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バスタード・ソードマン  作者: ジェームズ・リッチマン


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403/404

薄汚い生き残り


 宙を舞う皺だらけの右手。

 そして鮮血。


 眼にも止まらぬ速さで放たれた斬撃はブレーク爺さんの右手を切り飛ばし、その手に握った剣の脅威を無効化した。

 手慣れてやがる。武器対応のスキルは、武器を持たなければ発動できない。


 ブレーク爺さんに残されたのは左手に持ったベコベコの古いバックラーだけ。その盾で発動できるスキルもいくつか存在するのだろう。だが。


「ッ、咆哮(シャウト)ォオオッ!」

「――っ!」


 爺さんは、右腕を無力化された直後、すかさず再びの咆哮(シャウト)を選んだ。

 衝撃の乗った咆哮は、至近距離にいた賊の男を怯ませるには十分だった。

 同時に右腕を振って切り口から血を噴き出し、男の顔に浴びせている。完全な目潰しというほどではないが、目くらましにはなっているだろう。

 武器を無効化して心理的な隙があったこともあるのだろうが、妙手だった。喧嘩慣れしている。


「このガキがッ!」

「ぐ……!」


 そして隙を見逃すことなく爺さんの前蹴り。男は膝で受け、身体が僅かに後退する。

 ここでようやく、俺が二人の間に介入することができた。


「遅れてすまねえ」

「おせえ」


 バスタードソードを握り込み、相手のロングソードへと振り下ろす。


「なッ」


 剣先まで魔力を込めた一撃は、男の握ったロングソードを中程から断ち切ってみせた。

 これでリーチの優位性は消えた。あとはどう見ても危ない左手のクリス。短刀のスキルも色々あるが、怖いのはカウンターのみ。


迅突(ピアシングスラスト)

「!」


 俺はスキル名を口にして、剣を素早く動かした。

 速度に補正の掛かる突きスキルだ。防ぐには防御か、突きを弾くような動きが必要になる。いずれにせよ、攻撃の先手を取られている以上、何かしらの防御を必要とするスキルだ。

 宣言を聞いた賊の男は勘良く、そんな動作をしてみせた。

 そのスキルがフェイントであることにも気付かずに。


「がっ……!?」

「悪いな。俺あんま突きはやらねえんだよ」


 隙だらけになった男の腹部を、俺の横薙ぎが一閃した。軽鎧の守りの薄い腹部に深々と斬撃が走り、相手の背骨を滑りながら反対側へと斬り抜ける。――そんな手応えだった。

 小腸と大腸を両方ともザックリと断ち切った。間違いなく致命傷だ。


 それでも、動く奴はいる。


「動くなよ」

「ッ!」


 死を悟っても動くやつはいる。この男は“それ”だ。目を見ればわかる。

 クリスを握った手に力を込めたことはすぐに分かったし読んでいた。だから俺はすかさず剣を翻して左手の腱を撫で斬りにし、剣を取りこぼさせた。

 人は、腕を完全に斬り離された時よりも、腱を斬られた時の方が反応が遅れるんだ。“まだ使える腕かもしれない”という可能性が頭にあるからな。次は無いだろうが、覚えておけよ。


「がッ、ぁああああ……ッ!」


 腹部と内臓の損傷、左手の大出血。もはや生き残る見込みはない。

 さすがに連続の致命傷を負ったおかげで男も力が抜けたのか、仰向けに倒れ込んだ。

 それでもまだ、数分は息があるだろう。

 なに、心臓と肺は動いている。質問に答えるだけのことはできるはずだ。


「おい、答えろ。お前はサングレールの人間だな? そのナイフはサングレールでよくあるタイプの武器だ。そうだろう?」

「ぐッ……はぁ、はぁッ……! くたばれ……!」

「バロアの森で何をしてた。言え」

「死、ね……!」


 男が倒れたまま、右手に握った壊れたロングソードを振り上げる。


「馬鹿が」


 その剣を、飛び込んできたブレーク爺さんが遠くへ蹴っ飛ばした。


「手負いの獣はな、さっさと入念に殺すんだよ」

「……ぶッ……ぐぇッ」


 そのまま、賊の男の喉を踏み砕く。何の躊躇も迷いもない、手慣れた介錯であった。


「……おい爺さん、情報を引き出せたのに」

「知らねえよ。そんなの俺らの仕事かよ。んな馬鹿やってると長生きできねえぞ、モングレル。強いやつはさっさと殺しちまうんだよ。どんなスキルやギフトを持ってるかわかったもんじゃねえんだからな……」

「それは、まあ……そうだな」

「そうだ……」


 爺さんはそこで力なく言って、その場に座り込んだ。

 ……おいおい、右腕から血が溢れてやがる。せめて最低限は自分で止血しろよ。


「縛って止血するぞ、爺さん。運が良かったな、俺はいつも一つはポーションを持ってるんだ。斬られた右手も洗えば、傷口にくっつけてやれるかもしんねえ……!」


 重傷だ。死ぬかどうかで言えば、死にはしない。だがそれもポーションありきの話で、なかったら止血帯で時間稼ぎして、街まで運んでヒーラーに診てもらうまでにどうなるかってところだろう。その場に居合わせたのが俺で良かった。俺は常にこういう時のために、使用期限の切れていないポーションを持ち合わせている。


「待ってろよ、まずは右手を洗って……!」

「おい、やめろモングレル。分が悪ィ」

「あ? どういうことだよ」

「切断面が広い。俺の経験上、この傷はポーション一つだと厳しいやつだ。昔戦場で見たことがある」


 爺さんは青い顔をしながら、苦々しい顔で自分の右腕を睨んでいる。

 ブレーク爺さんの斬られた右腕は、肘から先のところで、やや斜めに斬り落とされていた。まるで、袈裟斬りにされた巻き藁のように。

 ……現実は格好良くできていない。腕を斬り落とされたと一口に言っても、それが直角とは限らない。確かに、傷口は広かった。


「欲かいて、斬り落とされた腕をポーションでくっつけようとした兵士がいた。確かにそいつの腕はくっついたが……不完全だった。そいつはそのまま、へんなとこに血が溜まったまま、出血が収まらずに悪くなって、死んだ。傷口を塞ぐだけならどうにかなっただろうによ」

「……とりあえず右腕は止血した。痛いけど我慢しろよ。これはどうしようもねえ」

「ああクソ、痛えな……おいモングレル、俺の荷物持って来い」

「わかった」


 ブレーク爺さんの荷物に薬でもあるのか? わからなかったが、とにかく俺は言われた通りに爺さんの荷物をすぐ近くまで持ってきた。今は時間が惜しい。

 爺さんは左手だけで器用に荷物をまさぐり、中から革袋を取り出した。


「……それ、煙草用のパイプだろ」

「おうよ」

「……さすがに吸ってる場合じゃねえよ爺さん……」

「火よこせ。袋に着火具がある」


 顔から脂汗を垂らしながら、有無を言わせない風に爺さんが言う。

 腕を斬り落とされてやることがまず喫煙かよ。とは思うが、怪我人だ。俺も出遅れた負い目がある。素直に言われた通りにする。爺さんの気を紛らわすくらいのことはできるかもしれない。

 ……あ、ファイアーピストンだ。


「爺さん、これ俺の発明した着火具だ。黒靄市場で買ったやつだろ。今言う事じゃねえけど……お買い上げありがとう」

「……ハ、本当に今言うことじゃねえよ」


 そう言って、爺さんは口に咥えたパイプの火皿に何か黒っぽい粒のようなものをパラパラと加えた。


「爺さん、今入れたのは?」

「ただの痛み止めだ。衛兵にチクんなよ。クハハハ、煙草と一緒に吸えば、マシになんだ」

「ただの痛み止めじゃないってのはわかったけど、今はまあ良しとするぜ……」


 緊急事態だ。非合法なブツであろうと、ブレーク爺さんが今感じてる痛みを取り除けるならそれも良しだ。見逃すよ……。


「それとモングレル、ひとつ頼みがある」

「金の無心以外だったら、なんでも言ってくれ」

「そいつは金を持ってるやつに頼むからいい。……俺の右腕をもっかい切り落とせ」


 爺さんはファイアーピストンで作られた火種をパイプの中に落とすと、殺気立った目つきでそう言った。


「さっきも言ったがこの傷口は広い。ポーションじゃ上手く治るか怪しいとこだ。だから、今度はお前がもっかい綺麗に切り落として、こいつの傷口を綺麗な輪切りにしろ」

「……正気じゃねえよ爺さん。俺に爺さんの傷口にもう一度刃を当てろってのか」

「一か八かで生きるより、間違いなく生きる方を選ぶ。俺の生き方だ。……ああ、少し待ってろや。薬が回ってからやれよ。無駄に痛ェのは俺も好きじゃない。ヒッヒッヒ……」


 爺さんはパイプを急ぐようにふかし、右腕の傷口を俺に向けている。

 ……物騒な相談だ。しかし、言ってることは正しいようにも思う。多分、大正解だ。

 爺さんはこれまでの長い人生、こんな非情な選択を続けてきたのかもしれない。


「おい馬鹿、斬っても怒らねえからやれよ。……ああ、そろそろ薬が回ってきた。もう大丈夫だ」

「……爺さん、一応言うぞ。すまん」

「ああ。……俺も、さっきお前が加勢した時“おせえ”っつったが……ありゃ嘘だ。これは俺のヘマだ。あのガキが強かった。モングレル、てめえは早かったよ。……わりいな」

「……爺さんが謝るとこ、初めて見たよ」


 俺がバスタードソードを高く構えて言うと、爺さんはヘラヘラと笑った。


「裁判に掛けられた時はよく言うんだぜ。ガハハ……」


 俺は剣を振り下ろした。




 爺さんの傷口は、どうにかポーションでいい具合に塞がってくれた。

 あまり完璧ではない治療痕となってしまったが、欠損を治療したと考えれば十分な仕上がりではあるだろう。そしてそれを鑑みるに、爺さんの見立て通り、無理に右腕を接着しようとしていたら最悪の事態になっていた可能性もあったかもしれない。

 爺さんを背負って全力でレゴールまで走ればすぐにヒーラーに診せることはできたかもしれないが、その乱暴な運搬に爺さんが耐えられたかもわからん。……結果として、爺さんの治療の判断は正しかったのだと思う。


「さっき、サングレールがどうのって言ってたな、モングレル」

「……勘だけどな。こいつの持ってる武器がそれっぽかったのと、まあ色々だよ。なんとなくサングレールの軍人っぽかったからな」


 今は休憩がてら、俺と爺さんは死体になった賊の男を見聞している。

 荷物や装備も漁ってみたが、不審なものは持っていない。あくまで持ち物類は全てギルドマンらしいものであり、サングレールじみたものはなかった。

 唯一、こいつが左手に握っていたクリスを除いては。


「言われてみりゃ、この剣はサングレールの好みかもしれねえな。ハルペリアでも無いことは無ぇけどよ」

「……ギルドに報告しなきゃいけねえし、爺さんも一度ヒーラーに診てもらったほうがいい。さっさと帰還しようぜ、もうワットタイラーどころじゃねえよ」

「こいつがワットタイラーだってことになんねえか」

「……俺も思ったけど、違うんじゃねえかなって思うぜ。ゴブリンと見間違えるほど馬鹿じゃないだろ、多分」

「チッ、大損こくだけの殺し合いだったな」


 未だ、爺さんの顔色は良くない。血を流したのもあるし、傷が障るのだろう。さっさとレゴールに帰還して、報告しなければならない。


「そんでもって、俺もギルドマン廃業だな」

「……元気出せよ、爺さん。こいつとの戦い、まあ、腕は持ってかれたけどさ……爺さんの戦い方、格好良かったぜ。泥臭いっていうかさ」

「ああ? 馬鹿野郎、生き残るためにはなんだって使うんだよ」


 爺さんは笑いながら、死体の右手を軽く蹴った。


「お前もそうしろよモングレル。つまんねえことで死んでんじゃねえぞ。人間、長生きしたやつが一番偉いんだからな。……俺はこのクソガキよりも長生きした。ざまあねえぜ。ガハハハ」



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描き下ろし漫画が非常に豪華な巻となっております。

メロンブックス様では私の短編SS特典もついてきますよ。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
覚悟決まり過ぎてるなぁ……安生暮らしてな
腕飛ばされてるのに速もう一発咆哮ぶち込むの流石歴戦の猛者
ジジイかっこよすぎ
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