは、ギルバートさん。ミセリナです」
「そう、ミセリナだった。まさかレゴールでも縁が続くとはな。……隣の人は?」
カウンターに座る中年の男が俺を見る。
グレーの混じった黒髪を後ろに撫で付けた、デキる雰囲気の人だ。
「こちらはギルドマンのモングレルさん。い、以前お世話になって。あ、サリーさんともお知り合いだったそうで……」
「どうも、モングレルです」
「ほう。ギルドマンか……しかしそれ、剣だろう。魔剣士ってわけでもあるまい?」
「全くの初心者なんですけど、魔法を一から勉強してみようかなーと思いまして。ここにくれば初心者向けの質の良い教材が手に入ると聞いて……」
「ああ、ギルドマンの剣士にかしこまられるとむず痒くなる。楽に喋ってくれ」
「……なんか良い感じの教材って無いかな? ギルバートさん」
「ふむ」
ギルバートさんは顎を掻いた。
「まずは目標とする魔法使いとしての姿を聞きたいな。最初にはっきり言っておくが、魔法使いは生まれ持っての適性がモノを言う。その上長い研鑽が必要な精神的学問でもある。見たところ25か30かだが……その歳で大成することはまず無いし、職業として扱えるものにはならないぞ」
「ああ、そこらへんは別に。俺は水魔法で少しでも水を出せるようになれれば良いんで」
俺の目標はいつでも手や顔を洗えるようになることだ。
あるいは飲み水を出せるようになること。それだけでかなり生活が便利になる。
「なるほど、まあ便利だからな……しかしその程度の魔法であっても、習得できるかはわからんぞ。さっきも言ったが適性が大きい分野だからな。数年試して徒労に終わることだってある。そんな世界だ」
「うえー」
「教材は売ってやれるが、金持ち向けだし安くはない。身につく保証も無いから、ダメだった時は丸損だ。……その時はこっちで教材を買い取ってやってもいいが……」
「……教師とかって必要なのかね、こういうの」
「普通は家庭教師から教わるもんだな。しかしこの教材は平民の金持ち向けだから、一通りの知識は全て文章になっている。意欲さえあれば、一人でも学べるものではあるぞ」
うーん、だったら買ってみるか。水魔法使ってみたいし。
外での清潔さがダンチになる。ダメだとしてもやってから諦めよう。
「“若木の杖”の紹介なら値段は少しまけてやろう。見習い用の杖と魔石、触媒10セット、教本をつけてそうだな、このくらいの値段になるか」
「高いなぁ……買うわ」
「え、え、あの、モングレルさん、値引きとか……」
「いや紹介してもらっといてお店に迷惑かけるのもちょっとあれだし」
「……ははっ。そう言われると悪い気分はしない。善意で300ジェリー引いといてやる。今回だけだぞ。……練習は感覚を掴むことが大切だ。毎日寝る前にでも続けるといい。もし習得できたら、その時はうちの店を利用してくれ。良い杖もあるからな」
「ああ、よろしく。頑張ってここで買い物できるようにするさ」
ギルバートさんと握手をして、俺は魔法用品店を出た。
さて、初めての趣味で道具を買うと、一番楽しいのは開封の瞬間だ。
俺はミセリナと別れるとそのまま宿に戻り、魔法用品店で買った教材をテーブルの上に並べてみる。
「これが見習いの杖か……ハリポタ的な奴なんだな」
杖は指揮棒のような短いやつだ。こんなサイズだが腕の立つ魔法使いでも案外こういうものを使ってる奴はいる。
まぁでもこれは結構ショボいやつなんだろうな。
あとは小分けされた謎の触媒があるが全くわからん。
それはさておき、重要なのは指導書の方だ。
この教材は薄い羊皮紙20枚程で書かれた魔法の入門書のようなもので、小さな字でびっしりとアドバイスだか豆知識だかが書かれている。
前世の指南書や入門書と比べると書式がとっ散らかっていて目が滑るが、まずはこいつを読み解き熟読するところから始めていこうと思う。
しかし、転生してチートもらった現代人ならなんといっても魔法だよな。
なにせ科学的な知識がある分イメージの明確さにおいては現地人を超えるからな……案外ちょっと瞑想して杖を振るだけで水のない場所でこれほどの大魔法を? みたいなことになるかもしれん……。
どうしよう、宿を水浸しにしたら大変だよな……。
俺の鮮やかすぎるイメージで周りに迷惑かけたくはねえからなぁ〜……うーん、しょうがねえ! 練習する時は街の外でやるかぁ! 俺の力はあまり他人にバレない方が良いしな〜。
魔法の修練を初めてから三日後。
「あれ、モングレル先輩。最近見かけなかったスけど、ギルドにいるなんて珍しいスね」
「ああ。三日前からかな、最近まで魔法の練習に熱中しててな」
「魔法っスか!? やるとは言ってたスけど本当に始めたんスね」
俺はギルドでエールを飲んでいた。
「ああ。でもやめた」
「……は?」
「俺には魔法の才能がないかもしれん」
「……それ、ただ飽きただけなんじゃないスか」
「そうとも言う」
だって瞑想ばっかで何にもならないんだもの……。
なんだよ心臓の下に渦を巻くイメージって。ないよそんな臓器……。
「……私の教えてる弓はそうやって投げ出さないでほしいっス」
「……それはまぁ、ちょっと頑張るぜ」
「不安だなぁ」
その日、俺はライナに聞き齧っただけの魔法習得テクニックをレクチャーして酒を飲み交わした。
ひょっとするとライナの方が魔法使いの才能はあるかもしれない。集中力あるし……。




