アルテミスの若者たち
「あれっ? どうしたのー? ライナ。なんだか嬉しそうだけどー……?」
「……むふっ? 嬉しくないっスよ?」
「……え? 本当に嬉しそうじゃん。なになに、何か良いことあった? 教えて教えて!」
「スっ、スゥウウ……」
“アルテミス”のクランハウスにて、ウルリカとライナの間でそのようなやり取りが交わされていた。
真面目だがその分はっきりと態度が出てしまうライナの機微を、目ざといウルリカが察知してしまったのだ。
ライナとしてもクランハウスの先輩を相手にしてははぐらかし切ることも難しく、数分もしないうちに秘密を打ち明けてしまう羽目になった。
「じ……実は、そのぉ……モングレル先輩と、お付き合いすることになって……」
「えっ!? うわおっきい声出た、えっ、うそうそ……ホント?」
「っス……モングレル先輩、そういう冗談とかは言わないと思うんで……」
「えー……! ついに!? うっそー! すごいじゃんライナ、おめでとう! うわー……そっか、モングレルさんついにかー……」
ウルリカは大きく驚き、それ以上にライナの恋が叶ったことを喜んだ。
ライナの恋路について以前からずっと聞き及んでいたし、その都度ライナに助言なども吹き込んでいた。奥手なライナは好意を抱くわりにアクションが控えめなのでウルリカはやきもきしていたのだが、それがついに成就した形だ。ついにここまできたかと感慨深くもなってしまう。
同時に、どこか世間から一歩引いていた風なモングレルがライナと共に人生を歩む決断をしたことが、ウルリカには嬉しかった。
しかし、それはそれとして。
「え……ってことは、え? じゃあライナ、モングレルさんと……どこまでいったの?」
「っス!?」
「ほら、お互いにそういう関係になったならさ……何かしら、あるじゃん……?」
「な、なんにもないっスよ!」
「えー……」
「なんでウルリカ先輩、そんなあからさまにがっかりしてるんスか……」
男と女が一緒になると決めたならば、何かしらイベントがあるはず。これはウルリカの先入観というわけではなく、少なくともこの国においてはごく普通の流れだ。
「モングレル先輩にも色々と事情があるんスよ。それまでは大っぴらにしたくなさそうというか、準備したいこともあるんだろうなって……」
「……うーん。モングレルさん、無理してないといいんだけどなー……」
「む……無理っスか?」
「だって……モングレルさんも男だよ?」
真剣な目を向けられ、ライナがたじろいだ。
「モングレルさんも結構そういう……スケベな話好きだしさー。絶対に興味ないってことはないじゃない?」
「か……かもしんないスけど……」
「まーこれはさすがに二人の間の話になっちゃうけどね。けど、どちらも無理しない方が良いよねって話だよ」
「……無理、してるんスかねぇ。モングレル先輩」
「モングレルさんだからね、正直私もわかんないとこあるけど……」
腕組みをしたウルリカが、どこか遠い目をした。
「男の人って、絶対にそういうの興味あるから……」
「やっぱりそういうもんなんスかね……」
「うん、あるから……」
実感の籠もった言葉に、ライナも真剣そうに頷いた。
“アルテミス”のしっかり者の先輩が言うなら間違いないのである。
「もしモングレルさんが辛そうにしてたら、ライナもそれをちゃんと支えてあげるんだよ。あの人、ああ見えて結構大変そうだから」
「っス!」
「……けどライナ自身が無理することはないからね。だから私も……手伝えることがあれば、ちゃんと手伝うから。だから安心してね……?」
「あざーっス!」
「アザッスアザッス! センセンシャル!」
ライナの気持ちいい返事に、廊下の向こうにいたトゥートゥーカンも声を上げるのだった。
「先輩先輩、レオ先輩」
「ん? どうしたの、ライナ」
「レオ先輩を男と見込んで訊きたいことがあるんスよ」
「え、ええ……なんだろ、なんだか身構えちゃうな。何訊かれるんだろ」
大きな笊いっぱいの豆の鞘を剥いているレオを見つけたライナは、彼のすぐ近くに座り、その作業を手伝いながら訊いてみることにした。
「いや、“アルテミス”って女の人多いじゃないスか。だから男の人に関することってなかなか聞けなくて……」
「ああそういうことか。僕にわかることなら……」
「……実際のとこ、男の人ってみんなスケベなんスかね……?」
「ぶっ」
唐突に変なことを聞かれ、レオは噴き出しかけた。
「ま、まさかそんなこと訊かれるとは……」
「だってなんか、ウルリカ先輩もレオ先輩もスケベな感じしないし……」
「スケベって……いや、どうかなぁ……うーん……なんだろ、答えに窮するなぁ……」
本当に変なことを訊かれてはいるが、ライナの表情は真剣に思い悩んでいるものだ。何よりライナは悪戯半分でこういった質問をする人間ではない。なので、シュールさは感じているものの、レオも真面目に答えることにした。
「……人によるとは思うけどね……でも、やっぱり男の人はだいたい……うん、ス、スケベなんだと思うよ……女の人よりは、ずっとね」
「やっぱそうなんスか。例外とかはない感じスか」
「ないんじゃないかなぁ……偉い人も、神殿の人ですら、実際のところは……年齢によるところもあるけど、それも当てにならないというか、元気な人は元気だしね……」
レオは自分の故郷の村が特殊であることを自覚しているが、年老いた人々の営みが普通であることは知っている。その記憶を呼び起こしてみると、性欲の旺盛さに年齢差はほとんどないように感じられた。
「だから、そういうのって分別がついているかどうかだと思うよ」
「分別スか」
「個人個人の、表に出やすさっていうか……そういうことなんじゃないかな。いやらしい気持ちがなさそうに見える人は、そういうのをあまり見せないようにしているんだと思うよ」
「なるほど……」
てきぱきと莢を割って豆を取り出しながら、ライナは神妙に頷いた。
「……じゃあレオ先輩やウルリカ先輩も頑張って隠してるってことなんスかね?」
「だっ、だからさ。“アルテミス”ではそういうことは思ってても言わないようにしなきゃだめなんだって」
「あ、うっス。サーセン……」
「それにウルリカは……いや、でもどうだろう……ウルリカもそういうこと結構興味ありそうだし……」
「色々解決したっス! あざっース!」
「ああ、うん。どういたしまして」
疑問を解決したらしいライナはレオに礼を言って、そのまま自室へと戻ってゆくのであった。
「結局、モングレル先輩は忍耐強いってことなんスかねぇ」
「スカネェ」
「トゥーちゃんもわかんないスか」
「ワカンナイッス!」
ペットのトゥートゥーカンの顔をうりうりと指で構いながら、ライナはため息をついた。
「モングレル先輩のためになるなら何かしてあげたいんスけど、なんか私が無理しても空回りしそうじゃないスか」
「ラッシャイラッシャイ」
「それよりはまだまだ、私は私で今まで通り得意なことを伸ばして、お金を稼げるようになって……やっぱりそういうことの方が大事なのかもしんないっスよね……」
「オカネ! オカネ!」
「うん、なににつけてもお金は大事っスよね」
モングレル。もう何年も付き合いのある異性で、まだまだ謎も多いが……わかっていることも色々ある。
その中でも間違いないものの一つが、彼の金遣いの荒さだ。
これからどんな生き方をするにしても、より多くの金を稼いでおくに越したことはないはずである。
「これからどんどんランクを上げて……お貴族様の弓の指南ができるくらいになって。お金を稼げるようになるっスよ、トゥーちゃん」
「ガンバレ! ガンバレ!」
「トゥーちゃんも頑張るんスよ」
「ケェー!?」
2025/8/29に小説版「バスタード・ソードマン」6巻が発売されました。ウルリカとレオの表紙が目印です。
店舗特典および電子特典がありますので、気になる方はチェックしてみてください。
特典付きはメロンブックス様、ゲーマーズ様、BOOK☆WALKER様の電子版となっております。




