精霊祭の食い気デート
「ライナ! ほらこっちの服のが良いって!」
「えーでも……」
「でもじゃないよー絶対にこっちのが可愛いもん! ジョナさんもそう思いますよね!?」
「あたしはウルリカみたいに最近の流行はわからないけど、ライナはそういう格好も似合うと思うよ? 若々しくてねぇ」
「ええ……でも私こういうのなんか、変じゃないっスか……?」
「絶対変じゃない! もぉー、せっかくのお祭りなんだからおしゃれしないと駄目でしょ!? ほーらっ、自信持って行ってこいっ!」
「ウルリカ先輩、ひどいっス……行ってきまぁス」
「頑張れー!」
今年の精霊祭はやべーなと、朝の通りを見ただけで確信できた。
年々盛り上がりは高まっているが、今年のそれは一味違う。明らかに地元の人間だけでなく、観光でやってきた連中が多いのだ。
「これタダ酒、俺の分も回ってくるのか……?」
人でごった返す中、いつも以上にスリを警戒しながら歩いていく。
普段店をやってないような家も今日は外で適当な物を売っている。布の端を内側に入れ込み続けて作ったショボいクラゲのぬいぐるみなんかもありがちなお土産品だが、ショボいはずなのに何故か売れる。俺は絶対にいらん。
「も、モングレル先輩、こっちっス……」
「おーライナ……」
待ち合わせ場所の「森の恵み亭」前に着くと、見慣れない子が俺に手を振っていた。
よく見たらライナだった。
いつも短めのズボンばかり穿いてるのに、今日は薄黄色の涼しげなワンピースを着ている。ライナとスカートが頭の中で結びつかなくてバグりかけた。
「あの……なんスか。何か変スか」
「いや、珍しい格好してるなと思ってよ。いつも仕事用の服ばっか見てたから、なんか新鮮でな」
「珍しいって」
「なかなか可愛いじゃないか。そういう可憐な服も似合ってるぞ」
「……まぁ、はい」
ライナは褒めて欲しそうだったし、実際可愛らしいのは本音だったので褒めてやったんだが、反応がすげー渋いな。年相応にもっと喜べよ。
まぁいいや。今日はせっかくの祭りなんだし、目一杯楽しまないとな。
「よし、じゃあ端から順番に見て回るかー」
「うっス」
「てか今日何食う?」
「なんでも大丈夫っスよ。あ、できれば甘いやつ食べたいっス」
「甘いやつかー、美味いもんあるといいなー」
色々と頑張って金は工面したからな。一日豪遊するだけの余裕はある。
まぁ今日豪遊したらまた金稼ぎしなきゃいけないんだが。祭りなんだから後先考えなくても大丈夫だろ。その場の勢いで決めてやろう。
飾り付けられたジェリースライムがしゃらしゃらと重そうに宙を漂い、街ゆく人はそんな月の精霊モドキを見上げながら歩いている。
だからなのか自然と人の流れは遅く、いつもは早足で通り抜けるような場所でもダラダラとなかなか進まずにいた。
まぁ、そうしてノロノロ歩いていると近くの露天や屋台に目が行って、俺たちも結局呑気な足取りになってしまうんだが。
「見ろよライナこれ、ローリエのお茶だってよ」
「えーそれ美味しいんスか」
「一杯もらってきた。すげー苦いぞ、飲んでみ」
「え、だったら嫌なんスけど……でもまあ一口だけ……にっが!?」
「こんな苦かったっけなローリエ」
「いくらしたんスかぁこれ」
「50ジェリー」
「うーん」
美味いものもあれば不味いものもある。
適当に作ったぬいぐるみ、クラゲを模した革飾り、木彫りの小さな像など、色々どうでもいいお土産グッズも沢山だ。
俺もこういうお土産で金稼ぎすればよかったなーという思いもあるが、実用品じゃないと作るモチベが上がらなそうだ。
こういうのは提供する側よりも参加して見て回る側にいた方が楽しいだろうしな。
「先輩、この辺に美味しい飴屋の屋台来てるらしいっスよ」
「あ、そうなの」
「行かないスか」
「行きてえな」
「行きましょうよ」
でもやっぱ、俺は食い物を買い漁るのが一番楽しいな。
前世でも祭りといえば食って回るばっかだった。
「ドライフルーツを中心に入れた飴か……まぁリンゴぶちこむよりは遥かに常識的だよな」
「んー! 美味しいっス!」
ネチャネチャしたデーツを中心に、これまたネチャネチャした水飴のような柔らかい飴が絡まっている。
舐めてみると……まったりした食感と共に、思っていたよりは控えめな甘さが味わえる。案外悪くない。マンゴー味とかで食いたいかもしれん。
しかし一応ざっと探してはみたのだが、マンゴー味はないらしい。あるのはデーツ、レーズン、あとは何種類かのベリー味のみだった。
小さな飴だったのでライナと一緒に気前よく全種類制覇したが、一番美味いのは酸っぱいベリーのやつだった。
「先輩先輩、向こうでなんか音楽鳴ってるっス」
「大道芸か吟遊詩人か……見てみるか。10点中何点くらいか評価してやろうぜ」
「性格悪いっスねー……一番下は0点でいいんスよね」
「やる気だねぇ」
酒場でも時折吟遊詩人が訪れて歌うことがあるが、祭りの日こそが彼らにとって一番の稼ぎ時だろう。
レゴールやその偉人を誉めそやす詩、流行り歌、そういうのをリュートとか小さなバイオリンみたいなものの演奏と一緒にノリノリで歌い上げ、おひねりを要求する。
こういう演奏を聴いていると、前世でよく見かけた路上の弾き語りは随分クオリティが高かったんだなと思わされる程度には適当な演奏をしてる連中が多いんだが、さすがは祭りの日というべきか、滅茶苦茶酷いような奴はあまりいない。
「その時! “収穫の剣”は突き立てられ、大カマキリは悲鳴を上げた! 巨体は土を巻き上げ地に臥して、男たちの勝鬨が森に響き渡る……レゴールの勇士たちは大鎌を掲げ、晴れ晴れと凱旋してゆくのだった……」
既に酒を飲みながら上機嫌になってる客たちが、皮袋の中に硬貨を放り込む。
俺とライナは顔を見合わせて“うーん3点”とか“2点スね”とか言いながら、一応1ジェリーずつ放り投げてやった。
基本無料の見せ物なんてこんなもんである。
「俺も昔楽器をやっててな」
「え、マジっスか。モングレル先輩そんなことできるんスか」
「リュートみたいなやつをちょっとな。昔すぎて今はできるかわからんけど」
俺も学生の頃は軽音楽部だったからな。
漫画しか読んでない漫画研究部に遊びにいって漫画を読んでたら、そこに置いてあったけいおん! を読んでギターを始めたクチだ。
けど俺がネットで注文したギターが何故かアコースティックギターでな……クレーム入れようにも向こうが中国語混じりの怪しい日本語でしか返してこないからどうにもならんかった……。
やむなく俺はアコースティックギターをひっさげて軽音楽部に入部し、そこで燻っていた連中と一緒に何故かフォークバンドを組むことになったんだ。
文化祭のライブは凄かったぜ……お年を召した先生方はなんかすげー盛り上がってたけど、肝心の生徒たちの反応がお通夜だったからな……。楽しかったけどね。
ま、結局そのギター趣味も飽きて高校で終わったんだが。
「一応何年か前にふざけ半分でさ、ギルドで弾き語りしたことあるんだよ」
「えーっ! 知らないっス! なんスかそれ!」
「知らねぇかライナぁー……俺がおひねりぶつけられまくったあの生演奏知らねぇかぁー……」
「いやおひねりぶつけられるって一体なに演奏してたんスか」
「赤のラグナルっていう……創作英雄譚みたいな? 今度聞かせてやるよ、まだなんとか覚えてるからなーあれ」
「……なんかすごい聞きたい気持ちと聞きたくない気持ち半々ってとこスね……」
当時ギルドにいた連中も「えっ? えっ?」みたいな反応だったからな。
俺はその反応がなんか面白くて爆笑してたが。
「ようモングレル。おっ!? もしかしてそっちはライナか! おーおーめかしこんでまぁ。雰囲気変わるなぁ」
「おうバルガー、もう今から飲んでるのかよ」
「うっス、バルガー先輩」
「そりゃ飲むさ。祭りだもんよ。お前たちは若者らしくていいなぁ」
そうして二人で歩いていると、上機嫌なバルガーと遭遇した。
串焼き肉と酒を持ち、既に祭り気分に浸っているようだ。
「ところで聞いたかモングレル。今年はギルドの酒場でもタダ酒配ってるんだってよ。しかもギルドマン限定!」
「なんだって? 本当かよ、そりゃいいな」
「マジっスか! やったぁ」
「今年は混んでるからなー、配布場所を散らさないとやってられねえんだろう。一通り外で楽しんだら、お前たちもギルド来いよ! 今日は飲むぞぉー」
「既にかなり飲んでそうだけどなぁ」
バルガーはお得情報をくれた後、ふらふらと通りへと消えていった。
喧嘩に巻き込まれないようにしてくれよなー。あいつなら大丈夫だろうけども……。
「広場の舞とか見終わったら、ギルド行きましょっか。モングレル先輩」
「おー、そうするか。ギルドで美味い酒をタダで飲めるのってなんか良いよな」
「っスね」
ついでに屋台で美味そうなつまみでも買い揃えるか。
割高でも良いんだ。今日は祭りだからな!




