バスタード・ソードマン
「なるほど、確かに強い。打ち筋に経験と自負を感じる。この俺にリバーシで挑むだけのことはあるな、爺さん。だが……」
黒の駒を置き、盤面に切り込む。
「このゲームで大切なのは大局観だ。小さい部分に気を取られているうちは、どう足掻いたって上級者には勝てない。数手先までしか読めなかったり、ただ角だけ取ればいいだろうなんつー考えじゃあ……まだまだ、尻に殻のついたヒヨコちゃんだな。俺から言わせれば、だが……」
「ほぉう……? 随分と語るね君ぃ……」
「置く場所なんてもう決まりきってるんだ。お喋りくらいするさ……ほら、爺さん。パスしてやる。もう一枚置きな」
青い目の爺さんは無言で白い駒を置く。想定の範囲内だ。俺でもそこに置くだろう。
既に終局図はまとまっている。ここまでくれば、もはや初心者だろうがベテランだろうが同じだ。
「良いぜ、もう一度パスだ。譲ってやるぜ、俺の手番をな」
「……君さっきから腕の立つ人みたいに語っとるが、パスってのは“自分が置ける場所がない”ってことだからね。はい、ここにおいてひっくり返し……全てが白に染まったね!」
そう。勝負は圧倒的だった。
どうしようもなかった。盤上の駒は全て白になり、俺の黒は皆無。パーフェクトゲームになったのである。
しかもまだ盤上には駒の置かれてないスペースが残ってるのにな……! こんな詰み方まであるのかよ……!
「全然勝てる気がしねぇ……負けました……」
「うむッ、楽しかったよ! まああれだね! 練習していれば上手くなるさ!」
すいません、一応前世からやってたゲームではあるんですこれ……。
まぁやり込んでるわけではないから負けて当然ではあるか。
「私は昔からこの手の遊戯が得意でね。ルールを覚えて何度かやってしまえば、まあほとんど負けなしなのだよ。すまないね!」
「マジかー……いるんだよなぁ得意な人」
「この街には色々と新しい盤上遊戯があるようだからねッ、こうして見ているだけでも楽しいよッ」
爺さんは棚に置かれているボードゲームを物色しながらハキハキと話している。
後ろから見ると、つるっぱげの頭が眩しい爺さんだ。バイタリティが輝きに表れているぜ……。
「特にこの宝物を探すクロファイ・モファイ、これはなかなか良いね! 読み合いが実に楽しいッ! バロアソンヌも何度かやったが、こちらは私でもよく負けるからねッ、嫌な顔をされずに済むのがありがたいよッ」
「色々知ってるんだなぁ……そりゃバロアソンヌは面白いさ。ここレゴールで生まれたゲームだからな。バロアソンヌから色々なパクリゲーが生まれたと言っても過言じゃないんだぜ」
リバーシやムーンボードと違って、バロアソンヌはかなり運ゲーだからな。ゲームが得意な人が圧勝するなんてことはほとんどない。老若男女、本当に誰でも楽しめるタイプのパーティーゲームだろう。
娯楽の少ない世界だ。こういう気軽にワイワイと楽しめる遊びはもっとあったほうがいい。最近は特にそう考えている。
「うむうむ、ゲームは素晴らしいよ。……現実も、ゲームくらい簡単だったら良かったんだけども……なかなか上手くいかないことばかりでねぇ……」
「世知辛いこと言うね爺さん」
「私が一個駒を置く間に、知らない場所で勝手に駒を置かれてひっくり返されている。気がつけばもはや駒を置く余地が削れて……さっきの君のような袋小路に陥っているわけさ。いやもうホント、現実って厳しいッ! あと三十年くらい寿命延びないもんかねッ! いや、寿命は別に良いやッ! 三十年前に戻りたいね! 黄金時代に立ち返りたいものだよ全く!」
バロアソンヌのスクロールを広げながら、爺さんは陽気に笑っていた。
言ってる内容は間違いなくちょっと重いのだが、それを受け入れて笑い飛ばすだけの明るさが爺さんにはあるらしかった。
「爺さんは仕事は何やってるんだい? 仕事の悩み?」
「うむッ! 舞台演劇の脚本と振り付けの指導をちょっとねッ! レゴールに来た理由もそうさ! ……私も後進の育成は頑張ったのだが、いやはや……良い後継者ほどいなくなってしまうし、上手くいかないことが多いよ」
「後進の育成か……いつの時代も人間はそういうところで思い悩むのか……」
「悩むねぇホント……おや、君のその認識票、ひょっとしなくてもギルドマンだね? ギルドマンってことはこのバロアソンヌ……バロアの森についても詳しいのかねッ?」
「おう、そりゃ詳しいさ。バロアの森は俺達ギルドマンの職場みてーなもんだからね。あ、けど森を案内してくれってのは勘弁してほしいな。お年寄りが散歩できるほど安全な場所ではないからさ。最近じゃ仕事で人の出入りも多いし、慌ただしい場所だよ」
春からちょくちょく“バロアの森を見て回ってみたい”という案内依頼が増えているのだが、観光目的の人ばかりなんだよな。
ギルドマン志望ならともかく、爺さんを連れて歩き回るのはちょっと難しいわ。
「うーむ、やはりそうか……バロアの森、一度この目で見てみたかったのだが……宝箱があるんだよねェ?」
「ないっす」
「本当のとこは?」
「縄張り争いに負けた魔物の角とか牙を拾えたらお宝って言ってもいいなら……」
「やはり現実は厳しいなァ……」
それから爺さんはスナックをふたつほどつまみ食いして、元気に立ち去っていったのであった。
現実はね……ゲームや漫画や小説ほどロマンに溢れてねえんだよな……。
リバーシではボロ負けしたが、それはあくまでゲームの勝敗。
現実の勝敗はまた違う。現実においてはひとつの判断基準になるのが、金であろう。世の中金だよ金。結局金持ってる奴が人生の勝利者なんだ。
ボードゲームハウスはうっすら敗北しかけている雰囲気が漂っていたが、あんな店ができたのもボードゲームの人気があればこそだ。それと飲食店を安易に合体させたのが失敗だっただけで、目の付け所そのものは悪くなかったと思う。
ここは発明の街、レゴールだ。日々新たな発明が生み出され、人々に新鮮な驚きだったり、呆れだったりを提供している。大部分は思いつきレベルの発明品(笑)って感じだが、それでも成功者はちょくちょく現れているし、話題にもなっている。
ケイオス卿としてここを盛り上げていくうちに、レゴールはそんな街へと成長したのだ。
今ならば……何年も前から“発明家志望”としてやってきた今であれば、俺がちょっとした当たりを引いて“成功者”になるのも不自然ではないだろう。
何度でも言うが金が欲しい。そのためなら、対外的にも一発当たりを出すのも悪くない。それがゲームでも、ゲームじゃないものであってもな。
つまり何が言いたいかと言うとだ。ボードゲームハウスで爺さんが言ってた舞台の脚本どうこうって話……これも使えるんじゃないかと、俺はそう思ったわけよ。
「だから俺さ……物語を書いて、本を出してみたいと思うわけよ」
「っスっス」
「いや一言目だからもうちょっとちゃんと聞こうぜライナ」
俺とライナは解体処理場で解体の手伝いをやりながら駄弁っている。
小物の討伐が増え、解体の人手が足りないということでギルドに応援要請が来ていたのである。ちょうど俺とライナはギルドに居たし、困ってるなら手伝ってやるかということで、こうして二人並んで仲良く皮を剥いだりしているわけだ。
「いやモングレル先輩がお金稼ぎに熱心なのはわかるし、色々と頑張ってるのは尊敬するんスけど……本ってなんスか。売れるもんなんスか」
「面白ければ売れるだろ? 最近は演劇も色々なストーリーが出てきて人気だそうじゃねえか。人々は物語に飢えてるんだよ」
「まぁたまに見ると面白いっスけどね……演劇……」
ライナは淡々としているが、俺の倍ほどの手際で解体を進めている。勝てる気がしねぇ……世間に俺より強い奴が多すぎる……。
「前もモングレル先輩、似たようなこと言ってたっスよね。なんか自伝を出すとかなんとか」
「ああ、俺の激動の三十一年を書き記した本な。読むやつ全てを笑いと涙しかない世界に送り届けてやる超大作だ」
「なんか怖いんスけど……え、ひょっとして今それ書いてたりするんスか」
「いや全然書いてない」
「先輩の頭の中にあるだけじゃないスか!」
「構想三十一年の超大作だからな……」
「そんなんじゃ商品になんないスよ」
書き記すには書ける物と時間と余白が足りてないんだ……書こうと思えば書けるから……マジでマジで……。
モバゲーで小説書いてたし俺……千文字くらいのやつ……。
「そういう長い物語って、書き慣れたすごい作家さんじゃないと作れないんじゃないスか。知らないスけど……」
「どうかな……良い物語ってのはこう、読者を引き付ける小技の集合体っていうの? そういうもんだからよ。それさえ知ってれば、あとは文字を書ければ誰でもできるもんだと思うぜ?」
「モングレル先輩の自信はどこから湧いてくるんスかね……」
「たとえば親無しのみすぼらしい孤児が、実は貴族の血を引く偉い王族の子だったとかな。劇や歌でもあるだろ?」
「まぁ、はい」
「森で助けた動物が美女になって嫁に来たり、最初は敵だったやつが後から味方になって共闘したり……」
「おー……?」
ピンときてねえ顔だなぁ。いやまぁ共闘展開はそんなに見ないか。
「色々と読者を引き付けるような、皆が大好きな展開みたいなもんがあるわけよ。俺はそこのところ完全に理解してるからな、ハルペリア中が沸き立つストーリーを書いてやれると思うぜ?」
「えー、モングレル先輩そういうのわかるんスかぁ……?」
「わかるさ。とりあえず主人公強くして、無双させて、可愛い女の子出して、中間くらいで海か風呂の回を挟んで、伝説の剣を出して、そんで最終的にここぞって場面でタイトルを回収しておくわけよ。もう読者の欲しいもの欲張りセットって感じだろ?」
「タイトル回収ってなんなんスかね」
「そりゃあれだよ、クライマックスでは章のサブタイトルに物語の題名がドンと入ることだよ。“このタイトルってこういう意味だったのか……”って驚きっつーかカタルシスっていうのかね? あるわけよ。オタクの好きなやつだな」
「む、むむむ……なんか言ってることいまいちわからないスけど……聞いた感じモングレル先輩結構詳しそうでなんか、悔しいっスね……」
「ははは、ライナにはまだ早かったか」
ゆくゆくはそういう文字の娯楽も広まって、識字率も上がると良いんだけどな。ガリ版印刷でもして簡単な絵本とか作りたいもんだ。
ライナ含め、大勢が文字を楽しめる時代が来りゃ良いな。
「……ちなみにモングレル先輩、先輩の自伝でそのタイトル回収っていうの、いつ頃やるんスか」
「そりゃアレだよ、ラストが良いんじゃねえの?」
「そうなると自伝書けるの、めっちゃお爺さんになってからじゃないスか……?」
「……確かに。よし、まだ自伝はやめておこう」
「また構想期間が伸びそうっスね」
まあ、まあまあ……そこはタイミングを見計らってね。
なんかデカいユニーク系の魔物倒したらそこで第一部完って感じで、タイトルをドンするわ。いつかは書くぜ! 自伝!
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店舗特典および電子特典がありますので、気になる方はチェックしてみてください。
特典付きはメロンブックス様、ゲーマーズ様、BOOK☆WALKER様の電子版となっております。




