バロアの森は騒がしい
ブレーク爺さんは街へ戻ることになった。
バロアの森も既に野戦病院さながらに色々と仮拠点が建てられているが、応急処置の済んだブレーク爺さんは一応自分の足で歩けるし、街の方が色々と設備も整っている。ジェルトナ副長は今回の被害についてはギルドから見舞金が出るだろうという話をして、爺さんはそれを聞くとただちに帰還を決めたようだ。
「利き腕のねえ老いぼれが加勢しても邪魔になるだけだろうしな。危ねえ橋は渡った後だ。一足先に帰らせてもらうぜ」
万全な状態だったらまた別の返事をしていたのかもしれない。それこそちょっと深めに斬られた程度の取り返しのつく怪我であったなら、“日陰者”たちにブチギレて嬉々として再探索に出ていた可能性すらある。いや、内心はきっとそう思ってるのだろう。引き際を弁えている爺さんなのだ。
「おめえは居残りかよモングレル」
「色々話も聞いておきたいからさ。ブレーク爺さんはさっさと街の医者に診てもらえよ。帰ったら容態急変でぽっくりなんて後味悪いからやめてくれよ?」
「ガハハハ! 俺は死なねえよ、あと二十年くらいはな!」
マジでそんくらい長生きしてもおかしくなさそうな人だから困る。
憎まれっ子……いやこれ以上はやめておこう。元気なおじいさんだからな……。
で、俺はというと爺さんも言ってた通りちょっとだけ居残りだ。
正直疲れてるしレゴールでエールでも一杯やりたいところだが、その前にここで情報を集められるだけ集めておく。
どうせ昨日今日始まった事件じゃないんだ。今この瞬間だけ焦っても仕方がない。それにまた森に潜るにはちと物資が心もとないしな。時間も中途半端だ。どのみち一度戻ってから態勢を整えることにはなるだろう。
「おーいアレックス。生きてたかー」
「ああモングレルさん、これはまたご挨拶ですね……」
バロアの森の仮拠点には、“大地の盾”の面々が勢揃いしていた。
もちろん他にも“収穫の剣”のメンバーなんかも大勢いるが、こういう事件が起きている場合最もいい動きをするパーティーはアレックスたちだろう。
「なんだかすげぇ不穏な事件が起きてるらしいな。サングレールの奴が三人くらい死んだそうだが」
「ああ、モングレルさんも見ましたか。ええ、とんでもない大事件ですよ……うちのメンバーも、ログテールさんが負傷してます。死者はいませんが」
「交戦したのか」
「四対一でしたから助かりましたよ。不意打ちされる前に、相手の嘘に気付けたおかげです」
詳しく話を聞いてみると、どうやら“大地の盾”は森のかなり浅い場所で“日陰者”と接触したようだ。
森の中で出会ったそいつは知らない顔だったが、友好的な態度で接触してきたのでしばらく同行していたのだという。だが話をする中でギルドマンなら誰でも知ってるようなことを知らなかったので、不審に思ったアレックスたちがいくつかカマを掛けてみたところ不審さが増した。結果として誰だよテメーはと問い詰めたところで相手が刃を抜いて……といった顛末なのだそうな。
ログテールが相手の巧みな剣術を防ぎきれずに足を負傷したため、相手を生け捕りにする余裕はなかったようだ。詰め所の奥で見た三体の遺体のうち一つはアレックスたちの手柄である。
……しかしログテールはよく怪我をするな。可哀想に。
「負傷者は出ましたが、うちはまだいい方です。ひとつ、アイアン三人組のパーティーが壊滅しているのが見つかりました」
「……なんてパーティーだ?」
俺の脳裏に“ローリエの冠”の三人組の姿が過ぎった。
「聞いても知らないと思いますよ」
「知っておきたい」
「“麻布の旗”というパーティーだそうです。よその地域からこの春やってきたそうですよ。若い男女三人です」
「……知らねえや。そうか、若い連中か……」
「森を捜索すれば、他にも出てくるかもしれません。僕ら“大地の盾”は一足先にその捜索に携わる予定です。今日はもう、近場の哨戒に留めておきますが……またこのあと出撃です。ワンダ団長も一緒なので、気も引き締まりますよ」
“大地の盾”は軍人崩れや軍人志望の多いパーティーだ。何かと軍との間に接点があるので、こういうなかなか兵士が動けない時なんかは初動に強い。組織力も対人戦闘能力も高いので、こういう時は本当に頼りになる連中だ。
「モングレルさんもお気をつけて。ソロだとほんと冗談抜きで危ないですよ」
「おう、そうするよ。ブレーク爺さんも腕飛んじまったからな」
「え!? あの危ないお爺さんがですか!?」
変な驚き方だが気持ちはまぁわかるよ……。
その後も何人かに聞き込みをして、情報を集めた。
“収穫の剣”の知り合いとか、顔知ってる兵士とかが主な相手だ。
色々情報を精査したところ、わかっているだけで十人近い犠牲者が出ているらしい。街道付近でも旅の途中の連中が襲撃されたらしく、それも“日陰者”の手によるものなのではないかと言われている。……ブレーク爺さんが捌いてた馬、ひょっとするとそこらの連中の持ち物だったのかもしれない。だとすると馬も人もお陀仏してるので調べようがないが……。
今現在森に潜ってるギルドマンについては……微妙だった。さすがに情報が混乱していてよくわからない。逆に受付からそれについて聞かれたくらいだ。
北部の方からロレンツォとヴェンジが一緒に潜っていったということを話すと逆に情報提供ありがとうございますと感謝されてしまった。……情報集めも簡単じゃねえな。
今日はもう時間的にも厳しいだろう。
俺は一旦街に戻って、休息を取って再出発することに決めた。
「モングレル先輩! 無事っスか!?」
そしていざギルドに戻ってみると……なるほど、心配されるのは俺の方だったようだ。
バロアの森がきな臭いという話は既にギルドどころか街にまで広まっているようで、そんな中で数日森にいた俺も立派に心配される対象なのだった。当然である。
「無事も無事、余裕だよ。むしろ返り討ちにしてやったくらいだぜ」
「マジっスか……良かったぁ」
「モングレルも無事に戻ってきたのね」
「あーモングレルさん無事だった! 良かったぁー……」
「心配したんだよ、モングレルさん」
“アルテミス”のメンバーも今日ばかりは遅い時間だというのに、酒も飲まずにギルドにいるようだ。
いつになくギルドが騒がしいが、それも無理のない話だろう。既に何人もギルドマンが死んでるし、仕事場であるバロアの森に気軽に入れないかもしれないのだ。自分らの稼ぎに関わってくる話となりゃ、気が気じゃないやつも多いはずだ。
「バロアの森は大変なことになっているようね。ワットタイラーどころじゃない騒ぎよ」
「だな……まさかユニークモンスターよりも危ない連中がうろついてるとは思わなかったぜ。だがこうなってみると、そのワットタイラーってのも本当の話なのかどうか……」
「その情報提供者への再聞き取り調査がされているみたいよ。……貴族街でも騒然としているわ。私たちギルドマンも警戒されているのか、いくつか仕事がキャンセルになってしまったし」
「ゴールドランクのメンバーがいるパーティーでも警戒されんのか……世知辛いね」
「本当よ。……まあ、万が一ということもあるから、貴族街そのものに入れないようにするというのは賛成ね。敵がどこに潜んでいるのか、わかったものじゃない」
シーナは怖い顔をしながらも、仕方ないと割り切れているようだ。
“アルテミス”はしばらく貴族街での仕事が入っていたのだが、この分だとしばらく暇になりそうだな。
「モングレル先輩はこれからどうするんスか」
「明日また森にいくさ。ギルドマン捜索の緊急任務が出てるんだろう? ジェルトナさんが危険な任務だから受け手が少ないって嘆いてたぜ」
「危なくないスか」
「払いが良いんだよこの仕事。それに、後輩が森の中で困ってるかもしれないんだ。レゴール最強のギルドマンとしては、そいつらを見て見ぬふりするわけにはいかないだろ?」
「……っス」
ライナはしばらく考え込んでいたが、大きく頷いた。
「モングレル先輩はそういう人を助ける人っスもんね」
「……いや、俺も慈善事業で人助けばっかするわけじゃないからな? そこまでのお人好しってわけじゃないから、過度な期待はしないでくれよ」
ただ今回はちょっとサングレール関係って話だからな……サングレールってなると、俺としてもね……思うところはあるんでね……。
「私たちもバロアの森の浅い場所を見て回ることにしたわ」
「マジか……“アルテミス”もか」
「他の大手パーティーも参加しているのだから当然よ。他所の国の連中に、私たちの狩り場を荒らされて良い気はしないしね」
それは完全に同意だ。今もサングレールの連中がバロアの森を這い回っていると思うだけでイラッとくるもんよ。
……けどまぁ。
「とりあえず今日はもう疲れたから寝るわ……」
「お疲れっス」
「一杯飲んでからな」
「あ、私も一杯付き合うっス」
疲れていて泥のように眠りたくても、とりあえず一杯だけは入れておきたい……それがギルドマンなのである。
結局ライナに付き合って二杯飲んでしまったが、誤差だよ誤差。
マスクザJ様によるコミカライズ第3巻が2025/11/27に発売されます。今回もウルリカとライナの表紙が目印です。
描き下ろし漫画が非常に豪華な巻となっております。
メロンブックス様では私の短編SS特典もついてきますよ。
よろしくお願いいたします。




